バックトラック 01-04
ロミオの言葉を受け、アサルトライフルを手にして周囲を警戒していたおんなの子がやってくる。少年のように髪を短くした、小柄な女性だ。確か、魔法大学の学生をしながらアルバイトでダンジョンガイドしている子だ。
ロミオは全員を見渡すと、ダンジョンマップの立体映像を映し出す。そしてロミオはマップ上の赤い輝き、マンティコアを指差す。
「まずは、マンティコアが潜伏している別位相の空間から、我々の存在する位相空間へと引きずりださなければ話になりません」
エリカは、頷く。
「でも、どうやって」
ロミオは、真っ直ぐカゴメを見つめる。
「カゴメ、あなたの使役する式神を使う以外の手はなさそうです」
カゴメは、少年のように凛々しい顔を曇らせた。
「上位の式神を使ったら、お婆ちゃんに怒られるんですよね。ていうか、あのモンスターにぶつけたら多分式神ロストするんですけど」
カタギリが、ため息をつく。
「しかし、使わないと死ぬことになるぜ」
カゴメは、幼子のように唇を尖らせた。
「お婆ちゃん怒らせたら、大学やめて帰んないといけないけど。それならここで、死んでもいいかなって」
カタギリは目を丸くして、うなり声をあげる。
エリカとしては、気持ちは判らないでもない。彼女も失敗して色々失って負債を返済するために生きていくくらいなら、命を失ったほうがいいかと思ってエクストリーム配信をはじめた。それは、失敗が即死に繋がる、とても判りやすいビジネスである。
災害や戦争、パンデミックが相次いで命があっけなく失われる時代に生まれた若者は、多分彼女以上に生きることへの執着が薄い。
カタギリは、苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「五百万ならだそう」
カゴメが、小首を傾げた。
「USドルですか」
「いや」
カタギリが、多少虚ろな声で答える。
「イェンだよ」
カゴメは、失笑する。
「イェンなんて有り難がって使うの、この島のひとくらいじゃあないですか。それにそれだと、ゼロ二つたんないです」
カタギリは、目を剥いた。端からブシェミが、口を挟む。
「上位の式神を使役できるように育てるのに、一億イェンはかかるってきいたことありますよ」
エリカは、凄みのある瞳を穏やかな笑みにのせてカゴメを見る。
「カゴメ・ヨモツさん、だったかな」
カゴメは、ペコリと頭を下げる。エリカは白紙の小切手を、カゴメに渡した。
「百万USドルまでなら、出してもいいわよ」
「レディ・エリカ」
「エリカで、いいわよ」
エリカの言葉にカゴメは、頷く。
「エリカさん、それじゃあ利益でないですよね」
エリカは、肩を竦める。
「まあ、いい画像とって生きて帰れば、多分スポンサーつくからなんとかなるわ。この損失は、次で取り返す」
カゴメは、頷いた。
「判りました。一番強い、式神だします」
ロミオは、深く頭を下げた。エリカは笑みをカゴメに投げたが、カゴメは多少こわばった微笑でそれに応える。
エリカは頭をあげたロミオに、向き合う。
「ねえ、撮影していいんだよね」
エリカは、ロミオに今さらのように確認をとる。ロミオは、苦笑を浮かべた。
「まあいいですが、僕が奥の手を使うところを公開するときには、画像を編集させてもらいますよ」
エリカは、にっこり笑った。
「ま、生きて帰れれば相談できると思うよ」
ロミオは、頷く。
「何にせよ、帰ってからの相談ですね。では、作戦の説明を続けます」
全員が、再びロミオに注目する。ロミオはゴーグルに覆われた眼差しを、カタギリへ向けた。
「わたしたちのいる位相に同期して実在化したマンティコアに、狙撃してください。ミスタ・カタギリ」