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魔法銀の悪魔の救済  作者: 緑名紺
第一章 幸せな幼少期
10/40

10 親愛


 

 ミシュラはご機嫌だった。


「最近ヤバいの。ルギちゃんが可愛い……」


 言葉数は少なく表情自体は乏しいのに、青い瞳がキラキラと感情を表していて愛らしい。そんな彼が後ろをついて歩くものだから、つい甘やかしてしまいたくなる。まるで弟ができたような気分だった。

 ミシュラのうっとりとした呟きに対し、レムナンドは深いため息を吐いた。


「まぁ、お前よりは可愛げがあるな」


 少し引っかかる物言いだが、同意を得られたのは意外だった。どうやらレムナンドもルギには弱いらしい。


『俺、いろいろできるようになりたい。ミシュラが毒蛇の怪物を倒したいなら、それを手伝う』


 体調も安定したところで、これから何がしたいか改めて答えたところ、ルギはそう答えた。これがまず健気で可愛い。


『いいの? 私のこと信じちゃって』

『……うん。でも、悪いことはしない』


 まだ少し疑われていそうだが、協力を申し出てくれたのは嬉しかった。やってほしいことはたくさんある。

 しかし、ミシュラはまだルギを本格的に巻き込むことに抵抗があった。彼の素性が分からないということもあるが、世界のこと、社会のこと、ほとんど何も知らない子どもに、危ないことをさせるのは気が咎めた。

 それに、世界を滅ぼす悪魔になるつもりはなくとも、汚いことに手を染める可能性はある。純粋なルギがそばにいるとやりにくい。


『あと、自分のこと、知りたい。怖いけど……』

『そうだね。やっぱり身元ははっきりさせないとね。ルギちゃんのこと心配して探してる家族がいるかもしれないし』

『……いるのかな?』

『絶対とは言えないけど……まぁ、もし家族がいなかったら、ウチの子になればいいよ。パパのことは好きでしょ?』


 ルギは照れていたが、おずおずと頷いた。

 その仕草がとにかく庇護欲をそそる。人さらいに見つかったら大変だ、とミシュラは真剣に考えてしまった。

 ちなみに両親もルギをどこかへ養子に出すのには慎重だ。顔が綺麗すぎて不幸な目に遭うのではと危惧されている。屋敷の仕事を手伝うことを条件に、本人が望む限りはルナーグ家の庇護下に置いてもらえることになった。


 ルギを巻き込むことに抵抗はあるが、手放すのも心配。

 ミシュラにはルギを宝樹の地下から連れ出した責任がある。彼がきちんと自分の身を守れるくらいの強さと社会常識を備えるまで、守り育てなければならない。


 とりあえずミシュラはルギにいろいろと勉強してもらうことにした。これなら時間の無駄にはならないし、何かのきっかけで記憶を取り戻せるかもしれない。

 現在ルギは、文字の読み書きや計算、お金の使い方などの社会常識を学びつつ、空いた時間には使用人の雑用を手伝ってもらっている。


 ルギの好きなものや将来やりたいことが見つかるといいな、と思う。もう少し自我がしっかりしてきてから、もう一度何がしたいのか聞くことにする。


 ルギは青い瞳を輝かせながら、日々を楽しそうに過ごしている。周囲に褒められるとはにかんで礼を言う。

 その姿を見て、ミシュラは癒されるのだった。

 屋敷の使用人たちも老若男女問わずルギを見てニコニコしている。彼には空気を浄化する力があるような気がする。


「森の歩き方や野草の見分け方はレムが教えてあげてね。ルギちゃんが望むなら、戦い方……簡単な武器や魔力の使い方も」

「魔力についてはお前が教えた方がいいだろう。僕は人族の感覚がよく分からない」

「……そっか。ルギちゃんが純粋な人族かどうかは分かんないけど、少なくとも吸血鬼や耳長族、人魚族じゃないもんね」


 ルギの魔力は未知数。慎重に扱わないといけない。


「分かった。その時が来るまでに、私も自分を磨かないと」


 巻き戻された世界に来た今、ミシュラは重点的に魔力を高める修業をしていた。貴族令嬢としての勉学は前回の人生で学んで覚えているので不要だ。

 それよりも強くなりたい。守るためには力がいる。


「それで、レムの方はどう? 何か分かった?」

「まだ情報屋を選別している段階だ。資金には限りがあるし、お前の注文は難題だからな」


 ミシュラはレムナンドに情報収集を頼んでいた。かつての仲間の中で、特に心配な二人の顔を思い出す。


「奴隷商に捕まった人魚姫と、魔剣を手にする前の魔法剣士……まぁ、探すの難しいよね」


 人魚のペルシィと、魔剣に魅入られたエヴァン。

 この仲間二人に関しては、ミシュラに出会う前から既に問題を抱えていて、放置するのは危険だった。

 だから会いたい。二人を救うためにも、出会いを早めなくてはならない。

 しかし出身地を知っているエヴァンはともかく、海に住むペルシィの現在の行方は全くといっていいほど分からなかった。


「それに加えて、ルギのことも調べないといけない。時間がかかる。お前は例の魔物狩りの準備でもして大人しく待っていろ」


 レムナンドの言葉に、ミシュラは内心焦りながらも頷いた。






 平和な日々の中、ミシュラは屋敷を抜け出し、森の原っぱで体を動かしていた。

 今日はルギも一緒である。


「体を鍛えてるの? 魔法と関係ある?」

「魔力を鍛える意味でも、肉体トレーニングは大切なんだよ」


 魔力量の多寡は生まれつき決まってはいるが、鍛錬次第で増える。魔力を生み出している心臓の機能を高めるためにも、心身を鍛えるに越したことはないのだ。

 筋力トレーニングや走り込みなどで鍛えたり、栄養バランスの良い食事をとったり、親和性の高い武器を使って武芸に励んだり……そうすることで魔力の絶対量も上がるのだ。


「俺もやる」

「そう? じゃあまずストレッチしよっか」


 二人仲良く背筋を伸ばして体を解す。

 ルギは華奢だが、体は柔らかく、猫のようにしなやかだった。力も強く、跳躍力や反射神経も優れている。ミシュラの動きを瞬時に真似するなど、器用でもあった。相当身体能力が高い。


 ただ、まだ体力自体は全然なく、走り込みにはついて来られなかった。すぐ息切れをして座り込んでしまう。


「無理はしないでね。心拍数が上がりすぎると、魔力が暴走するかもしれないから」

「……っ分かった」

「休憩中は、目を閉じてリラックスして。本当は音楽を聴いているといいんだけど……」


 体と同じように、心を鍛えることでも魔力は増える。

 瞑想して己と向き合ったり、音楽や美術などの芸術に触れたり、観劇や読書で感動したり、家族や友人、恋人と充実した時間を過ごしたり。

 特に音楽鑑賞は即効性が高い。戦いの前に歌って兵士の魔力を高める式典があったり、貧しい町村にも必ず楽器の備えがあったり、他の芸術文化より身近である。


 しかしミシュラの場合、どのような音楽を聴いてもあまり魔力量が上昇しなかった。その他の芸術も同様だ。受け手としての才能がないらしい。


 ――心臓が“魔法銀”だからだったら、面白くないなぁ。


 かつての自分も今の自分も、“心”がないと言われることには不満を抱いている。祖父の惜しみない愛によって生きていて、喜怒哀楽だって感じられる。芸術に感動することだってあるのに、魔力には何も変化が起きなかった。


 ただ、巻き戻し前の世界で、感情由来で爆発的に魔力量が跳ねあがったことがある。

 それは、家族と仲間を喪った時だ。強い悲しみと憎しみがミシュラを強くした。


 ――だから、“心”がないわけじゃない……よね。


 心の鍛錬で意識的に魔力量を増やすことはできないだけだ。そう言い聞かせながら、ミシュラはひたすら腕立て伏せに励んだ。


    *


 その日、ルギは屋敷で雑用の手伝いをした後、ミシュラを探していた。

 今日も鍛錬をしているのなら、一緒にやりたい。体を動かすのは楽しいし、頑張っているミシュラを見ていると不思議と力が湧いてくる。自分も何か頑張っていたいのだ。


 ――レムにも、ミシュラのこと見ていろって言われたし……。


 そこまで真剣に見張っているつもりはなかったが、気づけばいつも視線がミシュラを探してしまう。そして、目が合って笑いかけてもらうと嬉しくなる。

 初めて添い寝をしてもらった翌朝、ルギはミシュラに好意を持っていることに気づいた。


 相手は世界を滅ぼした悪魔だけど、自分には優しくしてくれるし、今回はきっと悪魔にはならない。悪いことにならないように自分も協力する。だから大丈夫。

 ミシュラとはずっと仲良くしていたい。できるだけそばにいたい。


「お嬢様ですか? 町に行かれたわよ。注文していた品が完成したらしくて」

「え……」

「もうすぐ戻ってくるんじゃないかしら」


 ミシュラの行き先をハンナから聞いて、心臓に鈍い痛みが走った。


 ――町、連れて行ってもらえなかった……。


 宣言通り、何度か一緒に町に出かけていた。ミシュラが自分の手を引きながらいろいろなことを教えてくれる。

 見たことがない物、場所によって大きく違う匂い、聞こえてくるたくさんの話し声……全てが新鮮で、何度でもルギはこの世界の多彩さに感動していた。


 ――俺も一緒に行きたかったな……。


 しょんぼりしながら、中庭のベンチで勉強のために借りていた本を開く。

 子ども向けの神話の本で、戦神が魔物を討伐する話だ。しかし機械的に文字を追いかけているだけで、内容はほとんど頭に入ってこない。


「あ、ルギちゃん。今日は本を読んでるの?」


 ミシュラの声に顔を上げる。町から帰ってきたようだ。ルギはその眩しい笑顔から咄嗟に顔を背けてしまった。


「? どうしたの?」

「…………」


 心の中のぐちゃぐちゃな感情を言葉にすることができない。

 不満を言えば、ミシュラを傷つけるかもしれない。しかしこのまま無言を貫いても、嫌な気持ちにさせてしまう。切り替えて何事もなかったかのように振る舞うことが、今のルギにはまだ難しかった。


「ルギちゃん?」


 ルギは迷いに迷った末、絞り出すように言った。


「俺も……一緒に町に行きたかった」


 思った以上にいじけた声が出て、無性に恥ずかしくて情けなかった。どんどん顔が熱くなっていく。

 ミシュラの反応が気になるが、どうしても顔を見ることができなくて、ベンチの上で膝を抱えて俯く。


 しばしの沈黙の後、ミシュラがルギの隣に腰掛けた。


「……ごめんね。今度は絶対に声をかけるから、許して」


 その声には笑いをこらえるようなくすぐったさがあって、ルギはむっとして顔を上げる。


「はい。これ、プレゼント」


 想像通りの笑顔を浮かべたミシュラが腕を伸ばし、ルギの首に何かをかけた。

 ネックレスだった。黒い革紐の先に、虹色の光沢のある透明な結晶が付けられている。


「ぎゅってしてみて」


 言われるがまま、結晶を握り締めて力を込める。

 すると、結晶が手の中で仄かに発光した。驚いて手を離すと光はすぐに消えてしまう。


「来虹石っていう、魔力に反応する結晶だよ。魔力を込める練習に良いと思って。ちょっと珍しいものだから、あまり人に見せちゃダメだよ」


 もう一度光らせてから、ルギは気づく。

 きっとこれは、夜の暗闇を怖がって眠れなかった自分のために用意してくれたプレゼントなのだろう。今日町へ出かけていたのもこれを取りに行っていたかららしい。


「…………」


 先ほどまでの嫌な気持ちはどこにも見当たらなくなって、ルギは手のひらの中の結晶を優しく撫でた。


「ありがとう。大切にする」

「ふふ、気に入ってくれたなら良かった」

「うん。嬉しい。とても」


 ミシュラから贈られたそのネックレスは、ルギにとって生まれて初めての宝物になった。



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