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歪みの底の灯火を抱く  作者: 草原
第一章
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第一章-9

「へえ、お嬢ちゃんが今日の酒代か?」


 軽薄な声とともに、いくらか歳を重ねた男がニヒルな笑みを浮かべる。片手に酒のグラスを持ち、テーブルには注ぎかけのワインボトルが置かれていた。


「そのような物言いでは、いつか痛い目を見ますよ。それに、まだ昼間です。大司教、ミサはどうされたのです」

「あ〜? そら、あれだよ……ハリスがやってんだ」

「……はぁ。今度ハリス司祭に謝罪なさってください」

「おぅ。で? そっちの客は?」


 大司教と呼ばれた男は悪びれもせず酒をあおる。シスターは開けっぱなしのボトルを片付けると、困ったような顔でミナとロディを大司教の向かいに座らせた。


 ミナはシスターに同情しつつ、素直に椅子に腰を下ろし正面の男を見る。酒のせいか頬が赤く、シワと彫りの深い顔は老人と中年の中間くらい。髪は短く、何より目を引いたのは――はっきりとした水色の髪だった。


「……人の落とし物を拾って、その持ち主を探してるんです」

「落とし物ぉ? とんだお人好しだな。何拾ったんだ」


 コン、とテーブルを指で叩かれ、ミナは首から下げていた角の首飾りを外して置く。男がそれをまじまじと見つめた。


「ああ、鬼の角か。……へえ、ここまで形が残ってんのは確かに珍しいな」

「……そうなんだ?」

「価値も知らずに? マジかよ、お人好しすぎるだろ」


 ミナのひとりごとに、男は笑った。だがその目は少しも楽しそうではなく、細めた視線でミナの真意を探る。居心地が悪くなり、ミナはへらりと笑ってロディを見る。


 釣られるように男もロディを見やった。


「そっちは?」

「護衛です。その、髪が……あれなので」

「へえ?」


 言葉を濁すと、大司教は興味を引かれたように身を乗り出し、ロディへ手を伸ばした――が。


 あっ、とミナが声を上げるより早く、その腕をロディが掴む。


「好奇心だけなら、やめたほうがいい」


 ミナには向けない、冷たい声だった。


「……見えない?」

「見えたらお前が廃人になっていた」

「ロディ?」

「……」


 瞠目する男にロディは冷たく返し、やがて掴んでいた手を離す。ミナが訳も分からず大司教を振り返ると、彼は掴まれた手首をヒラヒラさせながら眉をひそめ、ロディをじっと見ていた。


「み、見えるって?」


 ロディはミナの不安を悟ったのか、背を摩る。大司教はミナに向かって、へらっと両手を上げて降参のジェスチャーをした。


「悪かったよ、ただの好奇心だ。それで、この角の持ち主を探ってほしいんだな?」

「え、あ、はい」

「いくら出せる?」

「えっ」

「おいおい、タダなわけねぇだろ。こちとら慈善事業は――やってるけど、まあ、物はいろいろ入り用なんだよ」


 指で金のジェスチャーをされ、こっちにもそういうのあるんだ、とミナは変に感心する。こんなところばかり同じだ。


「その、どうやって探すのかとか、精度はどのくらいなのかって教えてもらえます?」

「あぁ? 知らねぇのか。アイツ、押し付けやがったな…」


 いつの間にか席を外していたシスターに悪態をつき、男は肩をすくめる。そしてひょうひょうとした口調のまま説明を始めた。


青脱者カタキアノスに聞き覚えは?」

「いえ……知りません」

「随分箱入りだ。……ふぅん、じゃ、そこからだな。人間は本来、神に選ばれし純白の髪を持つ。今どき多少ならまだしも――そこの兄ちゃんや俺みたいに、髪の色が強く侵されることがある」


 意外と世話焼きなのか、男は説明を続ける。ミナは頷いた。街でも確かに白くない髪の人はそれなりにいた。


「原因は大抵ハリスマの過剰摂取だ。だが代わりに、神使どものハリスマを摂取すると俺たちはかつての権能を取り戻せる」

「ハリ……権能?」

「あ? ハリスマも知らねぇのか?」


 訝しげな大司教に目を泳がせ、ミナはゆっくりと小さく頷いた。どこか現実味のない、ファンタジーじみた話だった。


「そこの兄ちゃん、ロディっつったか?」

「ロダンティシ」


 ロディを見上げる。どうやらその名前で通すつもりらしい。


「……ロダンティシの髪色は?」

「赤」

「ああ? なのに知らねぇのか」


 男はさらに眉を寄せる。どうやら、知らないのが不自然らしい。ミナはグルグルと考え、手のひらをぎゅっと握って口を開いた。


「は、初めて外に出たんです。ずっと白い部屋にいて、それで、やっとロディと外に出られた。……だから、世間知らずなんです」


 繋がれた手を握りしめる。じわりと汗がにじんだ。


「……訳ありだなぁ。まあいい。お嬢ちゃん、歳は?」

「あ、えっと……あー……何歳に見えます?」


 唐突に聞かれた年齢に、答えかけた言葉を飲み込む。自分の歳が曖昧だった。多分、学生だった。高校生だったか、中学生だったか怪しいけれど、学校で勉強していた気がする。


「あ? 十五、六くらいか?」

「じゃあ、十六歳です」

「……おい、勘弁してくれ。俺はあのブタ共と関わりたくなくて、こんな質素な所で神に仕えてんだぞ」

「ぶた?」

「貴族の連中だよ。お嬢ちゃん、平民じゃねえだろ。……ああ、いい。深入りはゴメンだ。まどろっこしいから、いっそ一から説明する」


 大司教は淡々と神使やハリスマについて語った。


 曰く――鬼、人魚、エルフ、妖精、天眼翼、吸血鬼。それらは神の使いとして神使と呼ばれ、その体から得られる恩恵をハリスマと言うのだと。


 ミナが拾った赤い角は鬼のハリスマ、人魚の鱗も、入国時騒がれていたエルフの髪も同じ、神からの恩恵であり、ハリスマだ。


「ハリ…スマ」


 上手く言葉が出なかった。それが良いことなのか悪いことなのかも分からない。ただひたすら、薄ら寒い。


 人間はハリスマを定期的に摂取しないといけないが、多少であれば髪色はほんのりと色づくだけだ。しかし、短期に過剰摂取をしたり、長期的でも相性だとか個人の許容量で稀に色付きと言われるほど濃ゆくなってしまう。


 髪が赤や青、緑などに変わる。それは蔑みの対象――白を保てなかった敗者、落伍者の印だ。


 さらに嫌われる理由として、色付きは精神を蝕まれる。自暴自棄、廃人、自我崩壊……レールを外れ、生きているとも死んでいるとも言えない存在になるという。


 最初から、もしくはその途中で神に仕え、心身を注いでハリスマを摂取することで、ごく稀に大司教のような特別な権能を得る。


 大司教は青のカタ――青脱者(カタキアノス)だった。


「んで、青脱者の権能は触れたものの記憶を辿ることだ」

「ものの、記憶……」


 混乱していた。良いことではないのは分かる。


 鬼はロディの眷属で、殺したくない人達だ。角を切ったあと、人間はどうしたのか。人魚の鱗を剥いだあと、エルフの髪を切ったあと……。


 人型の彼らを思い浮かべ、嫌悪感が胸を刺す。胸を掴んで、ミナはロディを見上げた。


「ロディ……」


 ロディは困ったように微笑んでいた。ある程度知っていたようで驚きはなく、ただ、ミナを見返すだけだ。


「説明はした。理解できたか?」

「あ、は、はい。難しいところもありますけど、大体は……。大司教様は、この角を触れば記憶を辿って持ち主が分かるんですか?」

「そう。んで? 払う気になった?」


 笑う大司教に、ミナは顔を伏せて考える。


(こわい、けど。いや、でも……それはともかく、すごいな……)


 嫌悪はあった。食事とはまた違った形で、生き物の命を明らかに消費している。だがそれでも、どこか別世界の話のようで現実味が薄い。


 物の記憶を辿る――なんともファンタジーだ。


 手持ちの金を思い出し、仕方なく随分軽くなった財布から銀貨を五枚取り出す。


「足ります……?」

「足りねぇな」

「う、うーん……じゃあ、これで……」


 さらに五枚を重ねる。銀貨の山は、テーブルの上からすっと消えた。


「ま、まけてやるよ。さっさと終わらせるかあ!」


 大司教は軽い手つきで、テーブルの鬼の角を拾い上げた。


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