第一章-11
太陽の沈み始める夕暮れ。
夕焼けの赤がロディの髪に乗って金色を作るのをすぐ近くで見ながら、 紹介状を片手に駐屯所のある街の外れまでミナとロディは移動する。
詰所は街の中にあったが、駐屯所は役割の違いからも辺鄙なところにある事が多い、そうだ。
そもそもの意味や役割もミナは知らなかったが、駐屯所は軍事行動の拠点としてそれなりに大きな施設軍である。一般人はおいそれと行かないし用事もない。
場所を聞くと街中には無いのでかなりの距離を歩くことになって、早々に音を上げたミナをロディは嬉々として抱き上げていた。
外装は白の混じる灰色の石で出来ており、無骨な印象を受ける。外壁の門の前に一人兵士が立っており、その出入りを監視しているようだった。
ミナは少し離れたところでロディに下ろしてもらい、男に声をかけた。
「あの、ここって駐屯所で合ってますか?」
「……なに? 確かにここは駐屯所だけど」
「教会のシスターさんに紹介状を書いてもらってて……ええと、人を探してるんです」
差し出した手紙を男が受け取る。
慣れた手つきでその封を開け、中を検めるのをじっと待つと、しばらくして男は手紙を封筒に入れてミナに返した。
「あの青脱者の紹介状、ねえ。……まあ、一応話くらいは聞けるけど、………ええと、人探し?」
格好を崩しながら頭をかき、男は困った様子でミナに尋ねた。詰所の男たちよりは柔和だが、どこか舐め腐ったような雰囲気を感じる。
「はい。白い髪に赤いのが混じった人、なんですけど。騎士団の人らしくて……分かりますか?」
「混じる? 薄い赤じゃなくて?」
「えっ……多分? なんて言ってたっけ?」
繰り返して問われ、ミナは慌てて大司教の言葉を思い出そうとする。しかし、生憎と詳しいニュアンスまでは覚えていなかった。
横のロディに顔を向けて聞くと、淡々とした返事が帰ってくる。
「……若い男だったが、髪がところどころ赤かったから探しやすいと思うぜ」
聞き覚えのあるセリフを唱えられ、ミナはあっ! と明るい顔をして兵士の方へ顔を戻した。
「そうそう、そう言ってました!」
「へぇ、そんならレオンかな。白髪だけど、あいつの髪って丁度ところどころ真っ赤で……」
「レオン?」
「そ、丁度ここで働いて…………あー、いや、今はいないか」
つい、と中を指さした男が言いながら固まり、そのまま顔を戻して髪を撫でた。
「今日は会えなそうですか?」
「そう言えばなんで探してんの? わざわざ青脱者に聞いてまでってことは、金もかけてるんだろ? ……アルカイオス団長に取り入りたいとか?」
「だ、団長……? や、ただ落し物を拾って……ちゃんと持ち主に返したくて探してるだけです…」
酷い言いがかりに、ミナはぎょっとして次第に言葉もしりすぼみになる。
理由を説明しても、男はなおも訝しげにミナを見た。
「落し物? ……こっちで預かれるけど。そういう意図がないならそれでいいだろ?」
ある意味、最もな意見だ。
ミナは男の態度に少しむっとしながらも、落し物は普通直接は返さないことを思い出した。
交番や警察を介すのは当たり前だし、目の前の男はこの駐屯所の兵士だ。
唸りながらも、ミナは鞄にしまっていた角を取り出す。それを兵士の前に突き出して、伸ばされた手に乗せた。
「じゃあ、お願いします。……いこ、ロディ」
受け取った男がそれをポケットに入れたのを見て、ミナはため息を吐きながらロディの手を引いた。
ロディは大人しく引かれるがまま歩いて、程なく大通りに差し掛かる辺りでミナを抱き上げた。
「怒ってる?」
ロディがミナの顔を覗き込んで、そう聞いた。
むっとした顔をしながらも、ミナはそれほど怒っている訳ではなかった。少し、鬼の角に関して話を聞きたかったのに、その機会を潰されたような気がして残念に思っていただけだ。
ただ、あの兵士の男に関しては気安い態度で接しながらも、明らかにこちらを見下しているような雰囲気で気分は悪かった。
ミナは「ちょっとだけね」と笑って、すぐに切り替える。
拾った角は返したし、そろそろミナたちも自分らの生活を考えないといけない。
宿へと帰る道すがら、ポケットから財布を取りだして何となくの余裕を見る。
宿は三日分とったので、今日で最後だ。明日の昼には出なきゃ行けない。
服や食事にも金はかけたし、そろそろ働き口かある程度のまとまった金が欲しかった。
「んー。明日は質屋とか見に行こっか」
「質屋……、何か売るのか?」
「持ってきた中にアクセサリーがあったから……バレるかな?」
ミナはあの死体の山から漁って持ち出した指輪やペンダントが数個、使えそうな短剣を思い出す。
ある意味窃盗ではあるが、いつのものかも分からないし、死体からはぎ取りました、なんて口が裂けても言えない。使う気もないので、一応換金目的で持ち出したものだ。
ロディは少し考えたが、物の知識はあれど経験や社会については無知も同然なので首を振って「知らない」と素っ気なく答える。
ミナは特に気にせず適当な相槌をうって、あとで宿屋の人に店を聞こうと決めた。
□
朝、ノックの音で目が覚める。
ぼんやりと、聞きなれない音に脳みそを揺さぶられながら思考を巡らせるがどうにも起きれない。ミナは寝起きが悪かった。
横でシーツをかき分ける音が聞こえて、ロディが起き上がったのを感じる。
ミナはそのまま起きる意志が無いことを示すように目を閉じて、掠れた声で囁いた。
「……なに?」
「人が来てる。どうする?」
ひと、ひと。
ミナは口の中で何度か繰り返し、不機嫌さを隠さないまま眠たそうにようやく起き上がった。
寝汚いのは自覚していたが、こっちに来てからは起こす人もいなかったので関係なかったのだ。
知人のいない自分たちに客なんて、面倒事の予感しかしない。
のっそりとベッドから降りて、ゆらゆらと揺れながら立つのをロディが助ける。ロディが何かしらを扉の方に言ったのを聞いて、いよいよ着替えなきゃなぁと諦めて起きる意志を固めた。
服を漁り、着替えたミナの髪をロディが櫛で梳いてあらかた完成だ。
ようやく一通り支度が終わった辺りで、もう一度ノックの音が部屋に響いた。
ミナは「はぁい」と呑気に返事をしながら、宿屋のぼろい扉を開けた。
「……こんにちは」
「あっ、ああ。……寝てたのに、ごめんな」
「やー、大丈夫です。何か御用ですか? ……って、アレ? お兄さん、」
申し訳なさそうな男に溜飲を下げ、わざわざミナたちを尋ねた理由を聞こうとして、ミナはあっと思い当たる節に声を上げた。
男の髪は白く、所々に赤が入っていた。答えはひとつみたいなものだ。
「もしかして、レオンさん?」
「! やっぱりお前たちがこれを? 礼を言いたくて…探してたんだ」
はにかんだ男は手のひらに、ミナたちの届けたあの首飾りを持っていた。それを嬉しそうに見せて改めて礼を言われる。
「ありがとう。……大事なものだから、本当に感謝してる」
そう言われると、悪い気はしない。
ミナはちゃんとあの門番の男が本人に渡したことにほっとしたし、ちゃんと目の前の男が喜んでいたので更に嬉しくなった。
ちゃんと持ち主の元に戻って、本当に良かった。
「無事戻って良かったです。……それで、わざわざお礼を言いに?」
「ああ。青脱者に金を払ってまで探してくれたって聞いて……。金、払うよ。それと礼もしたい」
「お金? う、うーん。それはちょっと……」
思いもよらない恩返しに、ミナは戸惑って体を揺らした。お金もかけたし色々とタライ回しにされた気もするが、結局のところミナの自己満足で礼を期待してのものじゃない。それに、落し物を拾ってお金をせびるって、ちょっと嫌だ。
言い淀むミナに、ぐっとした視線で意志を伝えてくる青年はにべもない。お礼をするまでは動かないような頑固さを感じる。
ミナはううん、と呻きながら悩んで、いい事を思いついた。
「あっ。……あの、仕事の紹介とかってできますか? 狩りとか、庭の掃除とか……何でもいんですけど、仕事を探してて」
単発的な金銭よりも、長期的な収入を得るべきだ。もちろん長く働く気はあまりないし、定職にキチンと着くつもりもなかったのでアルバイト感覚で教えて欲しかった。




