バックトラック 01-08
「オウ、ウェル。あんたたちはやることやっただけ、それに」
エリカは、獰猛な笑みをみせる。
「まだ、負けてない。そうだよね」
ふん、とカタギリは鼻をならすと叫ぶ。
「ブシェミ、カゴメ。兎に角やつに榴弾を、ぶちこんでやれ」
ブシェミとカゴメはアサルトライフルの銃身下に装備したランチャーを操作し、榴弾を発射する。轟音と閃光が、黄昏のダンジョンを満たす静寂と闇を粉砕した。マンティコアは、爆炎に包まれる。
黒い爆炎は、深紅の風となったマンティコアに切り裂かれた。前足が鉈のようにふるわれ、ブシェミとカゴメはあっけなく薙ぎ倒される。カタギリが、雄叫びをあげた。
立射でライフルを立て続けに撃ち、二十ミリ弾をモンスターが持つおんなの首に被弾させる。API弾はマンティコアの頸動脈とおぼしきあたりに着弾し、血渋きをあげた。
エリカは、一瞬マンティコアの妖艶な美貌に笑みが浮かんだような気がした。その顔はぞっとするほど、快楽の色に染められている。カタギリはマンティコアが復讐の美酒を味わっていることを意にとめず、予備弾倉を取り出した。カタギリが弾倉を交換するその瞬間にマンティコアは、距離を潰す。
妖しい美しさをもつおんなの顔が、カタギリの腕に喰らいつくと放り投げる。壊れた人形のように、カタギリの身体が橋の上を転がった。
最後のひとりとなったエリカは、マンティコアと向き合う。カタギリたちは皆重症ではあるが、死んではいない。カタギリの言ったとおり、まずエリカを殺してから全員のとどめをさすつもりなのだろう。
エリカはほとんど意味がないだろうと思いつつ、腰につけたナイフを抜く。刃渡り三十センチはあるコンバットナイフは、マンティコアを前にすると爪楊枝程度の存在感しかない気がする。
「きなよ、ファッキン・モンスター。地獄の祝宴を、続けようか」
エリカは、極上の笑みを浮かべる。まあ、自分は死ぬんだろうけれど中々迫真の映像がとれていると思う。きっと、わたしはレジェンドとして名を刻む。ある意味、その能天気な思いがエリカにやけくそじみた勇気をあたえている。
マンティコアは、残ったおんなの目で不思議なものをみるようにエリカを見ていた。エリカが怯えていないのを、不審に思っているようだ。忌々しいほど、賢いモンスターだと思う。
しかし赤い怪物は、訝しむ様子を捨て去り大きく笑った。花びらを思わす美しい唇が大きく裂け、短剣ほどの長さがある牙が剥き出しとなる。その姿はおぞましく戦慄をもたらしたが、それでも陶酔するほどの美しさを残していた。マンティコアは、喜びの咆哮をあげる。込み上げる快楽に、耐えかねているかのような叫びだ。
モンスターの声は、エリカのなけなしの勇気を消し飛ばしたがそれでも彼女は笑い続ける。残っているのは、意地だけであった。
マンティコアは、エリカが構えていたナイフごと左手に喰いつく。腕を喰いちぎるべく、牙がつきたてられた。しかし、そのとき響いたのは金属の音である。
マンティコアの目に戸惑いの色が浮かび、エリカは青ざめた顔を無理矢理笑みの形に歪めた。エリカの身体は過去のエクストリーム画像配信の時に幾度か全身骨折をしており、その際に骨格をチタンクロームのフレームで強化している。ひとの腕を喰いちぎるように切断するのは、無理な話だ。
エリカは焼けるような苦痛をこらえマンティコアの口のなかにある左手を、動かす。ホルスターからレミントンのダブルデリンジャーが飛び出し、左手に飛び込む。
エリカはすかさずトリッガーを、引いた。マンティコアの口のなかで轟音が響き、357マグナムのホローポイント弾が喉の奥を破壊する。
カタギリの撃つAPI弾のようにはいかないが、ホローポイントはマンティコアの喉を破壊したはずだ。深紅のモンスターは、驚いたようにエリカの左手を吐き出す。
エリカは、マンティコアの前から飛び出しロミオが落とした高周波チェーンソウを拾い上げる。モーターを全力で稼働させ、空気を甲高い音で切り裂く。
エリカを追って身を翻したマンティコアに向かって、エリカは高周波チェーンソウを叩きつける。狙いどおりチェーンソウはカタギリの20ミリ弾がつけた傷口に食い込み、真っ赤な血渋きをあげた。狂暴な悲鳴をあげつつ、チェーンソウは少しずつ首へ食い込んでゆく。マンティコアの血をあび、エリカの顔が赤く染まる。
エリカは、叫び声をあげながらチェーンソウをさらに進ませる。首を切り落とすのは無理にしても、頸動脈を裂けばダメージを与えられるはず。あと数ミリ食い込ませようと、エリカは全身の力を込めチェーンソウをひく。エリカの赤く染まった顔が、必死の思いで歪む。
エリカのその思いを裏切るように、チェーンソウはそれ以上食い込まなくなった。彼女の力では、マンティコアの体表を覆う筋肉を切り裂けないらしい。
マンティコアは残ったひとつの瞳でエリカを見下ろすと、そっと笑う。まるで、愛情さえこもっているかのような熱い眼差しである。そして、その目は残忍な欲望に酔っているかのようだ。
はじめて、エリカのこころを絶望が鷲掴みにする。ようやく訪れた恐怖が、彼女の四肢から力を奪った。
チェーンソウはエリカの手から離れ、橋の上に落ちる。エリカは、尻餅をつく。
エリカは、なぜか薄く笑った。恐ろしくて気を失いそうであったが、不思議とやりきったような気持ちでもある。
「あんたの勝ちだ、モンスター。わたしの命を、とるといい」
エリカは、震える声で語りかけた。マンティコアは、美しいおんなの顔にどこか満足げな笑みを浮かべている。そして、恋人に愛を囁くようにエリカにそっと顔をよせてきた。口が大きく開かれ、凶悪な牙がエリカの首筋に近づく。エリカは恐怖に震えつつも、目だけは開いている。死んでも配信用画像だけは、残るように。