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魔法銀の悪魔の救済  作者: 緑名紺
第二章 それぞれの成長期
25/40

25 いざ王都へ

 


 巻き戻し前の十二歳の誕生日のことを思い出し、ミシュラは苦笑した。


 とにかく不機嫌だった。

 大好きな父を置いて、母と一緒に王都に行かなければならなかったからである。叔父一家に会えたのは嬉しかったが、それ以外は何一つ楽しいことはなかった。


 教会から派遣された聖騎士に不躾に見張られ、招待されたお茶会では母ともども嘲笑され、挙句の果てにリリトゥナ姫のためにお祝いの歌を歌うように強要された。

 あらゆる尊厳を踏みにじられるような日々だった。何から何までリリトゥナとの差を見せつけられたのだ。


 当のリリトゥナ本人は出生時の因縁をよく理解しておらず、仲良くなりたいと言って無邪気に話しかけてきた。自分がどれだけ恵まれた立場にいるか顧みずに、現状の不満を愚痴られ、「あなたは自由で羨ましい」と言われたとき、ミシュラは生まれて初めて殺意を抱いたのだった。


 極めつけは誕生日の翌日だ。

 あの日の出来事を思い出すだけで、ミシュラは未だに怒りと屈辱で拳が震える。


 今回は、絶対にそんな想いはしたくない。

 徹底的に運命を変えてやるとミシュラは意気込んでいた。






「あのね、今度の誕生日のことだけど、ママと一緒じゃなくても大丈夫だよ。パパと一緒に待っていて」


 とある日の夕食の席、ミシュラは王都への招待のことを家族に相談した。とりあえず母には留守番をお願いしたい。母を侮辱されるのは許せないし、行動を見張られて好き勝手できなくなるのも困るからである。


「そんなわけにはいきません。あなた一人でどうするの」

「王都では叔父様のお世話になるし、護衛にフレインも連れて行くから」


 付き添いを頼むのならレムナンドの方が心強いのだが、彼は一応追われる身だ。王都に戻るのは危険すぎると断られた。

 その点フレインは現時点で無名の剣士だ。悪目立ちする心配もない。最初はフレインも乗り気ではなかったが、とある餌の存在をちらつかせ、既に王都への同行を了承させている。


「…………」


 母も内心では王都に行きたくないはずだ。城にはひどいトラウマがあるし、公爵家以外の人間には誰にも会いたくないだろう。

 いつもは気丈な母が黙ってしまったのがその証拠だ。


 王都の社交界で、母はなんの力も持っていなかった。

 娘の前で何を言われるか分からない。あるいは娘が一方的に罵られても、何一つ事態を好転させることができないどころか、悪化させる可能性が高いのだ。

 母ならそこまで思い至ってしまうと分かっていながら告げるのは申し訳なかったが、やはり一緒に王都に行ってはいけないとミシュラは思う。


「薬草取引の交渉が始まったところなんでしょ。ママはそちらのやり取りに集中してほしいの」


 気まずい空気になりかけた時、ジオが口を開いた。


「僕は心配だな……その、ミシュラのことを分かってくれない人もいるだろうし、本当に一人で大丈夫かい?」

「うん。何を言われても平気だよ」


 父にもにこやかに答える。

 実際、精神年齢が大人になった今、相手の言葉の意図はある程度読める。見え透いた悪意など、今更なんとも思わないだろう。

 両親が顔を見合わせ、仕方がないと言った風に頷こうとしたその時。


「じゃあ、俺が王都について行くっ」

「え」


 ロアートが凄むようにミシュラを睨みつけた。なんだか「お前の思い通りにはさせねぇ」と言われている気がする。


「ど、どうして? 兄さんも私が心配なの?」

「はっ、んなわけあるかよ。ただの観光だ。王都には行ったことねぇし……い、いいですか? 俺が行ってきても」


 ミシュラへの強気な態度とは裏腹に、両親の顔色を窺うロアート。母も父も笑いをこらえている。


「ええ、構いません。良い機会です。王都で一流の音楽に触れていらっしゃい。弟に言って、手配しておきます」

「そうだね。ロアートがついて行ってくれるなら安心だ。ミシュラのことをよろしく頼むよ」


 予期せぬことで、ミシュラの計画は破綻した。事情を知らないロアートがついてくるのは非常に面倒だった。


 食堂を出た後、ミシュラはたまらずロアートを呼び止めた。


「兄さん、本当に来るの? 多分、あんまり楽しくない思いをするよ」

「んなことは知らねぇ。それよりお前、羽目を外すなよ」

「どういう意味?」


 ロアートは歯切れ悪く言った。


「だから、その、ルギがいるのに、他の奴とあんまり……二人で王都までとかあり得ねぇだろ」


 呆気に取られ、ミシュラは真顔になる。

 どうやらロアートには、ミシュラがフレインと親密にしているように見えるらしい。しかもルギとの友情のために、その仲を妨害しようとしている。


「護衛付きの馬車で行くし、二人きりにはならないよ」

「そ、それでも、ルギが聞いたらいい気しねぇだろ」

「そうかな? 考えたこともなかったけど……そこまで言われちゃったら仕方ないね。一緒に来ていいよ、兄さんも」

「なんだよ、それ!」


 いつか戻ってきたルギに変なことを吹き込まれても困る。

 ロアートが一緒でも問題がないか脳内で再確認したところで、閃いた。


「そうだ。兄さんが来てくれるなら……いいかも」

「あ?」

「実は去年、ルギちゃんが羨ましかったんだ。ちょっと楽しみになってきちゃった」


 首を傾げるロアートにミシュラは満面の笑みで告げる。


「王都のムカつく貴族、一緒に音楽で黙らせようね。あとで楽譜持っていくから」


 ミシュラが軽やかにその場を去ると、背後で絶叫が聞こえた。






 誕生日を間近に控え、ミシュラたちはルナーグの領地を出発した。

 ミシュラ、ロアート、そしてフレインを乗せた馬車が、街道をゆっくり進む。道中、ロアートはずっと具合が悪そうだった。車酔いではなく、王都での晴れ舞台を想像して緊張しっぱなしなのだ。


「ほ、本当に城で演奏をするのか? 俺たちが?」

「多分ね。一応社交界デビューだもん。ダンスよりマシでしょ?」


 この国では、貴族の子息令嬢が初めて社交の場に顔を出すとき、自己紹介を兼ねて得意な音楽や舞踊を披露するのが通例だった。大抵は舞踏会でまとめて踊ることで済ませるが、ミシュラ達はまずお茶会に招待されることになる。楽器の演奏か歌の方が場にふさわしい。


「兄さんが一緒で良かった。一人だったら、私の心のこもってない歌唱で大ヒンシュクだったと思う」


 実際、何も用意していなかった前回、突然リリトゥナのために歌うように言われて、反発心のあまりひどい歌を披露してしまった。心がないと言われる以前に、全方位に喧嘩腰だった。


 ――今度は、必要以上に敵を作らないようにしないと。


 どうしようもなく腹の立つイベントの数々が控えているが、自分の対応次第では上手く乗り切れるはずだ。王家や母を侮辱する連中に媚びへつらうつもりはないが、それ以外の貴族にまで嫌われて孤立するのは避けたい。ルナーグ家やメリク家に同情的な者もいるのだ。


 ロアートの綺麗なピアノの音を聴きながら歌えば、酷評されるような喧嘩腰の歌にはならないはずだ。だから伴奏を頼んだのである。これはロアートにとっても社交デビューとなる。


「ま、まぁ、一人よりはマシだけど……ああ! よりにもよってなんでお前と!」

「自分から王都について行くって言ったんだから、そろそろ覚悟決めてよね。いっぱい練習したし、ママも褒めてくれたし、演奏は大丈夫。それより作法や言葉遣いの方が心配だよ」

「くっ」

「難しいことは全部私に任せて。兄さんは必要最低限のお返事だけでいいから」


 簡単な礼儀作法についても、ロアートは改めて母に指導を受けていた。ぎりぎり及第点はもらえたようだが、臨機応変に立ち回る技量はないはずだ。


「お、俺はともかく、こいつはどうなんだよ。全然練習してねぇじゃん。護衛としてずっとついてくるんだろ?」


 ロアートは、窓にもたれて眠っているフレインに矛先を向けた。


「フレインは喋る機会がないだろうし……所作自体は一回教えただけで覚えちゃったよ」

「は? マジか」


 歩き方や礼の仕方など、見苦しくないように教えたところ、フレインはすぐ完璧にやって見せた。自分の体の動かし方を熟知しているようだ。


「目が死んでて華はないけど、顔立ちは整ってる方だし、なんでもそつなくこなしてくれそうだし、剣の腕は文句なし。フレインのことは心配しなくていいよ」


 これは嬉しい誤算だった。ちゃんとした衣装を着せれば、城の騎士にも劣らない佇まいなのだ。鼻が高い。

 フレインが薄く目を開けた。


「……俺はお嬢さんの言動が一番心配です。可愛げがなさ過ぎて、薄気味悪い子どもだと思われますよ」

「ふふ、相変わらずずけずけ言うよね。表向きは、ちゃんとルナーグ家に仕えてる感じを出してくれなきゃだめだよ?」

「心得ています」


 二人のやり取りを聞いてロアートはますます心配になったらしく、王都に着くまでずっとげっそりしていた。



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