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バックトラック 01-06

 死体のように蒼白いおんなが、呪詛を燃やしているように輝く瞳であたりを見回し、ふとエリカに目をとめる。


「おや、ずいぶん旨そうなおんながいるじゃあないの」


 怪異は、蛇のように蠢く長い舌で唇を舐める。


「喰ってよいかな、主よ」

「はあ?」


 エリカが思わず声をあげ、ブシェミがやれやれと首をふる。カゴメは舌打ちをすると、印を結ぶ。

 蒼白い焔が怪異の胸で、燃え上がる。焔のなかに梵字が、浮かび上がった。それは、奈落迦という字のようだ。怪異は、苦しげな呻き声をあげる。


「あのさぁ、最強の怪異だって調子のってると」


 カゴメは、うんざりした口調で言いはなった。


「まじで、火焔地獄の底に落として焼き尽くすから」


 げふっ、と怪異は焔を吐き出す。黒い煙が、口から立ち上る。少し首をふると、怪異は言った。


「しかし主よ、我はこの世に禍をもたらすため呪詛を集めて造られた怪異だ。使役するには、相応の贄が必要だと知らぬわけではあるまいに」


 カゴメは、鼻で笑う。


「わたしの言うこときくなら、わたしの魂を少し喰わしてやってもいいよ。でも、それはあんたがモンスターに勝ったあとのご褒美になるわね」


 カゴメはナイフを取り出すと、手のひらを切り裂く。昏い闇の中を赤い花びらが散るように、深紅の血が流れ落ちた。


「今、あんたにあげられるのはこれだけだよ」


 怪異は、妖気を燃やし不吉な光で瞳を輝かせると、長い舌でカゴメの血を舐める。にいっ、と怪異は不気味な笑みを浮かべた。


「中々豪気な褒美であるな、主よ。気前がいい、気に入ったぞ」


 ふん、とカゴメは嘲るような笑みを浮かべた。


「じゃあ、向こうにいる異国のモンスターにとり憑いて、呪い殺しておいで。最強の怪異であるあんたなら、容易い仕事よね」


 怪異は、ぞっとするような凶悪さに溢れる笑みをおんなの顔に浮かべた。


「うむ。外つ国の怪異が日ノ本ででかい面をするのは、業腹じゃの。ひとつ、思い知らせてやろうぞ」


 蜘蛛の怪異は、踵をかえすと橋の向こうへと向かう。エリカは、少し不安になる。


「魂を喰わせるって、大丈夫なの?」


 ブシェミが、少し眉間に皺をよせて答える。


「普通陰陽師は、身代わりとなる依代を用意してるとききますが」

「そんなの、あるわけないし。今回、あんな強い式神召喚するきなかったから」


 カゴメは、唇を尖らせて愚痴る。


「まあ、ちょっと寿命が縮むだけ。大したことない」


 エリカは強ばった笑みを浮かべたが、カゴメは気にした様子もなく怪異を見つめている。

 怪異は間違うことなく、真っ直ぐマンティコアが潜むと思われる空間の歪みに向かう。一見何もないように見える位相の揺らぎを前にして、おんなの顔をもつ怪異は邪悪に哄笑する。


「おやおや、こんなところに隠れるとは。随分、臆病な怪異とみえる」


 おんなの顔に、愉悦の笑みが浮かぶ。


「けれどおまえの放つ呪詛の気配は、星なき空を駆ける禍つ星よりもあかるいぞ」


 怪異は、蜘蛛の足をひとつたかくあげると、何もない空間に向かってふりおろした。黒い焔のようなものが揺らぎ、蜘蛛の足の先端が隠れる。

 怪異は、けらけらと楽しげに笑ってみせた。


「ほうら、おまえの身体に届くぞ。そして、呪いはお前の身体もこころも貪るぞ」


 ぐらりと、虚空が蠢いた。そこから血が滲むように、赤い塊が浮き出してくる。やがてその赤い塊は、ぼとりと橋の上に落ちた。

 エリカは、それが肉の塊だと理解する。その肉の塊は、黒く泡立つものに覆われていく。エリカは、目をこらしてみる。どうやらその黒い泡は、子蜘蛛の群れのようだ。

 さらに、ふたつ、みっつと赤い肉の塊が落ちてくる。どれも、おなじように子蜘蛛の群れに犯されていた。


「うーん、残念ながら陰陽の術で呼び出した怪異は、ダンジョンに不向きみたいですね」


 ブシェミが、呟く。カゴメは険しい顔をしてちらりとみたが、何も言わない。

 エリカは、ブシェミに問いかける。


「どういうこと? なんだか、マンティコアを傷つけてるみたいなんだけど」


 ブシェミは、頷く。


「もちろんそうなんですが、逆にいえば深いところに浸透する前に傷として切り離されてる。陰陽の呪いは、対象とどれだけ深く縁を結べるかで効果が決まりますが、マンティコアくらいになると縁が深まらないよう防御する魔法式が組み込まれているようです」


 ブシェミは、軽く肩を竦めた。


「まあ、逆に返しの風を吹かすことも、できないんでしょうが」

「十分ですよ、あれで。マンティコアは、耐えきれなくなる」


 長大な高周波チェーンソウを肩に担いだロミオが、口を挟む。


「別位相から、我々の位相へと存在を同期させてきますよ。まず最初の一手である、マンティコアの引きづりだしには成功しました」


 ロミオは薔薇色の唇を、満足げに歪める。


「カゴメ、よくやってくれました。十分です、式神をさげて」


 ロミオがカゴメに声をかけたその瞬間に、漆黒の焔が吹き上がるように怪異の前に黒く濃い闇が出現する。

 まず、獣の咆哮がダンジョンに轟いた。それは、百の落雷が放つ轟音、そして千の死霊があげる怨嗟の悲鳴である。

 闇のなかに火焔が吹き上がるように、深紅のモンスターが姿を表す。獅子の身体におんなの顔を持つモンスター、マンティコアであった。



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