とある『』の記録
海の見える家に住んでいる。
とは言っても、波の音が聴こえるほどの距離などではなく、途中に国道を挟んでいくつかの建物の奥に、ではあるが。
それでも、アパートの6階に住んでいるため、窓から見える景色は正しくオーシャンビューである。
昔は、海を好きでも嫌いでもなかった。言ってしまえば興味がなかった。自分の地元には海がなく、近所に川もなかったから。
けれど、こちらに引っ越すことが決まり、なんとなしで選んだ物件の窓から見た景色に、気づけば心奪われてしまっていた。
国道が近いこともあり、夜でも車の通る音がよく聞こえるが、しばらくすると、それにもすっかり慣れてしまった。
朝、カーテンを開けるのが、いつもとても楽しみだ。太陽の光を反射して、1日の始まりを知らせるそれに、どこか憂鬱な気持ちも、少し穏やかになる。
こちらに来てから、体の調子も随分と良くなった。情報や思考の多い環境から、一旦でも離れられたことが幸いしたのかもしれない。そしてこの景色も。
太陽の光も、月の光も、等しく美しく反射して、そこにあるのが当然のように、必然のように、ただ海はそこにある。ただここにいるだけで良いのだと、そう思わせてくれる。
どんなに心が疲弊しても、海を見ると心が凪ぐ。「いつでも終われる」と、自分を安心させることができる。
海の見える家に、住んでいる。
いつか、自分が本当に終わる時、最後に思い浮かぶ景色は、きっとこれなのだろうと、思う。




