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夏希さんは甘えんぼう

現在、毎日投稿企画を実施中です。

午後6時ごろに更新されますので、よろしければ読みに来てください。

 叱られて一旦は大人しくなった夏希だが、今でも彼女の脳はフカヒレの尾びれや煌びやかな魚部分に侵されているようで、ポーッとしたまま余韻に浸っている。

 ツンと腕を突いたり話しかけたりしても曖昧な態度を返すばかりの夏希にムッとしたフカヒレが、ガシッと体育座りをする彼女のふくらはぎを掴んだ。

 夏希はどちらかというと肉付きの良い女性だがフカヒレの手がやけに大きいせいで、ふくらはぎはスッポリと手のひらに包み込まれている。

「フカヒレさん?」

 流石に驚いた夏希が正気に戻ってフカヒレの顔を覗き込む。

 しかし、フカヒレはフン! と顔を背けた。

「夏希ちゃんだって俺の足噛んだんだから、俺も夏希ちゃんの足を噛むからね。いいでしょ、どうせ人間の足にはそういう意味合いないんだろうから!」

「全くなくはないけれどね。でも、いいよ」

 夏希の思想はギブアンドテイクだ。

 別に自分だけが一方的に求愛を許してもらおうとは思っていない。

 それに、愛しい人に好きだよと態度で示してもらえるのもなんだか嬉しいものだ。

 快く真っ白な素足を差し出せば、意外と素直な反応に驚きつつフカヒレが夏希の顔を確認した。

 夏希が「どうぞ」と微笑むと、かえって照れてしまったフカヒレが真っ赤になりながらガパリと大口を開ける。

 しかし、普段のフカヒレがモジモジとした柔らかい態度で夏希に接していて、決して彼女を傷つけないようにと配慮していたから忘れそうになるが、彼もれっきとした海の戦闘民族、人魚だ。

 クラーケンの幼体の足を噛み千切り、怪魚を鋭利な鱗ごとバリバリと食べる彼らの歯を舐めてはいけない。

 口内にはサメ歯がズラリと並んでいて、おまけに二重になっていた。

 真っ赤なザラついた舌や丁寧に手入れされた真っ白で美しい牙の一本一本に魅了される夏希だが、すぐにコレが自分の素肌を噛むのだと思い出すと恐怖でブルリと体を震わせた。

 しかし、

「フカヒレさん! ちょっと待って!」

 という言葉が何故か喉に詰まって出てこない。

 ようやく唇を震わせた頃にはフカヒレの顔面が自分の脛へ覆い被さっていた。

 齧られる。

 抉られてしまう。

 せめて目を瞑りたいと思うのだが、恐怖で固まってしまった顔面も動かない。

 夏希はかえって目を大きく見開き、涙で目尻を湿らせていた。

 ヒュッと喉を鳴らして、その時を待つ彼女だが、フカヒレはそんな怯える夏希の脛に優しく唇を押し付けてキスをした。

 勿論、脛を襲うのは柔らかくて甘い刺激であり、決して痛くない。

「あ、あれ……? フカヒレさん?」

 柔らかいキスだけで顔を上げたフカヒレを見ると、夏希の身体からプシューッと力が抜けてしまい、同時にだいぶ緊張の緩んだ唇から疑問符だらけの言葉が漏れる。

 夏希の様子を見たフカヒレが悪戯っぽく笑った。

「ごめんね、夏希ちゃん。噛むのは冗談だよ。俺以外にも人間に恋をする人魚っていたからさ、して良いことと悪い事は少しだけ知っていたりするんだ。人間の肌やお肉が脆い事は知ってたから、元々、噛むつもりはなかったよ」

 ふんわりと優しく笑って、「ごめんね」と再度、労わるようなキスを脛に落とした。

 そうすると、夏希は青ざめていた顔色を一気に赤くして小刻みに震え出す。

 緊張した唇の端も困ったように歪んで揺れている。

 夏希が大急ぎで正座の形をとって太股もワンピースの中に隠し、逃げ出すと、フカヒレが残念そうな表情になった。

「ねえ、夏希ちゃん、もう少しよくない? 俺、そんなに過激な事してないよ? 夏希ちゃんの足が人魚の尾っぽだったらって思うとゾワゾワしてさ、もう少し触ってたいんだけど。それとも、そんなに俺の牙が怖かったの? それなら、あんまり見せないように気を付けるよ。ごめんね」

 言いながらも口元を手で覆って牙を隠しているフカヒレは配慮のプロだろう。

 怖がっている姿がかわいかったからって、アレはやりすぎだったかな? と一人で凹んで反省していると、夏希がフルフルと首を横に振った。

「ううん。大きな口の中に並ぶ牙とエッチな分厚い舌は本当に最高だから、いくら見せてもらってもいいの。でも、でもね、段々恥ずかしくなってきちゃって。あの、当初の予定通り、一緒に私が持って来た人間の町の写真集を見たりしない?」

 毎日、毎日、岩場で会って何をしているのかと問われれば、軽くスキンシップをとりながら二人でおしゃべりに興じている。

 夏希がフカヒレから人魚の世界や彼らにとっての常識の話、深海の話を聞くのが好きなように、フカヒレもまた、夏希から人間の話を聞くのが大好きだ。

 実家から取り寄せた自分のアルバムや暇を見つけて撮影した、野良猫や多様な建築物などの町の写真、バイト代で購入した様々な写真集などを持って来てキラキラと目を輝かせるフカヒレに見せるのが、最近の夏希の楽しみだった。

 基本的に人間も社会も好きではない夏希だが、フカヒレが楽しそうに聞いてくれるから彼と話す時はできるだけ明るく楽しい話題を持って来て、自分の思い出話なんかも聞かせた。

 フカヒレが喜んでくれるから、夏希は最近、少しだけ自分の所属する世界が好きになっていた。

 真っ赤な顔でモジモジとしたまま、今日のプレゼント兼、話のタネである写真集をカバンから取り出す。

 しかし、フカヒレはフルフルと首を横に振って拒否をすると、ガシッと器用に足首をつかまえてワンピースから素足を引きずり出した。

 フカヒレなりに手加減はしているのだろう。

 つかまれた足首は痛くないが、コテンと仰向けに倒されている上に足が持ち上げられているので油断するとスカートの中から下着が見えそうになってしまう。

 夏希は大慌てでワンピースの股下を押さえた。

「フカヒレさん、力が強いよ! 恥ずかしい、恥ずかしいから!!」

 羞恥の涙が浮かぶ顔面は真っ赤だ。

 ブンブンと首を横に振るも、ふと見たフカヒレの頬は赤くのぼせていて、鋭い藍色の瞳が甘い嗜虐心と愛情に侵されている。

 夏希がゾクリと冷たい熱に背筋を震わせると、フカヒレは一瞬大人しくなった彼女にニタリと唇の端を上げ、ふくらはぎに無言でキスを落とした。

 最初のキスにはビクリと体全体を震わせ、パクパクと口を開閉させているだけだった夏希だが、キスの回数が二度、三度と増えていけば、むしろ湧きあがる羞恥を利用して騒ぐことができるようになる。

「フカヒレさん! 多い! 多いよ! フカヒレさんも少しにしようよ!」

 フカヒレの尾ひれに齧りついていた夏希が「フカヒレさんも」と口にするのはなかなかに図々しいが、彼はチラリと彼女の涙ぐむ顔を確認しただけで何も答えない。

 今度は、

「フカヒレさんも、何かしゃべってよ」

 と、震える声で懇願したが、やはりフカヒレは何も答えずにキスを繰り返すばかりだ。

 その姿が一心不乱に自分を貪っているように映り、夏希の身を侵す甘い熱がますます増加して堪えられなくなる。

 頬には羞恥の涙が伝っており、体をモジモジと大きく揺らした。

 すでにお察しの通り、フカヒレに過剰なスキンシップをとって彼を照れさせるのが大好きな夏希だが、彼女自身はスケベされることへの耐性を一切もっていない。

 極端な話、色っぽい雰囲気で頬を突かれただけで逃げ出してしまうほどなのだ。

 相手からのスキンシップも少しスケベな触れ合いも全く嫌いではないが、それを受け入れてドンと構えるキャパシティが存在しないので、赤くなったままアワアワと騒ぎだす。

 そして、言葉通りにやめてもらえると抵抗しなきゃ良かったな、としょんぼり肩を落とす面倒くさい系の女性だ。

 その心を知っているのか、あるいは人魚の嗜虐心で止まれなくなっているのか、フカヒレは夏希の言葉にツッコミを入れることも、あるいは彼女の抵抗を叱ることも無く、ただただ無言でキスを繰り返している。

 しかも、段々と愛情表現が過激になり、ふくらはぎから更に奥の方へとキスの場所を変えていった。

 すっかり弱って甘い熱に体を震わせ、言葉だけで抵抗していた夏希だったが、フカヒレが膝の辺りまで這い上がってくると、流石に強い危機感を覚え、

「フカヒレさん! そこまでいくと人間の間でもスケベになる! スケベになるから!!」

 と、大慌てで彼の肩を押さえて首を横に振った。

 しかし、必死な夏希から繰り返される「やめようよ!」という言葉への返事をフカヒレはすべて無言の愛情表現で返した。

 結果、日陰にいるのにフカヒレのせいですっかりのぼせてしまった夏希が、全身を汗でグッショリと濡らしながら砂浜に倒れ込む羽目になった。

 数分間、仰向けで息を切らしていた夏希だが、少し休憩をすると寝返りを打って横向きに倒れ、満身創痍にフカヒレを見つめる。

「フカヒレさん、ヒンヤリボディで癒して……」

 夏希はどこまでも甘えん坊だ。

 浅い呼吸のままフカヒレへ両腕を広げている。

 瀕死のまま甘えてくる夏希がかわいくて、フカヒレは、

「いいよ。お疲れ様」

 と笑うと、嬉しそうに夏希を抱き締め、人魚特有の冷たい体を惜しみなく密着させて夏希の火照った体を冷やした。

「フカヒレさん、尾ひれ……もう、噛まないから、尾ひれ抱っこさせて」

 フカヒレのお尻辺りをペチペチと叩いて催促し、「仕方がないな」と笑う彼に魚部分をギュッと抱っこさせてもらう。

 ヒンヤリモッチリ、少し硬い魚部分に頬を寄せて涼を取る夏希はどこまでも幸せそうで、フカヒレが、

「そろそろ終わろうか」

 と意地悪な声掛けをすれば嫌々と首を横に振る。

 夏希に尾ひれを噛まれていた頃と比べて、フカヒレは随分と余裕ありげだ。

 彼女と一緒に寝転がっていたフカヒレだが、上半身を起こして砂のついた頭をなでてやると、目を細めた夏希が彼の魚部分でも特にモチモチとしていて鱗の少ない部位へ更に顔を埋めた。

「それも結構、俺たちにとってはスケベ行為なんだけどな。でも、そんなに好きならしょうがないか」

 クスクスと笑うと恥ずかしそうに夏希が身じろぎをする。

「うん。へへ、フカヒレさん、モチモチ冷え冷えで大好き。フカヒレさんから強い母性を感じる。ママ……」

「ママじゃないけどね。でも、そろそろ本当に終わりにして水を飲みなよ。熱中症になっちゃう」

「……飲ませて」

 フカヒレに引っ付いたまま、夏希はゴソゴソと鞄を漁ってペットボトルの飲み物を探している。

 だが、上手く鞄の中から飲料を取り出せない夏希にフカヒレはクスクスと笑いを溢した。

「夏希ちゃんは小さな子供みたいだね。ほら、飲ませてあげるから起きて」

 コクリと頷いて水を飲ませてもらった夏希だが、一度入ってしまった甘えん坊のスイッチがなかなか切り替わらないらしい。

「フカヒレさん、今日は甘えたい気分だから、もっと甘えててもいい?」

 モジモジと赤い顔で頼めばフカヒレが「いいよ」と笑ってくれる。

 夏希はその後もペタッと引っ付いたり、少しだけ悪戯を繰り返したりして、フカヒレを困らせながら甘え続けた。

 そして、夕日が沈むと渋々フカヒレから離れ、名残惜しそうに帰っていった。

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