12 馬車と馬鹿たち
…と、勇者ピエルロ・ガバチョスの旅勃ちと出逢いをこのワシの水晶玉を通してみたわけじゃ。
大魔法使いともなれば、ただ女風呂を覗くという以外にもこういった使い方もある。
この後、ビビルゲリンやボンオドリとの出逢いがあるわけじゃがそこは省略する。
パンくわえて走ってたら、イケメンじゃなくて悪党にぶつかって因縁つけられたようなしょーもない話じゃからどうでもいい。
そんなことより登場人物全員の知能指数のあまりもの低さに驚いたやもしれん。
そういや知能と言えば、昔に“全人類の智慧を司る女神”とやらが、ワシの“ムスコ”の治し方を知らんで、ついカッとなって燃やし頃したような気がするが…まあ、500年くらい前の話じゃから関係ないだろう。
ん? 前に老い先短いとか言ってたろうって?
うるさい!
ワシは500年前から「あと20年…」と言っておる!
そういう気持で日々を大事に生きとるという意味だ!
大魔法使いに意見などするな!
◯◎◯
「さて、皆さん! 出発しましょう!」
朝からハイテンションでウゼー勇者が言う。
低血圧のワシにはしんどい。低血圧なのは、奮い立たぬ“ムスコ”を叱咤激励していたせいでの寝不足が原因じゃし、むしろ高血圧気味なのを魔法でなんとかかんとかしとるわけで、むしろ健康体なんじゃが、そういうことじゃなく、精神的に低血圧ってこと。
若い女がよく「低血圧で〜」とか言うのが流行ってるのと同じじゃ。
「勇者様。次の目的地は、倒した四天王シラスドンが漏らした情報から得た次の四天王のマグロドンの本拠地であるツキジーですが、なにやらそこから移転してトヨスーという地方に逃れたとか…」
セレイナは今日もええ乳でそう言う。
へー。次の四天王そんなとこにいんだ。ぶっちゃけワシの水晶玉使えばGPSより正確に居所つかめるし、さらに言えば大魔王の住処も知っとるが、別にこの旅を急いでいないワシに協力する理由もない(“ムスコ”の治療という大義名分はあるが、大魔王がそれ知っとるかあんま期待できないしぃ〜)。
「なら、トヨスー地方に向かってレッツゴーだな!」
スジャータが今日もええ尻でそう言う。
「ほなら、ワテは馬車で装備品の点検(有料)させてもらいまひょw」
いち早くボンオドリの奴が馬車へと向かう。ピエルロたちはなにか言いたげにしたが、商人という立ち位置のボンオドリに戦闘は期待できるわけもなく黙って見送る。
「…さて、行きましょうかのぅ」
ワシがそう言って先に進もうとして、少しふらつく──
「ヘンドラゴン様!」
「おっと、歳を取ると足元がおぼつかなくなっていけませんな。しかし、このナンダー・ヘンドラゴン。かつては大魔法使いと呼ばれた男。けっして勇者殿の足手まといにはなりませんぞ」
ワシがサムズアップしてみせると、チョロいバカ勇者は涙目になる。
後ろの美女たちも心配してくれている。
正直、抱きとめられるならセレイナの乳か、スジャータの尻がよいんじゃが、男の胸板など吐き気しかもよおさない。オゲゲのゲー。
「いいえ、ヘンドラゴン様は馬車の方で! お知恵をお借りする時にはお声がけさせていただきますから…」
「そうですか。かたじけない…」
ワシは心痛の面持ちをしつつ、内心はガッツポーズを取りつつ馬車へと向かう。
あー、やれやれ。ここらへんのモンスター蹴散らすなんて造作もないことじゃが、魔法を使うのは疲れるんでやりたくない。
そもそもモンスター倒して金稼ぐって頭の悪いヤツがやることじゃ。
それと強い奴と戦うことでレベルアップのための経験値が得られるもか言うとるヤツもいるが、あれは真っ赤な大嘘じゃ。
そもそも経験値制度が本当なら、そこら辺のスライムぶっ叩きまくっとるだけで最強になる村人が何人かでてきてもおかしくないじゃろうが。
強い奴は強い。弱い奴は弱いまま。戦いってのは、強い奴が勝ち続けて、そいつが「敵と戦ってレベルアップしたからですね」とか適当なホラ吹いた…これがすべての始まりじゃ。
弱い奴はタヒんどるんだから、タヒ人に口無しってことじゃ。
つまり敵と戦って強くなるってのは、チート系異世界転生モノのなろう小説を読みすぎってことじゃ。
そして、ビビルゲリンのヤツは上半身裸で仁王立ちのままだ。
「さあ、行こうぜ! 戦闘は俺に任せろ!」
大剣を担ぎ、分厚い自身の胸をドンと叩くビビルゲリン。もちろん見た目の逞しさに最初は騙された勇者も、さすがにゲッソリした顔だ。
そりゃそうじゃろ。この男、先頭に立たせたら最後、勇者より酷い方向音痴で目的地とは真逆の方へ行くわ(目の前に目的の町が見えてるのに反対に歩き出す)、モンスターを見かけると明らかに自分より強そうなのに無策で特攻するわ、そこらへんの草(毒草)は拾い食いするわ、たんつば吐いたり、小便を撒き散らしたり、すぐに屈み込んで脱糞(下痢のため我慢できずに)したり、挙句の果てには戦闘になると敵味方見境なく斬りつける、味方にしたくないナンバーワンのクソ野郎(文字通り)じゃからじゃ。
「……ビビルゲリンさんも馬車でお願いします」
「なぜだ!? 勇者よ! 俺の力を使わんのか! もったいないだろう! もったいないオバケがでるぞ!!」
“お前の”じゃなくて、“お前が”使えないんじゃ。
「……ビビルゲリンさんは、僕らの最終兵器ですから。いざという時のために待機していてほしいんです…」
ワシが教えたアドバイスの通りをピエルロは言う。セレイナとスジャータは唇を噛んでいた。
「リーサル・ウェポン」
頬を赤らめ、少し恥ずかしそうにするビビルゲリン。
こういう勘違い馬鹿は横文字に弱い。親族経営の二世社長とかが海外留学して、入社式に気合の入ったブランドスーツを着て、やたら横文字ばっかりの演説スピーチを披露し、百戦錬磨のベテラン現場サイドから白い目されるのはあるあるじゃ。
最終的には経営改革と称して理想論ばかり追い求め、会社の基軸を担っていた力ある中堅層が居なくなり、「父さんの会社、倒産しちゃったんだ…」となるのがオチじゃ。
「へへッ。そこまで言われちゃ、力を温存しねぇわけにはいかねぇじゃねぇか…」
鼻をすすって、鼻下を擦る…慢性鼻炎とは本人の談だが、間違いなく半裸でいることで風邪をひき続けているに違いない。
馬鹿は風邪ひかないんじゃない。“馬鹿は自分が風邪をひいていることに気づかない”だけじゃ。
「わかったぜ! 勇者! 俺は馬車に居る! なにかあったらすぐに呼べ! この俺、リーサル・ウェポンをな!!」
人差し指で仕切りにアピールしてくるのに、全員がげんなりした顔をしていた。
ニマニマ笑ってるのは、馬車の中で札束数えているボンオドリだけだ(装備の点検するんじゃねぇのかよ)。
「……じゃ、出発します」
毎回、町を出る度に同じ事をやってんだからいい加減に学習しろよ。この馬鹿勇者はよ。




