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魔法銀の悪魔の救済  作者: 緑名紺
第二章 それぞれの成長期
36/40

36 事情聴取

 

 結界を張ってから、カーフは息をするのも忘れていた。


 輝く銀の雨が視界を塗り潰したと思ったら、小鬼の集団に包囲されるという悪夢のような光景が一転、グロテスクな血と肉の海が目の前に広がる。


 しかし、歪な棘に貫かれた屍の群れは、カーフたちに安息を齎した。今日一日の苦行の全てから解放され、爽快感さえ覚えた。


「…………」


 助かった。訳が分からない。恐ろしい。気持ち悪い。

 様々な感情が胸の内でひしめき合って、体がうまく動かない。思えば、ずっと恐怖で全身が強張っていた。


「みんな、無事?」


 ミシュラが振り返った姿に、カーフも、周りの騎士たちも、時が止まったように魅入っていた。


 この可憐で幼い令嬢が、ほとんどたった一人でこの惨状を作り上げた。

 なんて残酷で、圧倒的。

 誰に同じ真似ができるだろう。それは、カーフが生まれて初めて目にする“奇跡”だった。


 彼女が強くて賢くて美しいのはたった数日で思い知らされていたが、これほどまでとは思わなかった。

 相手は小鬼の集団だから、伝説的な偉業というほどではない。しかしだからこそ、まるで“英雄譚”の序章のように思えて、カーフは心を強く揺さぶられた。


 見惚れている間に、ミシュラが意識を失って倒れ込む。あ、と声を出すのと同時に、フレインがミシュラの体を掬い上げるように抱きとめた。


 すっかり大鬼の存在を失念していたカーフは、慌てて周囲を確認した。大鬼の巨体が痙攣しながら地面に倒れ伏している。少し離れた場所に、憤怒の表情が刻みついた生首が転がっていた。


 ――この二人……本当に何者なんだ?


 公爵邸での鍛錬が本当にただの戯れに思えてしまって、カーフは何とも言えない気持ちになった。


「なんだ、これは!? 一体何が――」


 第一声を発したのは、遅れて救援に来た騎士隊だった。瞬く間にざわめきが広がる。

 大量の小鬼と、首を断ち切られた大鬼の屍。そして、血の海の中で冷たい存在感を放つ無数の金属製の棘。

 何が起きたのか理解できないのは当然だった


「ギルベルト! 一体何があったんだ!」


 上官らしき騎士に問い詰められ、ギルベルトが我に返ったように立ち上がる。


「こ、これは、その……我々は――」

「詳しい説明は後にしてください。小鬼の残党がいるかもしれません。急いで周囲を調査したほうがいいと思います。あと、怪我人の治療も必要では?」


 フレインが、ミシュラを背負い直しながら騎士たちに進言した。

 冷静で適切な指示だったが、あまりにも淡々と口にするものだから、周囲の者はすぐに動けなかった。


「お嬢さんもこの状態なので、俺たちは先に戻らせてもらいます」

「ま、待ちたまえ! きみたちも怪我を――」

「いえ、無傷です。ただの魔力切れなので、放っておいてください」


 そして、フレインはどこまでもマイペースだった。騎士たちを置き去りにして、さっさと歩き出してしまった。

 追いかけたい衝動にかられたが、カーフは怪我人を振り返って堪える。


「あ、リリトゥナ姫様は今……」

「心配ない。殿下には十分な数の護衛をつけて王都に戻っていただいた」

「そうですか……良かったです」


 リリトゥナの無事を知ってカーフは安堵しつつも、少しだけがっかりした。自分の護衛騎士であるチェカがひどい目に遭ったのに、結局また怪我の治療に参加せずに帰ってしまった。

 もちろんリリトゥナは悪くない。おそらく本人の意向など無視して、大人たちが強引に危険から遠ざけたのだろう。この小鬼の屍の山を一国の王女に見せるなんて考えられない。


「カーフ殿には申し訳ないが、しばし後処理のご協力願いたい」

「もちろんです」


 そこからは慌ただしかった。

 狩場に散っていた騎士たちを集め、残党狩りの部隊が続々と編成されていった。開始地点にいた騎士団の副団長もやってきて、指揮を執り出す。

 大穴を掘り、小鬼の屍一体一体にとどめを刺してから放り込むという作業を横目で見ながら、カーフは神聖力で怪我人の治療をしつつ副団長から事情聴取を受けた。


 主に腕に軽傷を負っただけのギルベルトが、何が起きたのかを説明していた。


「わ、我々が、魔物の巣穴だと思って火をつけた松明を放り込んだところ、小鬼たちがわらわらと出てきました。応戦しましたが、四方を囲まれて剣を振るうこともできず、救援弾を打つのがやっとで……」


 近くを巡回していた騎士たちの援護もあって、なんとか耐えていたが、小鬼たちは唯一の女性であるチェカに異様に執着して引き離されてしまった。

 そこに新しく援護に現れたのが、ミシュラたちだった。


「なんと……では、これは、あの少女がやったというのか」

「はい。私も未だに信じられません」


 実際に殲滅の様子を目撃した者よりも、話を聞いただけの者の方が動揺は大きかった。


「なんて惨い殺し方を」

「見た目は子どもでしたが、それゆえにこの残虐性が恐ろしいですね……」

「ミシュラ・ルナーグはやはり心のない化け物なのでは? まるで悪魔――」


 口々にミシュラを恐れ出す騎士たち。


「勝手なことを言わないで下さいッ!」


 叫んだのは、心身共にボロボロになっていたチェカだった。

 医療魔法士とカーフの二人が治療している間はずっと黙っていた彼女だが、ミシュラの名前が出た途端に血相を変えた。ギルベルトに被せられた上着の袖をめくり、まだ治療していない腕を上官に見せつけた。


「うっ……」


 小鬼に掴まれてできた、おびただしい数の手形の跡。内出血で紫色に変色している。


「化け物は小鬼たちの方です! どれだけ恐ろしく屈辱的だったか! 生きたまま体を引きちぎられるかと思いました! 彼女は……ミシュラ様は、一瞬で絶望を覆し、私たちを救ってくださいました! 悪魔だなんて以ての外! あの神々しいお姿……彼女は天上の神が遣わせてくださった救世主様です!」


 興奮しすぎて咳き込むチェカに、一緒に襲われた騎士たちも躊躇いがちに同意を示した。


「あ、ああ。騎士としては情けない限りですが……命の恩人を悪く言われたくありません」

「想像してみてくださいよ。こんなおぞましい小鬼たちに群がられて、四方から殴られたり噛まれたり……気が狂いそうでした。彼女の存在は、まさに天の救いです」

「本当に危なかった。あの子が来てくれなかったら、惨殺されていたのは我らの方でした」


 そして最後に、ギルベルトが悲痛な面持ちで報告した。


「確かにこの討伐方法は一見すると、残酷極まりない。しかし、小鬼を一掃する手段はこれしかなかったのだと思います。時間をかければ我々が持たなかったし、小鬼が劣勢を感じて逃げ出さぬようこの方法を選んだのでしょう。彼女の行動は、理性のない化け物のそれとは思えません……」


 勝負前の高慢な雰囲気が消え、濃い疲労を滲ませるギルベルトの姿に、副団長たちが唸る。


「それに、ミシュラ嬢は己の身を顧みず、あの高さの崖から小鬼の群れの中に飛び降り、一気に魔力切れを起こすような大魔法を使った。あんな危険な戦い方では、何か一つでも間違えれば死んでしまいます。本当に“心”がない人造生物ならば、他者より自己を優先するはずですし、我々に配慮などしなかったでしょう。騎士として、彼女の勇気に心から敬意を表します。……私はあんなにも無礼な態度を取ったというのに」


 自己嫌悪で今にものたうち回りそうなギルベルトに、チェカが慰めるように肩を叩く。


「ギルベルト従兄様、後日お見舞いに……謝罪とお礼に伺いましょう! ポーラさんのことも含めて」

「ああ。本当にあの愚妹はなんてことをしてくれたんだ……」


 狩り勝負が有耶無耶になりそうだったが、この様子ならギルベルトたちは敗北を認めるだろう。

 もっとも勝負自体が有効でも、フレインが大鬼を単身で討伐した以上、ミシュラたちの勝ちは揺るがない。魔物ではないと屁理屈をこねることもできないはずだ。この狩場に大鬼よりも恐ろしい獲物はいないだろう。


「ああ、なんということだ。このままでは王国騎士団の面目が……狩り勝負なんて誰が言い出したんだ。ああ、恨めしい!」


 副団長だけが頭を悩ませていたが、カーフは聞こえないふりをした。

 日没まで狩場の捜索と調査が行われたが、小鬼の残党は見当たらなかった。継続的に警戒を続けるという。


 カーフは今日一日の自分の行動を振り返った。


 ――彼女の指示を信じてよかった……。


 自分が騎士たちを助けるためにがむしゃらに小鬼の群れに突っ込んでいたら、どうなっていたか分からない。下手をしたら王国に甚大な被害を出していたし、責任問題になって教会内での立場も危うくなるところだった。

 ミシュラに結界魔法を張れと言われた時は、どうしようかと迷ったが、従った自分の選択は間違っていなかったようだ。


「…………」


 ふと思う。


 ――どうしてボクが結界魔法を使えることを、知っていたんだろう?


 領地や民を守る貴族や聖騎士ならば、結界魔法を習得していてもおかしくはないが、「できて当たり前」という類の魔法でもない。身体能力向上と比べると、向き不向きがあって使えない者も多いのだ。


 基本的に魔法学校での在学中に覚えるもので、自分と同じ年齢で短時間でも結界魔法を使える者はほとんどいないと自負している。

 しかしあのときのミシュラの問いかけは、まるでカーフが結界魔法に適性があると確信しているようだった。


「……不思議なヒト」


 ミシュラに対して底知れないものを感じながらも、もう気味が悪いとは思わなかった。

 彼女の可憐な微笑みと、鮮烈な戦い方が瞼に焼き付いて離れない。


 ムンナリア王国に来る前と今では、カーフの中で確実に何かが変わっていた。


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