01-2
家賃はちゃんと払わなきゃね。
久々に見る家の中は、思っていた以上に何も変わっていなかった。若干埃っぽくはあったものの、自分たちが出ていった頃と特出した変化はないように思う。
しかし、酷く静まり返った家は、もう誰の人間の生存も確認できないことをまざまざと感じさせた。
「たっだいまー!」
靴を玄関に脱ぎ捨て、やたらとハキハキした声で、ルカは中に駆け込む。
「あ、おい!靴脱ぎ捨てんなっていっつも言ってんだろ!」
全く…と、玄関の外にまで飛んで行った靴を拾いながらセオはぼやく。
どっちが兄なんだか弟なんだか判別がつかなかったらしい慎一郎が、指遊びで適当に決めた順序。
まあこんないい加減な奴が兄になるよりはいいか…と部屋の中から聞こえる楽しそうな声に呆れながら、セオも部屋に戻ろうとする。
その時、6階で止まったエレベーターから、一人の女性が降りてきた。この家の大家だ。
箒と塵取りを持っているのを見るに、今からこのエリアを掃除するつもりらしい。
「(まずい…!)」
とセオは咄嗟に隠れようとするが時すでに遅し。
大家とセオの視線が交わり、大家の酷く驚いた顔がセオを捉える。
「あ、えっと、その…」
セオの目が右往左往していると、中々家の中に入ってこないことを不審に感じたのか、ルカがひょこっと姿を見せる。
「ねえ兄さん遅いよ!何して…」
と文句を言おうとしたルカも、大家の姿を見てミョッ!っと謎の声を挙げて固まる。
この大家に、何度拳骨を食らわされてきたことか。
例えば廊下でかけっこをして遊んでいたとき、例えば大家のポケットに虫を詰めようとしたとき、例えば駐車場で傘を使ってチャンバラごっこをしていたとき…
考えだしたらキリがない。
まあ、そのほとんどが自分たちに非があることを、二人は分かっているのだが。
関わることが多かった分、二人の成長の早さやその違和感にすぐ気づいていた大家に、このタイミングで鉢合わせてしまうのは非常にまずい。さあどう言い訳したら良いものかっ…とセオが頭をフル回転させていると、先に口を開いたのは大家だった。
「あんたたち…」
そう呟き、瞬間どこか怒った表情に変わった大家は、ズカズカとこちらに歩を進めてくる。
「わああ、わあああ!!どうしよう兄さん!!なんかめっちゃ怒ってるよ!!!」
「どうするもこうするも…!」
と若干のパニックに陥っているルカに体を揺さぶられながらセオも内心冷や汗が止まらない。
かつての拳骨の痛みがじわじわとよみがえってくる。
そうこうしているうちに目の前にまでやってきた大家に、二人とも頭が真っ白になってしまった。
「………」
じっとこちらを見つめる…否睨みつけてくる大家。
「………………」
「あの~…?」
とルカが呟いた瞬間、
「こおおおおおおの馬鹿どもおおおおおおおおおお!!!!!!!」
激しい怒声と共に、二人を襲う鉄拳。
「いだあああああああああい!!!」
「っ~~~~~~~~!!」
久々に食らうその激しい一撃に、ぎゃあああとルカは泣き叫び、セオは頭を押さえてしゃがみ込んでしまった。
普通に考えて、他所の家の者に拳骨などしないし、ここまで怒声を上げたりもしないのではなかろうか。それとも世の大家とは皆こうなのだろうか。
もうすぐ60代であろうこの細身の人物の一体どこにこれだけのパワーが…?
「(やっぱ只者じゃねーよ、この婆…っ!)」
セオは痛みに打ちひしがれながらそう思うのであった。
「今までどこほっつき歩いてたんだい!?」
その後、何故か廊下に正座させられ、セオとルカは尋問?説教?を食らう羽目になった。
「そ、そんなのおばさんには関係ないじゃん!!」
と苦し紛れにルカが返すも、「関係あるわ!!」と落とされた雷で、再び口をつぐんでしまう。
「なんで関係あるんですか…?」
「しらばっくれんじゃないよ!あんたたち、自分の親父がどこにいるか知ってるんだろ?」
セオが恐る恐る質問すると、大家は疑わし気な目で二人を見つめながらそう言う。
「え…?親父って、おっさんのこと?」
「他に誰がいるってんだい?あのバカ、もう二カ月はうちに帰って来てないんだ。その間家賃も払ってない。きっちり耳揃えて持ってきてもらわんと」
大家はそう吐き捨て、ぷんすこと擬音がつきそうなほどに怒りをあらわにする。
どうやら大家は、慎一郎がまだ生きていると思っているらしい。
「とにかく!!あんたらの親父に、しっかり伝えておいてくれよ!!それからあんたらも、反抗期だが何だか知んないけど、たまには家主がいるときにちゃんと顔出しな!!あんたらがいなくなった後のあのバカったら、見てられたもんじゃなかったんだから。」
キッとこちらを睨みつけ、大家はそう言い放つ。だが、最後の言葉にルカは違和感を覚えた。
「え…?それってどういう…?」
「アタシは他にも仕事があるんだ、さっさと親父に伝えに行きな!じゃあね」
ルカの言葉を遮るように、大家は伝えたいことだけを伝えてさっさと次の階に向かおうとその場を立ち去ろうとする。
「あの、」
それまで黙って話を聞いていたセオが、咄嗟に大家に声をかける。
「ん?」
「何も聞かないんですか…?その…俺たちのこと。」
セオもルカも、自分たちが普通の人間たちとは成長速度が違うことくらい分かっている。
もちろん自分たちが人間でないことも。
明らかに自分達は異物だ。大家もそれを分かっている。なのに、なぜそれを聞かないのだろう。
気になる点はいくつもあるだろうに。セオにはそれが不思議でならなかった。
先ほど大家と再会した時にセオが焦っていたのも、この辺りの事情を聞かれると思っていたからだ。
「…」
大家は黙って二人を見つめる。そして、ハッと鼻で笑い、
「あんたらが何者であろうと、アタシにとっちゃただのクソガキさね。ちゃんと家賃さえ払ってくれりゃあ文句はないよ」
と言い放ち、「ちゃんと払うんだよ!!!」と再度二人に釘を刺した後、エレベーターでその場を後にした。
「…相変わらずパワフルだね、おばさん…」
大家の去ったエレベーターの扉を見つめながら、ルカが疲れ切った顔で呟く。
「…ああ、そうだな…」
と、セオはどこか呆然とした顔で答えた。
正直理解に苦しむ。自分でさえ、自らが何者で、どんな役目があるのかを受け入れるのに時間がかかったというのに。
一体なぜ。
「兄さん?」
覗き込んできたルカの顔に、頭が現実に引き戻される。
「ルカ、なんで大家は何も聞かなかったと思う?」
ほぼ無意識に、セオはルカにそう問いかける。
「僕たちのこと?さあ、特に興味ないんじゃない??おばさん金の亡者だし」
「…」
「あとほらあれだよ!前ドラマで言ってた…そう!『人生経験が違う』ってやつ!」
ポン!と手を叩いてそう能天気に答える弟に、セオはそうなんだろうかと疑問を覚えながらも、ひとまずは何も聞かれなかったことを良しとすることにした。
そう、自分に言い聞かせた。
「ところで、なんで僕ら拳骨食らう羽目になったの?悪いのおっさんじゃね??」
「さあ、只の八つ当たりだろ、多分」
「えええ!?!?食らい損じゃんそんなの!!!!」
「拳骨に徳も損もねえだろ…気持ちはわかるけど」
親の心子知らずならぬ、大家の心ガキ知らずってやつでしょうか。
お疲れ様です。柏田です。不定期更新で申し訳ないです。
次回で奇石についての話が出てきます。
なるべく1エピソードが長くならない様ダレないようにしたいんですが、中々難しい…
連載に関しては、毎週木金のどちらかで上げるようにしていきたいと思ってます。
見守っていただけますと幸いです。
次回へ続く。




