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歪みの底の灯火を抱く  作者: 草原
第一章
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第一章-4

 街は昨夜とは比べものにならないほどの人混みで、外に出るのをためらうほどの賑わいだった。

 頭上には花や光る石の飾りが吊るされ、通りの至る所が祭りらしく彩られている。


 太陽の光を受けた石は地面に影を落とし、まるでステンドグラスを透かしたように色とりどりの模様を描いていた。


「へえ……、昨日は暗くて気づかなかったな。きれ〜……」


 泊まっていた宿屋にもガーランドや花のリースが掛けられており、国をあげての大きな祭りであることを改めて実感する。


 返事のないロディを振り返ると、彼も装飾に視線を向けてはいるが、その目はどこか冷ややかだった。思わず体を浮かし、彼の服をきゅっと掴む。


「……ん?」

「だ、大丈夫?」

「何が?」

「顔、怖いよ」


 ロディは自分の顔に手を当て、不思議そうに首を傾げる。自覚はなかったらしく、一度瞬きをしてから視線を往来へ移した。

 何かを目で追い、細く息を吐くとミナを抱き上げる。


「えっ……? えっ!?」

「くっついていよう。俺がそうしたい」

「……い、いいけど」


 体がカチンと固まり、心臓がうるさく鳴り出す。だけど、その表情があまりに弱々しかったのでミナは気持ちを押し込めた。思わず、心配の声を上げてしまうくらいには、弱々しい。


「お祭り……やめとく? 嫌なら行かなくてもいいよ」


 ミナは胸元を握りながら囁く。詳しく何をするのかも知らない感謝祭だ。美味しいご飯は勿論食べたかったが、往々にしてお祭りと言うのは特段参加しても見る以外特にすることが無い。

 それが叶わないなら、無理に行く必要もないと思った。


 ロディは抱えたせいで視線の高くなったミナを下から見上げて、困ったみたいに眉を下げた。ゆっくりと目線を交わして、ロディのその夕焼けのような赤と黄色の交わりが半分になる。


 ロディが首を横に振った。


「少し気分が悪くなっただけ。ミナはこういうの、好き?」


 少し考えてから、ミナは頷いた。派手な飾りや屋台、美味しい料理、珍しい雑貨――基本的には好きだ。

 騒がしすぎる喧噪や人込みの中はあまり好きじゃないが、派手な装飾は見ていると気分が上がるし、屋台で食べるご飯も美味しい。お祭り価格ではあるものの、珍しい雑貨やアクセサリーを見るのも好きだった。


「へえ、じゃあ行こう。ミナの好きなものを、俺も知りたい」


 その言葉の真意を考えながらも、二人は人混みの中をさくさく進む。高い視界から見下ろす祭りは、笑顔にあふれていて、ロディが恐れるようなものは見当たらない。


 まずは腰を落ち着けて食事をしようと、テーブル席のある店を探す。ひと息つく為にも、屋台や往来の出店ではなくテーブルや椅子のあるお店がよかった。

 適当な店を何度か候補を出してはロディに却下され、ようやく三度目で「ここならまあ、」と煮え切らないながらも了承の返事を得て店の扉を叩いた。


「いらっしゃい」

「席、空いてますか」

「ああ、二人掛けが一つ空いてる」


 案内された席に着くと、無愛想な店主が淡々と告げる。


「今日は祭りにちなんで月光煮込みだ。あとは塩豚焼きがある。パンは少し冷めてるが残ってるぞ」


 軽く見る限り、メニューは無い。あったとしてもミナには読めないので意味はなかったが、慣れない注文スタイルに驚く。


「あ、えっと……じゃあそれをひとつずつ。パンも、2つください。……ええっと、飲み物はありますか?」

「了解。エールとワインなら」

「あー……じゃ、大丈夫です。お願いします」


 聞き覚えのない料理ばかりであまりイメージもわかなかったが、とりあえず煮込みと肉らしいので不味くはなさそう。

 異世界初めての料理なので期待もひとしおだ。


 去っていく男を見送って、少し小さめの声で話し始める。


「ロディはどっち食べる?」

「俺か? 俺は特に食事をしないからな……ふたつともミナが食べていい」

「あれっ、そうなの? ……あ、だからザクロも食べなかったんだ?」


 果物を食べなかった理由に納得する。食欲がないのか、肉食なのかとばかり思っていたがまさかの食事が必要ないらしい。


「そうだな。おそらく何でも食べられはするが……、人間の食事は分からない」

「あ、じゃあ半分こする?」

「……なぜ?」

「えっ……えと、せっかく食べれるなら食べてみたいかなって? 美味しいし、気に入ったならもう1回頼んでもいいし」


 ジッと見つめ合い、ロディが心底不思議そうに目を瞬く。それに少し笑ってミナは「そうしよ!」とちょっと強引に話を進めた。


 ミナの決めたことにあまりロディも否は無いので頷く。言葉の通り、必要ないだけで食べられないわけではないのだ。


 ミナは行儀悪く机に頬杖をついた。


「なんでここは良かったの?」

「店か? ……装飾が少ないからな」

「やっぱり、お祭りの飾り嫌いなんだ」

「嫌い、とは違う。嫌悪感がある」

「……なお悪くない?」


 店内をぐるりと見渡す。

 パッと見確かに往来にあったガーランドやリースは無い。質素で簡素な店内は老舗らしく落ち着いた雰囲気をしている。


 木と石で作られた店で、ダークブラウンの木で作られた大きなカウンターや机がいい味を出している。それなりに客もいるようで、賑やかではあるものの昼間らしく酒に酔ったような雰囲気は無い。

 そのままカウンターの奥へと視線を滑らし、漂ってきたいい匂いに気づいた。


 ぐう、とお腹の音が鳴る。

 そう言えば昨日の昼から何も食べていない。そもそも人の手料理が久しぶりだった。


「あっ、ザクロ。腐ってないかな?」


 思い出したのは昨日朝に食べようと放置していたザクロだ。森から念のためにと持ってきたはいいものの、空での旅はすぐに終わって、地獄の山登りは辛すぎてそれどころではなかったため食べないまま数日経ったことになる。

 流石に腐っていたら申し訳ないし悲しい。


「宿屋に置いてきたやつか? 大丈夫だ。あれはある程度保存がきくから」

「果物なのに?」

「特別だからな。俺が長年住んでいたせいなんだが」


 喉の奥でミナはえっ、と声を上げた。

 ただの何の変哲もない果物かと思っていたら、ロディ印の特別製だったらしい。

 そう言われてみると特別美味しかったような、特別腹持ちもよく栄養満点だった気がする。だって1週間程ザクロと水でこと足りたのだ。それでも栄養失調どころかミナは健康体だった。


「へぇ〜。なんか、ありがと?」

「んん……? 別に勝手に出来ただけで俺が作った訳じゃないぞ」

「うん。でもなんか、ロディの力のおかげではあるしね。それに凄く美味しかったし」

「……そうか。ならまあ、良かったのかもな」


 言葉だけなら素っ気なく聞こえるが、声色は優しく落ち着いている。ミナはうん、と頷いて微笑んだ。


 丁度その後頼んだ料理が届いて、店員が伝票を重しの下に置く。

 離れようとする男を、ミナが慌てて引き止めた。


「あの」

「ん?」

「どうしてこのお店では感謝祭の装飾が無いんですか?」


 ロディが店を選んだ理由だったが、逆に街中では飾りを付けて客を呼び込む店ばかりなのだからお店としては普通装飾を飾るだろう。

 ミナの記憶でも、バレンタインやらクリスマスやらにかこつけてハートの何かしらを飾ったりツリーを飾ったりとお店の飾り付けには余念が無かった印象だ。


 店の男は頭をかき、店を見上げた。どこか言いづらそうにしながらも、ミナが首をかしげて何の意図もないような顔で聞くので、苦笑して男は言葉を吐き出す。


「やあ…、そこの男に免じて話すが、あまり外でそう聞くなよ、お嬢ちゃん。……息子が色付きになっちまってね。飾り立てると喚き出すし、こんな日には特に機嫌が悪い。

 まぁ飾りなんてなくてもこうしてお客さんも顔なじみだからって来てくれるし、お客さん方みたいな新規の客もたまぁに来る。何とかやってるよ」


 男はチラとロディを見て、逃げるようにテーブルから離れる。その後ろ姿をじっと見送り、視界に入った周囲を見てからミナは内心「あー…?」と呻き声をあげた。


 何もなかったように届けられた料理を自分の方に寄せ、もう片方はロディの方に寄せる。


「食わないのか?」

「ロディが半分食べる。こっちも半分あげるの。嫌いだったら私が頑張るよ」

「……なるほど」


 ミナは肉を焼いたもの、ロディはシチューのようなものをそれぞれ前にする。

 フォークとナイフを手に切込みを入れ、その意外な柔らかさにおっ、とミナは顔を明るくした。ただ焼いただけのようだが思ったよりも期待出来そうだった。


 柔らかい肉にかかっていた豆や玉ねぎのペーストをたっぷりとつけ、ひと口食べる。


「ん。うん、ん〜……んむ」


 唸りながら、咀嚼する。別段美味しい!と絶賛するほどでもなくそれなりに美味しい。

 肉は強いて言うなら豚肉のようだが、歯ごたえがあり味は薄い。代わりにペーストは塩辛く味の薄い肉に合うし、臭みや筋は無いので食べやすかった。


(お米が欲しくなるな)


 パンをちぎり、口内の塩気を薄くしながらロディを見る。


 対してロディは、肉のひと切れを口にして唸るミナを眺め、他のテーブルの客の様子を横目で見てからようやくスプーンを手に取った。

 少しなれない手つきでシチューを掬い、口に入れる。


「……」

「おいし?」

「ああ……、なるほど。これが美味しい?」


 合点がいったように頷いて咀嚼するロディに、ミナが笑う。思ったような感動!というような反応ではなかったが、何よりだった。


「あははっ、よかった! 初めてのご飯は美味しい方がいいもんね」

「ン……色んな味がする気がする。まあ、肉はたまに処理が面倒で食べたこともあるんだが……少なくとも人間の作る食事は初めてだな」

「へ〜? いいね、いっぱい食べよ」

「半分な。食べたかったらもっとあげる」

「うん」


 なんとなく嬉しくなったミナは、嬉々として肉を頬張りあっという間に半分食べた。肉の皿を渡すと、代わりに渡されたシチューを覗き込む。


「白いね…?」

「月光煮込み、らしいが」

「あ、そう言う。へ〜、そっか。白いのしか入れてないんだ」


 シチューは見知った具材ではなく、ジャガイモと白い野菜の何か、鶏肉のような肉片と白いキノコが入っている。月光煮込みという名前通り、白にちなんだ料理らしい。初めて見る具材ばかりだったが、美味しそうだ。


「いただきます……ん!」

「好きか?」

「そうかも! おいしい」


 ミルクの風味は独特だが、ミナはそれも好きだ。ジャガイモや白い野菜はほんのり甘く、塩辛いシチューと良くあった。

 食べた瞬間から笑みが零れ、その様子にロディも嬉しそうに頷く。


「これはパンが合う」


 残していたライ麦パンを頬張り、満足そうに頷く。ミナはシチューはパン派だ。


 ミナとロディはお互い初めての料理に満足して席を立った。



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