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魔法銀の悪魔の救済  作者: 緑名紺
第二章 それぞれの成長期
35/40

35 悪魔の所業


※残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。




 誰かが助けを求めている。

 先ほどまでギルベルトたちか狩りをしていた方角だ。もしかしたら巡回中の騎士隊かもしれないが。


「何ぼうっとしてるんですか? 早く助けに行きましょう!」


 血相を変えて向かおうとするカーフに対して、ミシュラは冷めていた。

 わざわざ自分たちが時間を割かなくとも、他の誰かが救援に向かうだろう。子どもに助けられたとあっては、騎士たちの面目も立たない。

 しかし、つい今しがた聖騎士の在り方を説いていた身としては、カーフの正義感ゆえの行動を妨げられない。


「あ、ちょっと待って。フレインに一応メッセージを残しておくね」


 ミシュラは山の斜面に向かう方角の矢印を大きく書いた。

 こうやってもたもたしている間に解決していることを祈っていたら、また赤い閃光弾が打ち上がる。


「……よほどの非常事態ってことかな」


 続けてもう一発、救援信号が上がり、さらに絹を裂くような悲鳴が聞こえた。おそらくチェカの声だろう。

 ミシュラとカーフは顔を見合わせ、走り出した。山を下る形になり、柔らかい土を滑らないようにしながら一直線で向かう。

 そのまま開けた崖に飛び出しそうになったカーフの首根っこを掴み、ミシュラは木の枝を掴んで急停止した。


「あ、す、すみません」

「それはいいから、見て」


 崖下には、おぞましい光景が広がっていた。

 山の麓の開けた一帯に、淡い青緑色の肌をした生き物が群がっている。ギルベルトとチェカ、さらに若い騎士たちを含めた五人が、半狂乱になって剣を振り回していた。恐慌状態に陥っているようだ。


「小鬼……?」


 ミシュラは己の呟きに対して、信じられない思いでいた。

 こんなところにいるはずがない。山の中とは言え、人間の生存圏のど真ん中に百を超える集団で生息しているなんて、あり得ないことだった。


 大昔、天上の神々が大地にヒトの種を撒いたとき、瘴気の中から生まれた生物が鬼である。鬼人や吸血鬼といった上位個体と比べ、“小鬼”はヒトになり切れなかった下位個体だと言われている。

 それでも、侮っていい存在ではない。

 小鬼の身長は人間の子どもほど。手足は太く短いが、見かけによらず力強い。頭に毛髪は一切なく、小さな角が生えている。知能は低く、喋ることすらできないし、手にしている武器も木の棒や石を投げるくらいだ。

 群れることで外敵に立ち向かう。それは魔物や獣と変わらない。ただ一つ、彼らには喜怒哀楽があった。


「嫌っ! やめて!」


 まさに今、チェカが数の暴力に晒されていた。十数匹の小鬼に囲まれ、嬲られている。

 その小鬼の口元は大きな三日月型をしていて、醜悪な笑い声をあげていた。離れた距離にいても、肌が粟立つ。


 他の男性の騎士と比べて、チェカに対する攻撃は質が違った。

 悲鳴を上げさせる、少しずつ衣服を剥ぐ、髪を口に含む――そのやり口はひどく不快で、ミシュラは矢を手に取り、ほとんど反射的に射った。


 一匹の小鬼の頭を矢が貫通すると、周囲にいた小鬼が騒ぎ出した。こちらを指さして高い声を上げて威嚇している。

 二、三と同じように矢を放つと、チェカにまとわりついていた小鬼は離れていった。しかしまだまだ鬼はたくさんいる。魔法銀の制御範囲外のため、今は矢で攻撃するしかないが、本数が足りない。


「援護する! 怪我をした者を中心にして固まって!」


 今にも殺されそうになっている騎士たちの周囲にも矢を放ちながら、ミシュラは青ざめて愕然としているカーフに話しかける。


「結界魔法の習得は?」

「え、あ……」

「狭い範囲でいい。できるよね!?」


 少なくとも、数年後の彼は結界を盾のように使いこなしていた。


「っはい! ですが、せいぜい十秒ほどしか」

「十秒あれば大丈夫。騎士たちを守りに行ける? 小鬼の殲滅は私がやる」

「そんなこと――」

「時間がない。行けるなら行って。合図をするから」


 カーフは泣きそうな顔で逡巡した後、覚悟を決めたようにぐっと奥歯を噛みしめ、崖の横の比較的傾斜が緩やかな場所から降りていった。その間もミシュラは矢で騎士たちの退避を後押しする。


 ――あり得ないことが起こっているのは、また私が運命を変えたせい?


 大昔、争いに負け、土地を追われた小鬼の多くは、地中深くに潜って眠りについたと言われている。

 現代になって眠りから覚めた小鬼が時折人里を襲うことはある。しかし、巻き戻し前の世界では、小鬼が王都に近くに現れたという話は聞かなかった。

 小鬼の出現をもみ消されたという可能性はあるが、やはり偶然で片づけるのは不自然だった。


 思えば、山を登る前に見かけた洞穴がこの近くにあった。小鬼たちはその中で眠っていたのかもしれない。

 あの騎士たちが小鬼を起こすようなことをしたのだろうか。しかし、この狩場は街道に近いため、定期的に魔物狩りが行われていると聞く。

 なぜよりにもよって、この魔物狩り勝負のタイミングで小鬼が目覚めたのか。どこか作為的なものを感じる。


 ――考えるのは後にしよう。


 小鬼の群れは、ここで倒さなければならない。林の外に逃がして、ロアートやマルセルに何かがあっては困るし、なんの罪もない近くの村を襲われたら後味が悪い。

 小鬼が騎士たちを襲うのを諦めきっていないうちに、殲滅する。


 斜面を滑り降りて、カーフが剣で小鬼の群れを牽制しながら進んでいく。

 騎士たちも助け合いながら、チェカを庇うようにして一か所にまとまっている。さすが日頃から厳しい訓練を積んでいるだけあって、小鬼の猛攻に上手く耐えていた。


 小鬼たちが思い通りにならないことに駄々をこねるように、一斉に地団太を踏み始めた。予期せぬ動きにミシュラの射る矢が初めて外れた。


 ――矢は……なんとか足りそう。でも何か、嫌な感じがする。


 カーフと騎士たちが合流するまであと少し、という時に、それは起こった。

 近くにあった大岩が崩れ、中から何かが這い出てきた。


「侵リャク者メ……!」


 赤黒い皮膚に太い血管が浮かんでいる。黒い角は長く歪で、目は赤一色

 成人男性の二倍ほどある体躯の“大鬼”が、棍棒を手に立ち上がった。


「嘘……」


 大鬼は中位の鬼。力も強く、魔法への耐性もある。小鬼と比べれば知能も高く、人間の弱点を理解して攻撃してくると言われている。


 ミシュラは矢を放ったが、それは虫を払う程度の動作で弾かれてしまった。やはりかなり強い。小鬼たちが歓声を上げて大鬼を祭り上げている。


「――――ッ!」


 その咆哮から、大鬼の今の感情が伝わってきた。

 強い怒り。魔力が溢れ出し、その余波だけで騎士たちを蹂躙している。

 棍棒が振り降ろされ、近くの岩が砕けた。今のカーフの結界魔法では、防げるかどうか怪しい。


 ミシュラは迷った。

 このまま自分が飛び込んで大鬼の相手をするかどうか。瞬殺する自信はない。その間に小鬼たちが負傷した騎士たちを襲うだろう。

 もし手こずっている間に他の騎士たちが応援に集まってきたら、当初考えていた小鬼の殲滅方法も使えなくなる。

 大鬼がまた棍棒を振り上げ、カーフと騎士たちが集まる箇所を睨んだ。


 時間がない。正しい判断を下すだけの材料も、ない。


「あの大きいのは俺が対処します」


 振り返れば、そこには黒髪の剣士が無表情で立っていた。

 来るのが遅いよ、と文句を言う間もなく、フレインは躊躇いなく崖から思い切り飛び降りた。


「面白いものを、見せてくださいね」


 すれ違いざまに囁かれた言葉に、ミシュラは息をのむ。


 身体能力向上を使っての跳躍で、フレインは飛び降りた勢いのまま大鬼に斬りかかった。棍棒が振り回されるが、空中で身をねじって避けて腕に一筋の太刀傷をつける。そのままフレインは猫のようにしなやかに着地をした。


 ――なに今の神業……かっこ良すぎ!


 きゅう、と心臓が痛むと同時に体温が上がる。

 なんて頼もしい味方だろう。フレインを連れてきて本当に良かった。大鬼が相手だろうが、彼が負けるところは全く想像できない。

 それに、知らなかった。ときめきと安堵を同時に感じることができるなんて。

 ミシュラは不敵に微笑んで、騎士たちと合流したカーフに向かって叫んだ。


「行くよ! 私が跳んだら結界張って!」


 フレインが大鬼の攻撃を避けながら、その体の影に入る。これからミシュラが何をしようとしているのか分かっているみたいだ。

 激しく脈打つ心臓の上に手のひらを置いて、ミシュラは魔法を発動させた。


 生命維持に必要な最低限の魔法銀――心臓以外の全て。それらをかき集めて空中に顕現させる。

 ミシュラにとって魔法銀の制御は指先を操るのと同じ。白銀に輝く無数の粒を形成し、ミシュラは崖から勢いよく跳んだ。


 カーフが結界を展開させたのを視界に捉えつつ、数百にもなった銀色の弾丸を自分の体が落下するよりも早く、目にも止まらないほどの速さで地面に叩きつける。制御範囲を外れても、重力と慣性で弾丸は十分な殺傷能力を得る。


 銀色の雨が降りそそぐ。

 小鬼たちの悲鳴と血飛沫の音。


 ――でも、まだ足りない。


 致命傷を避けた血塗れの小鬼たちが、恨みがましくミシュラの着地を待っている。

 浮遊感に包まれた体が、地面に迫る。制御範囲内に戻ってきた魔法銀を感じ取り、ミシュラは瞬時に新しい魔法を展開させた。


 地中に深く埋まった銀の弾丸に命じる。

 周囲の金属と結合して、さらに膨張せよ、と。

 地面がひび割れる。


 同時に、魔力を脚に集中。着地の衝撃に備えた。


「――――っ!」


 視界が一瞬真っ白になったが、なんとか衝撃を逃がして地面を転がり、すぐに周囲を確認。


 なかなかに凄惨な光景が広がっている。自分でやったことではあるが、ミシュラは苦々しい笑みをこぼした。


 緑がかった血の海の至る所で、ぽたぽたと波紋が広がっている。

 地中から無数に生えた金属の長い棘が、小鬼たちを串刺しにしていた。


 まだ生きてもがいている小鬼もいる。呆れた生命力だが、棘に深く縫い付けられ、逃げることはできないだろう。そのうち息絶える。


「う……」


 着地の衝撃により脳が揺れ、急激な魔力消費によって心臓が悲鳴を上げていた。

 それに加えて小鬼の返り血を浴びてしまって、気持ちが悪い。人間のそれよりもひどい臭いだった。

 子どもの体で無茶をし過ぎた。想像以上に凄まじい反動に、急激に血の気が失せていく。


 ――フレインは……?


 霞む視界の先で、大きな物体が棍棒を落とし、横たわる瞬間を捉え、ほっと息を吐く。


「みんな、無事?」


 最後に、生存者たちを振り返る。

 凍りついたように動かないカーフと騎士たちの答えを待つ間もなく、ミシュラの視界は暗転した。



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