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歪みの底の灯火を抱く  作者: 草原
第一章
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第一章-2

 関門には兵士が三人立っている。その内の二人はそれぞれの列をさばき、残りの一人が後処理の手続きをしているようだった。

 ようやく簡素な木造の審査場らしい薄暗い部屋に通されると、ミナとロディの前に1人の兵士が立った。ロウソクの明かりが珍しく、ミナは部屋をきょろきょろと見渡す。とにかく暗いし、狭い。砂埃の匂いが鼻についた。


 対応する男は厳つい男らしい男で、薄い緑の白髪を短く刈り上げてツンツンと立てていた。つり目がちの鋭い目元が、どこか神経質な印象を与える。

 白の隊服は少しだけくしゃりと着崩しているが、はだけている訳でもなくて上手いこと似合っていた。


「名前を」

「……あ、ミナです」

「…ロダンティシ」


 ロディはぶっきらぼうにそれだけ呟いた。


(…そうだっけ???)


 ミナはチラとロディを見て、すぐに元に戻す。偽名ってなんかいいな、と思いながら。

 男はフードを被るロディを訝しげに見つめ、ロディの前で手を振って脱ぐように指示をした。


「なんだその布は。脱げ」

「あ、その。ええっと……」


 咄嗟に声をあげたミナに、男は目線だけを一瞬投げてから、すぐにロディのフードへ手をかけた。


「あっ」

「…………ほう、随分と。それにしてはまともそうだ」

「や、えっと……その、」

「そのままでいい。心配するな、お嬢ちゃん」

「ほ、本当?」


 男は静かにボードの紙に何かを書きつける。だがミナの心臓は焦りからかうるさいくらい高鳴っていた。だって、外でロディほど真っ赤な髪の人はいなかったのだ。

 ミナは嘘がそれほど上手くない。下手ではないしいざとなれば腹をくくるが、ただ単に罪悪感に押しつぶされそうになるから苦手だった。軽い気持ちで嘘をついても、あとあと後悔と自責の念に囚われる。それで、それもまたすぐに忘れる。


 慌ててロディを見ると、不機嫌そうだが何も言わない。心配そうに視線を向けると、ロディは目を細め、宥めるように背中を柔らかく叩いた。


 バレたら大事になるのでは、とミナは思っていたが、どうやらそうでもないらしい。ロディも兵士も、そのまま会話を続けている。ミナだけが状況を飲み込めていなかった。

 兵士はひと通り何かを書き終えてようやくミナへ向き直り、「ふむ」と目を眇めた。


「二人の関係は?」

「あ、…っと……ええと、友達?」

「護衛だ。彼女に雇われている」


 言葉に詰まったミナの代わりに、ロディはさらりと適当を並べた。先程のやり取りで、ミナがこの手のやり取りに向いていないことに気づいたらしい。反対にロディは、嘘がそれなりに上手いらしかった。

 飄々としていて、少しの隠し事もないような大胆さがある。ロミナはその様子に、根拠のない安心を覚えた。

 兵士の男がジッとミナを見据える。


「この男を雇っている書面は無いのか」

「えっ……いやー…」


 思ってもいなかった質問に、ミナは面食らったようにロディを見る。

 そんなもの、ある訳がない。


 ロディはそんなミナをチラリと見やり、そっと頭を撫でた。別に何の策略も用意も無かったが、ロディは態度を崩さない。焦りからロディを引っ張ると、彼は体をかがめてミナの耳元に唇を寄せた。


 囁き声が耳朶をくすぐる。


「別にこの国にこだわる理由もないだろ。いざとなれば飛んで別の国に行ける。いくらでも適当に言っていい」


 ミナは目を丸くする。言われてみればそう、だけど。それってアリ?


 安心させるように叩かれた肩に、なるほどと頷く。ロディは嘘が得意なのではなく、ただ目の前の人間がどうでもよく、本当にどう思われるかを気にしていないだけらしい。


 ロディはその気になれば、一瞬でこの国を灰にすることが出来る。人の世界に準じてこうも面倒な会話や仕草も真似るのも、全部が全部ミナのためだった。そしてミナも、わざわざこの国に執着している訳では無い。何を怖がる必要があるのだろうか。


 この国に入れなかったら、別の国に飛んでいけばいい。確かに、絶対にこの国に入らねばならない理由はひとつも無かった。


 ―――無い、けど。でもやっぱり面倒だし大事にはしたくない。


 ミナは緩く頷いて「でも、」と呟く。ぎゅうっと掴んだロディの服を握りこんだ。

 その内にひそひそ話ばかりして答えない二人に痺れを切らし、兵士の男が嘆息する。


「…はぁ、無いんだな。王都に入る目的は?」


 ロディはミナの様子を見て少し考えて、一番無難かつ歓迎されるであろう応えを答えた。


「……聖都の巡礼だ」

「ほう!」


 兵士は大きな声を上げて頷く。

 急に変わった声色にぎょっとして、ミナはそっとロディの後ろから兵士の男を見上げた。

 さっきまでの死んだような顔色は変わらないが、目が爛々と輝いている。……怖い。


「なるほど、なるほどなあ。そりゃあ上手くいきゃあいいが。今の時期は多いんだよな、恵みを得るために聖都を目指す奴らが。……なんだ、カタになりたいのか?」

「……必要なら」


 ニコニコと笑いながら兵士の男は機嫌よさげに手を擦り合わせるような仕草をして、まるで人が変わったようにロディの背中を叩いた。ミナはそっと男から離れる。


「ま、許可証は出してやるさ。その髪で巡礼なんて言われちゃあな……」


(情緒不安定すぎない…?)


 急激に距離を詰められたロディを見ると、心底嫌そうな顔で兵士の男を見下している。こっちも怖い。


「この国に来たのは正解だ。白の国と名高いフォタルバへようこそ!」


 ドッーー


 兵士に何かを言おうとロディが口を開いて、肩に乗せられた手を払ったその瞬間、鈍い音が隣の列から響いた。


 音のした方をミナが振り返るよりも先に、ロディがミナを抱き込み、顔を胸元に埋めさせる。


「えっ」

(な、何?)


 訳が分からないままだったがミナはそのままロディにしがみつき、じっと体を固くする。見てみたい気持ちはあったが、怖さの方が勝った。


「正真正銘エルフの髪だって言ってんだろおが! ナマ言ってンじゃねえぞ! あぁ゛!?」


 ガキィッと木の軋む音がする。

 喚き散らす男が荷車を蹴り上げた音だ。


 どうやらミナたちと同じく兵士に止められているらしく、男たちは四人の集団で兵士に掴みかかっていた。


 ロディが素早くミナを抱き上げる。

 森や道中での経験からか、実にスムーズだった。


「ったく……飲まれてんのか? おい、お前らは行っていいぞ。くれぐれも騒ぎを起こすなよ」


 ミナ達を対応していた兵士が投げやりにロディへ手を振り、そのまま騒ぎの方へ走って行った。


 ミナはロディと目を合わせて、大変なことになっている隣を見た。取っ組み合いだ。薄緑色の髪をした男が暴れ、兵士がそれを押さえつけている。

 荷物から、兵士に見せるために取り出したのか地面にまばらに薄緑色の糸が落ちていた。


 ――あれが、エルフの髪?


 はっとしてミナはロディを促した。触らぬ神に祟りなし。


「い、行こ。早く、気が変わらないうちに」

「……ああ」


 進むと、他の対応をしていた兵士が、特に何も言わず紙とペンを持ってくる。


「こちらに名前をお願いしますねぇ」


 にへらと笑う兵士からそれらを受け取り、ミナが二人分の名前を書こうとして、固まる。文字、日本語しかわかんない。

 ペンを片手に進まない私に気づいて、兵士は「あの?」と訝しげな顔をする。


「あ、……文字が、書けなくて」

「ああ、なるほど。こちらで代筆しますよ、お名前は?」


 良くあることらしくサラリと流される。ミナはすごすごとペンを渡し、二人が名前を告げるとそのまま記載して兵士はろくな確認もせずに門を開けた。


「楽しんで〜」


 やる気のない男らしく、あの騒ぎに駆け寄る素振りもない。よく見ればひょろっとしていて、戦闘向きではないのかもしれない。


 そのまま呆気なく王都へ入り込むと、すぐに騒がしい人の声が聞こえ始めた。

 夜の街道に明かりが灯り、人々の生活音が混ざる。


 等間隔の光が妙に現実感を欠く。ずっと森にいたせいだろうか。


 久しぶりの感覚に目を奪われながら辺りを見渡す。石造りの家が並ぶ綺麗な街並みだが、どこか空気が悪い。綺麗な飾り付けがそこかしこに見受けられ、夜でも華やかな印象を受けるのに不思議だった。


 それでもやはり、空気が重く、どこか酔ったような雰囲気に感じた。


 ミナが体を捻ってロディを叩く。


「ね、下ろして。ちゃんと歩く」


 ロディは逡巡して渋ったが、結局折れて顰め面のままミナを地面に下ろした。そのままロディは流れるように手を取る。


「ン、まあいいけど……まずは宿屋かな? お金、足りるといいんだけど…」


 繋がれた手に恥じらいながらも、ミナはそれをそのままにした。むしろ、安心する。

 二人並んで歩き、往来を見渡す。門の近くのせいか、宿泊施設や食事処らしい看板がちらほらと見つかる。


 外観のまだ綺麗な店を選んで入ると、店員らしき女性が「いらっしゃい!」と元気よく声を上げた。

 可愛らしい薄赤色の白髪の女の子だ。


「あ、どうも。空いてますか?」

「んー、二人部屋でいーい?」

「えっ……えっ?」


 ロディと女性を見る。


「個室は有難いことに満室なの。これも感謝祭のおかげだね」

「か、感謝祭…ですか?」

「あれっ、……あ、この国では初めて? じゃあ明日は楽しんでね! 三日はやってるからぜひ行ってみて!」


 わくわくと楽しそうな彼女に相槌を打ちながらも、内心は部屋のことでいっぱいだった。

 視線に気づいたロディはミナを見るが、何も気にしてないみたいに首を傾げるだけだ。


(部屋……二人部屋…、ロディと……!?)


 店員はニコニコしながらカウンターに肘をつき、無駄話をする気満々だ。チラリと店の奥を見て、声のトーンを落とす。

 奥では別の人がせっせと働いているのが見えた。


「感謝祭、は……ええっと。どんなお祭りなんですか?」

「ええっ!? し、知らない? 明日は満月だよ…!? 他の国では別の名前なのかな……?」


 驚愕してすこん!とペンを落とした彼女に、ミナは慌てて宙を見上げてそのまま思わず知ったかぶりをする。

 大根役者だったが、目の前の女性は気づかない。


「あ、あー……えっと、長旅で忘れてました。満月でしたね!」

「あ、そっか、お疲れ様。そうそう! だからみーんな大忙し! ね、他の宿屋もきっと満室だし……二人は恋人?」


 ミナはぎょっと目を剥いて慌てて首を振った。


 そっとロディの顔色を伺うが、表情の変化は分からない。目が合うと、ロディが「友達兼護衛だな」と何の気なしに答えた。


「あらら……でも本当に部屋は満室なんだよね。多分何処も似たようなものだけど、別の宿屋に行ってみる?」


 店員さんが困った顔で仕方なさげにそう囁く。えっと、とまごつきながらミナは話の真偽に混乱していた。


(ど、どうしよ! 嘘には思えないけど……でも……)


「泊まらないのか? いい加減ベッドで寝たいって言ってたろ?」


 何も気づいてないようなロディがミナに聞き返す。針のむしろだ。

 ミナは考えて、熟考して。こんな街中で野宿だけは嫌だし、安全のためにも仕方ないと渋々、苦渋の決断で懐に手を入れた。


「ぐっ、……う、ふ、二人部屋で、お願いします…」

「わ! ありがとうございます! それじゃあ一泊おひとり様2000リッカだよ!」


 取り出した袋には、金貨・銀貨・銅貨らしき硬貨がじゃらじゃらと入っている。銅貨が異様に多く、金貨は片手で数えられるほどしかない。

 ミナは「2000…」と呟きながらとりあえず金貨を一枚、取り出した。


「これで…」

「あ、金貨…金貨!? ええっと、何泊?」

「……何泊できます?」

「えーっ、ちょっと待って、計算苦手なの。20……もうちょっとあるかな……う、うーん……20でどう?」


 明らかな計算の怠慢に、ミナはむっとして金貨をしまう。店員さんがああっと悲鳴を上げたが、代わりにミナは銀貨を5枚ほど出した。


「金貨……」

「何泊できます?」

「ご、5枚だと……ふたりで2日かな。もう2000リッカあれば3日!」


 突然キョドり始めた店員を不思議に思いながらも、少し考えて袋からもう1枚銀貨を出して渡す。

 銀貨が1枚で2000リッカ……変な気持ちだ。


 現金にもパッと顔を上げてお金をしまい込み、屈んでカウンターの下からガチャガチャと音を鳴らして彼女が鍵を取り出す。それをミナに渡して、ボードの紙に伝えたミナとロディの名前を書く。部屋番号と簡単な注意事項を説明してようやく宿泊手続きは終わった。


 石造りの重苦しい雰囲気のある家屋で、建物は二階建てだ。明かりは蝋燭からなので薄暗く、見づらい。


 部屋に入り、ロディが荷物を置く。

 ミナは部屋に入った瞬間、目に飛び込んできた大きめのベッドひとつに目を丸くして、「えっ」と声を上げて見渡した。


「何だ?」

「ベッド…ひとつだよ……」

「そうだな?」


 気にした様子のないロディを二度見して、ミナは「うそぉ」と早計だったと早くも二人部屋にしたことを後悔していた。






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