第一章-14
「さて、レオンから聞いている者もいるだろうが、今日は彼、ロダンティシの実力を見たいと思っている。満足いくようであればこの屋敷で君たちの指導をしてもらうことになるだろう。
そしてロダンティシはミナさんの護衛だ。もし彼がここで指導をすることに決まっても決まらずとも、ミナさんには―――」
ああ、と聞きたくないような言葉をミナはぐっとロディにしがみつきながら聞いた。
「私の子飼いの子としてこの屋敷に住まわせることになる。私の子として、心して接するように」
ざわりと集団が震える空気を感じる。
ミナもおんなじ気持ちで、そっとロディの服を握る手に力を入れた。
つまるところ、全てはミナとロディのまったくもって普遍的でない髪や瞳の色のせいだった。
言わずとも知れた赤いドラゴンであるロディは、世間では色付きと呼ばれ蔑まれる真っ赤の髪と瞳だ。そしてミナはこの世界に来てからは一般的な白髪と白目というおかしなところなど何もない容姿、のはずだった。
しかしヴァイスがあの応接室で説明したところによると、ミナの容姿はロディの奇特さとトントン…大げさに言えばさらに特別なものだったらしい。
ミナは内心「そんなバカな! 隠さなくても皆普通だったのに!」と叫んだ。
しかし事はそうわかりやすくはない。
ヴァイスはミナを見て、すぐにミナの髪色に目を奪われた。
白髪だと聞いていた髪はどう見ても銀髪だし、瞳に至っても同様だろう。つまり、それは本物の月に愛された色だ。
「平民の間では周知されていませんが、白髪と銀髪は大きくその意味合いが違う。…そう、教会に行ったのだったね。聖職者の方々がその特別さに気づかない訳がないと思うのだけど?」
そんなヴァイスの問いかけに、ミナはあのやけに丁寧で親切なシスターを思い出した。あの大司教はそんな雰囲気はなかったし粗暴だったが、確かに、シスターはあの短い邂逅でわざわざ紹介状まで書いてくれたのだ。
それが、ミナが銀髪だったからだとでも言うのだろうか。
「どうやら思い当る節があるようだ」
「……少し。えと、じゃあ、銀髪はなんで特別なんですか?」
「ふむ……それは少し難しい質問だな。わかりやすく言えば、今白の国に銀髪は王族と上位の聖職者にしかいない」
ぽかんとミナが口を開ける。
「そして銀髪の者は、総じて色付きにならないのだ」
ヴァイスはある意味ミナたちを救ったとも言える。知らないまま市井で銀髪を晒して暮らしていれば、いつかとんでもないことになっていた可能性がある。そもそも、王族にしかいないのであればまずミナをその系譜であることを考えるだろう。
しかし今王族に行方不明者はいないし、聖職者も同様だ。ぽっとでの銀髪なんて、危ない匂いしかしない。
そこでヴァイスはミナを目の前で見て銀髪であると看破してからは、どう彼女を取り込むかということを考え始めた。
ミナとロディの二人は互いに信頼しているようで離れる気はないようだし、悪意も感じない。レオンをだしに公爵家に取り入ろうとしたという選択肢をヴァイスはすぐに放棄した。
それにしてはミナもロディも無知で無謀すぎる。
ヴァイスは確かに、どちらにとってもよい提案を考え付いた。
―――ミナを公爵家の子飼いの子として囲い、いずれ聖職者として立てる。
聖職者に銀髪の者がいるのは王家の血を入れているからに他ならないが、違和感は少ない方がいい。選択肢がそれしかないとも言える。
裏でミナをどこかの聖職者の落とし子とでもしてしまえば問題は消えるだろう。
銀髪であればある程度の地位は約束されたようなものであるし、その子を幼い頃から育て庇護をしたヴァイスは大きな利益と影響力を持つ。
そんなことを説明して、ミナとロディは最終的にヴァイスの言葉に頷いた。
彼の言葉の真偽について疑問は少しあったが、ミナは目の前の誠実そうな男がそんな大仰な嘘を吐くとは思えなかったし、公爵邸での暮らしと言うものに多少の憧れがあった。
なんせ、市井の宿では満足にお湯で体も洗えないので。
ミナのすることと言えば、教会のしきたりや行事を学びたまに顔をだすことくらいらしい。あのシスターの丁寧な印象も相まって、そこまで大変な仕事だとは思えなかった。
ロディはミナが仕事をすることに多少反対もしたが、結局ミナが是と言えば彼は従う。それに、ヴァイスがミナだけでなくロディも共に屋敷に置いていいと言ったのもよかった。
ロディはそのまま、ミナの護衛として雇ったままでいいと言うのだ。
何とも破格の待遇に、結局二人はヴァイスの申し出を受け入れた。
しかしそれとこれとは話が別で、騎士たちの指導をするというのはロディの実力を見ないことには始まらない。
ロディは上着を脱ぎ、ヴァイスに貸与された練習用の木剣と共にゾランと対峙した。
周囲の騎士たちとヴァイス、ミナの見守る中二人が剣を構える。
素人目に見ても、ロディの構えは堂に入ったものだった。腰を低くし、相手を真っすぐに見据えている。
微動だにしないまま数秒後、ヴァイスの合図でゾランが飛び出す。
びゅんと風の音が聞こえたと思ったらカンッという軽い音が響き、またそれが繰り返される。
ミナはそのスピードについて行けず、ただゾランが攻めロディが防戦一方であるということだけ理解できた。
ゾランが剣を振り、それをロディが同じく剣で弾く。
(わあ、はやーい…)
とはいえ、ミナはハラハラとしながらも全く心配はしていなかった。
だって、ロディはドラゴンなのだ。
あんな木の剣で怪我をするはずもないし、致命傷になることも無い。剣術で負けるかもしれないという不安は多少あったが、ミナにとってそれは重要な事ではなかった。
騎士たちがゾランへとヤジを飛ばす。
「おせーぞー!」「そこだ! 飛び込め!」なんて無遠慮な応援で、仲の良さが察せられる。
凪いだ気持ちでそれを聞いていたミナは、その中の一言を聞いてドキリと胸が鳴った。悪い意味で。
「そんな色付きのバケモン、ぶちのめしてやれ!」
叫んだのは比較的真っ白の髪の青年だった。
信仰深いのかもしれない。
ミナはぐっと眉根を寄せて、激しく攻防する二人を見る。
勝てても勝てなくてもいいと思っていた戦いが、急に負けられない決死の勝負のように思えてならなかった。
だからそのまま、ミナは口を開いた。
「――ロディ!」
叫びではなかった。応援でも。
ただ、言われっぱなしなのが気に食わなかったし、その内容にもカチンときた。
そんなミナの心情が吐露された無意識の呼びかけだ。
それまでずっとどっちつかずの反応をしていたミナを、きっとロディは感じていただろう。
そんなミナの、言葉少なな一言だ。
パチ、と戦闘中のロディと目が合った気がした。
それで、あっとミナがこぶしを握り締めて前のめりに傾いた瞬間、ドサッ…と砂のこすれる音と砂埃を上げて敗者が決まっていた。
ミナには何が起きたかわからない。
「―――勝者、ロダンティシ。随分遊んでいたな?」
「…どの程度かと確認をしたかった。別に、不安にさせる気はなかったんだよ」
ロディの言葉を視線はミナに向いていた。
困ったような顔で頬をかきながらロディがミナへと近寄る。負けたゾランには見向きもしない。
服の砂埃を払い、ロディがミナの頭を撫でた。
「勝ってほしかった?」
「…ちょっとね」
「じゃあよかった」
まあ、つまり、ミナの杞憂だったのだろう。
涼しい顔でミナの横に陣取るロディを見て、ミナは損をした気分で口角を上げた。結局ロディが圧倒的な実力で勝って嬉しいのだ。
その後のロディは最初の防戦一方が嘘のように騎士たちをなぎ倒していった。
初めの攻防である程度騎士の実力や傾向がわかったのか、早すぎて何も見えない勝利ではなく、剣の側面でぐっと腹や肩をたたくようにして勝っていく。
素人のミナはわかりやすい勝ちに「つよい!」と無邪気に喜んでいたが、騎士たちの反応は様々だ。
「あ、あの団長補佐まであんなに簡単に…!?」
「アイツ、俺らの事なめ腐ってねえ?」
「みょ~に勝ち方がお綺麗だわな」
「…ああ、なるほど? ヴァイス団長とレオンの審美眼は確かってわけだ」
結局ロディはヴァイスの指示した騎士たちに全て快勝した。
負けた騎士たちは不満げな顔をする者や、憧れの目でロディを見る者と千差万別で、ミナは意地が悪いとは思いながらも帰ってきたロディの手を引いてきゃっきゃと控えめに喜んだ。
「かっこよかった! ロディ、めちゃくちゃ剣強いじゃん!」
「まあ、一時期怒涛のように見てたしな…それに、俺の見る騎士は多分精鋭だけだったし」
「あ~…確かに。それはそうかも? でも、ロディがそれを出来るってやっぱり凄くない? 剣、好きなの?」
「……ん、好きになった。勝つとわかりやすくミナが喜ぶ」
かあっとミナの頬が赤らむ。
さっきまでの冷たい真顔でスイスイと騎士たちをなぎ倒していたロディとは打って変わって、ミナの前でのロディは柔らかくはにかむ優しい男だ。
そのギャップもさることながら、真っすぐな口説くような言葉に翻弄される。
ミナだってその言葉に深い意味がないことくらいは理解できるが、それとこれとは話が別。
甘い言葉は恥ずかしいし、ちょっとだけときめいたりもする。
照れ隠しにすっかり癖になった両手を上げる催促をすると、ロディは心得た様子でミナを抱き上げる。身長差の大きな二人はそのくらいでちょうどいい。
対戦の後始末を終えたヴァイスたちがミナへ声をかけ、イチャイチャしている二人に肩を竦める。
「お二人の関係に口は出さないがね、一応人前では慎みなさい。……ロダンティシ、君の実力は思った以上だったな。テレノールまで簡単にのしてしまうとは思わなかった」
びゃっと気恥ずかしさに気づいたミナがロディに下ろしてもらうと、ヴァイスが大きくうなずきながらロディをほめた。テレノールは団長補佐と言われていた男だ。
「みんなそこまで実力は変わらなかったが」
「はははっ、やはり豪胆だ。それが許されてきたんだろう…その自信も頷ける。ああ、勿論合格だ。詳しい雇用形態は書面で用意しよう…まずは彼らの鼻を折ってくれてありがとう」
そのままロディは広場に居た騎士たちと簡単な自己紹介をした。
ぼろぼろに負けた騎士たちは思うところはあれど、ヴァイスの決定に異を唱えることも無くロディのことを受けいれる。
結局は無法者ではなく騎士なのだ。上の決定には従順だし、ある程度の正義感や純朴さがある。
すっかり騎士たちに受け入れられたらしいロディを見つつ、ミナは自分の今後を思ってぼうっと「なんとかなれ~」と胸中で呟いた。




