第一章-6
人混みに流されるようにして往来の出店を見ていると、ちらほらと服を売っている店を見つける。
見るだけなら、なんて軽い気持ちで服を見てロディに当ててみると元がいいのでなんでも似合って、すっかり興が乗ったミナは楽しそうにロディの服を選びはじめた。
「これもかっこいい……!」
「……俺のは一枚あればいいんだけどな」
「勿体ないじゃん! せっかくだしな~、シックなのも、派手なのも好きなんだよね」
何が勿体ないのかロディが聞く前に、びっくりするほどカラフルな柄の大きな一枚布をミナが広げる。エキゾチックな柄で、赤青緑黄と様々な色でステッチ風に模様が描かれている布だ。
「これならちょっと髪が見えてもバレなくない?」
「でもな……ちょっと派手すぎないか?」
「嫌?」
「嫌、ではないけど」
ロディには特に好き嫌いというものも無かったから、ミナが好きなら何でもい。ただ、ミナの事も考えると視線を集めることはあまりしたくない気がした。
返事を濁して渋っていると、どうしてもその派手な布が気に入ったのかミナは同じような柄の布を探し出して「こっちが私の」と自分に当てて見せた。
「ミナの?」
「うん。おそろい!」
にこ、とミナが自分にその布を当て、持っていた方をロディに差し出す。
ミナを見て、布を見て、ロディは結局差し出された布を手に取った。
「……俺が、断れないってわかってやってるか?」
「うん」
真っ直ぐな返事だった。
元からのミナの性質か、それともロディが甘かったせいかもしれない。とにかくミナは、ロディがミナのお願いを断るなんて少しも思っていないらしい。じくじくと、胸が鳴る。
何もされていないはずなのに体が火照って、何もかもがどうでも良くなる心地だった。
「……いいよ。それにしようか」
「やった!」
ぱっと笑って二つともロディに持たせて、物色に映るミナにロディは笑って嘆息した。まあ、いい。本当に、断る理由も、ミナが同じような柄を着るのならないも同然ではある。
広げてみると、ミナの方は大きめのポンチョのようで、二人ともがこれを着るとさぞかし派手だろうなあ、と容易に想像できる見た目だった。
合わせてロディの髪を見えないようかきあげる為にバンダナ用の布も見繕い、ざっとロディとミナの服を一通り選ぶ。
結局ロディはミナの趣味で大変派手な見た目に落ち着いたし、ミナはロディの趣味でシンプルながらにレースやリボンの可愛らしい服に落ちついた。
選ばれた服を見てミナが意外そうにレースのスカートを広げる。
「ロディ、こういうのが好きなの?」
「似合うだろ」
「まあ、今の私可愛いもんね…」
若干ナルシストまがいの言動だが、ミナは本心でそう思っていた。
白髪に白い瞳のミナは可愛いし、華奢だ。体格は元からあまり変わっていないので違和感もないが、顔は多少なりともムルの補正みたいなものがかかっているとミナは確信していた。少なくともロディの見た目に関してはムルの仕業だし、ムル自身もとんでもない美形だったことを思うとさもありなん。
鏡を見る機会もないのであまり実感はないが、他人事のようでも自覚くらいはあった。
「スカートだとあんまり動けないけど大丈夫かな? こんな服じゃ走ったりとか絶対無理だよ、私」
「俺が抱けばいいだろ」
「うーん? いいのかなあ…」
「ずっと思ってたんだが、俺とミナだと身長差がありすぎて会話に向かない。ずっと抱き上げてる方が良い」
「それは、わかる。手つないでるとちょっと肩痛くなるもんね」
「……本気か?」
「え? うん」
「……」
信じられないものでも見るように腕を見つめられ、差し出すように手を上げるとふに、と二の腕を触られる。くすぐったい。
「ちょっと、もー。……ふはは、やらかいでしょ」
「俺と体が違い過ぎないか?」
「女の子だから?」
「それにしても、心配になるな」
ロディは本気で心配しているが、ミナとしたらこれまでこうして暮らしてこれた訳で危機感はない。ロディを適当に落ち着かせると、買った服をまとめてこれまた新しく買ったリュックに詰め込む。旅用の大きめらしいが、ロディにかかれば難なく持てた。ついでにミナ用の小さなカバンに買った人魚のうろこもつける。
店をはしごして靴や櫛などもまとめて揃え、ひとまず必要な買い物は大体終わったと一息つく。落ち着くと疲れを自覚してきて、ようやく小腹を満たそうかと思い至った。
そういえば、そこかしこからいい匂いがする。
ミナは雰囲気を楽しみながら呼び込みの声に釣られてフルーツを買ったり、その場で食べる用の串焼きを買ったりと流されるようにしてふらふらと祭りの屋台を覗き込んだ。
しょうもない事に散財している自覚はあったが、ここでしか買えないと言われると弱い。
そんなミナをロディは止めないし、ミナも楽観的なので荷物は増えるばかりだった。
それでも持てる分には限りがある。
「そろそろもう持てないぞ」
「……食べちゃう?」
「後で宿で食べる用に買ったんじゃなかったのか?」
「うぐ…」
ロディの両手を食べ物が占領しており、ミナは片手にジュースを持ちながら流石に買い過ぎたなと自分に自分で関心した。
でも、だって。見るもの全部が珍しくてどんな味か気になったし、一つ一つ量も少なくてつい買おうかという気になってしまったのだ。
言い訳のように「あとで宿で食べる」なんて言った言葉をロディが窘めるように言うと、流石にミナも何も言えない。
空を見るといくらか日も傾いてきているし、そろそろ帰ってゆっくりしたっていいだろう。
あとは帰るだけだし荷物でいっぱいのロディを見るとミナもいくらか持とうかという気になって手を出して声をかけた。
「どれか持てるのある? ちょっとなら持つよ」
「いや……ああ、これを」
「えっ」
渡されたのは大量に買った屋台のご飯がほぼ全てで、まさかの量に怒ってる…?とロディを仰ぐ。
「ん。で、俺がミナを持つ」
「あ、っあ~。そうなるんだ…」
もはや定番化した位置に驚きよりも先になるほど、なんて納得が来た。
見ればロディのもう片方の手には重そうな飲み物があって改めてロディの筋力に慄いた。片手で人間って持てるんだ。
「まあいいけど……。じゃあ帰ってご飯食べよっか~」
ちょっと重い荷物も、膝に乗せればそれほど苦でもない。バランスを気にしながらミナは大人しく抱えられる。
そのまま宿屋に戻って、ミナとロディの感謝祭一日目は終了した。
まずは部屋で荷物をベッドに広げて服を見てみると、ミナがあることに気づいて「あ」と声を上げた。
「……買い忘れた」
「何をだ?」
「んん…ん…………したぎ」
少し言いづらそうに答えたミナに、ロディは無頓智にそういえば、と頷く。
「ああ、明日買いに行くか?」
「うん……」
まあ流石に祭りの屋台で下着を売っているとも思えないので仕方がない事でもある。今度はちゃんと店に行く予定を立てておこう。
ロディと井戸に行って水を汲み、部屋で身体を拭いて少し迷った後にミナは買った新しい服ではなくボロボロの持ってきていた服に袖を通す。この後はもう外に出る気もないし、新しい服を着ても仕方ない。ミナの中で持ってきたボロは全て寝巻用に変換された。
(これは仕方ないのだ……)
心の中にハムを飼って、洗った下着を部屋に干している羞恥心とノーパンの羞恥心のダブルパンチを無視する。ロディがちっとも恥ずかしそうでないのが救いだった。
買ったご飯をテーブルに並べると、サンドイッチのようなものが五つもある。ジュースが二種類、普通のパンが二個、包まれた串焼きの肉が五本、果物の詰め合わせが二つ………。
「ま、まあ食べれなくはない、かな?」
「これ、好きなのか?」
ロディが指したのは大量のサンドイッチだ。確かに種類が違うと言っても五つもあるのは偏りが見える。ミナは照れた様子で「うん、すき」と一つ手に取った。
「なんだろうね、サンドイッチとかクラブハウスサンドとか……ベーコンエピとか? そういうのが好み。ずっと美味しいし色んな味があって楽しいよ。…ん~、どれがいい?」
「いや、俺は……好きなら全部ミナが食べていい」
「やー……流石にちょっと………食べれて二個、いや、三個かなあ」
「……何で五個も買ったんだ?」
「へへ……ロディの分!」
最もな意見に笑って目を反らす。だって、全部美味しそうだった。
財布の中身は軽くなったがちょっとしか後悔はしてない。
そのままごまかすようにサンドイッチを選び取り、ロディにも選ぶように促す。ロディはいいのか?と目線でミナに問いかけたが、そもそもひとりで食べるには多すぎる。
頷くとロディは促されるままサンドイッチを選んで椅子に座り、ぱくりとかぶりついた。それを見てミナも一口食べる。
「おいし?」
「うん。……全然違うな?」
二人して顔を見合わせて笑いながらテーブルを囲む。ミナのサンドイッチをロディが見て、自分のそれと見比べた。
ミナもロディのサンドイッチを覗き込む。
「わ、ひとくちちょうだい」
ミナが呟いてロディの手元に顔を近づける。ロディは一瞬固まって、手元のサンドイッチを見た。
ミナが上目遣いで「いや?」と聞くと、ロディは目を眇めて首を振り、手をかたむけて食べやすいようにしてやる。身を乗り出してあぐっとそれをかじると、こっちも美味しい。
食べながらお礼にミナも持っていたそれをロディの方へ差し出す。傾けられたそれにそっとミナを流し見て、ロディもひとくち齧った。残った歯型がミナのひとくちよりも小さくておかしい。
2人して互いの選んだ味を味わって、中身について他愛もない話をする。ミナは肉のローストと野菜が沢山入ったやつで、ロディのはペーストした豆にハーブなどの香辛料が乗った独特のやつ。
次にミナが選んだのは月光煮込みに似たソースときのこの入ったパイ風サンドだった。
ひとくち食べて、ミナは目をキラキラとさせる。
「ん、ん! これ、めちゃくちゃ美味しい!」
「ん? ……あー、ん。んん…………うん。美味しい」
嬉しそうなミナを見ながら、差し出されたそれをそっと齧る。
零れたソースを舌で舐めとって、確かに美味しいとロディも頷いた。肉は小さいが煮込まれて柔らかいし、そこまでボリュームは無いもののきのこの旨みが染み込んでいる。
ミナが嬉々として「もっと食べる?」とロディに聞いく。気に入ったくせに、それをわざわざ食事の必要ないロディに進めるのだ。
ロディは笑って「ミナが食べろ」と断った。
それで結局、ミナはふたつでギブアップしてもそもそと串焼き肉をつまみながらロディが残りのサンドイッチを食べるのを眺めた。
食事のお供にキンキンに冷えたお茶を飲みたかったが、生憎あるのは中途半端な温度のフルーツジュース。
ミナはちょっとだけ後悔しながらジュースを飲み干した。
「ん、む、……何?」
「んー? ご飯、好き?」
じっと見つめていたのがバレて、お行儀悪く串焼肉を食みながら聞く。
食事を必要とはしないらしいが、ミナの見る限りロディはそこそこ舌が肥えているように思う。ミナが「どう?」と聞くとちゃんと答えが返ってくるし、味の感想だってミナよりよっぽど上手い。
ロディは食べていたひと口を飲み込んで、豪快に口の周りを舌で舐めとった。そういうところはドラゴンの片鱗がある。
「うん、面白いな。ご飯、もそうだけど、人間の舌が面白い」
「ええ? 舌?」
「多分ドラゴンのときに食べてもこんな風には感じない。……色々と感じられて面白い」
なんだか思っていた感想とは違ったが、とにかく喜んでいるみたいなのでミナはまあいっか、と笑う。楽しいならなんでもいい。
ひとしきり食べ終わってゴミをまとめつつ、ロディの綺麗な指がソースやパンくずで汚れているのを見つけた。ミナはぼろの布山から小さい布を選んで、ロディの手を取った。
「ん?」
「んはは、私がお世話してる」
いつもとは逆のそれが、なんとなく面白くてにこにこと笑いながら手を拭ってやって、ミナは綺麗になった手を満足気に見せびらかした。
「よーし。綺麗!」
「おぉ、ありがとう。……ミナも、」
「……あぇっ、?」
手を返してやった瞬間、ロディがぐんっと近づいた。顔が目の前に来て、頬に生暖かい感触が走る。
「ーーーーっ!?」
「うん、綺麗」
(な、舐め、……っ? なめられた!?)
べちん、と頬をたたいて、少し濡れたそこを触る。呆然とロディを見上げると、満足そうな顔で見つめられた。
「……は、えっ…………ええっ? ……ひ、ひどい話だ!」
「え?」
弄ばれた!
ミナはロディに絶対にそういう意図が無いことを確信して、怒りだか羞恥心だかの感情を握りしめる。
ミナはそのままほっぺたを袖で拭って、多分真っ赤な自分の顔を隠しながら机に突っ伏して呻いた。
困惑しながら「ミナ?」と気遣うロディをしばらく放置して、ようやく顔を上げたミナは顔をぎゅうっとしわくちゃにして「舐めるの、禁止!」と言いつけた。




