誰が為の誘拐
ミステリーやサスペンス物の小説はわりとよく読みます。特に東野圭吾が描くミステリーが好きです
そんな人間が書いてみたミステリー擬きの短編になります
時間潰しにでも読んで頂ければ幸いです。万が一、感想を貰えれば、飛び上がって喜びます
「だからと言って、なんで僕の所に来るかね?」
事務所の片隅にある小さな台所スペースでインスタントコーヒーを淹れながら、富永裕司は口調に呆れを強く滲ませながら、応接間のソファーに座る友人に向けて言う。
「君だからこそ、相談に来たんじゃないか」
対する富永の友人である所の刑事課所属の警察官、川西啓太はのらりくらりと返事した。
「俺はね。君の推理というか直観力に一目も二目も置いてるんだ。おそらく、君の一番の理解者は俺だとすら思っているよ」
「そう思ってくれているという事実は、素直にありがたいけど……」
褒められた当の富永は苦笑いしながら、コーヒーが入ったカップをテーブルに置いてから川西の正面に腰を降ろす。
「理解者だと思ってくれているなら、同時に最大の批判者である事実も認識しておいてくれよ」
「批判者とは人聞きが悪いな。それは、突拍子もないことを言い出す君が悪いよ。君と初めて出会った山荘の事件然り、強盗事件然り」
「そこまで突拍子もない事は言ってないと思うんだけどね……」
「それは君が変人に他ならないからそう思うんだ」
「いやはや、理解者と言いながら、舌の根も乾かぬ内に本人を目の前にして変人と言い切るあなたを友人とカテゴライズするべきか否か、僕に分からなくなってきたよ」
「そんなのは簡単さ。俺は『富永裕司』という男に対して信頼を寄せる理解者だし、一般的に見て我々は友人関係にあるのは間違いない」
「そうかい、そうかい」
「そう投げやりに言うなよ。信頼してるって言うのはホントだぜ?」
「じゃあ、この場はその言葉を信じておくとしてだ。話を戻すけど、なんで一般人である僕の所に捜査情報を持ち込むんだい? 機密保持と諸々、問題あるだろ?」
「なんか釈然としないが、まぁ、いいか…」
不満げに眉を下げて見せる川西だが、そこは持ち前の切り替わりの早い男である。出されたコーヒーを一口啜り、再び話始めた。
「それで、その件なんだが、刑事が各々独自の情報源を持っているのは珍しくないし、何より君は知った情報をペラペラ喋るような人間じゃあるまい?」
「Sってヤツかい? 情報を教えて貰うのと、刑事が情報を漏らすのとでは天と地だと思うがね。まぁ、本人が良いと言うなら、良いとしておこうか。後々、逮捕とか勘弁してくれよ?」
「そんなの今更、だろ? まっ、そんな事にはならないから、安心したまえ。それで今回、相談したい件なんだけどね」
そう言うと川西は、とある事件のあらましを話し始めた。
事件のあらましを聞いた富永がまず思ったのは、「あぁ、あの事件か」という事だ。
川西の話を聞いて直ぐに富永もピンときた。何せ決して広くはない田舎の地方都市で起こった事件だ。しかも、その内容は地方紙どころか、全国区で報道されている。正直、知らない方が世情に疎すぎだろうと言うくらいには、話題のニュースであったのだ。
簡潔に言ってしまえば、起きたのは身代金誘拐事件である。
もう少し詳しく話せば、まず、事件の起こりは2週間程、時を遡る。
その日、県内ではそこそこ有数のとある中小企業の創業者の息子、小学3年生の男児ー川西の話では細谷錬という名前だそうだーが、突然誘拐され、その日のうちに会社事務所に身代金を要求する脅迫電話が入ったそうである。
「お前の息子は預かった。無事に返してほしければ、現金五百万円を用意しろ。余計なマネをすれば息子の命はない」
そうゆうテンプレじみた内容だったらしく、電話を受けた両親は動揺しつつ何とか金は工面したが、同時に怖くなって警察にも通報し、事件が発覚した。
そこからの警察の動きはそこまで重要ではないので詳細は割愛するが、要点として身代金の受け渡し現場を張り込んで、金を受取に来るであろう犯人の身柄を確保する方針であったとだけ述べておく。
で、話は身代金の受け渡しに移る。
犯人からの二度目の連絡が入ったのは、警察が介入して間もなくの頃。要件は、第一に金の用意が出来たかの確認。そして、用意が出来ている旨を聞き出すや、次いで金の受け渡し方法を告げてきた。
それは、次の通りであったという。
「用意した金を、社長がよく使っている皮のバッグの中に詰めろ。金を詰めたら、そのバッグを持って杉谷公園に行け」
ここで言う杉谷公園とは、被害者宅からも程近いよくある公園である。広過ぎず狭過ぎずの敷地内に、ペンキが剥がれて少々錆が浮いているようなブランコや鉄棒が設置されている程度の一般的にありふれた場所だ。田舎の寂れた公園と言った方が適当かも知れない。
ともかく、犯人はそこを指定した。
ちなみに、この時点では、犯人は被害者ーつまり錬君のスマホを使って連絡して来た為に、その線からの特定にこそ至って居なかった。だが、被害者の父親から犯人の心当たりは警察に報告されており、限りなく怪しい人物、という位には容疑者の素性に迫っていたらしい。
容疑者とされたのは、来間要一。彼は前述した父親が経営する会社に勤めていたが、数日前にその会社の社長ーすなわち被害者の父親と激しい口論の末、解雇された。口論の原因自体はどちらが悪いとも言い難い仕事上のトラブルだったらしいが、お互い後に引けなくなった末の喧嘩別れな形となり、父親が言うには、後に人伝に聞いた話でその件で相当相手ー被害者の父親ーを罵っていたようで、かなり恨んでいたのが見て取れる。
勿論、それだけで犯人と決め付けるわけにはいかない。あくまて可能性として来間要一の動向を調査しつつ、事件は更に進行する事となる。
次に犯人が告げてきたのは、金が詰まったバッグの置き場であった。それには、次のような指示が為された。
「公園に着いたら入り口の脇に側溝がある。そこの金網を持ち上げて、バッグを落とせ。金網を戻したら、後は家に帰れ。金の確認が取れたら、また連絡する」
要求自体は、よく分かる。よくあるバッグを特定の場所まで運ばせ、何らかの工夫をしながら犯人がそれを受け取るオーソドックスなケースと言えよう。
珍しさがあるとするなら、犯人が要求した特定の場所というのが公園脇の側溝という点だろう。コンクリート製のありふれた物で、U字型の形状をし、上部も分厚いコンクリの蓋で閉じられいる。ただ、一定区間毎にコンクリの蓋の代わりに鉄で出来た金網状の蓋が使われている箇所があり、丁度、公園のすぐそばに該当の箇所はあった。要は、そこを持ち上げてバッグを置いて去れ、という要求である。
果たして、それは実行された。鉄製という事で重さはあるが大の大人が持ち上げられないという事もなく、バッグは生活排水も流れる側溝の底へと置かれる事となる。
ここまで来れば事件も正念場。バッグを回収しに来た犯人を確保出来るか否か。警察も公園の周囲に人員を配備し、犯人に悟られないよう必要最低限の人数で潜み、固唾を飲んで警戒に当たっていた事だろう。
この時点で警察にミスがあったとするなら、犯人の動向を地上に絞って人員を配備してしまった点であった。
警察の読みと実際の経緯を説明するなら、警察は何者かがこの金網状の蓋を開けてバッグの回収を試みると推測していた。しかし、実際にはその何者かは側溝の中を移動してバッグの中身を持ち出した。言葉にすると、当然だろうと思うのも無理はない。普通に考えて、別の出入り口を確保して、件の場所まで側溝を辿った方が地上から見られるリスクはない。ただ、ここで問題となるのは側溝のサイズだ。件の側溝、実はそこまで大きくはない。大人が通ろうとするなら匍匐前進とまではいかないまでも、かなり身を伏せた状態、かつ肩幅的にも窮屈な移動を強いられる。そのようなサイズであった為、警察はその可能性を早々に排除してしまったのだ。何者ーと言うか犯人は、結果として警察の裏を書き、バッグを捨てて現金を持ち去る事に成功した。
この事実はその後しばらくして発覚し、側溝を辿った先での聞き込み調査の結果、犯人の手口が解明された。
解明されたその手口とは、バッグを側溝の中に入れさせ、そのバッグを子供を利用して回収させるというモノ。大人の体型では無理がある側溝の移動を、より小柄な子供にやらせるというシンプルだが、ある種巧妙なやり方と言える。聞き込みの成果として、近所の子供に対して小遣いと称して金を握らせ事を実行させた事が判明している。実行役の少年も、既に判明している。公園の近くに住む小3の男子で、被害者の錬君とも同学年の子であった。
子供を利用した卑劣な犯人だったが、皮肉というべきか利用した子供に足を掬われ、その正体が露見する事となる。例の少年に聞き取りをした際の犯人の容姿を聞き、さらに容疑者とされていた来間の写真を見せた結果、それが来間本人であると少年が証言したのである。同時に、その時点で来間要一が姿を眩ませていた事実も、容疑に拍車を掛けた。
こうして容疑者がほぼ確定し、事件を公開捜査に切り替える段階に来て、事件は更に大きく動く事となった。
被害者、細谷錬が煤けた格好で山道を下ってきた所を、保護されたのである。
当然、警察は犯人確保に動き、被害者の証言から犯人ー来間の潜伏先が直ぐに特定され、捜査員が現場へと急行。
だが、そこに待っていたのは全身にガソリンを被って火だるまになってこと切れた1人の遺体と、それに伴い一部引火したと思われ、焼け焦げた札束であった。遺体は司法解剖に回され、じきに遺体は来間要一と断定された。
被害者の証言によると、来間とは何度か面識があり、会社のトラブルについて特に知らない錬君を言葉巧みに誘い込んで誘拐するに及び、金を奪って潜伏先まで戻ってきた来間はそのまま何を思ったかペットボトルに詰め替えてあったガソリンを頭から被り、自ら火を付けたとの事。
こうして事件は容疑者の焼身自殺という形で幕を閉じた。
報道されている大まかな内容、次いでに一部捜査情報も交えた補足込みでの事件のあらましはこんな所であろう。
川西が語り、富永が相槌を打ちつつ聞かされた内容。端的に言うなら。
「解決してるじゃないか」
富永は先程よりも呆れての様相を深く、目尻を下げながら言い放つ。
そう、事件は解決している。被害者は無事。金は一部焼失したが、犯人は自決。すっきりした解決とは言えないかもしれないが、聞いた限りこの事件はもう終わっている。警察としても、被疑者死亡で捜査終了であろう。
「まあ、待てよ。話の本題はこれからなんだ」
川西は再びコーヒーに口を付け、唇を湿らせて話の続きを話し始めた。
「確かに来間要一はガソリンを被って火だるまになった。だが、そもそも何で火だるまになる必要がある? 結果として金は手に入ったんだ、逃げるでもなく直ぐさま火を付ける? 精神を病んでいたとしても、やはり不自然だ」
「単に逃げ切れないと考えて、命を絶つ事にしたのかもしれない。警察の捜査能力は馬鹿に出来ない。仮に金の受け取りが上手くいったとして、その後、逃走は無理と悟ったのかもしれないよ。実際、犯行に利用した子供経由で素性がバレてるしね」
「勿論、根拠もある話さ。司法解剖の結果、遺体の頭部に鈍器のような物で殴られたと思しき傷がある事も分かっているんだ。次いでに、焼け残ったというのが適切かはともかく手首に何らかの擦過傷がある事も確認されてる」
「と言うと?」
「つまり来間要一は何者か、第三者に頭を殴られた上、手首をロープか何かで縛られていた。要は、監禁されていたという可能性があるわけだ」
川西はさも自信満々に一息にそう言い切ると、正面に座る友人の姿を見やる。
対する富永は「これがドヤ顔ってやつかな…」などと若干関係ない事を考えつつ、自称・友人にして理解者である所の川西の今の話もきちんと聞いていた。
確かに、そういう事実があるなら不自然な点も不自然では無くなる。事件には黒幕がおり、来間は犯人役の囮にされて殺された。川西が言いたい事は、そんな所だろう。
ただし。
「なら、こんな所で油売ってないで捜査しなよ」
「出来るなら、そうしているさ。進言もしたし、捜査しようとしたよ」
「良いことじゃないか」
「却下されたよ」
「……何だって?」
「頭部の傷は鈍器で殴られたとは限らない。偶々、不注意かもしくは事故で頭を何かにぶつけただけかもしれない。手首の擦過傷も同様。まあ、要は犯人死亡で事件解決にしてしまいたいんだよ、上は」
「あぁ…なるほど。結構無理がある理屈だと思うけど、無いとも言い切れない…のかな?」
「いや無理があるね。事故でも何でも良いが、そんな怪我をしていながら誘拐事件を起こそうなんて普通思わない。別段、今決行しなきゃならん理由でもなければ、やるにしても日をズラせばいいだけだ。無理に今やる必要がない。手首の擦過傷なんて、縛られでもしない限り、ほかにどうやって出来る? 奴さんがSM趣味だったとでも?」
「僕に言われても困るけど、とりあえず概ね同意だね。確かに無理に決行する理由はない。尤も、決行する何らかの理由があった可能性も否定出来ないけど」
そう言いつつ、富永自身、その可能性は低いだろうと思っている。その点は、川西と同意見というのが本音だ。
そこで富永は、少しばかり考えを巡らせる。
「そもそも、金を焼く必要もあったのかな?」
「どういう意味だ? 金に関しては、奴さんが火だるまになった時に飛び火しただけじゃないか?」
「なんか不自然なんだよね。この事件に第三者が、つまる所黒幕が居るのは確定だとして、奪った金を持ち去るでもなく現場に放置? しかも、燃やす? なんで金を捨てるような事を…?」
川西の問いに答えるでもなく、富永はぶつぶつと半ば独り言を呟きながら疑問点を挙げる。
「身代金の額にしても少ないような…いや、でも現実的と言えば現実的な金額…うーん? 金が目的じゃなかった? となると黒幕は何を……」
身代金誘拐だが、金が目的の犯行とは思えない。実際、奪う事に成功した金は手を付けず、現場に放棄している。なら、何か別の目的があったのだろうか? 分かりやすい所で来間要一の殺害。それ自体が目的であり、誘拐そのものは来間を誘拐犯に仕立て上げて自殺に見せ掛ける為のカモフラージュだった?
「いや……なんか違う」
自問自答する富永に、川西が口を挟んだ。
「おいおい、君の悪い癖が出てるぞ。こっちを置いてけぼりにして、ぶつぶつ『これは違う』だの『アレはなんで』だのと。少しはこっちとも、話をしたまえよ」
いかにも不機嫌ですというポーズを取りつつ、川西はそう切り出した。
「何を考えてる? いや、どこまで考えた?」
「いや…そうそう納得いく考えには至らないね…。この事件に第三者が関わってる可能性は高いと思う。いわば真犯人って奴だ。だが、その目的がイマイチ分からない。単純に考えて、来間の殺害が一番しっくりくる気はすし、誘拐事件自体もその為の布石と考えると筋も通らない事はない。でも…」
「でも、何だい?」
「なんか、すっきりしないんだよね」
「なんだ、そりゃ? 俺からすれば、十分的を得た考えに思えるが、何がそんなに気に食わないってんだ?」
「気に食わないっていうか、チグハグなんだよね」
「チグハグ?」
「うん。仮に来間を殺害する為、ひいては来間に自殺をして貰う為に誘拐事件という舞台を設ける。そもそも、この時点で行動が無駄に思えてならない。なんで、わざわざそんな手間をかける必要がある? 自殺に見せ掛けたいなら、他にいくらでも手はある」
「それは…確かに」
「それから、その仮説でいくと身代金受け取りの手口にも疑問が残る」
「……疑問?」
「この仮説でいくと、来間本人は頭を殴られて、その上、縛られていたわけで、要は監禁されていた事になる。ただ、そうなると実際に身代金を盗ったのは誰だ?って話になってくる」
「誰って…、そうか。来間本人は監禁されてる訳だから、そんな事出来る状況にない。でも、実際、子供に金を持って来させたのは来間という証言も出てる…確かに、おかしいな」
「単純に、その子が嘘を付いた可能性もある。もしくは意図した嘘でなかったとしても、結果としてそう誤った証言をしてしまったのかも知れない。だが、問題はそう都合よくいくかって事なわけで…」
富永はそう言いながら、空を仰ぐ様に古ぼけた事務所の天井を見つめながら、尻すぼみにそう言った。
仮に少年の証言が誤りだったとしても、現実として「来間の指示」という証言で来間=誘拐犯と断定され、人質が逃げ出した事で潜伏先は特定され、最終的に来間要一は焼死した。まるで、予定調和の物語ではないか。
「いや、まさにそれこそが…」
「どうしたんだ。何か思い付いたのか?」
「発想の逆転が必要なんじゃないかな。この事件」
「……どうゆう意味だ? また君の発想の逆転って奴か」
富永の話に雲行きの悪さを覚えた川西は、しかめっ面を浮かべながらそう言った。
ひとしきり真っ当な考えを巡らせ、それで納得いくなら良し。行かなければ、その逆を考える。行き詰まりと、発送の逆転。それが富永という男の物事の考え方であり、捉え方なのを川西は知っていた。そして、そこでいう逆転の思考に入った富永が一見突飛な考えを言い出す事も、併せて思い知っていた。故の、しかめ面だ。
「そもそも、この事件自体が狂言だったとしたら?」
そんな川西の内心を汲み取るでもなく、富永が語る。
「狂言? 誰の?」
「それは、細谷錬少年のさ」
「……は?」
「つまり、こうゆう考えはどうだい?」
呆気に取られた川西を他所に、富永は事件の真相を想像し、それを喋り出す。
「今回の事件は、発端となった誘拐は自作自演。こうして来間を、自分を誘拐した犯人に仕立て上げる。そして、殺した」
「待て待て。話が突飛過ぎる! 相手は小学生だぞ⁉︎」
予想の斜め上を行く富永の仮説に、川西は唾を飛ばしながら怒鳴るように反論した。
「君は被害者がガタイのいい少年だとでも思っているのか⁉︎ 残念ながら彼は一般的な小学3年の子供だよ。いや、むしろ小柄な部類と言ってもいい。そんな彼が、百歩譲って狂言誘拐までは分かるとしても殺人だって! 現実的に考えても無理に決まってる!」
「何を捉えての現実的、なんだい? それは」
「全てだ。前提の仮説では来間は頭部を殴って縛り上げた上で監禁されているわけだが、小学生の大の大人を殴り倒せるとは思えない。仮にそこは足場なり高所なり、もしくは何らかの仕掛けでもいい。殴れたとしよう。そこから潜伏先までどうやって運ぶ? まさか潜伏先まで誘き寄せたと? 馬鹿な」
「確かに潜伏先は山道の奥まった所って話だから誘き寄せたり、待ち伏せするのはかなり無理がある。現場が来間の私有地ってわけでもないなら、尚更ね。であれば、別の所で襲われて、気絶させられた後に現場まで運ばれたと見る方が自然だと思う」
「なら、やはり子供には無理だろ。子供が大人を運ぶ様子など目立ち過ぎるにも程がある。ナンセンスだ」
「確かに背負うにせよ、引きずるにせよ、台車を使ったにせよ。子供が大人を運ぶってのは異様だ。直接姿見せないように布か何かで隠しながらだとしても、やはり目立つ」
「なら……」
「でも車に押し込んでしまえば、外からは分からないよ」
「……は? 車?」
「トランクでも後部座席にでもいいけど、そこに放り込んで車で移動すれば外部からは分からない。単純な事さ」
「それこそ馬鹿を言うな! 相手は小学生だぞ⁉︎」
「別に免許の有無が、運転出来る出来ないとイコールじゃないさ。過去には5歳児が親の目を盗んで車を動かしてしまった事例だってある。マニュアルならいざ知らず、オートマ車なんて所詮はギアをDに入れてアクセルを踏めば走るんだ。小学3の子供でも運転するのは不可能じゃない。車があって当たり前の田舎だし、わざわざ聞いていなかったけど、来間の所有する車が現場で見つかっているんじゃないのかい?」
「それは…いや、しかし……、そう! だとしても体格差はどうだ? 子供が大人を殴り倒すのは無理が…」
「君は子供と話をする時どうする?」
「どうって、大抵はしゃがんで話を聞くし、急いでいたとしても身を屈めるくらいはするが…」
「まさに、その通り。子供相手に臨戦態勢…は言い過ぎだとしても、仁王立ちで対応する人はなかなか居ないものさ。よっぽどの子供嫌いや偏屈な人物でもない限りね。ただ、それって逆に言えばチャンスだと思うんだよ」
「チャンス?」
「子供が大人を襲う絶好の機会って事さ。なんせ相手は無防備な上、仮にしゃがんでくれようモノなら緊急回避しようにもラグが生じる。ただでさえ子供に命を脅かされるなんて想像もしてないから油断しているし、気付いた頃には一撃貰った後か、そな寸前だろう。武術に心得があるなら挽回も出来たかもしれないけど、相手が複数となれば餌食じゃないかな」
「複数だって?」
「来間を誘拐犯に仕立て上げた例の証言をした少年。少なくとも、彼も共犯だと僕は思う。もしかしたら他に1〜2人くらい仲間が居るかもだし、居たとして不思議には思わない」
「小学生のグループが1人の男を殺す為に動いたのが、今回の誘拐事件だと君は思う訳か? 馬鹿馬鹿しい!」
「ついでに言うと、やはり気になるのは金を燃やした理由だね。そもそも狂言誘拐自体に必然性は感じないし、奪った物を焼く意味もない。となると、やっぱり金は奪われたのかもしれないね」
「金は現場で、回収されている」
「それは燃え残った一部であって、満額が回収されたわけじゃない。そうだろ?」
「無事に回収されたのは300万程だと聞いている。多少の焼けがあっても原形を判別出来る程度の紙幣も含めるならもう少し増える筈だ」
「後は全て灰になったと?」
「実際そうじゃないか」
「ここで質問なんだけど、仮にここに10枚の紙があるとする。そこから1枚抜き取って火を付けたとしよう。焼けて残った灰を見て、元の紙が10枚だったのか9枚だったのか。君は判別出来ると思うかい?」
「何が言いたい…?」
「今回、要求された金は現金500万だ。100万毎の札束が5セットあるとして、仮に5枚ずつ抜いたとしよう。そして火を付けてしまえば、束である以上おそらく全焼はしないだろうけどある程度は確実に燃えて灰になる。燃え残ったとして現場を調べても事前に金が抜かれているとは気付かれにくい。まぁだからと言って2〜30枚も抜いたら流石にバレる可能性が高いだろうし、1束につき5枚、多くても10枚がバレ批判者にくい限界だろうと、僕は思う」
「くだらない。そんなのは想像でしかない。いや、単なる妄想だ!」
「確かに証拠があるわけじゃない。勝手な僕の考えさ。君から聞かされた情報を元に、僕が一番しっくりくる考えを述べた、ただそれだけだ」
「……確かにこんな所で油を売ってる場合じゃなかったようだな。時間を無駄にした!」
川西は肩を怒らせ立ち上がると、富永を睨むように一瞥し、事務所を後にした。
音を立てて戸を閉める音が事務所内に響き、やがて静寂が戻る。
「やっぱり批判者なんだよな、あの人は…」
ポツリと呟き、富永は冷めてしまったコーヒーを一息に飲み干すといそいそとカップを片付けに台所へと歩いていった。
数日後のとある朝。
富永裕司は事務所に置かれたデスクで書類仕事をこなしつつ、付けっぱなしにしてあるテレビから流れてくるそのニュースを聴いていた。
「数週間前に発生した誘拐事件に関して、警察は被害者の少年に対して、一転して被疑者として任意での事情聴取を開始した事を明らかにしました。警察の発表によりますと、少年達は先の誘拐事件で容疑者とされていた男性を殺害した疑いが持たれており……」
なかなかにご都合主義な部分があったかと思いますが、時間潰しでも少なからず楽しんで頂けたなら幸いです
作中の山荘の事件や強盗云々はネタとしては思い浮かんでますが、どちらもどっちかと言えば長編ネタなので書くかどうかは未定です
反応次第では長編に挑戦する際、どちらかを書く事もあるかもしれないです
あまり手厳しくない程度の感想貰えたら嬉しいな〜と思ったりする今日この頃