第一章-12
レオンはその後、ミナの要望に難しい顔をして考え込んだ。
やはり初対面の人にお願いすることじゃなかったかもしれないと思い直し慌てて取り消すと、彼は首を振って力強く頷いた。
「…分かった。一度屋敷に戻って、ヴァリス様に聞いてみるよ」
「ヴァリス様? って……ええと、偉い人? いいの?」
「……ヴァリス様を……知らない、のか?」
信じられない、そんな顔をしてレオンが目を見開く。
そんなに有名人なのかと首を傾げるが、そもそもどんな有名人でもミナはきっと知らないし、ロディも知らないだろう。
きょとんとした顔のままレオンの問におそるおそる頷くと、彼は無意味に空を見回して、最早関心するように「へえ……」と声をあげた。
「そんな人、いるのか……。あ、旅の人、だっけか?」
ふいにここが宿であることを思い出したらしく、自分で納得した様子で頷く。
事実ではあるが、ミナが無知なのはまた別の理由なので見当違いだ。しかしわざわざ変に説明するのもおかしいのでそのままに勘違いさせておくことにして「そうね」と適当な返事をした。
そうするとレオンは何も知らない二人に対して懇切丁寧に、ヴァリス様がどういう人間なのかを説明してくれた。
曰く、ヴァリス・アルカイオスはこの王国騎士団で団長を務めておりアルカイオス公爵家の現当主様である。
軍の総括を任されており、王家に近い血筋を持つ筆頭貴族だ。
忙しい人だし、そう簡単に会えるような人でもないが、レオンの後見人がそのヴァリスらしく仕事の合間に屋敷に戻る時であれば話はできるらしい。
それを聞いてふと、思い出した。
あの駐屯所の彼はこの事を知っていて、ミナたちが落し物をダシにレオンに近づこうとする不躾な奴に見えたのかもしれない。
騎士団団長ともなれば敵は多いだろうし、それ以上に擦り寄るやつも多いだろう。
そんなことを知らないミナからすればやはり理不尽な扱いに思える。が、仕方の無いことだと納得もできた。
とにかく、レオンはそんなヴァリス様にわざわざ仕事のことを相談してみてくれるらしい。
「嬉しいけど、いいんですか? 後から大事になったりしません?」
「多分、大丈夫だと思う……。ヴァリス様は優しいから……そうだ、聞く前にまずどんな仕事がいいか聞いてもいいか?」
レオンのありがたい言葉にうなずき、考える。
そもそもこの世界で自分の出来る仕事なんて、雑用や掃除、あとは…水やり?
碌なものじゃない。自分の無能さに笑いが漏れながら何とかそう伝えると、レオンも「ううん…」と悩ましげな声を上げる。
悩みながら顔を見上げ、じっと見られていた瞳と目が合う。
そうだ、ロディの仕事も考えた方がいい。
「ロディはどんな仕事がいいとかある?」
自分とは違ってロディならいくらでもできる仕事がある気がした。
力仕事は勿論できるだろうし、聞いたことはないが剣も扱えるなら護衛や兵士にもなれるかもしれない。意外と世話焼きで細かいこともできるので、他の仕事でも意外と大丈夫だろう。
返事を期待して促すと、ロディはふいとレオンを見て、何てこと無いように告げる。
「一番金が手に入る仕事をする。それで、ミナはここに居ればいい」
「……えっ? な、なんで? 足手まとい?」
急に突き放されたような驚きと焦りが胸中を占め、慌ててロディへ近寄り服を掴む。
ロディは突き放すことなく慣れた手つきで背中を抱き、その温かさにほっと息を吐いた。
「そうじゃなくて…。ミナは働きたいわけじゃないんだろ?」
「ま、まあ、そりゃあ…ね?」
仕事の斡旋をお願いしている人の前で言うのは憚られたが、全人類結局はそうだと思っているので頷く。
しないでいいのなら、仕事は勿論したくない。
ロディはその返事にほらみろとばかりにうなずき、添えていた背中の手をぽんっと叩いた。
「じゃあやっぱり俺が働けば金は手に入るわけだし、ここで寝てていいよ。多分相当変じゃなければどんな仕事でもできる。…何がしてほしい?」
最後の言葉はレオンに向けてだった。
私はと言えば、ぽかんとしながら手の汗をごまかすようにロディの服で拭っている。
(そんなこと、だめすぎない?)
「…あー、へへ。いいな、そりゃあ……惚れた女には苦労させたくねえよな!」
「え?」
「…ん?」
にぱっと気のいい笑顔で言われた言葉に、二人して首をかしげる。
「そうだな……、一番金周りがいいのは……お兄さん、剣は使えるか?」
「一通り」
「剣術の指南をしたことは?」
「ないが、できると思う」
「うーん……よし。勿論実力がある前提で、ヴァリス様とか副団長にも見てもらわなきゃだろうけど、うまくいけば賃金は破格だ。
今ここらで、一番欲しいのは、剣術の指導者なんだよ。最近は森が騒がしくて、遠征が多いんだ。そのせいで、練習時の指導者の質に、ヴァリス様がぼやいてた。
だから、最初は兵士として雇う事にはなるけど、実力を示してくれれば役職も上がって更に給金は上がると思う」
レオンとロディで決まったかのように話は進み、いつの間にか仕事の話はミナの手から離れていた。
あっという間にレオンは近いうちに連絡をよこすと約束して、宿から立ち去ってしまう。それを呆然と見送り、「あ」とようやく声を出した。
二人きりの部屋でロディを見て、ぐるぐると考えた結果結局「まあ、いいか」と美味すぎる話を飲み込む。
本当にロディの剣術がお偉いさま方の目に留まって指導者として雇ってもらえてから考えよう。別に仕事を絶対にレオンの斡旋で決めなきゃいけないわけじゃないし、もっと給料が安くても別に構わないのだ。
まさかロディが離れることを自分から推し進めるとは思わなかったが、私の日頃の悪態まじりの呟きのせいだと思うと自業自得でもある。
実際金が心配になってぐちぐち「働きたくないな~」とぼやいていた自覚はあった。
でも、それとロディだけが働いて自分は家でゴロゴロするのは違うだろう。
(むしろ、罪悪感がやばくて落ち着かない気がする……や、めちゃくちゃ嬉しいし、出来ることなら怠惰に暮らしてたいけど……!!)
血涙を流しながらも感情というものは複雑怪奇で難しい。
ふたりでベッドに座り、ミナは体を横にしながらロディに聞いた。
「本当に一人で働くの?」
「その方がいいだろ? 働くにしても、ミナに力仕事は向いてない」
それは、そうかもしれないけど。
心の中で悪態を着いて自分の非力さを思い出すが、到底筋トレやそれこそ剣を持って修行する気にはなれない。
でも、ミナとしても掃除や庭のお世話くらいは出来ると思うのだ。
そう思い直して働けることをロディに伝えると、不思議そうな顔で首を傾げられた。
「……働きたいのか?」
「違うけど〜! だって……、申し訳ないし……」
ぽつりと呟いた声は耳のいいロディにはしっかりと聞こえた。しかし申し訳なさについては、難しい。
「なんで? 俺はミナの役に立てそうで嬉しい」
ロディは心の底から気にしていなかった。
そもそも、ロディは普段ミナの後ろにくっついて突っ立っているだけで、何もしない。それこそ暖かい体温に惹かれてか抱き上げたりするのを許してもらっているのだ。
更に遡れば人の形を貰った事も、あの山を出る気にさせてくれたことにも感謝している。
ロディはミナの役に立ちたかったし、ミナのしたくないことは極力しないでいいようにしたかった。
だから本当に、ロディが働いてそのお金でミナが幸せに暮らせるのならそれでいいと思っているのだ。
ミナは嫌味のない顔のロディを見て、山でのあのでかいドラゴンを思い出した。なんだかんだ世話焼きで、ちょっとしたことにも手を貸してくれてミナを甘やかす。
その時の、じっとミナを見つめる他意の無い大きな瞳だ。
ミナはう、と唸って何とかロディは気にしていないことを理解して、頷いた。
まあ、世の中には働くのが好きな人もいるわけで、全くミナには分からなくともそもそもドラゴンとは種族も違うのだしこれくらいの意識の不一致は然るべきだろう。
それに、まあ。
ニートには少し憧れもあった。
ミナは結局、自分の怠惰な気持ちに素直になることにした。




