21 謎多き旅人
~第一章 簡単なあらすじ~
家族と仲間を失い、世界を滅ぼしてしまったミシュラ。
神モドキの慈悲によって十年前の平和な過去へ戻り、自分を殺した謎の少年ルギを保護する。
父の命を縮める封印された怪物を倒すために鍛錬を積んだり、仲が悪かった兄ロアートとの関係を改善したり、なんやかんやルギと仲良く楽しい日々を送る。
しかし、二人の行動と存在によって前回と魔物の襲撃場所が変わり、自領の町が被害に遭ってしまう。
ルギは責任を感じて修行に出て、ミシュラは最強格の剣士フレインを勧誘することに……。
レムナンドがルギを送っている数日間、ミシュラはレムナンドの小さな薬草畑の管理を任されていた。
ここぞとばかりにフレインを連れ出し、雇うに当たっての要望を聞いてみた。
「俺の生涯の目的はドラゴンに会うことですが、旅をしているのは退屈が嫌いだからです。刺激をくれるのなら、雇われてもいいですよ」
彼は財産や名声よりも、未知の体験を求めている。
ならばとミシュラは己の目的を明かした。
「私は毒蛇の怪物を討伐したいと思っているの。パパと兄さんを自由にしてあげたい。だから魔狩人になりたかったんだ。修行を兼ねて、一緒に戦ってくれる仲間を探そうとしてた」
「なるほど」
「お兄さんにとって、命懸けの戦いは刺激的じゃない?」
「そうですね……別に俺は戦闘狂というわけじゃないんですが、怪物には興味があります。討伐には参加しましょう」
「本当? ありがとう!」
こんなに簡単に了承してもらえるとは思わなかった。命懸けの戦いに対する恐れや気負いがない辺り、さすが普通ではない。
かつてエヴァンから「面倒くさい野郎」と聞いていたため、話が通じないタイプかと思ったが、そうでもなかったようだ。
「ですが、準備に時間がかかりますよね?」
「え、うん、そうだね。私もまだそんなに強くないし、もう少し仲間が欲しいし、他にもいろいろ……数年は待ってもらわないといけないと思う」
ここで嘘をついても仕方がない。
ただ、何年も待たせたら、気が変わっていなくなってしまうだろうか。フレインを引き留める材料を考えかけたものの、その必要はなかった。
「では、それまでの暇つぶしに、お嬢さんが隠していること、あますところなく教えてください」
「えっと……どういう意味?」
「そのままの意味です。きみの存在はおかしい」
フレインはミシュラにそっと耳打ちした。
「どうして吸血鬼の眷属と仲良しなんですか?」
「っ!」
「あれは耳長族じゃない」
彼の冷たい指がそのままミシュラの首筋に触れた。
「とぼけるのでしたら、領主様にお伝えしますけど」
レムナンドの正体は、数年来の付き合いの両親ですらおそらく気づいていない。バレたところで両親の態度はさほど変わらないだろうが、レムナンドはおそらくこの地を去る。そんな予感がする。唯一無二の協力者を失うわけにはいかない。
「待って。レムのことを言ってるんだよね? どうしてそう思うの?」
「俺は勘が鋭いんです。気配で分かります」
「…………」
人々の感情と奇跡で成り立ってきたこの世界において、直感力は馬鹿にできない。聖職者の預言はもちろん、一般人でも予知夢の類を見ることがあり、なんの根拠もなく信じられてしまう。
英雄になり得る人間ならば、第六感も優れているということだろう。実際に当たっている以上、ミシュラには反論できなかった。
フレインの瞳には、ほんの少し熱が灯っていた。
「お嬢さんも普通じゃない」
「それは、特別な生まれ方をしたから」
「それだけじゃないような気がします。こんな混沌とした人間は初めて見ました。精神と肉体と魔力がちぐはぐというか……とても面白い」
深淵の底で生きていそうな人間から好奇心を向けられて、ミシュラは小さく笑った。
「その言葉、そっくりそのまま返すよ……」
さすがに迷う。
フレインに自分の最大の秘密――巻き戻しのことを打ち明けてしまったら、どれだけ運命が変わるだろう。
レムナンドの時とは違う。巻き戻し前の人生で長く苦楽を共にし、よく知っている。裏切られても魔法銀で簡単に殺せる相手だから、最初に打ち明けられたのだ。
フレインのことは全く分からないし、殺すのは骨が折れそうだ。
――でも、欲しいな。
彼は強くて鋭い。敵に回したくない。レムナンド以外にも頼れる仲間が欲しいと思っていたところだ。
ミシュラは観念してため息を吐いた。首筋にあるフレインの手を取って、甘えるように握り締める。
「誤魔化し方が分からないし、白状しちゃおうかな。その代わり、共犯者になってもらうよ」
ミシュラもまた直感に従い、賭けに出ることにした。
「――さすがに驚きました。お嬢さんは未来から来たんですね。世界を滅ぼすなんてやっぱり悪い子だ。ん、中身が二十歳ならお姉さんと呼ぶべきですか?」
大体の事情を説明しても、フレインの表情はほとんど動かなかった。
とても驚いているようには見えないが、内容が内容だけに笑われなかっただけマシな反応だった。どこかずれている。
「お姉さんはなんかイヤ。お嬢さんがいい。ミシュラでもいいよ。私もフレインって呼ぶから」
精神年齢がバレたので、可愛い子ぶるのはやめた。
フレインは特に気にした様子もなく、聴いた内容を反芻していた。特に、己に関わることには興味津々だった。
「俺が魔狩人になるのは、あり得る未来ですね。ドラゴンの情報を集めるには手っ取り早そうです。でも、出会えなかった?」
「多分ね。私が死ぬまでにどこかでドラゴンが出たって話は聞かなかったし……あなたがドラゴンを倒していたら絶対耳に入ったと思う」
当時、フレインとエヴァンは何かと人の話題に上がって、どちらが最強の剣士なのかと比べられていた。フレインと最強の魔物の話題ならばまず聞き逃さないと思う。
「では、魔狩人になるのはやめましょう」
「……いいの? 手掛かりくらいは掴めたかもしれないよ?」
「確率の低いことを繰り返しても面白くないですから」
フレインは全く躊躇いもなく言った。
これは世界にとって大いなる損失だった。一等級の魔狩人が一人いなくなるのだ。単純に考えて、魔物の被害は増えるだろう。巻き戻し前の世界ならば救えた命が救えなくなるかもしれない。
「私のせいだっていうのは分かってるけど、軽いね。運命を変えるの、怖くないの?」
「人が死ぬのは弱いか、運が悪いか、それだけです。たとえば俺が魔狩人にならないせいでどこかの国が魔物に滅ぼされたとしても、知ったことではありません」
その自分勝手な言葉にミシュラは少しだけ救われた。
自分が何もしなければ幸せに暮らしていける人たちがたくさんいる。その日常を壊す罪深さを忘れたりはしない。しかし、綺麗事を言って選択を躊躇い、自分の大切なものをまた失うのは嫌だった。
魔物の襲撃で町のみんなを傷つけてしまってから、ミシュラの中で考えが変わった。
巻き戻し前と今、二つの人生を比べて全員に良い結果をもたらすのは不可能だ。
自分の行動が原因で、周りの人間の人生が変わる。その結果の差異を見るのが億劫だった。考えれば考えるほど、躊躇いが生まれる。だったらもう、徹底的に運命を変えてしまった方がいい。元々、そのつもりだったのだから。
「私に世界を滅ぼす気はないけど……怪物討伐に失敗したらどうなるかは分からない。それでも協力してくれる?」
九年後に意図的に世界を滅ぼすつもりはなくとも、父と兄を救うために数年のうちに怪物の封印を解くことになる。ミシュラたちが討伐に失敗すれば、似たような結末になるかもしれない。もっと早く、世界が滅ぶ可能性だってあるのだ。
――それでもやるって決めたんだ。
たとえば、封印を放棄させてしまえば、父とロアートの命だけは助かるかもしれない。その結果、怪物が解き放たれてルナリアの民が死んでしまったら、優しい二人は絶対に気に病む。誇り高い母も許してくれないと思う。
たとえ家族の命を守れたとしても、生き残った後の人生が真っ暗なら救った意味がない。
命だけではなく、心も守らないといけなかった。だから怪物から逃げ出すことはできない。
それは討伐の失敗も同様だ。
――私の目的を果たして、みんなの心を曇らせず、世界を滅ぼさない唯一の方法は、怪物の討伐を成功させることだけ。
どれだけ困難でもやるしかなかった。
「言われている意味がよく分かりません。討伐に失敗するということは、死ぬということですよね? 自分が死んだ後の世界のことなんて、それこそどうでもいい話です」
フレインの言い分は人として最悪だった。痛める良心は持ち合わせてないらしい。
気持ちとしては嬉しいが、彼の分も周囲に配慮しなければならないとミシュラは心に誓った。
「ありがとう。とりあえずは、信じてくれて嬉しいよ」
「もちろん今までの話が嘘だったら、命で償ってもらいますから」
怖いことを言いながらも、フレインの表情はどこか楽しそうだった。
「ドラゴンについては残念ですが、もうひとつ面白い話が聞けて良かったです。魔剣持ちとはいえ、俺を殺せる人間がいるんですね……エヴァン・シャトル。覚えておきます」
「勝手に会いに行かないでね。先輩のことはルギちゃんに任せたんだから」
「別に、今はそこまで興味ないです。修行中の人間なら、まだ完成されてないでしょうから」
まるで自分は剣士として完成しているかの言い草だった。実際、世に名が知られていないだけで、フレインは今でも十分に最強に近い実力を持っている。
「……ねぇ、フレインって一体何者?」
「前にも言いました。旅人です」
「そうじゃなくて……どこの出身? 親は何をしている人? きょうだいはいる?」
ルギに続いて、またしても謎の多い人物と関わってしまった。否、ルギとは全く性質が異なり、癖が強くて冷酷だ。エヴァンが「面倒くさい」といった理由が徐々に分かりかけてきた。
「普通ですよ。出身は大陸の東の方で、実家は大きな牧場です。五人きょうだいのちょうど真ん中で、兄も姉も弟も妹もいますね。もしかしたらさらに弟妹が増えているかもしれません」
「へぇ……すごく意外。家族と仲は良い? 戦い方は誰に習ったの? いつから旅をしてる? どうしてそこまでドラゴンにこだわるの?」
好奇心が止まらなくなって尋ねると、フレインはすんと表情を消した。
「どうでもいいじゃないですか、そんなこと」
それよりも、とフレインはミシュラを見下ろした。
「しばらく付き合ってあげますから、これからのことをもう少し話しましょうか。小悪魔さん」
その呼び方も嫌だ、とミシュラはすぐさま抗議したのだった。
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