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魔法銀の悪魔の救済  作者: 緑名紺
第二章 それぞれの成長期
22/40

22 団結会

 



 魔物の襲撃から数か月が経った。

 ルナリアの町は順調に復興し、以前よりも活気にあふれていた。


 襲撃時の怪我で私兵団を退団する者が出たので、各地から新しい団員を募集することになり、移民が増えたのだ。仕事と住居を失った者のために、商人や職人たちにも声をかけて集めた。

 怪物の封印の地ということでまともな人間は寄り付かないと思われたが、意外にも多くの者が応じてくれた。


 新しく作った演習場での訓練を眺めながら、ミシュラはご機嫌に後ろを振り返った。


「やっぱり、私が可愛くて強いからかな。みんなおねだり聞いてくれたね」


 レムナンドもフレインも無表情と無言を貫いた。つまらない。


 ――これで、留守にしても安心かな。


 ミシュラの記憶にある限り、今後しばらく領内で魔物騒ぎは起こらない。魔物が奇色化すること自体非常に稀なことだ。

 しかし、運命は流動している。少しでも守りを固めて安心するために、直々に人材をスカウトしてきた。

 魔物討伐時には、領民の避難をしなければならない。そのための人手としても彼らは役に立ってくれるはずだ。


 領内の若者は真心を込めて勧誘した。敬愛する領主の娘ということもあってか、簡単にお願いを聞いてくれた。

 その他、近隣の領地にも足を向けた。

 荒くれ者を蹴散らして心酔させたり、虐待が横行していた孤児院から子どもたちを救出して慕われたり、市場を占有していた悪徳商人を懲らしめて他の商人に恩を売ったり、巻き戻し前の記憶を駆使してやりたい放題をした。


「えへへ、怖いくらい上手くいったね」


 訓練場の新米兵士が大きく手を振ってくれているので、ミシュラがにこやかにそれに応えていると、背後から大きなため息が聞こえた。


「僕は勘違いしていたよ。反省という言葉の意味を」

「うん?」

「未来を変える危険性を学んだと思ったのに、前よりも積極的に変えているだろう。もう何が起こるのか予測不能だ。どうなっても知らないからな」


 レムナンドは呆れ果てているようだった。

 言いたいことは分かる。意図的に町の住民を増やしたのだ。巻き戻し前にはなかった事件が起きるかもしれない。極端なことを言えば、結ばれるはずの男女が別の者と結婚して、生まれるはずの子どもが生まれない可能性もあり得る。


「うん、罪深いことをしてる自覚はあるよ。でも、もういいの。気にしない。臨機応変に対応する」


 ミシュラの中の優先順位は確定している。家族や仲間を救えるのなら、どのようなリスクでも厭わず、いつか天罰が下っても構わない。

 レムナンドは処置なしと言ったようにフードを被り直した。


「ルギは良い抑止力だったんだな。早く帰ってきてほしい」

「あはは。でも、ルギちゃんのためにもこれは必要なことだったんだよ」


 ルギが変わっていく運命を「自分のせい」だと思わないように、前回の人生とは違う選択肢をミシュラ自身が選ぶ。

 幸いにして、彼は未来のことをほとんど何も知らない。ミシュラが誰をどれだけ犠牲にしても、ただそこに美しい光景があれば安心してくれるだろう。

 もちろんよく考えて、前回よりも悪い方向に向かわないようにはしていくつもりだ。


「人材は何とかなったから、後はお金を稼いだり、魔石を集めたり……」

「毒の対策が最優先です」


 フレインの言葉に、レムナンドも深く頷いている。

 二人の視線が痛い。


「猛毒を中和できないと、毒蛇に近づくことさえできないんでしょう? 無策なら俺は降ります」

「分かってるよ」


 毒蛇の怪物について、改めて二人に説明していた。

 ミシュラは巻き戻し前の人生で毒蛇の怪物の封印を解いて、世界に解き放った。凄まじい勢いで毒が広がり、大地は死んでいったが、人間たちが全く抵抗しなかったわけではない。大陸規模で討伐部隊が組織され、怪物に立ち向かっていた。

 結局、満足に準備できていなかったがために、ほとんどが怪物の前に立つ前に毒に倒れてしまっていたが。


 まず必要なのは、蛇の猛毒を一時的にでも中和する魔法薬。

 たとえフレインが世界最強の剣士であっても、その剣を振るう機会がなければ毒蛇は倒せないのだ。


「怪物の毒のことは、パパが一番詳しいから……そろそろ話さないとね」


 ミシュラは覚悟を決めた。






 両親とミシュラとロアート、最近はこの四人で夕食を取ることが増えてきた。

 最初は目も当てられないほど酷かったロアートのテーブルマナーも、だんだんと様になってきた。ガサツな印象とは裏腹に、手先は器用なのである。

 なぜロアートが夕食に加わるようになったのか、ミシュラは知らない。魔物の襲撃からルナーグ家の跡取りとしての自覚が芽生えたのかもしれない。


 ジオが目配せをすると、使用人が一足先に食べ終えたロアートの皿にパンを追加した。


「ロアートは食べ盛りだから、足りないだろう。遠慮なく食べなさい」

「……あ、ありがとうございます」


 ぶっきらぼうな口調ながらも、ロアートは素直に食事を再開した。父と兄の微笑ましい様子に、ついからかってしまいそうになるが、なんとか堪える。

 デザートまで済んだ後、ミシュラはおずおずと切り出した。


「あのね、パパ、お話があるの。時間を作ってほしくて」

「もちろん構わないよ。どうしたんだい?」

「あ、後で話すね。パパと二人で――」

「今ここで話しなさい。お父様は暇ではないのよ」


 厳しい口調でそう言ったのは母のミレイヤである。昼間、仕事中の父を訪ねると母に怒られるので私的なこの時間を選んだが、どちらにせよ同じだった。失敗した。


 食後のお茶を淹れた後、給仕をしていた者が食堂から出ていく。どうやら母も兄も退室する気はないようだ。


「最近のあなたの行動はなんですか。領地のためにやっていると分かるので止めていませんでしたが、限度がありますよ。レムを振り回して、また素性のよく分からない者を滞在させて……お父様が甘いからと言って、これ以上無茶なお願いは許しません」


 母の顔を見られず俯くと、父が優しく声をかけてくれた。


「ミレイヤは心配しているんだよ。もちろん、僕も」

「…………」


 心配をかけているのは分かっている。

 娘がいきなり魔狩人になりたいと言い出したり、各地から人を集めて訓練させたり、異様に腕の立つ少年剣士をそばに置いたり、怪しい動きばかりをしている。

 今まで天真爛漫な受け答えで誤魔化してきたが、両親にも何かを企んでいるのはバレ始めている。

 ミシュラは思い切って口を開いた。


「えっとね、パパ……毒蛇の怪物について、教えてほしいの。特に、毒への対処方法が知りたい」


 ロアートがはっとしたように目を見開いた。


「先祖代々、研究しているんでしょう? もしもの時に備えて、いろいろと。その資料を見せて」


 この地に封印された神話時代の怪物。

 末の神がいつか解けてしまうと言い残した通り、年々封印は弱まっていき、毒が漏れ出し始めた。

 そして約三百年前、四英雄が邪竜王を討伐した時代。

 聖女ララトゥナは人々の不安の声に応え、毒蛇の封印強化に着手する。恋仲だった勇者と別れ、代々土地に住む一族の若者と結婚したという。

 彼女は自らの子どもの一人、その心臓に神聖力で言祝ぎを授けた。


【汝の体は猛毒に打ち勝ち、その命ある限り、封印が解けることはない】


 それが、ルナーグ家に脈々と受け継がれている“鎮めの役”の要である。

 ララトゥナが生きている間、それは強固な力を発揮したが、その死後、あるいは代替わりの度に、言祝ぎの力は急速に弱まっていった。

 毒が体を侵食し、鎮めの役はどんどん短命になっていった。皮膚が爛れ、防衛本能が体を肥えさせて毒の巡りを遅くしようとする。

 聖女の血を引き、封印の犠牲となっているルナーグ家を尊重していた貴族たちも、その醜い容姿を忌み嫌うようになっていった。

 高位貴族がルナーグ家に嫁ぐことは減り、跡取りの子どもの魔力量は減って、ますます封印の力が弱まるという悪循環に陥っている。


 ミレイヤがジオに嫁ぐことになった時、産まれてくる子どもの魔力量次第では次代の封印が強まるのではないかと密かに期待されていたが、結果は鎮めの役を務められない禁忌の子・ミシュラの誕生だった。

 無理な出産の影響で、母はもう子どもを産めない。ロアートが見つからなければ、別の女性を娶るように強要され、両親の心は引き裂かれていただろう。


 もうずっと封印の存続は危ぶまれている。

 対策を講じていないはずがない。

 何より自らの子孫を犠牲にし続けなければならないルナーグ家が、活路を見出さんと研究をするのは当然の行動だった。


 新しい封印術の開発。

 あるいは、猛毒の解毒方法の発見。

 未だに解決に至っていなくても、今までの研究成果は何かしら出ているはずだ。


 巻き戻し前の人生で、それらをミシュラが目にすることはなかった。

 両親は死に、屋敷は燃えて消失し、何か聞かされていたかもしれないロアートとも喧嘩別れしてしまったから。


 ジオはミシュラの真剣な表情を見て、不安そうに頷いた。


「確かに、先祖代々毒蛇について、いろいろな研究をしている。もちろん僕もだ」

「それを私に引き継がせて」

「ミシュラが賢いことは知っているけど……まだ早いよ。危険な毒を扱うからね。ムンナリア王家との取り決めもある。それはミシュラが成人したら――」

「それじゃ遅いの」


 ミシュラは立ち上がった。

 十一歳の娘に猛毒の研究を取り扱わせないのは、父なりの愛情だろう。しかし、幸せな幼少期は終わったのだ。

 徹底的に運命を変えると決めた以上、もう逃げられない。


「お願い。危険だというのならせめて……解毒の研究がどこまで進んでいるのか教えて」

「ミシュラ」


 父に詰め寄ろうとしたら、ミレイヤが強い声で引き留めた。


「なぜ今、猛毒のことについて知りたいのですか? 魔狩人になりたいと言ったことと関係があると?」

「それは……」


 両親ともに、ミシュラが何を目的としているのか勘づいている様子だった。

 言葉にするのには勇気が必要だった。反対され、心配されるのが目に見えている。厳しい母のことだ。本気だと伝えないと、二度とこの話題を出せなくなるかもしれない。


「戦うからだろ。毒蛇と」


 言い淀んだミシュラの代わりに、ロアートが立ち上がって頭を下げた。


「その……俺からもお願いします。ミシュラが毒蛇と戦えるように、協力してもらえませんか」


 両親は絶句した。

 ミシュラが怪物と戦おうとしているということよりも、ロアートがそれを後押しするような発言をしたことに驚いているようだった。


「自分の命欲しさに言ってないです。ミシュラ一人に任せて、逃げるようなことはしねぇ。俺は、こいつが討伐に失敗したら死ぬっていう距離で戦いを見てる。その覚悟でいます」


 これにはミシュラも驚いた。

 ロアートの言葉はどんどん熱量を増していった。


「俺には戦いの才能はねぇ。剣も魔法も、今からどれだけ努力したって足手まといになるレベルだって分かる。だから直接は手伝えねぇけど……でも、音楽で補助効果をかけてやることはできるかもしれない。俺は俺のやり方で一緒に戦う。だから、ご当主様と先生も、ミシュラを信じて任せてやってください!」


 心臓がどきどきしている。ロアートがここまで自分を信じてくれていたなんて思わなかった。

 ミシュラは意外なところから現れた味方に微笑んだ。


「兄さん……ありがとう」

「べ、別に、お前に礼言われることじゃねぇ! 俺は俺のためにやるんだ!」


 そう言いつつも、赤くなった頬は隠せていない。

 ミシュラは改めて両親に向き直る。


「パパ、ママ、そうなの。私、毒蛇を倒したい……ううん、絶対に倒して見せる。もっと強くなるし、頼れる仲間も集める。一時的にでも毒を無効化することができれば、勝算はあるよ。だからお願い!」


 無意識のうちに、胸の上に手を当てていた。

 祖父がくれた鼓動が、ミシュラに勇気をくれる。


 やがて父は悲しそうに息を吐いた。


「毒蛇と戦うためには、封印を解かないといけない。神の施した封印は、現代でも再現できない。もう一度封印することはできないんだ」

「倒せば終わるよ、全部。私を信じて」

「倒せたとしても、猛毒は大地に残る。僕たちだけの問題じゃないんだ。少しでも毒が命脈に流れ込めば、王国中や隣国にも影響が出る。たくさんの人間が死ぬんだ」

「分かってる。そうならないように、パパが納得できるまで数年かけて準備する。ちゃんと考えるから」


 一歩も引かない構えを見せても、父は焦ったように首を横に振った。


「ダメだ。きみに何かあったら、耐えられない。可愛い愛娘に、命懸けの戦いをさせるわけにはいかない」

「私だって、大好きなパパを見殺しにするわけにはいかないの!」


 叫んだら、血が沸騰するように体が熱くなった。

 前回の人生も含めて、父に強く逆らったことはなかった。というよりも、父がミシュラの行動を制限するようなことはほとんどなかった。

 愛されて大切にされているのは痛いほど分かる。父にとっては親が子どもを守ることは当たり前で、親のために子どもが危険を冒すなんてあってはならないことなのだ。


 ――でも、それじゃ私が納得できない。


 父は娘の心よりも命を守ろうとしている。それが不満だった。


「ねぇ、パパ。私が鎮めの役を継げる体だったら、同じように反対した? パパみたいにたくさん我慢して、自分の子どもにも『苦しんで生きて、みんなのために死ね』って言わなきゃいけないんだよ? 私はパパにも兄さんにも、もうそんな思いさせたくない!」


 ジオは悲痛な面持ちで俯いてしまった。ミレイヤが寄り添うように夫の肩に手を置き、強い視線をミシュラに向ける。

 父にも母にも酷いことを言っている自覚はあった。目を逸らさないように、ミシュラは正面から受け止める。


「私はおじい様に“世界一の祝福”をもらって生まれてきた。幸せになれってことでしょ? でも、パパと兄さんを犠牲にして幸せになんてなれないよ。何もせずにはいられない。戦わせて。私に“心”があるって信じてくれるなら、この気持ちを分かってよ!」


 声は震え、今にも瞳から涙がこぼれ落ちそうだった。

 先に涙をこぼしたのは父だった。それを見たらもう我慢できず、ミシュラは必死に目元を拭った。


「……よく言いました」


 その言葉の真意が分からずにミシュラが顔を上げると、ミレイヤはいつも通りの厳しい表情で娘を見据えていた。


「そうです、ミシュラ。あなたは幸せにならないといけません。誰よりも強く、賢く、美しく生きて、この世界で一番の奇跡であると証明なさい。忌々しい怪物を倒して、皆に認めさせるのです」

「ミレイヤ、それは――」

「普通に生んであげられなくて、申し訳ないと思っていました。私が選択を誤ったからミシュラは心臓を失い、お父様は死に、ロアートを家族と引き裂いてしまった」

「ママ、待って。私……」


 ミレイヤは家族を一人ずつ見て柔らかく微笑んだ。


「でも今は……今は、ただ悔しい。私たちの娘が、こんなにも優しくて可愛い子が人間として認められもしないなんて。領地の外に出れば、禁忌の子として蔑まれ、偉大なお父様ごと侮辱されるのよ。このまま時が過ぎれば、最愛の夫を無残に亡くし、愛弟子のピアニストとしての未来も閉ざすことになる。こんな不条理、許すことはできないわ」


 家族への愛と、世界への憎悪。母の目にはその両方が渦巻いていた。


 こんなにもはっきりと母に肯定されたことはなかった。

 自分の想いが伝わった。伝わっていた。

 ミシュラはさらに涙がこみあげてきて言葉が出てこなくなる。


「怪物の討伐に失敗すれば全てを喪い、私たちは未来永劫、世界中から非難されるでしょう。しかしそれが、なんだというのですか。散々私たちから奪っておいて、怪物に挑戦することすら許さないなんて、あんまりではありませんか。……ミシュラに賭けましょう。私だって、愛しい夫と、可愛い弟子を、このまま何もせずに喪いたくない」


 いつの間にか、母以外の三人が泣いていた。しばし食堂に嗚咽の声が響く。

 涙が伝って真っ赤になった顔で、父は言った。


「……分かった。僕も、覚悟を決めるよ。まずは準備を進めよう。怪物に勝てると確信が持てたら、封印を解く」


 父は重い腰を上げた。


「鎮めの役を、僕で最後にするために」


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