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魔法銀の悪魔の救済  作者: 緑名紺
第二章 それぞれの成長期
37/40

37 十二歳の誕生日

 


 ミシュラが目を覚ましたのは、狩り勝負の翌日の昼だった。

 ロアートには随分と心配をかけてしまったようだ。


「もう大丈夫だよ。魔力も回復したし、怪我一つしてないし」

「本当かよ……逆に怖ぇな」

「普通に褒めてよー」


 ロアートは「ふん」と鼻を鳴らして行ってしまった。メイドたちによると、目覚めるまでずっとそわそわと落ち着かない様子で待っていてくれたらしい。

 相変わらず素直ではない兄である。


 さて、眠っている間にも事態は動いていた。

 小鬼の群れと大鬼の討伐というイレギュラーを解決し、ディヘス家のギルベルトからは謝罪文と見舞いの品が、王家と騎士団からは感謝状が届いていた。

 意識を失う前に予想していた反応と真逆で、ミシュラはかなり驚いた。上辺だけでも愛想よく振る舞っていたのが功を奏したらしい。


「ありがとね、フレイン。上手く処理してくれて」


 フレインはマルセルに相談して、「騎士団とミシュラたちが“合同”で小鬼を討伐した」という形に収めてもらっていた。その代わり、ミシュラの魔法のことは吹聴しないようにお願いしてあるのだという。

 王国騎士団の面目を潰してしまうのは後が怖いし、手柄を独り占めして悪目立ちするのも避けたかったので、その判断は有難かった。


「明日のパーティーで大々的に表彰されるなんて、絶対に嫌だったので」

「そうだねぇ。私の魔法のことも、あんまり広まってほしくないし、断ってくれて助かったよ」


 表彰の件はリリトゥナが言い出したようだが、ミシュラたちにとってはいい迷惑だった。

 王家と騎士団には戦えることがバレてしまったが、大衆にはまだ隠しておきたい。ミシュラもフレインも下手をしたら化け物扱いされてしまう。


 この程度の名声ならば要らない。真実を知る者にのみ、恩を売れればいい。


 ――毒蛇の怪物を討伐した、くらいの偉業じゃないと人の意識は変わらないよね。


 それよりもミシュラには気になることがあった。


 ――小鬼たちが急に目覚めた理由……やっぱり分からないな。


 巻き戻し前の世界から、ミシュラをとりまく運命はだいぶ変わった。

 ルギが宝樹の外にいること、ロアートと良好な関係を築けていること、レムナンドやフレインと秘密を共有して手を組んでいること、家族ぐるみで怪物の討伐を目論んでいること、リリトゥナとカーフに友好的に接していること。

 それらの差異が魔物狩り勝負に繋がり、小鬼との遭遇をもたらした。


 ――私が運命を変えたことで起こった偶然? それとも、誰かの思惑がさらに運命を歪めているの?


 今回も、幸い死者は出なかった。チェカの心にはトラウマが植え付けられたかもしれないが、怪我自体はすぐに治るそうだ。

 そのことにひどく安堵している自分がいる。


 ――あんまり考えすぎちゃダメだ。もう後戻りはできないんだから。


 たとえ神モドキが望まぬ結果だとしても、想定外の事態で誰かが傷ついても、自分の目的を変えない。

 家族と仲間を守って幸せになる。生まれたことが間違いではなかったのだと証明する。そのためにミシュラはもう一度やり直すことを決めたのだ。


 ――大丈夫、簡単だよ。何が起きても、世界を滅ぼすよりはマシ。


 自虐気味に弱気になりそうな心を振り切って、ミシュラは明日のパーティーに向けて準備を始めた。






 聖王女リリトゥナの十二歳の誕生祭。

 今年も王都の民は朝から大騒ぎだった。花びらを降らせ、肩を組んで歌って踊り、王都中に姫を称える声が響き渡った。

 ただ一か所、メリク公爵邸を除いては。


「ミシュラ。十二歳おめでとう」

「ありがとうございます、叔父様!」


 その日は、朝食の席でミシュラの誕生日を祝うことになっていた。


 マルセルが誰よりも早く祝うのだと張り切って用意してくれたらしい。ルナーグの領地にいる両親や使用人、レムナンドからもメッセージカードが届いていて、ここにきてホームシックになってしまった。

 昼にはドレスを着て城に行かねばならないので、並んだ食事のほとんどを口にできず、プレゼントにはしゃぐ時間もなくて残念だったが、先に本日の主役になれて良かった。


「おい、ミシュラ」


 ロアートは包帯を巻いた指をさすりながら告げた。


「指がまだ完全に元通りじゃねぇから……ルナーグの家に帰ってから祝ってやる。去年よりもっとすげぇ曲を聴かせてやるからな」

「本当? 嬉しい! ありがとう!」

「か、勘違いするんじゃねぇぞっ。ルギに頼まれてるんだよ! 『俺の分もミシュラをたくさんお祝いして』って! 礼はあいつに言え」

「もちろんルギちゃんにもお礼を言うよ」


 ルギは少し前に届いた手紙で、誕生日を一緒に祝えないことを残念がっていた。


『それでも、その日だけはずっとミシュラのこと考えてる。幸せな一日になるようにいっぱい願うよ』


 最初に読んだ時は思わず赤面してしまった。十分すぎるほどの威力を持つプレゼントである。ルギの精神年齢は幼いはずなのだが、こうして時折どきどきさせる言動をするので侮れない。まるで物語の理想の王子様と文通しているような気持ちになる。


 淡い水色のドレスに着替え、ヘアメイクをしてもらってから、エントランスに向かう。

 数日前のお茶会の時と同じ面々が、待っていてくれた。今日のパーティーは叔父夫妻も一緒に参加する。


 カーフがおずおずと近づいてきた。


「お誕生日、おめでとうございます」

「ありがとう。カーフ様もお祝いしてくれるんだね」

「それは、その……礼儀を守っただけですっ。ボクの行動と教会の見解は全く異なりますので!」

「はいはい」


 それからカーフはまじまじとミシュラの全身を見た。


「その……本当にもう体調は大丈夫なんですか?」

「うん、平気。カーフ様も無事でよかった。無茶させてごめんね。疲れてない?」

「全く問題ありません!」


 言葉が途切れても、カーフは何かを言いたそうに目の前から立ち退かない。

 そろそろ馬車に乗りこまないと、という段階になって、かろうじてミシュラにのみ聞こえる声で言った。


「とてもよくお似合いです。そのドレス……」


 ミシュラが虚を突かれている間に、カーフは先に行ってしまった。

 あんなに消え入りそうな声で言われると、こちらまで恥ずかしくなってくる。ロアートの視線が厳しくなったので、ミシュラは必死に取り繕った。


 ――ああ、びっくりした。


 どういう心境の変化なのか分からなかったが、悪い方向に傾いているわけではなさそうなので深く考えないことにした。

 ちなみフレインからは何も祝いの言葉がなかったので、馬車の中でミシュラから催促した。


「ああ、そうでした。十二歳? おめでとうございます。こういうのは、何度祝われても嬉しいものですか?」


 珍しくフレインは少し笑っていた。

 本当は何歳でしたっけ、と暗に言われているようで、ミシュラは奥歯を噛みしめる。まだ誕生日が憂鬱になる精神年齢でもないのに、悔しくてたまらなかった。






 巻き戻し前の十二歳の誕生日当日のパーティーについて思い出してみたが、ただただ惨めだった。


 リリトゥナの覚えを良くしたい有力者たちが列をなし、贈り物の山が築かれているのを横目で見ていた。

 パーティーの参加者は、久しぶりに表舞台に姿を現した母を遠巻きに嘲笑い、露骨にリリトゥナとミシュラを比べて憐れむ。

 リリトゥナは謁見の対応が忙しく、自分で招いたミシュラを放置した挙句、「あなたは自由で羨ましい」と本気で言ってきた。

 国王夫妻はもちろん、他の誰も話しかけてこなかった。母と叔父夫婦と会場の隅でただ黙って時が過ぎるのを待つ。華やかなパーティー会場で唯一の暗がりとなり、非常に悪目立ちしてしまった。


 本当に最悪の誕生日だった。生まれて初めて、母が屈辱で震えているのを見て、泣きたくなったのを覚えている。


 ――さて。


 お茶会と魔物狩りを経てどれくらい前回と変わるのか。ミシュラは身構えていたが、入場の段階で既に対応が変わっていた。

 招待状を受付で渡したところ、まずは国王夫妻の元へ参上するように言われたのである。それは、ごく限れた招待客にのみ許された招きだった。


 これにはマルセルが顔色を変えた。


「今更何の用だ……!」

「叔父様、大丈夫です。何を言われても、私の“心”には響きませんから」


 実際、どうということもない。

 リリトゥナやトールバルトに比べたら、ミシュラにとって国王夫妻への感情は薄い。また緊張で青くなっているロアートを励ます余裕もあった。


 大広間への入場後、フレインとカーフを待たせて、メリク家とルナーグ家の者のみで国王夫妻の元へ向かった。

 他の招待客が遠巻きにざわめいている中、マルセルを先頭にして、膝をついて挨拶を述べる。お決まりの口上を、微塵の忠誠心も滲ませずに述べる叔父に苦笑しつつ、ミシュラは許しを得て顔を上げた。


「そなたがミシュラか……。確かに、ミレイヤによく似ている」


 現国王イグニスは何とも言えない表情をしていた。罪悪感と懐古の念と、ほんの少しの恐れ。一国の主だというのに、どこか不安定で揺らいで見える。


「あら、本当。でもミレイヤさんよりも柔らかい眼差しをしているのね。リリに聞いていた通り、可愛らしい子だわ」


 一方、王妃のリタはにこにこしていた。この女こそ罪悪感を抱くべきなのに、と毒づきながら、ミシュラは小さく微笑みを返した。


「両親は、息災か?」

「はい」

「そうか。ルナーグ家の献身は、王家にとっても民にとっても大きな助けとなっている」


 国王は次代の鎮めの役であるロアートにも声をかけ、仰々しい言葉の数々で礼を言った。ロアートはここ数日で少しは肝が据わったのか、返事の声だけは立派だった。表情が引きつっていたことは、今日が終わるまでは黙っていてあげようとミシュラは思う。


「ミシュラよ、先日の魔物狩り勝負の際の、騎士団への協力にも感謝する。才能あふれる若者の存在は、国の未来を明るくしてくれるだろう」

「勿体ないお言葉です」

「疲れもあるだろうに、今日は王女のわがままのために、よく来てくれた。ここ数日、リリトゥナはそなたの話ばかりだ。できれば……今後も仲良くしてやってほしい」

「……はい、もちろんでございます」

「そなたも、十二歳の誕生日を心ゆくまで楽しむといい」

「ありがとうございます」


 あっさりと解放され、ミシュラたちは拍子抜けした。

 多少腹が立つことを言われたが、想像していたよりもマシだった。てっきりお茶会や狩り勝負で騒がせたことをチクチク注意されるのかと思っていた。


 それでもマルセルなどは、何度か国王夫妻に聞こえない程度の舌打ちをしていたので、とてもスリリングな時間だった。

 そのままリリトゥナへの謁見の列に案内される。公爵家より優先される者もおらず、ほとんど待たずにリリトゥナの前に辿り着いた。


「ミシュラ! ああ、良かった。怪我はないと聞いていましたが、ずっと心配していたのですよ」


 リリトゥナの今までの客とは全く違う出迎え方に、またも周囲にざわめきが広がる。


「ご心配をおかけいたしました。いろいろとありがとうございます」

「いいのです、わたくしは何もしていません」


 本当にそう、と内心舌を出しながらも、ミシュラは改まってお辞儀をした。


「姫様、お招きありがとうございます。心よりお祝い申し上げます」

「! ミシュラも、おめでとうございます。……本当に嬉しいっ。こうして毎年お祝いしあえたら素敵だと思います!」


 私は嫌です、と思いながら、ミシュラは笑顔で頷く。

 きっと周囲の者から見れば、仲の良い友人同士に見える事だろう。それくらいミシュラは完璧に照れと喜びを表現した。

 リリトゥナは「もっとお話ししたい」と駄々をこねたが、あっという間に持ち時間が終了した。


「はぁ、ミシュラは自由で羨ましいです。退屈で仕方ありません」

「……またお時間があるときにゆっくりお話しいたしましょう。では、失礼いたします」


 やっぱり腹が立つ。

 どうあっても彼女のことを好きになれそうにない。


 リリトゥナから十分離れてから、マルセルが忌々し気に呟いた。


「聞いてはいたが、ミシュラは随分と殿下に懐かれたんだね」

「私のことが物珍しいだけだと思います。城での生活に退屈しているようでしたし」


 憂鬱な挨拶周りが無事に完了し、ミシュラは改めて会場を見渡した。

 噂されているのは肌で分かるが、あからさまな誹謗中傷ではなく、好奇心の方が強そうだった。

 目が合った大人たちににっこり微笑んで見せれば、どよめきが起こる。なかなか愉快だった。


 ふと、視線が引き寄せられた。

 見覚えのある少年がいたのだ。魔物狩り勝負の開始前に、手を振ってくれた長髪の少年が、トールバルト王子とにこやかに歓談している。


「叔父様、彼がどなたかご存知ですか?」

「ああ。ヴェクトラン帝国からの祝いの使者だね。皇太子殿下の名代としてやってきた……ヨリック・オデールと言ったかな。とても優秀な学生で、未来の皇帝補佐官だとか」

「!」


 名を聞いて、ようやくミシュラは思い出した。

 見覚えがあるはずだ。確かに彼は、あの男の隣にいた。忘れていられたのが不思議なくらいだ。


「帝国の皇太子……ヴィクセル皇子の側近ということですね」

「よく知っているね。さすが姉上だ。諸外国のことまでしっかり教育されている」

「たまたまです。だって、ヴィクセル皇子は有名ですから。姫様と同じ……勇者ヴィントレーの生まれ変わりなんでしょう?」


 三百年前に邪竜王を討伐した四人の英雄の一人――勇者ヴィントレー。

 聖女ララトゥナの恋人だったが、毒蛇の怪物の封印が理由で別れることになり、その後は人々に求められるままに各地で戦いに明け暮れ、ヴェクトラン帝国の礎を築いたと言われている偉人だ。

 現ヴェクトラン王家も、ヴィントレーの子孫を名乗っている。

 皇太子のヴィクセル・ヴェクトランは勇者と同じ珍しい固有魔法を持っていたため、教会から生まれ変わりだと認定された。


 英雄の子孫であり、生まれ変わり。

 前世で恋仲だった二人が揃って同年代に存在しているのだ。人々がリリトゥナとヴィクセルに何を期待するのか分かり切っている。


「姫様と皇子が結婚されたら、素敵ですね」


 心にもない言葉が口から出て、ミシュラは嫌な気持ちになった。自爆である。


「そういう話もある。ただ、陛下が溺愛している姫を他国に嫁がせるかは分からない」


 陛下の許可など関係ない。巻き戻し前の世界で、あの二人は運命的に結ばれた。リリトゥナが幸せになれたかどうかは、ミシュラは知る由もないが。


 ――ヴィクセル皇子は、存在自体が邪魔なんだよね。


 ミシュラの人生に大きく立ちはだかることになる人物だ。彼さえいなければ、と何度思ったか分からない。当然良い印象はなかった。

 しかしこの大陸の三分の一を牛耳る帝国の後継者だ。今の時点では接点はないし、気軽に手を出せる相手ではない。


 今のうちにヨリックと親しくして顔を繋いでおくべきか。

 それでなくても気になる。狩りの日に手を振ってきたのは、ただの声援だったのか。もしかしたら帝国にも“魔法銀”の禁忌の話が伝わっていて、興味を持たれているのかもしれない。


「…………」


 迷った末にミシュラは声をかけるのを諦めた。どうしたって目立ちすぎる。


 ――それに、明日のこともある。


 誕生日の翌日に起きた忘れられない出来事。

 もしも怒りと屈辱に塗れたあの運命が変わるのなら、ここでヨリックに声をかける意味はなくなる。


「あ、あの、ミシュラ様、ロアート様。少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


 タイミングよくやってきたチェカを見て、ミシュラは笑みを深めた。後ろには神妙な顔をしたギルベルトと、泣きそうな顔のポーラもいる。


 ――駒は揃っている。リリトゥナ姫には悪いけど、私と仲良くしたいのなら同じ痛みを味わってもらわないと。


 きっとリリトゥナは退屈を嘆いたことを後悔する。

 何も知らずにいられるのは、今日で最後だから。



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