人魚の尾ひれ
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午後6時ごろに更新されますので、よろしければ読みに来てください。
夏希は夏休みになっても実家には帰らず、かといって友達と遊んだり旅行に出かけたりするわけでもない暇な大学生だ。
夜間にカラオケ店でバイトをしているが、それ以外の時間帯は自由に使うことができるので毎日フカヒレに会いに来ている。
初めは敬語を使ったり使わなかったりと不安定ぎみだった二人の言葉や距離感も今ではギュッと縮まっていて、かなり親しくなっていた。
「今日もお美しいね、フカヒレさん。太陽に照らされる真っ白いお肌や短髪ツヤツヤな真っ黒い髪の毛、雄大に折り畳んで岩に座り込むモッチリお魚部分がとっても素敵! 今日も水かきを見せて!」
お弁当の入ったバッグを腕にかけ、パッと両腕を開いてフカヒレの元へ駆けて行くと、岩の上に座って日光浴をしていた彼が夏希に気がついて破顔する。
フカヒレはトプンと水面に飛び込み、一度全身を海に潜らせてから夏希の元へと泳いでいった。
急な水浴びはスキンシップ多めな夏希に対する無言の抵抗というわけではなく、純粋に日光浴後の彼の癖だ。
太陽の光で火照った体を海水で冷ますのは、サウナ後に水風呂に入るようなものなのだろう。
髪を掻き分けながら浜辺へ上がってくるフカヒレは気持ちが良さそうな表情をしている。
「フカヒレさんのダイナミックな飛び込み、大好き!」
近くまでやってきたフカヒレを、夏希が服や肌が濡れるのもいとわずにギュッと抱きしめた。
フカヒレも夏希を抱き返し、水かきの目立つ手で優しく彼女の背中を撫でる。
「ありがとう、夏希ちゃん。俺も夏希ちゃんの無邪気な笑顔が好きだよ。でも、夏希ちゃんは不思議だね。人間なのに人魚が好きなんてさ。俺のことも、人魚だって分かった上で好きになってくれたんでしょ?」
「そうよ。ダイナミックに泳ぐ姿と尾ひれに見惚れて、表情や顔なんかにも惚れて、それからフカヒレさんの性格が好きになったの。でもフカヒレさん、駄目よ。あんなに大胆に泳ぎ回っていたら知らない人に見つかって、捕まったり食べられちゃったりしちゃうわ。人間のには人魚を食べたら不老不死になれるって思っている人がたくさんいるんだから。それに、珍しいから捕まって、悪い実験をされちゃうわ。人目につかない岩場だからって油断し過ぎよ」
勿論、夏希が述べたような不安は思案の中に入っているし、フカヒレなりに気を付けようとは思っている。
しかし、彼女があんまりにも真剣な表情で注意してくるから、フカヒレはつい笑ってしまった。
すると、夏希が「大切なことなのに」と頬を膨らませる。
「ごめんね、夏希ちゃん。気を付けるよ。でも、そうだね。俺たち人魚が人間に食べられるなんて事件、もう随分と少なくなっていたから油断してたのかもしれない」
人魚の強靭な肉体は水中でこそ真価を発揮するが、陸上でも呼吸ができ、魚部分を器用に操ってそれなりに自由に移動することができる彼らは地上でもけっこう強い。
一対一で人間と戦えば、まず人間側には勝ち目がないほどだ。
仮に復数人がかりで襲われても近くに海があればそこから逃げ出すことが可能であるため、ショットガンや鋼鉄製の網など、特殊な武器や道具を使わなければ基本的に人魚を捕まえられない。
また、人魚の大多数は里から出ずに生活しているため、人前に姿を現す者自体が極端に少なくなっており、人間によって捕食された者はここ数十年で存在しないほどだった。
現在、人魚を捕食する存在は深海に住まう狂暴なボディの怪魚やクラーケンのような怪物ばかりである。
しかし、それらについても人魚たちは撃退や駆除の手段を持っているし、やはり無駄に強い肉体を持っているので、捕食される人魚の数そのものが相当に減っていた。
同胞が食われたと聞いても、感覚的には都市部に住んでいる人間が田舎で起こった野生動物による被害をニュース越しに見た時と一緒で、どこまでも他人事にしか感じない。
そのため、フカヒレはあまり人間に害されることに危機感を抱いていなかった。
「俺たちはあんまり人間って怖くないんだけど、でも、油断するのは良くないよね。ありがとう。気を付けるよ」
「そうしてね。特にフカヒレさんのお魚部分はプリプリしててスケベな上に少し美味しそうなんだから。ド変態に狙われちゃう!」
狙われちゃうも何も、ド変態はフカヒレの魚部分に興奮する夏希だろう。
おまけに初めてフカヒレの全身を見た時、胸を彩りながら隠す貝殻のビキニには随分と息を荒くして鼻血まで噴き出していた。
ちなみに、フカヒレ曰く男性でも女性でも人魚は胸を隠すのだが、貝殻を身に着けるのは結構お洒落な方で無頓着な者は布切れなんかを使うらしい。
丸めたティッシュを鼻に詰めながら、
「貝殻ブラジャー! 貝殻ブラジャーでおめかしなんて! 素晴らしすぎます!!」
と懲りずに鼻息を荒くする夏希にフカヒレは、
「お洒落って意味だよね? なんでそんなに興奮してるの?」
と、困り顔で首を傾げていた。
そんな、どこに出してもお恥ずかしい人魚好きの変態がフカヒレの魚部分に熱い視線を飛ばす。
すると、フカヒレが顔を赤くしながらゆるりと後ろへ後退して海へ逃げだす準備を始めた。
「う……だ、駄目だよ。齧ったりしたら駄目だからね」
「分かってるよ、大丈夫。美味しそうは冗談だから。私、お魚は好きだけれどフカヒレさんを本気で食べようとは思わないわ」
「うん。それもそうだけど、あのさ、人魚の尾っぽを噛むのって求愛の意味があるんだ。その、しかも、けっこうスケベぎみというか……」
魚部分をキュッと後ろに隠したまま、モジモジと目線を下げる。
そんな態度で求愛行動の話をすれば余計に夏希の鼻息が荒くなり、ズイッとフカヒレに寄っていく。
「ど、どのくらいのアレなの?」
「胸を揉むくらいはスケベ」
端的に話すと夏希が逃げ出すフカヒレの手を取って、俯く瞳を熱心に見つめた。
「噛みたいな、フカヒレさん」
「え!?」
「できれば噛みたいな、フカヒレさん! お願い!」
両手を合わせて頼み込まれたフカヒレは、「少し早い気がするけど」とか、「人間なのになんで?」と首を傾げつつ、やがて、
「少しだけなら良いよ」
と、ソロソロと尾ひれを差し出した。
「ありがとう、フカヒレさん!」
笑顔で礼を言い、早速とばかりに、はむ、はむ、とヒレや身のたっぷり詰まった魚部分を甘噛みする。
がっつく夏希にフカヒレはほんのりと赤い顔でソワソワした。
「夏希ちゃん、大丈夫? 生臭かったりしない? 俺たちは人魚だから平気だけど、人間には難しくない?」
羞恥の他に、種族間の感覚の違いも心配になって問いかけるのだが顔を上げた夏希の表情はだらしなく緩んでいて、瞳はドロリと溶けている。
真っ黒な目の奥で桃色のハートが沈殿していた。
「ふぇ? おいしいよ。海の味がして、大好き。照れてるフカヒレさん、かわいいね」
ヒレも噛んでみたかったんだけど、フカヒレさんの照れ顔も見たかったんだ~と、夏希がニマニマにやけている。
夏希は全身に軽く汗をかいていて、額もぐっしょり濡れている。
表情や口元、瞳の他に言葉もふわふわと緩んでいて、まるで酔っ払いだ。
「夏希ちゃん、顔が真っ赤だよ!? そんなに好きなの!?」
「うん。元々はフカヒレさんの尾っぽに恋をしたからね。おいしい、おいしい」
ちゅ、ちゅと音を立てて尾っぽにキスを重ねる。
それから口に柔らかい尾ひれを押し込むとモニモニと食んだ。
人間から見ればイカれた性癖持ちの共感できぬ求愛行動であり、「うげ……」とは思うかもしれないが、放送禁止レベルの過激なスケベさはない。
だが、人魚から見ればR―15は固いドスケベな行動をとっているのが夏希だ。
フカヒレは硬直したまま夏希を見守っていたのだが、ふと油断して彼女が尾っぽから顔を放した瞬間にヒュッと魚部分ごとヒレを背後にしまい込んだ。
「このスケベ! 少しだって言ったでしょ!」
「んぇ? ごめんね、かわいくて。真っ赤になってるフカヒレさんも好きだな~」
フカヒレ以上に真っ赤な顔でへへへ~と言葉を重ねる。
それから、「もうちょっと~」とフカヒレの引き締まった腰回りを指でつついた。
「コラ! くすぐったいよ! それだけのことを夏希ちゃんはしたの! 人が大人しくしてるからって……反省してよね!」
「ん? うん、ごめんね。えへへ、フカヒレさん大好き」
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