04 イラつく波動
「で、話なんですが実は…」
神妙な面持ちで話し始めたピエルロだったが、予期していなかった事態が襲う!
「う゛ッ!!!!!」
「? ど、どうしたんですか? ビビルゲリンさん!?」
ビビルゲリンのヤツが唐突に苦しみだし、真っ青な顔から脂汗をしどどに滴らせよる。
「……便意だ」
「は?」
「便意を催したと言っている! トイレに行く!」
「ちょ、ちょっと待って下さ…」
「ならここで漏らせっていうのか! 勇者よ!」
「いや、そんなことは。でも、すぐに戻って…」
「下痢だ! 今までの経験則から言って間違いない! 下している! グラタンマカロニに入れた練辛子のせいでな! すぐには戻れん! この戦いは修羅場になるぜ!!」
全員、「なに言ってんたコイツ」という顔になる。このビビルゲリンは見た目こそ頑強そうだが、こと胃腸に至っては紙装甲以下だ。
「止めたって俺は行くぜ! 戦場に!!」
誰も止められるわけがなく、ビビルゲリンは尻を抑えて内股のまま小走りで“洗浄”へ向かった。ほぼ間違いなく成果は出てるから洗うハメになるじゃろうしな。
「またこれか…」
馬鹿勇者は頭を抱え、隣の美女に挾まれて慰められておる。まっこと、うらやまけしからーん!
「いつになったら、まともに話し合いできるというんだ…」
「勇者様…」「ピエルロ様…」
馬鹿勇者に皆の視線が集まっているうちに、ワシはさっきから鼻の中で行ったり来たりしていた鼻クソを小指でほじくり出す。
カー! クソでかいな! 鼻毛に引っかかって取れーん! このワシをこうまで苦しめるとは! コイツは大魔王よりも凶悪じゃーい!!
と、突如…としてピピピという音が鳴り響く。顔を上げた皆は音のした方…ボンオドリの方を見やる。ワシはその隙に鼻クソを元の場所に戻した。
「OH! これは失敬失敬! ワテの電話でしたか!」
わざとらしく手を広げて、ボンオドリは自分の額をペンと叩く。そして99G対応のマイフォーンを懐から取り出すと、大きな声で話しだした。
「しもしも〜? そう。ワテ、ワテ。あ、日程決まったー? えー? 来週? ううん、行ける行ける。うん、これから打ち合わせ? 駅前の金の玉? オッケー♪ ゲーゲル♬ すぐ行くぅー!」
ターバンの下のチヂリ毛を指先でもて遊び、短い脚を組んで天井を見やりながら電話するという、お前はOLか!
携帯電話を切ると、ボンオドリはゴホンと重々しく咳払いをした。
「…というわけで」
「ダメですよ! ビビルゲリンさんも居なくなってしまったし、残った人たちだけでも話し合いを!」
「商談でおまッ!!!」
唾液を撒き散らせて怒鳴るボンオドリ。その焦点は合っておらず、どこかに逝ってしまっている。
「いや! だって、さっきのどう聞いても単なる遊びの誘い…」
「商談でおまッ!!!」
「商談には聞こえ…」
「商談でおまッ!!!」
ボンオドリは狂ったようにテーブルを叩き、馬鹿勇者が発言しようとするのに「商談でおまッ!!」を被せて掻き消す。
これぞ、ボンオドリの秘技“イラつく波動”だ。
「あーッ!!! 時は金満でおま!! この商談に失敗したら、勇者はん! 全責任を負ってもらうのねー!!」
「え、ええッ!」
「損害賠償請求させてもらいまッ!!!」
「……」
勝負あったな。こんなんで請求してくるクズはなかなかおらん。真に受ける馬鹿勇者も馬鹿勇者じゃがな。
「おっと、こうしてる間に1分経過! 1分経過! 遅延金が発生しま! 壱万ウェン! 壱万ウェン!!」
「……行っていいです」
ピエルロの諦めたの一言に、ボンオドリはニカッと笑う。
「わかってもらえてよかったのね! 勇者はんはトモダチよ! …で、このやり取りで消費したタイムロスは…5分20秒…いや、計算が面倒やさかい、キリよく6分で! 6万にまけときまひょ! 後で請求書は送りま!」
それでも金を取るのか。どんだけガメついんじゃ。
ボンオドリはそそくさと立ち上がると、古典漫画技法の渦巻きダッシュで出て行った。
「……こうなってしまっては話し合いもなにもあったもんではありませんのぅ」
ワシはさも残念そうに口にする。あのゴミカスのお陰で、このかったりぃ話し合いを終わらせられる。
「しかし、決して諦めてはなりませんぞ。勇者ピエルロ殿」
「へンドラゴン様…」
「彼らも人の子…。いつかは勇者殿の気持ちに気付く日が来るに違いありませんからのぅ」
「へンドラゴン様…ッ!」
ハハッ! 永遠に来るわけねぇーだろ! ボケカスが!!
まあ、とにかく、これでワシの好感度微増ってとこじゃな。馬鹿勇者はどーでもええがの。
はー。パーティの知恵者、大魔法使いも楽な仕事じゃないわーいw