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魔法銀の悪魔の救済  作者: 緑名紺
第二章 それぞれの成長期
31/40

31 勝負前日

 

 お茶会の翌日、公爵邸に城から使者が来た。


「魔物狩り勝負? 何それ?」


 告げられたのは、ミシュラにとって不服な内容だった。

 リリトゥナの生誕祭を控えて他国の客を招いている今、ポーラ・ディヘスへ申し込んだ決闘を認めることはできないという。代わりに「魔物狩り勝負で決着をつけてはどうか」と提案された。仕留めた魔物をリリトゥナに捧げる催し物にすれば、対外的には問題ないという理由である。


 ――生誕祭の前に国内貴族が争って少しでも血が流れるのは外聞が良くない、ってことかな。だからって狩りで勝負なんて……。


 やんわりと抗議をしたが、無駄だった。既に王命として下されていて、ディヘス侯爵家は了承しているらしい。

 しかも、魔物狩り勝負は明日。あれこれ手を回す時間もない。


 ミシュラは肩を落とした。


「直接ぶっ潰したかった。魔物なんてどれだけ殺しても気が晴れない。しかも姫のために狩りをするってことでしょ? 全然面白くなーい」


 使者が帰った後、ミシュラは自分の部屋に戻って全力でごねた。

 ここに母かレムナンドがいれば厳しく注意されただろうが、幸か不幸か今はそばにフレインしかいない。ちなみにロアートはお見舞いに来たカノンと話し込んでいる。


「結果的に良かったのでは? お嬢さんの剣の腕では、決闘で固有魔法を使うことになっていたはずです。王家に手の内を見せたくないんでしょう?」

「まぁ、そうだけど……決闘なら上手くやる自信があったの」


 ディヘス侯爵家は、騎士や軍人を多く輩出する武に重きを置いた家系である。

 ポーラの年の離れた兄が王子の護衛騎士なので、おそらく代理で決闘に出てくると予想していた。ロアートのピアニスト生命である指を攻撃されたのだ。ミシュラもポーラの目の前で、自慢の兄の剣士生命を絶ってやろうと計画していた。

 しかし、妨害禁止の魔物狩り勝負では、目的が達成できない。


「そもそも、狩り勝負だと運が絡む。狩場は王都の近くだし、騎士団も贔屓するだろうし、向こうの方が有利になっちゃうよ。正々堂々の勝負になるか疑問なんだよね」


 提示されたルールでは、より強く大きな魔物を仕留めた方が勝ちとのことだ。

 実力よりも、制限時間内に大物の魔物に出会えるかどうかが鍵になる。任務や演習で王都の治安に関わっている向こうの方が、魔物の住処の情報は多く持っているはずだ。

 確実に勝てる保証がない。それが不満で不安だった。


「確かに情報戦では不利ですが、戦力的には圧勝ですから、ようやく五分五分の条件だと思います。勝ちが決まりきっている決闘よりは面白いです」

「頼もしいこと。でも、負けるなんて絶対イヤ。私の味方はフレインだけなんだから、ちゃんと手伝ってね」


 この魔物狩り勝負、一対一の戦いではなく、ペアで行われることになった。安全性の確保の面から、魔物狩りは基本複数人で行うからだ。

 ミシュラはフレインを連れて行く。本来ならば一等級の魔狩人になる男だ。素直に協力さえしてくれれば、これ以上の味方はいない。


「もちろん、疲れない程度に頑張ります」

「それは頑張るって言えるの? 私、フレインの全力見てみたいなー」

「ドラゴンに会えるのなら頑張ってもいいですよ」


 王都に近くにドラゴンが出るようになったら、この国はおしまいだ。ミシュラがため息を吐くと、ノックの音が聞こえた。

 訪ねてきたのは、カーフである。ミシュラは満面の笑みで迎え入れた。


「おかえりなさい。教会への報告は終わったの?」

「ええ、まぁ……」


 どこか浮かない表情をしているカーフをソファーに座らせ、ミシュラはメイドを呼んでお茶を頼んだ。

 一息ついてから、ミシュラは話を切り出す。


「改めて、兄さんを治療してくれて本当にありがとう。カーフ様がいなかったら取り返しのつかないことになっていたよ。何かお礼をさせて」


 ロアートは指の骨にひびが入っていたが、カーフがすぐさま神聖力を使ってくれたおかげで、軽度の怪我に落ち着いた。数日で完治してピアノも元通り弾けるようになるだろうと医者から診断を受け、ロアートともども安堵したものだ。

 もしも二度とピアノが弾けないようになっていたら、決闘や狩り勝負どころではなく、暗殺や戦争に発展していたかもしれない。

 なのでミシュラは心からカーフに感謝していた。


「別に、結構です。聖騎士として当然のことです。彼の演奏は本当に素晴らしかったですし、奇跡の担い手を守れて良かったです」

「……あなたの存在が、私にとっては奇跡だったんだけどな」


 もう一人の神聖力の持ち主は、結局何もしてくれなかった。無知で無神経な上に、無能な王女である。十二歳という年齢を考えれば仕方がないのかもしれないが、一つ年下のカーフがしっかりしているので余計に情けなく見えてしまう。


「まぁ、いいや。この恩はいつか必ず返すからね。何か私へのお願いごとが浮かんだら言って」


 その言葉に、カーフは躊躇いがちに言った。


「……それなら、魔物狩り勝負を降りてもらえませんか?」

「それは無理」


 戦う前に降参するなんて、ただ負けるよりも悔しい。ロアートだけが痛い思いをして終わりだなんて絶対に認められない。


「簡単には引けないの。もう私と兄さんだけの問題でもないしね。結局叔父様にも迷惑をかけちゃった」


 お茶会での出来事を報告したところ、マルセルは世にも恐ろしい微笑みを浮かべた。あの母の弟なだけはある。


『勝手に決闘を申し込んだりしてごめんなさい』

『いいんだよ、ミシュラ。むしろよく我慢した。私がその場にいたら、姉上を侮辱した時点で相手は消し炭になっていただろう』


 まさかなけなしの忍耐力を褒められるとは思わなかった。ディヘス家との確執を作ってしまったことを詫びても、マルセルは「今更だ」と笑っていた。

 怒られた方がマシだった。メリク家の名誉も代わりに背負っているような気分になって、ますます負けられない。


 カーフは不貞腐れたように息を吐く。


「ああ、そうですか。言って損しました」

「どうして降りろなんて言うの?」

「それは、その……ボクも見張り役として狩場に同行することになりまして。それが面倒なだけですっ」


 王国外の人間で中立の立場にいるカーフが狩りの不正防止のため、ミシュラたちと一緒に行動するように、と王国から依頼されたらしい。


 ――それだけでこんなに暗くなる?


 ミシュラはいじけてしまったカーフの顔を覗き込んだ。


「もしかして、あの無礼な神官辺りに何か命令された? たとえば狩りのどさくさに紛れて私を始末――」

「あー! なんでもないですよ! 教会のことに口を出さないで下さい!」


 その態度はあまりにも怪しかった。どうやらろくでもないことを命じられたらしい。


「巻き込んじゃってごめんね。狩り勝負以外のことで、他にお願いはない?」

「……思いつきません。本当にあなたは非常識な存在ですよね」

「え、急に何?」

「普通の貴族のご令嬢なら、自ら決闘や魔物狩り勝負なんてしません。あなたはそんなにお兄さんのことが大切なんですか? 確か、本当のご兄妹ではありませんよね。しかも一緒に暮らしてほんの数年でしょう? それほど仲が良さそうにも見えませんでしたし」


 カーフの言葉に、ミシュラは即座に頷く。


「もちろん大切だよ。血の繋がりは薄いし、いつも邪険にされてるけど、ここぞっていうときには助けてくれる優しくて頼もしい人だから。絶対に不幸にはさせない。というか、目の前できょうだいにあんなことされて、黙っていられるわけなくない? ねぇ、フレイン」

「俺ですか?」

「だって、五人きょうだいの真ん中でしょ」


 フレインは眠たそうな声で言った。


「まぁ、お嬢さんほど過激ではないですけど……家族が殺されたら、一応仇の首をとるくらいはしますかね。たくさん世話になりましたし」


 憎悪の感情に囚われず、淡々と仇の首を墓に供えそうで怖い。フレインがどのような家族に囲まれて育ったのか、ミシュラはますます気になってしまった。

 カーフはドン引きしつつも首を横に振る。


「ボクには分かりません」

「カーフ様のご家族は……」

「いません。赤ん坊の時から教会で育ちましたから」


 カーフは生まれつき神聖力を持っていた。彼の家族はカーフの存在を手に負えないと考え、教会本部に引き取ってくれるように頼んだのだという。

 だからカーフは本当の家族を知らない。教会でも特別扱いで育てられたため、仲の良い者もいないそうだ。

 それらはミシュラの知らない情報だった。


「そうなんだ……」

「可哀想だなんて思わないで下さい。ボクは捨てられたわけじゃないんです。ボクの幸せを考えた末に両親が苦渋の選択で手放したんだと聞きました。実際、史上最年少の聖騎士になれましたから、両親の判断は正しかったです。一般家庭で育っていたら、こうはいきませんでしたからね!」


 胸を張って威張るカーフを、ミシュラは微笑ましく思った。


「一人でよく頑張ったね。ご両親もきっと、カーフのことを誇りに思っているんじゃないかな」

「そんなの、当たり前です」


 カーフは大げさに嘆いて見せた。


「……皮肉なものです。ボクよりも、あなたの方が家族の情愛をはっきり理解しているなんて」

「ふふ、認めてくれるの? 私の心に情があるって」

「今の発言は撤回します! とにかく明日は、常識の範囲内で行動して下さいね。これ以上の面倒事は嫌ですから!」

「うん、もちろん。任せておいて」


 ミシュラは笑顔で頷きながら嘘を吐いた。


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