06 勇者ピエルロの旅勃ち
「起きなさい…。可愛い私の子ピエルロ、起きなさい」
「……うーん」
ママ味の深い甘ったる声に、ピエルロはむずがる様に寝返りを打つ。
「あら、寝坊助さんなんだから…」
サラサラの金髪に指を通し、愛おしそうに撫でられる。
幼子の時分を思い出し、その心地よさにピエルロの口元がわずかに緩んだ。
「いいわ。ピエルロ。今日は王様にお目通りする日だけれども、そんなことよりもママの方が大事なのよね」
「……んー」
半ば寝ぼけているピエルロは唸り声で返事をした。
「ぶっちゃけ、あなたが王家を継ぐ真の聖なる血の持ち主であり、勇者であることを隠して育てて、大魔王から守ってきたわけで、今日こそが旅立ちの日なんだけれどもそんなことはどーでもいいわ」
「……んぅー?」
かなり重要なキーワードが唐突に出てきたが、ピエルロは寝てるんでそこら辺は夢だと思った。
シュルルッという、なにやら布ずれした様な音がする。
「やり直しましょう。もう一度、あなたを赤ちゃんから育て直すのよ。そして繰り返すの。この17年の蜜月の時を…」
「…んんッ?!」
ベッドになにかが入り込み、背中に当たるプヨンとした感触にピエルロはカッと目を見開く。
「母さん!?」
カバッと起き上がったピエルロは、ベッドに入り込んだ母親が生まれたままの姿であることに気付き、慌ててシーツを戻し、自分だけがベッドから出ようとして足首を掴まれる。
「母さん?!」
ウェーブのかかったパープルヘアーをかき上げ、母親はしなを作ってみせる。
「いったい、僕のベッドでなにを…?」
「なにをって、息子を襲ってるのよ♡」
母親は紫のマニキュアを塗った長い小指の爪をカリッと噛む。気怠げな様子といい、息子から見ても扇情的な色っぽい仕草だった。
そう。もはや説明するまでもない! 勇者の母親はチート的な美貌の持ち主、とてもこんな大きな息子がいるとは思えぬ美魔女だったのであーる!
「襲う? なんで僕を襲うの!?」
「なんでって、可愛いからに決まってるじゃない♡」
「い、意味がわからないよ…」
興奮し、紅潮した笑みを浮かべ、ダブルピースをかます母親はエロゲーでしか見たことがなかった。もちろん、ピエルロはエロゲーなんかやったことがない。
「可愛いって…僕は…」
「17歳のお誕生日おめでとう♡」
「このタイミングで?!」
ピエルロは泣きそうになった。17歳の誕生日に実母から襲われるなんて、「なんて日だ!」と思った(一部の特殊性癖の持ち主にはご褒美だろうが)!
「ピエルローッ! 大丈夫かーッ!?」
扉がバタンと開き、朝日を頭部に反射させたジジイが突如として寝室に飛び込んで来る!
「おじいちゃん!?」
「チッ。いいところで…」
「ミチコさん! アンタ!!」
ジジイは、ピエルロのベッドにいる母親…ミチコを見てびっくら仰天する。
「過剰なスキンシップに、やたらと一緒に風呂に入りたがったり、ピエルロの下着をクンカクンカしてたことから、いつかやるだろうと思ってはいたが、まさかこんな時に…」
「お、おじいちゃん。その頭の赤いヤツと、口のガムテープと、全身のロープは…」
ピエルロが驚くのも無理はなかった。ジジイはハゲ頭にロウソクが垂らされた痕跡があり、髭の先にビニールテープをぶら下げて、着ているローブは亀甲縛りが半ば解けかかっており、それはさながらSMクラブから抜け出してきた客の様な様相となっていたからである。
「オマエの母親、ミチコさんに昨夜ふん縛られたんじゃよ! そして、地下倉庫に転がされておったんじゃーい!!」
ジジイは後頭部のタンコブを見せる。
「おじいちゃんったら。お邪魔虫は、そのまま永眠したらよかったのにぃ〜」
ミチコはクスクスと笑いながら言う。
「な、なんじゃとぉ!? ミチコさん! アンタ、わかってんのか!! 今日はピエルロが王様に会って正式に勇者となる日じゃぞ!」
「勇者…? 僕が? そんな、僕は町の普通の男の子で…」
さっきミチコが洗いざらい暴露してたのだが、ピエルロは寝ぼけてちゃんと聞いてなかったのでノーカンだった。
「違う! ピエルロ! オマエ…いや、ワシらは身分を偽って生きてきたんじゃ! 今の王様は、ワシの弟の双子の妹の隣に住んでいたババアの知り合いの家電屋の息子じゃ! つまり、真っ赤な偽者ってことじゃ!!」
「ぼ、僕が…王家の血を引く勇者…」
「違うわ」
「え?」「あっ!?」
ミチコの空気読めない発言に、ピエルロもジジイもびっくら仰天する。
「ピエルロ・ガバチョス。それはこのミチコ・ガバチョスから生まれ出て、またミチコ・ガバチョスに還る者…」
「なにを…」
「さあ、戻って来なさい。もう一度、母の元へ! また産んであげますから!!」
自分のセクシーな“くびれ”をポンと叩いて言うミチコは狂った笑顔をしていた!
「あ、アンタ、イカレとんのか!?」
「イカレてなんかいないわ。良い男はいない…そんな世界に失望していた私に、アイン◯ュタインとかテ◯ラ、イーロ◯ン、ジョ◯ズとか、ゲ◯ツとか、シ◯ーへイやソ◯タといった世界最強クラスの才能優良遺伝子をモデルに、人工的に掛け合わせて造った遺伝子を組み込んだパーフェクト精子! その“S・S・A・G精子バンク”を利用して生み出した愛おしいピエルロ! 彼のようなパーフェクトメンズに母性以上のものを感じるのは、女として必然よ!!」
「は? え? それで、なんでまた産むなんて発言を…?」
息子を彼氏に…それもそれでヤベー程に異常だが、それでももう一度、出産しようという発想には至らないと思ったジジイが尋ねる。
「ピエルロは勇者。旅立たねばならないのはわかっている…。そこでションベン臭い雌餓鬼に群がられるのは、イケメソの宿命! そんなの堪えられなーい!」
ワッと泣くミチコだったが、誰も共感できなかった。
「ピエルロのことをわかっているのはママだけでいいの! だから、時間逆行魔法をかけて、ピエルロを胎児にまで戻し、ママの中へと戻らさせるのよ!!」
狂気の発想だった。ピエルロは開いた口が塞がらない。
「な、なんちゅうことじゃ!!」
まるで大魔王にでも会ったような劇画風なタッチで、ジジイの頰に汗がツーと流れる。
「だから、その邪魔をしないでちょうだい!!」
ミチコの全身からドバーッと、ハゲ散らかったオッサンが育毛剤をコレでもかとぶち撒けるが如くに、邪悪なオーラが拡がりんぐ!!
「な、な、なんちゅう魔力じゃ! さ、寒い!!」
「ウフフ。勇者の母親が弱いとでも思って?」
最強クラスの氷魔法を全身から放つのに、ジジイは凍った鼻水をツララにしてガタガタ震える。
「やめて! 母さん!!」
無傷のピエルロ(魔法のターゲットは範囲攻撃だったのに、ダメージはジジイにピンポイントだった)が叫んだ。
「やめてほしければ、息子のムスコをスタンドセッタッープして、ママのシークレットにホールインワンするしかないわ!」
母親のトンデモ発言にピエルロは泣いた。
「く、ククク…」
ジジイが笑い出す。
「む? 寒さで幻覚でも見えてるのかしら? …ッ! この魔力は!?」
ジジイの身体から、喫茶店でおしぼりで顔で拭ってプハーとやるようなムサ苦しい、臭そうなオッサン的な熱気がモワッと拡がりんぐ!
「勇者の祖父が弱いとでも思うたか!?」
「おじいちゃん!」
炎の化身となったジジイはサムズアップして、ピエルロにウインクする。
「行け! 勇者ピエルロよ! オマエは大魔王ネギトロドンを倒さねばならぬ身! ここはワシに任せて行くのじゃ!!」
「させないわ!!」
物語の終盤で見られるような、氷と炎の極大魔法合戦が始まる!! 屋根も壁も吹き飛んだ!
ここはクソ田舎町であり、通行人たちが「なんじゃこりゃー!」という顔をしているのは言うまでもない!
「母さん! おじいちゃーん!」
ピエルロは泣いた。なんで17歳の誕生日のめでてぇ日にこんな目に遭わなきゃいけないのか、と!
「そうか。大魔王ネギトロドン…ソイツのせいで」
まったくもってネギトロドンは悪くないのだが、ピエルロはママ味の深い甘ったれた教育と、ジジイのジジ味深い孫リスペクト強化マシマシのせいもあり、糖分過剰摂取のせいで、ちょっとだけ頭が物足んない子になってしまっていたのだ!!
あれま!
悲劇! まさに悲劇!! まさしく悲劇!!!
超ゆとり教育の賜物である!
「僕! 勇者になるよ! そして、平和を取り戻す!!」
かくいう勇者ピエルロ・ガバチョスの初めての決意であったが、死闘を繰り広げている2人にはまったくもって聞こえていなかったのだーった!!