第一章-8
白壁の教会の裏庭に足を踏み入れると、小さな水場と手入れの行き届いた植え込みがあった。
ミナはふらふらと庭を散策しながら、ようやく見つけた女性の人影に「あっ」と声を上げ、繋いでいたロディの手をぐいっと引いた。
「いた、シスターさん」
「あれが?」
「多分。服がそれっぽいから」
黒いローブに精巧な装飾品がキラキラと光を反射している。質素さとは無縁だが、それでも確かに聖職者を思わせる格好だった。
喋りながら近づくと、シスターの装いをした女性は柔らかな笑みを浮かべ、滑らかな動作で頭を下げた。
「本日は御足労いただきましたのに、お出迎えできず大変失礼いたしました。光の導きに誘われ、こうして出会えたことに感謝いたします」
「え、あ、こ、こんにちは……」
ミナは何と答えるのが正解かわからず、咄嗟に慣れた挨拶を口にする。自分でもおかしいと思う返事だったが、シスターは微笑みを崩さなかった。
「ーーーあら、こんにちは。こちらへはどのようなご用件でしょうか?」
ロディへ一度だけ視線を向けると、シスターはすぐにミナへ向き直る。拙い返事にいくらか緊張が解けたのか、その微笑みは少しだけ親しげに感じられた。
ミナは「ええと……」と躊躇いながらも、感謝祭の二日目だというのに教会へ来た理由を告げる。
宿へ戻る道すがら、ミナはころころと手のひらで角を弄び、太陽に透かしてみたり、ぎゅっと先端を押してみたりしていた。
落し物を集めるような場所など知らない二人では探しようもないと思い、屋台のおじさんに尋ねると、詰所で預かってくれることもあるらしい。
ただし、それもちゃんと機能しているかは怪しいとのことだった。
「まあ、手がかり以前に。大切なものなら届けてあげたいよね」
「そうか?」
「ロディだって落とした角とか、届けてもらえたら嬉しいでしょ?」
「……? 別に嬉しくないし、加工されたものならたまに持ってきてた」
「それは……」
それはどう考えても武器や防具になって帰ってきているのではないか。
例えが悪かったな、とミナは反省する。そもそも角を落とすってなんだ。ドラゴンは生え変わるのか。
「じゃあ……あ、そのストールを落としたときとか」
「落とさない」
「……落としたら、ね? 帰ってくると思う?」
新しい例え話も食い気味に否定されたが、ミナは続ける。ロディは不満げにしながらも、派手なストールを触って緩く頭を振った。
「いや……人間はすぐ他人のものを奪おうとするからな。多分帰ってこない、か?」
「……そんな話だったっけ? ま、まあ。多分、これを落とした人もそう思ってると思わない?
でも、忘れたわけじゃなくて、どこかで見つかるといいなって思うんだよ。ストールを落としてもう見つからないって諦めても、見つかると嬉しいでしょ」
ロディは少し考え、「そうだな」と呟く。
そういう風に考えるミナが、眩しい。
ミナを抱え直してその首元の角を見るが、先ほどのような動揺はなかった。
正直な話、ロディは角の持ち主や切られた理由には興味はない。ただ、あの場で拾われたそれを見た時、自分に降りかかる業を目の当たりにして狼狽えた。
これまでロディはそれを、自分と世界のために見ないふりをしてきた。
それでも、ミナが探すと言うなら否応はない。それを代名詞にしてくれたことにも、気づけたから。
一応詰所へ行き、兵士に落し物の預かりをしているか尋ねたが、無骨な男たちは顔を見合わせて肩を竦めた。
「お嬢ちゃん、こっちは慈善事業じゃねぇんだ。落し物なんて届けるやついねぇよ。んなもん、教会にでも持ってけ」
「……教会、ですか?」
「そうだよ。あっちなら神様だって力を貸してくれるさ」
わはは!と男たちは笑い声をあげる。唾が飛び、意気揚々と触ろうとした手をロディが代わりに受けるが、それさえ面白がって笑い声は酷くなった。
その大きさと下品な仕草に眉をひそめ、ミナはぺこりと礼をして来た道を戻った。普通に最悪だなと思いながら、無意識に角を触る。
ロディをちらりと見るが、彼は気にしていないようだ。礼を言うと頭を撫でられた。
「人に触られるの、嫌いだろ」
「えっ……そうかも?」
「ドラゴンならいいのか?」
普段の仕草からそう思ったのか、ロディはミナでも自覚していないことに気づいたらしい。庇ってくれたのだと思うと、ふんわり心があたたかくなり、ミナはにへっと笑う。
確かに知らない人に触られるのは怖いし苦手だ。
でもそれは、別にドラゴンだから嫌じゃないというわけではなくて。
「ロディだからだよ。怖いことしないでしょ」
撫でていた手が止まる。
顔を見上げると、呆然とミナを見ている瞳と目が合う。ミナはこてりと首を傾げて「ロディ?」と名前を呼んだ。
瞬きをして、動き出す。
「……うん。しない」
髪を滑った手が流れるように手を握り、前へ促す。顔を上げてもロディの表情は見えなかったが、ミナはふっと笑い、二人で一緒に歩いた。
それで仕方なく教会を探し、ようやくこの白壁の聖域にたどり着いたわけだ。
シスターは簡単に来た理由を話すと「なるほど……」と神妙な顔で頷いた。
しかし眉を下げ、頬に手を当てた彼女は困ったように呟く。
「そうですね……確かに落し物の持ち主探しはしておりますが、大司教様は今ミサでして……」
「大司教様が探してくれるんですか?」
「ええ、大司教様は青脱者なんです」
「カタ……?」
知らない言葉にミナが小さく繰り返す。
「ええ、世間では色付きと呼ばれますね」
「あ、ああ……でも、それって良くない意味じゃ……」
最近知った言葉の意味なので、さすがに覚えている。確か白を重んじる人々の間では蔑称だったはずだ。
不思議そうにしていると、シスターはこくりと頷き、ミナの言葉を肯定した。
「しかし教会では少し意味が違います。……そうですね、詳しくはやはり大司教様にお聞きした方がよいかと。少し待つことになるでしょうが、お会いになられますか?」
シスターの言葉に、ミナはロディを見てから頷いた。長いこと胸にあったモヤモヤの正体が、ここでようやくわかる気がした。
シスターが前を歩いて二人を促す。
その背中を追いながら、ミナはぼんやりと「シスターさん、かわい」となんの関係もないことを考えていた。




