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魔法銀の悪魔の救済  作者: 緑名紺
第二章 それぞれの成長期
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26 幼い聖騎士

 

「ミシュラ。よく来てくれた!」


 王都のメリク公爵邸に到着すると、叔父のマルセルが熱烈に歓迎してくれた。


「叔父様。お会いできてとても嬉しいです。お世話になります」

「ああ、少し見ない間にすっかり淑女になったね。姉上によく似ている。目元は義兄上譲りだ」

「ふふ、ありがとうございます」

「私のことを覚えていてくれているかな?」

「もちろんです。七歳のお誕生日の時、お祝いに来てくださいましたよね」


 この時間軸で会うのは七歳以来だったが、巻き戻し前の人生を含めると本当に久しぶりだった。

 数少ない無条件に信頼できる味方である。母のためにも今度は絶対に死なせたくない。


「こちら、兄のロアートと護衛のフレインです」


 見たこともない豪華な屋敷に面食らっているロアートと、まだ眠たそうなフレインをマルセルに紹介する。

 母からピアノを教わっていると聞いていたせいか、マルセルはロアートのこともにこやかに迎え入れてくれた。血は繋がっていなくても、しっかりミシュラの兄として扱ってくれそうだ。

 フレインについては、あまりにも若い護衛なので驚かれた。


 メリク家からはマルセルの妻と六歳になる従弟も紹介された。前回の巻き戻し同様、ミシュラに対しても友好的に挨拶をしてくれた。


 折を見てミシュラはマルセルに手紙を渡す。


「ママ、じゃなくて母からです。今回お会いできなくて残念がっていました」

「私も姉上と直接話したかったが、無理に王都に来る必要はない。時間を作って、私がまたルナーグの領地に伺うよ」

「ありがとうございます。先にご連絡した件について、いろいろとよろしくお願いします、とのことです」


 マルセルは神妙な表情で頷いた。


「初めて話を聞いた時は驚いたが……いくらでも力になろう。父上も応援してくれるはずだ」


 母の手紙には、結界魔法についてのオーダーや必要な魔石の数など、怪物の討伐計画の詳細が記されている。

 マルセルは楽しそうに手紙に目を通している。「小さな頃から悪戯っ子だった」と母が言うだけあって、国への背信行為だというのに心を躍らせて協力してくれそうだ。


「さて、まずは今回の誕生祭を乗り切ることが先決だ。三日後には顔合わせを兼ねたお茶会、そして七日後はパーティーだ。長旅で疲れているところ申し訳ないが、すぐに衣装合わせをしなくては」


 予め衣装を用意してくれていたが、細かい寸法の調整はこれからになる。

 挨拶もそこそこに初日から忙しく過ごすことになった。






 翌日の午後一番、ミシュラたちはマルセルに呼び出されて応接室に向かった。

 来客は三名。白い制服を身に纏った男と幼い少年は、ミシュラを冷たく一瞥した。


 彼らは国外にある教会総本部から派遣されてきた神官と聖騎士である。

 三十代の男は神官のバヤ、幼い少年は聖騎士のカーフと名乗った。そしてもう一名、城から顔つなぎ役として王の補佐官が随行していた。


これ(・・)が、例の――」

「彼女が、私の姪のミシュラです」


 忌まわしいものを見る目つきのバヤに対し、マルセルが強い口調で訂正する。

 教会にとって魔法銀の心臓で生きるミシュラの存在は、あってはならないもの。人間ではなく、禁忌の魔法生物と見なされる。


 この初対面の態度が最悪で、巻き戻し前のミシュラはこの二人をずっと無視していた。自分を人間扱いしてくれない相手に、どうして礼を尽くさないといけないのか。


 しかし今回はとびきり可憐な微笑みを浮かべ、ミシュラは優雅に淑女の礼をする。


「初めまして。東部辺境伯の娘、ミシュラ・ルナーグと申します。この一週間、ご一緒されると伺いました。どうぞよろしくお願いいたします」


 バヤは露骨に顔をしかめ、カーフは目を見開いた。

 教会は聖王女リリトゥナに、禁忌の人形が近づくのは危険だと反対し、この二人を監視役として付けることにした。王家もそれを認め、公爵邸への滞在を申し入れてきたのだ。

 招待していておいて見張りを付けるなんて失礼な話である。


「ふん! 気味の悪い。人形めが人間の振りをして……我々は城でも帯剣を許されている。おかしな真似をしてみろ。すぐに物言わぬ状態に戻してやるからな」


 バヤが神官らしからぬ侮蔑の浮かぶ表情で凄み、マルセルが殺気立った。

 ミシュラはと言えば、鼻で笑いたい心情を隠しながら、ショックを受けたように息を飲んでから悲しむように眉を下げた。


「お、叔父様、私のご挨拶、どこかおかしかったでしょうか? 教会の方にこんなにひどいことを言われるなんて……」


 瞳を潤ませて声を震わせることも忘れない。

 背後からロアートとフレインの白けたような視線を感じたが、幸いにもマルセルや客人たちはミシュラの演技に気づいていないようだった。


「いや、おかしくなどないよ。ああ、可哀想に……」


 マルセルに慰められながらも、大いに嘆きながら案内役の男性に告げる。


「勇気を出して王都に来てみましたが、やっぱり恥ずかしくてお城には行けません。ご招待していただいた姫様には申し訳ないですが、ご辞退する旨お伝えください……ごめんなさいっ」

「ミシュラが謝る必要はない。そうだな、このような無礼な振舞いを受けて黙ってはいられない。王家がこの神官の発言を許すというのなら、抗議の意味も兼ねて茶会もパーティーも欠席させていただこう」


 毅然としたマルセルの態度に、補佐官は少し焦りを見せた。


「そ、それは……困りますね。姫様はミシュラ嬢に会えることをずっと楽しみにしていらっしゃいますので」


 公爵と教会の板挟みになった補佐官は、ちらりとバヤを見た。

 自身の不用意な発言のせいで大きな問題に発展しそうで、バヤの表情からは傲慢さが消えていた。しかし、「失言を詫びろ」という圧を受けながらも、発言を撤回しない。


「だ、騙されんぞ。心ある振りをしたところで、お前は所詮紛い物の――」


 それどころかミシュラを指さすバヤに対し、業を煮やした補佐官が代わりに頭を下げる。


「教会には国から抗議をするよう、陛下に進言いたします。その上で、この者は二度とミシュラ嬢の視界に入らないようにしますので、何卒」


 自国の高位貴族と、教会からの無礼な使者のどちらに慮るべきか、補佐官の判断は早かった。

 当然と言えば当然だが、それだけリリトゥナの機嫌を損ねたくないのだろう。面白くないと思いつつも、目論見通り邪魔者を排除できたので良しとする。

 マルセルが尊大な態度で頷いた。


「分かりました。陛下にはくれぐれも、曲解のない事実をご説明下さい。礼を尽くした姪を神官が侮辱した、と」

「はい。では、我々は失礼いたします」


 バヤは悔しそうに顔を歪めたが、それ以上はこちらに視線すら向けずに引き下がった。


「カーフ! しっかりと任務を果たすように。決して油断するな!」

「は、お任せください!」


 バヤと補佐官が退室し、その場には幼い少年聖騎士が残った。

 一人になった途端、少し不安そうにしている。巻き戻し前の生意気な態度が鳴りを潜めていて、やはりこの頃は年相応の可愛らしさがあったんだなぁ、とミシュラは密かに感慨に耽った。


「カーフ様、よろしくお願いいたします」


 ミシュラよりも一つ年下、聖騎士に任命されたばかりで、今回が初任務である彼にとってこの状況は落ち着かないだろう。


「よろしくお願いします。先程は、その、同僚が失礼しました……」


 途中からマルセルに視線を移しながら、カーフは騎士らしくびしっと礼を取った。

 教会所属の人間としてミシュラに下手なことは言えない。そう思って気を張り詰めているのが分かって、ますます可愛らしく見えてくる。


 ミシュラの背後では、フレインがカーフを見定めている。

 実をいうと、フレインを王都に連れてくるために使った餌というのはカーフのことだった。


 ――今度は殺さずに済むように、今のうちから仲良くしておきたいな。


 巻き戻し前の世界で、カーフはミシュラの大切な仲間――エヴァンを殺した。

 魔剣に魅入られ、正気を失くして暴れるエヴァンを、聖騎士カーフが討伐したのだ。フレインにとっては自分を殺した男を殺した男、ということになる。興味を抱くのも無理はない。


 もちろんエヴァンの敵討ちのため、ミシュラはカーフを殺した。


『ボクは絶対にお前を許さない。呪われてしまえ。血も涙も心もない悪魔め……!』


 とどめを刺す直前のカーフの憎悪に満ちた瞳を思い出して、ミシュラは小さく息を吐いた。



なかなか更新できなくて申し訳ありません。

新キャラに悩んだり遊んだりしてました。

また少しずつ更新していきますのでよろしくお願いいたします。

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