表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法銀の悪魔の救済  作者: 緑名紺
第一章 幸せな幼少期
3/40

3 裏切り者


 殺気を込めて射ると、弦の音に反応したのかレムナンドは間一髪のところで矢を避けた。さすがの反射神経である。


「何をするんだ!?」

「仕返し。レムが悪いんだよ。たくさん嘘を吐いて、私を裏切ったから」


 弓矢を放り出し、ミシュラは心臓に手を置いて、魔法を発動させた。銀色の髪から雫がこぼれ落ちるように、銀の液体が宙に浮かぶ。

 これは“魔法銀”――しなやかな液体にも鋼よりも強い固体にもなり、どのような造形も可能な銀。ミシュラの体に同化した魔法銀は、どのような物質よりも魔力伝導率が高く、思うまま自由自在に操ることができた。

 この世界でただ一人、ミシュラ・ルナーグのみが持つ固有魔法である。


「動いちゃダメ」


 驚きながらも瞬時に腰のナイフに手を伸ばすレムナンドを見て、ミシュラは素早く液体を弾丸に形成して撃ち出した。

 弾丸はレムナンドの髪をかすめ、木の幹を抉る。


「うーん? やっぱり魔力は鍛える前の状態だね」


 ミシュラは子どもらしからぬ仕草で苦笑した。

 精度はまぁまぁだが、思ったより威力も速さも出なかった。記憶と知識はそのままでも、肉体や魔力は十歳の自分に戻ってしまっている。また鍛え直すにはかなりの年月が必要だろう。


「それでも、レムが相手なら余裕かな。勝ち目がないのは分かるでしょ?」

「どういうつもりだ……!」


 レムナンドの表情からは怒りと混乱が見て取れた。


「あのね、レム。信じられないと思うけど、私は十年後の未来から来たの」

「? な、何を……言っている」

「あなたは私の味方をするふりをして、裏切っていた。あなたのせいでたくさんの仲間が死んで、戦いがより大きくなった……誰よりも信じていたのに、酷いことするよね」


 こんな話をしても、レムナンドには理解不能だろう。

 だが、信じさせるためのカードをミシュラは持っていた。


「一体いつから周囲を騙していたの? あなたが吸血鬼族だって、おじい様は知っていた?」


 最も大きな秘密を口にしたことで、レムナンドが息を呑んだのが分かった。

 彼が耳長族というのは真っ赤な嘘で、本当は吸血鬼族なのである。


 吸血鬼は人の血を食料としているため、全種族共通の敵だ。見つかり次第、狩られる宿命にある。尖った耳と長寿という共通点から、人間社会に交じるために耳長族を名乗っていたのだろう。

 弓術も風の魔法も疑われないように相当練習したに違いなかった。見事な擬態だ。


「吸血鬼じゃないというのなら、抵抗して見せて。動いたら、刺すけどね」


 ミシュラは地を蹴ると同時に、宙に浮かぶ銀の液体を無数の針に変形させた。距離を詰めると、硬直するレムナンドの足を払ってそのまま、地面に倒して背中を踏んだ。

 十歳の子どもの拙い体術を前に一歩も動けなかったレムナンドは、土を頬につけ、悔しげに顔を歪めた。


「強靭な肉体と魔力を持つ吸血鬼族は最強の種族と言われているけど、太陽光と銀に弱い。とりわけ私の魔法銀に傷を付けられたら、致命傷になってしまう。こうして昼間にうろつけているってことは、レムナンドはかなり血の薄い混血だよね? それでも、ほんの小さな傷でものたうち回っていたよ。あ、未来であなたを殺した時の話ね」


 小さな違和感と、聡明な仲間からの助言で、ミシュラはレムナンドの裏切りに気づいて、制裁を与えた。そのときに初めて彼が吸血鬼族であることを知ったのだ。

 とてもショックだった。信じて慕っていた相手が、自分を、ルナーグ家を騙して利用していたのだと分かったのだから。


「もっと試してみる?」


 ミシュラがフードを掴み、精製した銀の刃を彼の手の甲に添えると、レムナンドは舌打ちをした。

 その瞬間、彼の雰囲気ががらりと変わる。


「お前は誰だ……悪魔にでも憑りつかれたのか?」


 柔らかく穏和な彼が、鋭くやさぐれた印象になる。


「あははっ、私、未来でも悪魔って呼ばれてた。血も涙も心もないって!」

「…………」

「でも、私はずっとミシュラ・ルナーグだよ。中身は二十歳だけど、レムだってその見た目で百歳越えの吸血鬼なんだから、気味悪がらないでほしいな」

「とても信じられない。中身が変わったのは分かるが、未来から来たなんて……」

「ゆっくり信じてもらえればいいよ。この先の未来で起こること、いくつか予言するね。まぁ、私はその未来を変えるつもりだから、外れちゃうかもしれないけど」


 ミシュラは足をどけて、レムナンドを解放した。手を貸そうとしたが、レムナンドは自力で立ち上がって、じりじりとミシュラから距離を取って木陰に入った。


「僕を殺すつもりじゃないのか?」

「レムの態度次第かな。できれば協力してほしいの」

「協力? 何に?」

「私が世界を滅ぼさないように、大切な人たちを幸せにできるように」


 ミシュラは、自分が世界を滅ぼしたことを告げた。それに至る経緯や方法を簡単に説明すると、レムナンドはこめかみを指で押さえた。


「馬鹿なことを……」

「うん。自分でも馬鹿なことをしたと思ってる。でも、半分くらいはレムのせい。途中まではあなたがそうなるように仕向けたんだから」


 レムナンドのことを責めつつも、実はミシュラはあまり今の彼に対して怒りを持っていなかった。仲間を殺されたことは憎いが、それは今の時間軸ではまだ起こっていない出来事である。何もしていない目の前の彼に復讐するのは不毛だ。

 できれば、味方のままでいてほしい。彼は有能だ。これからのことを考えたら、事情を知る協力者が必要になる。だから多少のリスクを負っても、本当のことを告げた。


「レムは、最期に言い訳せずに謝ってくれた。殺されるときに抵抗もしなかった。私のことは兵器として見ていただけかもしれないけど、おじい様やママのことは、大切に想ってくれていたんだよね? だから、今度は殺したくないし、敵対したくないし、このままそばにいてほしいの」


 ミシュラのわがままに対し、レムナンドは険しい表情を崩さなかった。

 突然このような話を聞かされて、混乱するなというのは酷な話だ。ミシュラは静かに次の言葉を待った。


「お前の言う通り、僕は吸血鬼の血を引いている……いわば人族の敵だ。そんな存在をそばに? お前の大切な者たちを食い殺すかもしれないのに?」

「え、レム、吸血が必要なの? それは困ったなぁ。私の血じゃ即死しそうだし……動物の血じゃダメ?」


 未来でレムナンドを殺した後に調査をして、周囲で不自然に消えた人間はいなかったので、てっきり吸血行為はしていないと思っていた。隠れてやっていたとすれば、相当上手に捕食していたということになる。

 協力の見返りに人の生き血を求められても、さすがにこればかりは用意できない。


 無害ではないのなら、このまま野放しにするわけにはいかない。ミシュラがわずかに浮遊する銀色の液体を動かすと、レムナンドは吐き捨てるように言った。


「僕は吸血せずとも生きていられる。好き好んで生き血をすする趣味はない」

「……なんだ、良かった。もしかして私を試していたの?」


 そのまま、苛立ったように目を逸らされた。


「未来から来たというのなら、僕がどうしてミシュラを裏切ったのか、その理由は知っているか?」

「直接聞いてはないけど、なんとなく、レムが何をしたかったのかは分かるよ。私に吸血鬼族を滅ぼしてほしかったの?」


 レムナンドの行動を思い返せば、吸血鬼が蔓延っている王国と戦うように仕向けていたのは明らかだ。

 ミシュラの持つ魔法銀なら、地上最強と言われる吸血鬼族を殺し尽くすことも可能だ。そのためにミシュラにいろいろな知識を授け、戦闘訓練を積ませていた。


「ああ、そうだ。僕は吸血鬼が憎い。未来のお前は……吸血鬼王をも殺したのか?」


 レムナンドの表情は見たことがないくらい強張っていた。王殺しこそ、彼の真の目的だったらしい。ミシュラは逡巡の末に答えた。


「……うん。レムを殺した後にね。さすがに苦戦したよ」


 爽やかな森の空気とは正反対の、苦渋に満ちた沈黙が流れた。レムナンドが葛藤しているのを見て取って、ミシュラはもう一押しが必要だと判断した。


「レムも私にとって大切な人……私に損がないのなら、また吸血鬼王を殺してもいいよ。今度はあなた自身の手でとどめを刺す?」


 レムは復讐者の目をしている。かつての自分、もしくは今の自分と同じだ。

 事情は知らない。話したくないのなら、詳しく聞くつもりもない。自分を裏切る原因になった、レムナンドの人生を苛む相手は、ミシュラにとっても邪魔な存在だった。

 数秒間、強く視線が交錯した後、レムナンドが肩の力を抜いた。


「……分かった。そういうことなら、とりあえずは協力してもいい」

「本当!?」

「ああ。完璧に信じたわけじゃない。しばらく様子を見させてもらう」


 それでもいい、とミシュラは距離を詰めて思い切りレムナンドに抱きついた。


「今度は裏切らないでね、レム」


 ひぃ、という聞いたことのない悲鳴が聞こえた気がしたが、全て無視する。

 レムナンドを殺さずに済んだことがとても嬉しかった。






 二人で薬草を摘みながら、今後について話し合った。ちなみにこの薬草は調合して日焼け止めにするために必要らしい。吸血鬼のことは忌々しい種族だと思っていたが、レムナンドを見ていると少し可愛く思えてくる。


「それで、具体的にはどうする? 僕はまず何をすればいい?」


 今までと比べると淡白な態度だが、レムナンドとまたいつも通りに過ごせてミシュラは嬉しかった。


「最優先事項は、パパを長生きさせることかな。その方法を考えよう」

「ああ。それは分かりやすい……だが、つまり“怪物”を討伐しないといけないということか? ミシュラでは相性が悪いだろう」


 ミシュラは初めて答えに窮した。


「そう、なんだよね。吸血鬼王を殺して世界を滅ぼした私でも、“毒蛇の怪物”が相手だと分が悪いっていうか……」

「仮に倒せたとしても、毒で汚染されて人が住めない領地になるかもしれない。だから何百年も封印してるんだぞ」


 父――ジオ・ルナーグが醜い容姿をしているのも、辺境伯を務めているのも、全てはこの地に封印されている怪物のせいだった。

 封印されていてもなお漏れ出る毒を封じるため、当主が特別な魔法で防いでいる。その代償で父は醜い容姿になってしまっているし、あまり長く生きられない。

 そしてそれは、後を継ぐ義理の兄・ロアートにも降りかかる災難である。


「毒蛇は、巻き戻し前の世界でも討伐はできなかった。でも諦めない。まだ猶予はあるもんね。絶対にパパとロアート兄さんを助ける」


 レムナンドは素っ気なく言った。


「お前が十分に戦えない以上、怪物を討伐するための仲間を集う必要がある。汚染の問題も対策が必要だ。……ムンナリア王家を頼るつもりは?」

「気は進まないな。あいつら嫌い。パパのためなら我慢してもいいけどー、うーん、絶対にママが怒るし……」

「じゃあ、世界を滅ぼした時のお仲間は当てにできるのか?」

「それもちょっと……正直危険なことに付き合わせたくないんだよね」


 自分の味方をしたせいで死んだ仲間たちのことを想えば、同じように出会って交流を深める気にはなれなかった。一部の者を除いて、今回の人生では言葉を交わすことすらできないかもしれない。

 それでもいいとミシュラは思っていた。彼らが死ぬ姿はもう二度と見たくない。


「僕は良いのかよ……」

「だってレムは裏切り者だし、上手く立ち回ってくれるし、パパのためなら頼まなくても働いてくれるでしょ?」

「……まぁ、ジオを救うことには素直に協力できそうだ。怪物と正面から戦うのはごめんだが」


 薬草を摘み終わると、レムナンドとともに真っすぐ小屋に帰った。

 灰になることはなくとも、やはり太陽の下では体が怠くなるらしい。諸々の心労も重なって、今すぐにも横になりたいとレムナンドは訴えた。

 そう言いつつ、ミシュラの願いを叶える方法を考えてくれるのだろう。頼もしい参謀を得られて、ミシュラは満足だった。


「そう言えば、ジオとミレイヤには未来のことを伝えないのか? 二人の協力があれば、もっといろいろなことできる」

「パパとママに? ……絶対に言いたくない」


 レムナンドにはほとんど悩むことなく自分の身に起きた出来事を打ち明けられたが、両親に話すことを想像すると激しい抵抗感を覚えた。


「自分の娘が世界を滅ぼしたって知ったらショックだろうし、急に私が二十歳になったなんて言いづらいし……パパを救う計画だって止められるに決まってる」


 父は嘆き悲しみ、母は怒り狂うに違いなかった。今後の自分の行動を制限されてしまう可能性もある。感情的にも論理的にも、二人に真実を告げない方が都合が良い。


「ふん、親の前では本性を隠して良い子でいたいんだな」

「そうだよ。二人の心の安寧のために、私は可愛い良い子のままでいなきゃ」


 可愛いは言ってない、とレムナンドは呆れたが、ミシュラは取り合わなかった。両親が自分を可愛くて自慢の娘だと思っていることは、十分伝わっているのだから。


 家族に本当のことは言えない。

 このまま何も知らせないまま、障害を全て取り除いて家族を幸せにしてみせる。


 そのために必要なのは――。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ