10 チチバサミ
さて、前話の流れだと“ダールイの盛り場”に場面転換するところであるが、勇者ピエルロ・ガバチョスは生来の持ち味を活かして道に迷っていた。
そう。彼は天性のスキル、“方向音痴”を持っていたのだ。
かれこれ小1時間ほど道を彷徨い、話によれば5分で着くはずなのに未だに盛り場は見えてこなんだ(そんなんで、どうやって王城に辿り着けたのかは気にしなくていい。方向音痴だって10回に1回は正解を引き当てるものだ)。
そして真反対の方角を進み、ババア型の水棲魔物がバタフライ泳法を披露している河川敷の側をトボトボと歩いていると、ススキとかセイタカアワダチソウが鬱蒼としている小汚い川辺で、なにやら声が聞こえてきた。
「助けてぇ〜! 助けて下さぁ〜い!」
「どうしましたか?」
方向音痴でも、ピエルロは勇者だ。助けを求める声を聞いて駆けつけないわけがない。土手をズザァーと滑るようにして降りる。
「ああ、そこの方、お助け下さい!」
そこに居たのはまだ10代と思わしき女性だった。髪はゆるふわパーマのかかったロングヘアーで、男好きしそうなおっとり系の美少女だ。
「これは…」
ピエルロがびっくら仰天するのも致し方ない。
なぜならその女性はなかなかにムチムチプリンなウッシッシたまりませんなボディをしていたわけであるが、そのなに食ったらそんなにデカくなるんだと問い質したくなる豊満な胸が、2本の横木を合わせたような変な装置に挟まっていたからである。
「いったいなにが?」
「トラップです! “チチバサミに”挟まってしまって!」
「ち、チチバサミ?」
挟まれてとんでもない状態になっている乳房だったが、ピエルロがその装置に眼を走らせると、2本の横木は交差して挟み込む機構となっており、その延長線上にある台の上には皿に置かれたバナナがあった。
「もしかして、このバナナを取ろうとして…」
バナナの皿は上を含む四方を囲まれて、横木がある一部分しか開いていない。そして上体と腕を伸ばしてギリギリの位置に届くか届かないかの距離があり、その間は透明なアクリル板で覆われていた。
つまり、この女性はバナナを取ろうとアクリル板の中に上半身を入れたところで、このチチバサミと呼ばれる機構が動きだし、乳房を挟み込んでしまったのではないかと思われたのだ。
「い、いま助けますから!」
「なんでこんなもんに引っかかってるねーん!」と普通ならツッコミを入れるところだが、根からの善人かつ純粋無垢なピエルロはそんなこと思いもしなかった。
そしてピエルロはあまり頭がよろしくなかったので、こともあろうか乳が挟まれている横木を無理やりパゥアーでこじ開けようとした。
「あ、そこは触っちゃ…んんぅ///」
「あ、ごめんなさい!」
ムチムチピッチピチに挟まってるもんだから、そりゃピエルロだって、乳房の尖端の変なところに触れて、ちょっと危ない声だって出るさ。
それが、なろう小説ってもんである。
「もう少しで…」
「ハァハァ/// イヤァ…///」
河川敷の茂みの中で、どう見てもヤベェことをしてるとしか思えない状況だったが、これはれっきとした人命救助である。
「か、固い…。そうだ。剣でこじ開ければ!」
ピエルロはお腰にさげたキビダンゴ…もとい、ヴァイブセイバーのことを思い出す。
そしてわずかな隙間に、その金ピカの剣を横向きに差し入れた。
しかしそんなことをすればどうなるか賢明な読者諸兄はすでにお気づきだろう。
そう! ヴァイブセイバーのスイッチが入り、それは『強』モードで激しくバイブレーションしたのである!
「あ、アアフゥフウッ…///」
これまた都合よく、敏感なところに当たる(刃物なのに斬れねぇのかーい!)。
「ご、ごめんなさい! でも、もう少しだから!」
ズッコンバッコン! と、チチバサミは開き、挟まれていた女性はその場に脱力してコテンとひっくり返った。
口の端からは唾液がたれ、乱れた髪が口元にかかり、服も乱れ、見る人が見たら、もはや事後にしか見えないが、繰り返すがこれはれっきとした人命救助である。
「あ、ありがとうございます。私はセレイナ・チチスキーと申します。旅の僧侶をやっています。全人類を癒すのが目的です」
「そうでしたか」
全人類を癒すなんて壮大な目的を持っているのなら、バナナ欲しさに罠に引っ掛かるなとツッコミたいところだが、やはりそこは甘ちゃんピエルロである。ツッコミなどとは無縁の人生なのだ。
「僕は勇者ピエルロ・ガバチョスです」
「まあ、勇者様でしたの」
セレイナは、白馬に乗った王子に会った時のように赤面する。
「はい。大魔王ネギトロドンを倒すために仲間を集めようとしている最中でして…」
「チチバサミに挟まれたのも、もしかしたらあなた様に会うための運命だったのやも…」
セレイナは確信めいた顔で言うが、バナナが食いたいあまりに罠に引っ掛かった己の間抜けさを棚上げしたのには運命の神様きっと激怒ものだろう。
かくして、セレイナ・チチスキーが仲間になったのであった!




