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歪みの底の灯火を抱く  作者: 草原
第一章
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第一章-13

 ミナとロディはレオンに連れられ、貴族街の一等地、アルカイオス公爵邸に来ていた。


 仕事の依頼をしたその次の日、レオンはあっけらかんとした様子で「いいって!」とミナとロディを連れ出したのだ。

 そう、2人を。


「ここが…? 絵本みたい…!」


 ミナは背の高い門や真っ白の広い壁、まるで童話の中のお屋敷のような外見に興奮気味に目を回す。

 少し無骨な印象を受けるが、それでもこんな見事な家を見たことの無いミナにとってして見ればほとんど変わらない。


 楽しそうなミナの様子を見て、レオンも嬉しそうに自慢げな顔をした。


「そうだろ! ヴァイス様のお屋敷、貴族街では1番だからな。……まあ、あっちの王城には負けるんだけど…」


 つい、と見上げたのはここからでも見える位置にある城だ。さもありなん。王城よりでかい邸宅などある訳もない。


 レオンの軽口にクスリと笑い、ミナとロディはそのまま応接室のような部屋へと案内された。

 屋敷の中も絨毯が敷かれた広い廊下に重厚な作りの扉と見応えがあり、ミナはワクワクとした気持ちと緊張とで目を回す。

 レオン曰く、面接はこの屋敷のあるじであるヴァイス様であるからして。


「この部屋。……大丈夫か?」

「大丈夫……緊張してるだけだから」


 ミナの様子が相当おかしかったのか、レオンがへたりと眉を下げて心配そうに呟く。それに小さく頷きながら、ミナはそっと背中を撫でてくれるロディの体温に合わせてゆっくりと深呼吸をした。


 とはいえミナも偉い人というのは分かるが、公爵家がどれほど偉いのかは知らないし、ましてやヴァイス様の事なんて何も知らない。

 仕事の面接と言う点だけで見れば、ただの会社の上司と同じことだ。

 そんな屁理屈を捏ねながらどうにか落ちつき、レオンに目線で「いいよ」と促す。


 レオンは頷き背を向け、ノックの後ガチャリと扉を開けた。


「失礼します。お客様をお連れしました」

「し、失礼します…」

「……」


 パチリと目が合う。

 男性らしい筋肉が目に見える体に、シュッとした騎士団の制服らしいものを着ている。白髪混じりの髪はまとめて後ろに流しており、目元にはシワが刻まれていた。


「ああ、こちらがレオンの恩人様かな? ようこそアルカイオス邸へ、…とはいえほとんど王城にいるのであまり帰らないのだけどね」


 柔和な笑みは人好きのする顔立ちを印象付け、ミナはほっと肩の力が抜けるのを感じた。

 第一印象は気のいいおじさんだ。


「あ、その……こちらこそ、ありがとうございます。わざわざヴァイス…様に話をしていただけるとは思ってなくて……。ええと、こちら、ささやかではございますが…」


 ミナは持っていた箱を取り出す。日本人気質が顔を出して、手土産を買っていた。


「ん? ああ、ありがとう。こちらは?」


 レオンが箱を受け取り、ヴァイスに渡す。中身はインク壺だった。

 1番オーソドックスと言えば菓子折りだろうが、お菓子は馬鹿みたいに高かったし、なにより偉い人は毒の警戒をするものだという印象がありミナは食べ物を避けて考えた。

 その結果が、消耗品で使いやすいインクだ。


 かなり懐の寂しいミナにしては頑張った贈り物で、帰ったらいよいよ宝飾品を売ろうと心に決める。


 ヴァイスはインクを手に取り、物珍しげに目を瞬いた後にこりと笑って椅子から立ち上がった。


「まさか贈り物まで頂けるとは。申し訳ないが準備をしていなくて、この返礼品は今日の夕食でいかがだろう?」

「いえ、そんな…いいんですか?」

「勿論。さて、立ち話も何だしこちらにどうぞ。そちらの男性も」


 これまで一言も喋っていなかったロディにヴァイスが声をかける。

 ロディはチラとヴァイスを見たが、口を開くことなくミナと一緒に向かいのソファへと腰掛けた。


 いつの間にかレオンがポットとカップを用意し始め、ヴァイスと二人の前に紅茶を置く。

 例をしつつかぐわしい香りと暖かな湯気に誘われるようにしてカップに口をつける。お金持ちらしく味も匂いも精錬されている気がして唇が上がって、ようやく色々なことが見えてきた。


 目の前の品のいい男はにこやかに笑いながらもやはり紳士的で、食えない大人という印象を受ける。部屋は広めの執務室…この場合は応接室だろうが、調度品やソファも質のいいものであることが伺えた。ミナは目利きなどできないので雰囲気だけだが、間違いではないだろう。


「それで、ええと……本日はロディの雇用についてお話を伺えると聞きましたが、間違いないでしょうか?」

「ああ、勿論。レオンの恩人だというからできる限り手助けをしたくてね。レオンから聞いたが、ゆくゆくは指導をしたいと?」


 目線がロディに向き、緩やかな口調であるのに緊張感を孕んだ声が落ちる。

 釣られてミナもロディを見ると、視線が交わる。


「ン…そうだな。剣術に関してはどの程度なのか一度見てみたい。教えることが出来ないと思えば諦めて兵士として準じよう」

「…ほう? 随分自信があるようだ。剣術はどちらで?」

「ああ……、行き刷りの騎士だ。教えというよりも、見て覚えたことの方が多いからな…モノにならないことは無いと思うが、最悪別の仕事でもいい。給与が高い仕事であれば大抵のことはやる」


 ロディの坦々とした嘘に目を丸くしながらも、その真意に気づいたのはきっとミナだけだろう。


(見て覚えたって、それ、絶対敵としてじゃない…?)


 確かに教えられてはいないだろうけど、本当にそれで剣術が扱えるのだろうか。

 とはいえここまで来てしまえばミナにできることは無い。大人しくヴァイスの沙汰を待つしかないので大人しくロディの剣術が通用することを祈る。


「はははッ、豪胆な男だ。気概もある。……ふむ、ではこの後うちの騎士の練習でも見て、少々テストじみた事でもしようか」

「ああ、それでいい」

「さて、それでお嬢さんのことだが」

(え? なんで私!?)


 ミナがぎょっとして目を見張る。

 ココへはロディの仕事の面接に来ただけで、ミナは関係ないはずだ。ロディも一緒になって訝しむと、ヴァイスは軽快に笑い飛ばして「いい話だよ、そう警戒しないでくれ」とミナ達を落ち着かせた。


「私にも用事が?」

「ああ、聞けば彼はお嬢さんの護衛なのだろう?」

「え? ……?」

「おや? 入国書類にはそう書かれているが、違う?」

「……あ。あー、そう、そうですね。あってます」


 ミナはぼんやりと入国審査でのやり取りを思い出した。

 ミナとロディは入国時、お嬢様とその雇われの護衛だと説明した。その記録が残っているのだろう。なぜ、と考えて一瞬で答えにたどり着く。


(そっか、騎士団長だもんね……調べればわかるのか……、盲点)


 垣間見た権力にミナはほう、と息をつきながら感心してヴァイスとレオンを見た。つまり、彼らは昨日の今日で名前だけの情報からその入国記録までを調べ上げたのだ。

 確かに貴族の家で雇うともなれば身辺調査は必要だろう。少しばかり肩を竦めたいようなむっとしたいような気分であったが、悪事でもないわけで仕方なく納得する。気分は犯罪者だ。


「つまりだね、護衛の君を私たちが雇っては本末転倒だろう。そもそも、お嬢さんが君を雇っているわけだからそれは二重雇用だ。給与や命令系統に齟齬が合ってはいけない」

「……た、確かに…!」


 言われてみれば当然のこと過ぎて、ミナは今度こそ思わず大きく頷いて納得してしまった。

 ミナとロディにしてみれば雇用などしていないのでそんなものは杞憂以外の何物でもないが、あくまでそういう設定にしたのは自分たちだし、今更嘘でした、など通らないだろう。

 ミナは二重雇用などよく知らないが、騎士という職業的にいろいろとダメそうなのはなんとなくわかった。


 そっとロディの顔を伺えばロディも難しい顔で顎に手をやっている。

 やはりロディにとっても青天の霹靂だったのだろう。


 ヴァイスはそんな二人のわかりやすい様子に声を上げて笑い、余裕を感じさせる動作で紅茶を一口飲む。その動作一つでこちらを咎める気はないのだと伝わってくるさまだった。


「ははっ、素直なお嬢さんだ。勿論疑ったりはしていない。君たちは純粋に働きたいだけだろう? さて、そこで問題が浮かんでくる。…わかるかね?」

「……えっ、なんだろ。信用問題とか…?」

「まあ、あながち間違いでもないな。騎士は王に忠誠を向けるものだ。しかし、お嬢さんと契約したままだとその部分が曖昧になる。…有り体に言えば、お嬢さんが危険な時に陛下から勅命が下ればそちらを優先しなければならない」

「無理だな」

「……さて、それでは騎士にはなれないな」


 ロディの間髪入れない断言に、ヴァイスは困った顔で告げる。

 それではこのまますごすごと帰るしかないのだろうか?


 ミナはすっかりこの男が気に入っていた。

 上位者としての風格や言動は鼻につくが、立場を考えれば当たり前だし、何より話が分かりやすい。それに、気を抜いてぽつりと独り言の気分で呟いたため口を流してくれるくらいの懐がある。

 ロディの歯に衣着せない言葉も咎めずこうして一つ一つ教えてくれるのだ。


 しかしまあ、無理なものを押し通してまで騎士として働きたい訳でもない。

 ミナとロディはとりあえず金銭が欲しいだけで、仕事にこだわるつもりは元より無いのだ。


「ええと、じゃあ…別のお仕事を斡旋していただけませんか。ロディは力仕事は大抵できると思うし、私も一応掃除くらいならできます」

「おや、君も働くの?」

「まあ…必要そうなら……」

「ミナ、それは」

「それならとてもいい仕事がある」

「……えっ?」


 なんだろう。


 □



「やあ、仕事中すまない。一人実力を見てもらいたい男がいるんだ」


 ミナ達がヴァイスに連れられて出たのは公爵邸の鍛錬所らしき広場だった。

 数人の男が騎士の制服に身を包みはたまたそれをはだけさせながら、汗を拭っている。


 ヴァイスの訪問に気づいた騎士達は剣を振ることをやめ、後ろ手に手を組んで姿勢よく彼の言葉を待っていた。


「団長、言ってた用事ってそれですか? ……そこの色付き野郎が?」


 髪を短く刈り上げた男が声を上げる。

 それもそうで、ロディはすっかりフードを脱ぎその深紅の髪と瞳を晒していた。しかし当の本人はすました顔で微動だにしない。

 怒った様子のないロディにミナの方がムッとして、男を睨む。

 自分も過去に言ってしまった言葉だが、それとこれとは話しが別だ。だって、あからさまな侮蔑を感じる。


「やめなさい。これから君たちと共に剣を振るうかもしれない。……すまないな、ロダンティシ」

「いや、構わない。不快だが、わかりやすく人となりがわかる」

「……へえ、言うね」

「ゾラン」

「わかってますって、もう言いません」


 ゾランという男は肩を竦めて一歩下がる。ロディから外れた視線は自然とミナの方へと流れ、視線が合う。ミナはぎゅっと眉を寄せて逃げるようにロディの背中に隠れ、気づいたロディはふっと笑って大人しく壁役に努めた。


 空気の悪い応酬をどうにか収束させ、ヴァイスが騎士たちを集める。

 集まったのは言わば待機組の騎士たちだ。基本的に働く騎士たちは城の警護や街の巡回、その他持ち場についている。そんな中で団長の仕事についてきた彼らは団長の補佐役や警護、または見習いなどの騎士たちだった。


 ヴァイスが並べた騎士たちに向け、ミナとロディについて説明をし始めた。




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