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魔法銀の悪魔の救済  作者: 緑名紺
第二章 それぞれの成長期
38/40

38 預言者

 



 ある意味これは、リリトゥナへの復讐なのかもしれない。

 巻き戻し前の人生で死という報いを与えたつもりだが、彼女の心にどれだけ傷をつけられたかは分からない。仲間が死ぬ度に、もっと苦しめてやれば良かったと思った。


 もちろん現時点の、十二歳のリリトゥナに罪がないことは分かっている。彼女からしたら謂れのない報復を受けることになる。

 しかし、生まれた時からの因縁と、薄っぺらい善性と、相対した時に感じる苛立ちを無視できない。全てにおいて優遇され勝者になっている彼女へ、悪意を持たずにいられるほどミシュラは寛大にはなれなかった。


 ――今日、また前回の人生と同じ出来事が起こるのなら、嫌な思いをするのは私も一緒だもんね。


 運命をともに。

 リリトゥナが本当に“聖王女”かどうか、確かめる時が来た。


 誕生パーティーの翌日の午後。

 ミシュラは公爵邸の部屋――かつての母の私室にリリトゥナを招いていた。


「ごめんなさい、無理に招待してしまって。盛大に歓迎したかったのですが、時間がなくて準備も十分にできず……」

「そんな、構いません。むしろ、お茶会やパーティー以外でお友達のお屋敷に行くのは初めてで、新鮮でとても楽しいです!」


 リリトゥナはすっかりご機嫌だった。その後ろでチェカとカーフもニコニコしている。フレインだけは、相変わらず眠たそうに壁にもたれているが。


 ――よく外出を許してもらえたよね。


 昨夜のパーティー会場で、ギルベルト、ポーラ、チェカの三人が今までの非礼の謝罪と、窮地を救ったことへの感謝を伝えにやってきた。

 ポーラは不服そうだったが、兄のギルベルトに強要されたらしい。あまり心がこもっていない謝罪だったが、彼女の赤くなった目尻を見てロアートがあっさりと許してしまったのでもう追及できない。残念だ。


 話が狩り勝負のことに変わると、チェカが「この度の恩は必ずお返しします!」と意気込んだ。

 そこでミシュラは何気なくお願いしてみた。


『できれば、もっと姫様やチェカ様と話したかったです。もし明日お時間があれば、公爵邸に遊びにいらっしゃいませんか? ただ、祖父の命日が近いため、陛下たちが嫌がられるかもしれません。お忍びで来ていただけるとありがたいのですが』


 さすがにギルベルトとチェカの一存では決められず、パーティーの後にそっとリリトゥナの耳に入れてもらった。

 リリトゥナは大喜びした後、トールバルト王子におねだりをして、この度の訪問を許してもらったらしい。誕生パーティーでの拘束時間が結局昨年とあまり変わらず苦痛だったことを抗議したら、すぐにトールバルトが折れたらしい。妹に甘い。


 王城と公爵邸は目と鼻の先。側仕えの護衛にチェカを付け、聖騎士のカーフも同行する。部屋の外にも護衛騎士が数名控えていれば、外部の危険への対策は万全だろう。


 ――でも、よく私のことを信用してくれたね。猫かぶりが上手くいってるのかな。それとも十二歳の子どもだから?


 ミシュラとフレインは先日の魔物狩り勝負で強さを示している。一緒のテーブルでお茶を飲める距離にまで近づけるのなら、護衛の数はあまり関係ない。思い立てば、何時だって殺せる。

 公爵邸に招いたらもう少し警戒されるかと思っていたが、あっさりとおびき出せたことにミシュラは内心驚いていた。


 ――まぁ、そこまでなりふり構わずに殺そうとするとは、さすがに思わないか。


 この数日で社会性があることは証明したつもりだ。後先考えずに殺したりはしない。


「今朝紅茶にミルクを垂らしたら、一瞬ウサギさんの形になったんです。でも誰も信じてくれなくて――」


 ミシュラはリリトゥナのふわふわした話に相槌を打ちながら、そんな物騒なことを考えていた。


「そう言えば、今日はミシュラのお兄様は?」

「音楽鑑賞会に行っています。叔母や従弟、あとはカノン様もお誘いして一緒に」

「ああ、そうでしたか。あの二人も仲良くなったのですね。素敵だわ」


 ちなみにマルセルにはリリトゥナの訪問を教えてはいるが、出迎えた後は急な仕事で外出してしまった。

 すぐに戻ると言っていたが、このわずかな隙をついて、予期せぬ来訪者はやってくる。巻き戻し前の人生ではそうだった。


「ご歓談中のところ、大変申し訳ありません。失礼いたします」


 公爵家の侍女が、躊躇いがちに入室してきた。

 ああ、この運命は今回も変わらないらしい。ミシュラはリリトゥナに断ってから席を立ち、侍女から耳打ちを受けた。


「ミシュラお嬢様に、お客様が……教会の高位神官様でございます。至急取り次ぐようにと命じられましたが、いかがいたしましょう」

「そう、先客がいるとは伝えた?」

「いえ、本日のお客様についてはご内密に、とのことでしたから」

「ありがとう。良い判断だよ。準備をするから少し待ってもらって」


 侍女が出て行った後、ミシュラは部屋にいる面々を見渡した。あとはもう勢いでどうとでもなるだろう。


「申し訳ありません、教会から私にお客様がいらっしゃいました」

「まぁ、何の御用なのでしょう?」

「分かりません。ですが、とてもお急ぎのようで、私一人ででも対応しないといけません」


 リリトゥナとチェカは首を傾げ、カーフは訝し気に黙り込んだ。


「わたくしたちのことは気にせず行ってきてください。待っています」


 今日はお忍びですから、と人差し指を口元に当てるリリトゥナに対し、ミシュラは不安そうに俯いて見せた。


「ミシュラ?」

「私と教会の関係は複雑だから……少し怖いんです。先日の小鬼討伐のことで叱責を受けるか、あらぬ疑いをかけられるかも」


 リリトゥナとチェカはまんまとミシュラの演技に引っかかり、悲しそうに眉尻を下げた。逆にカーフは「どういうつもりです?」といった探るような視線を送ってきているが、気づかない振りをする。


「大丈夫です! わたくしは何があってもミシュラの味方をします!」

「私もです! 全身全霊をかけて、ミシュラ様の行いの正しさを証明いたします!」


 想像以上に張り切ってくれる二人に、ミシュラはほんの少しだけ罪悪感を抱いた。しかしもう後には引けない。


「ありがとうございます。ではもしご迷惑でなければ、一つお願いがあるのですが――」


 狩り勝負の日にリリトゥナ持たされた音無石を取り出した。魔力を込めると気配を消せる特殊な石である。それを彼女に返す。

 そして、ほとんど中身が空っぽで、数人が隠れても余裕があるクローゼットを示した。






 教会からの来訪者は二名。

 一人は高位神官。五十歳前後の男で、コルネリウスと名乗った。もう一人は白いローブを頭からすっぽりかぶり、顔を隠した年齢不詳の女性だった。女性の方は奇妙なほどに存在感が希薄だった。

 ミシュラは二人を私室に案内すると、先ほどまでリリトゥナがいたソファーに座ってもらい、向かいの席に着く。


 ――まさか、あの中に四人も人が入ってるなんて思わないよね。


 背後のクローゼットからは物音一つしない。音無石の効果は絶大だった。

 リリトゥナとチェカはドキドキしながら、カーフは渋々と言った様子で隠れている。全てを知っているフレインだけは「楽しみです」と興味津々だった。

 これからする話を、みんなにも聞いてほしかった。憂鬱な旅の道連れにしようという魂胆だ。


 侍女がお茶を用意して退室すると、コルネリウスが早速口を開いた。


「ミシュラ・ルナーグ。禁忌の心臓を持つ者よ。突然の訪問の無礼を詫びよう。こちらは、預言者テレシア様である」

「……預言者様」


 その存在は有名だった。

 教会の神秘の象徴にして神の代弁者。リリトゥナ姫やヴィクセル皇子を英雄の生まれ変わりだと宣言し、神に仕える聖騎士を実質的に選定する役目を持つ者。

 テレシアは現代において最上の地位に位置する預言者である。

 聖王女リリトゥナの十二歳の生誕を祝うため、彼女もまたムンナリア王国に来訪していたのだという。


「昨夜、テレシア様は新たな神託を授かった。恐るべき未来が待ち受けている。それを回避する方法を神々は我らに託したのだ」

「はぁ……」


 コルネリウスは仰々しく両手を広げる。

 ミシュラにとっては二回目の説明になるので、動揺はなく、ただ鬱陶しいだけだった。


 ――ここまでは、前回と一緒。


 問題は、預言の内容。

 巻き戻しから約二年の月日が流れ、ミシュラは少しずつ運命を変えてきた。その結果が預言に反映されているのかどうか。


 ミシュラが冷えた視線を向けると、テレシアは虚ろな声で滔々と述べた。


【四年後、魔法の都の祝祭にて、聖王女リリトゥナは炎の勇者ヴィクセルの剣によって、胸を貫かれて死に至るであろう】


 背筋に悪寒が走る。


【聖王女が死の運命から逃れる術は一つ。同じ日、同じ時間、同じ場所で生まれた、銀の乙女が身代わりになり、勇者に殺されること】


 ああ、とミシュラは脱力した。

 これほど残酷で屈辱的な預言があるだろうか。


【銀の乙女の献身に聖王女は涙し、尊き“奇跡”を呼ぶ。呪われていた勇者の魂は解放され、手を携えて紫の沼にとぐろを巻く大蛇を討伐し、ムンナリアの大地に安息を齎すであろう】




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