バックトラック 01-02
「レディ・エリカ。それに、ミスタ・カタギリ。少し情報を共有しましょう。グラスをつけてもらえますか」
エリカとカタギリは、ポーチからメタルフレームの眼鏡を取り出すと装着する。眼鏡をつけることで、彼女たちは何もない空間に立体映像が出現するのを見られるようになった。
無線で親機と接続された、スマートグラスと呼ばれるアイテムのおかげだった。
「ブシェミ君、モンスターの探索状況を写してくれないか」
ブシェミと呼ばれた痩身の青年が、ヴァーチャルコンソールを操作する。仮想的なキーボードやディスプレイは、スマートグラスを付けているエリカやカタギリにも見ることができた。
ブシェミの操作によって、ダンジョンの中に立体映像が浮かび上がる。それは、ダンジョンのマップであった。ブシェミはスマートグラスの向こうで落ち窪んだ目の奥にある瞳を光らせながら、少し甲高い声で話し始める。
「モンスターは周到に存在する位相をずらしているので、はっきりとは把握できません。けれど、魔術的な痕跡は隠しきれないので、およその位置は把握できます」
ブシェミの見た目はドラッグ中毒の路上生活者といった感じではあるが、実際にはかなり理知的なひとらしい。ブシェミは落ち着いた手つきでヴァーチャルコンソールを操作すると、ダンジョンのマップ上に赤い輝点が浮かびあがった。ブシェミは、その鬼火が落ちたように赤く光る点を指差す。
「魔力の揺らぎは、わたしたちの後方約七百メートルというところでしょうか。この魔力の揺らぎが、わたしたちが追っていたつもりのモンスターである可能性は高いと思います」
カタギリは頷くと、問いを投げる。
「奴は、おれたちをどこに導こうとしているんだ?」
ブシェミはマップの先を、指さす。橋を渡った向こうには、複雑な地形の迷路があるようだ。
「この先に狂王のラビリンスと呼ばれる地域が、あります。常に形状を変え続ける、厄介な迷路です。ここに誘い込んで、わしたちを分断してひとりづつ殺すつもりですね」
カタギリは渋い顔をして、新たにシガリロを出すと咥える。
「それにしても、いったい奴はなんでこんなことをするんだ」
エリカは、驚いた顔をする。
「え、モンスターってひとを襲うものじゃあないの?」
ロミオが静かに、首をふる。
「モンスターは、理由がなければひとを襲いません」
むう、とエリカは唸った。
「でも、わたしたち何度も襲われたじゃないの」
シガリロに火をつけながら、カタギリが答える。
「あれは、おれたちが縄張りに踏み込んでいったからだよ。モンスターがバックトラックを仕掛けてくるなんざ、そうあることじゃあない。まあ、例えばそうだな」
ロミオがカタギリの言葉を、引き継ぐ。
「ひとに襲われて傷つけられた、とかならですね。けれども、そうなら不可解です」
エリカがロミオに眼差しを、向けた。
「不可解、てどういうこと?」
カタギリが紫煙を吐きながら、言った。
「モンスターを狩るものは、仕留め損ない傷ついたモンスターを逃した場合、報告を義務づけられている。おれたちはこのエリアのレポートは確認したが、そんな報告は無かった」
ブシェミが険しい顔をして、声を上げる。
「見つけました。モンスターハントの失敗報告が上がっています」
カタギリが、目を剥いた。
「なんだって!」
ブシェミは、苦い顔をして報告を読みあげる。
「モンスターハントのパーティはこのエリアでモンスターを狩り、その片目を損傷させるという傷を負わせたが殺すには至らなかった、とありますね。あきれたな、こいつ検索タグを外してますよ」
「ふざけやがって!」
カタギリはシガリロを地面に投げ捨て、乱暴に踏みにじる。エリカは、目をまるくする。
「え、どういうことなの?」
「検索タグがついてなければ、レポートはひとの目にとまりません。レポートを提出しないのは違反であり罰則対象ですが、検索タグがついていないのは違反という訳ではない。注意勧告レベルですね」
ロミオの言葉に、カタギリが頷く。
「レポートは提出すると普通はシステムが自働的に検索タグを付与するんで、意図的に外さないと外れることはない。そういう重要な情報に検索タグをつけないなんて、悪意があるとしか思えん。いったい、どこの馬鹿だ?」
ブシェミは、苦笑を浮かべながら言った。
「やれやれ、どうもFASTの執行部役員の御曹司が編成したパーティのようですね」
カタギリが、眉間に皺をよせ唸る。
「大陸のお偉いさんとこのプロディガル・サンときたかよ。前衛党のお偉いさんとしては、息子の不祥事を政敵に利用されたくないので隠蔽するってか。やりたい放題だな、やつら」