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「ごめん、もう一回言ってもらっていい?」
魔法使いは頭を抱えながら、シンデレラに訴える。シンデレラは真顔で答えた。
「二週ほど前に、義母の話をしたでしょう?」
「したね」
義母の家系や性格、シンデレラを迫害する理由に関することだ。シンデレラは義母たちのことを全然知らなかったので、魔法使いの話から初めて義母たちの素性に触れたことになる。
「実は私、その……それから義母のことが気になってしまって、直接聞いてみたんです」
「本人に?」
「本人に」
魔法使いはまた、頭を抱えるのだった。
「な、なんというか……すごい度胸だね」
「そうでしょうか……?」
「そうだとも。恐れ入ったよ」
そう言うとカップを持って、シンデレラが入れたお茶を飲んだ。お供は王都で購入したクッキー。なかなかよい塩梅であるが、味わっている様子はない。
「というかそれ、この前で終わった話だと思ってたけど。本人に聞いてみようかって話したら、『流石に……』って言ってたじゃん。話違くない?」
「気が変わったんです」
「なるほど、じゃあ仕方がない」
「それに、私の問題なのに魔法使いさんにあれこれしていただくのも申し訳ないですし…」
「そっちが本音だね? 別にいいのに」
魔法使い自身も気にかけている話であるから、シンデレラの気遣いはやや筋違いではあるが、そういう話ではないのだろう。要は気持ちの問題だ。ならば好きにやらせるのがいい。
「……それで、マンダリン・マルガレットは答えてくれたの?」
「いえ、答えてくれませんでした」
「そうか、まあそうだろうね。シンデレラに話すわけはないよな」
けれども魔法使いの心配をよそに、シンデレラが考えていることはたった一つ。
「どうすれば話してくれるでしょうか……」
「ん……え? 諦めてないの?」
「ええ、気になりますから」
「うそぉ……」
魔法使いがシンデレラの本性の一端に初めて触れた瞬間である。もう一度紅茶を飲んで気を紛らわせながら、なんとか冷静にシンデレラに向かっている。
「そんなに急く必要はないんじゃない? いずれ分かることだと思うけど」
「そうかもしれません。ですが待てません気になります」
「お、おう……勢いが凄いな…」
シンデレラはよほど気になるのか、クッキーにあまり手をつけていない。先ほどから紅茶をほんの少しだけ口に含んでは、顎に手を当てて悩んでいる。
「……お義姉様たちに聞いてみようかしら…」
「姉? クリティア・マルガレットとアザレア・マルガレットか? ……そういえば、そことの仲はどうなんだ? 義母同様ギスギス?」
「いえ、普通です。クリティア姉様とはたまにお話しするぐらいで、アザレア姉様とは……ゼロではありませんが、あまり関わりがないですね……」
「独特な関係だなぁ」
実際、クリティアとは例えば屋敷の清掃中だったり、義母からの雑用をこなしている最中だったりに話しかけられることがある。その際言われるのは別に嫌味とかではなく、クリティアの近況だったり掃除のお願いだったりである。たまにパーティの日みたく心に刺さることを言ってくるが、全てにおいて悪意ゼロなので責める気にはならないし、シンデレラはクリティアのことを全く嫌っていない。
アザレアに関しては、非常に希薄な関係と言わざるを得ない。そもそもアザレアと一対一で関わる機会が少ないのだが、たまに話すタイミングがあっても、会話は最小限。彼女はシンデレラに対して何の感情も見せないし、必要以上の干渉をしない。
今のシンデレラは、義母のことが気になって気になって仕方がない状態である。故に。
「シンデレラ? 聞いてる?」
「あ、はい。聞いてます。なんでしょう?」
「聞いてないじゃん……」
念願の魔法使いとの逢瀬も上の空で、まるで集中できていない様子。そうなると魔法使いにも思うところがあるわけで。
(……クリティア姉様と話をしてみようかしら…)
「うーん……もしや、余計なことを言ってしまったか……?」
それから一応談話を楽しんだが、結局その日はいつもより若干早めに別れたのだった。帰り道中、魔法使いが憂うのはもちろんシンデレラのこと。
「無茶しないといいけどなぁ…」
そう言いつつ、本業の魔法の研究が良い感じになり、次にシンデレラを訪ねるのが一週間後になってしまうのはここだけの話である。
※
現在シンデレラはいつものように屋敷を清掃中。通りかかったのはクリティアの部屋の前。今日は部屋の掃除など頼まれていないが、シンデレラは今、訳あってアグレッシブ状態。ということで。
「失礼します」
二回のノックの後、凛とした表情で当然のように部屋に侵入。クリティアと対面するのだった。
「あれ? 今日はお願いしてないよ?」
「存じ上げております」
「え? ……え…?」
流石のクリティアも処理しきれない様子。困惑を拭いきれない。
「突然すみません、私事の用事があるのです」
「あ、ああ、そうなんだ。なに?」
クリティアは読書の最中だったようだ。手に持っていた一冊の分厚い本を机に置いて、シンデレラに向き直っている。
クリティアの部屋は本人の快活な様子とは違って、本で埋め尽くされている。壁中の本棚には、童話、民謡、伝記からエッセイまで幅広い種類の本が並んでいる。
「お義母様のことで、少しお話が」
「お母様? ……あー、ちょっと心当たりあるかも?」
シンデレラはクリティアの向かいに座って、真剣な面持ちで続けた。
「お義母様は実は、とても穏やかな人柄だと伺いました。他人を貶めるような人ではないと。では、なぜ私は迫害を受けているのでしょうか?」
「うぇ!? お、思ったよりぶっ込んでくるね…!?」
クリティアも、母の義娘に対する妙な嫌悪を認識している。だが面倒ごとはゴメンなので、今まで見て見ぬふりをしてきたところだ。それをシンデレラ自身に指摘されたのだから狼狽えるのも無理はない。
「何か知りませんか?」
「し、知らない知らない! 確かにシンデレラに対して冷たいなーとは思ってたけども、そんなんに冷たいの? シンデレラの気のせいだったりしない?」
「しません」
「へー、そ、そっかぁ」
正直、勘弁してくれ、という感じである。さっき読んでいた本が良いところなのだ。面倒ごとはさっさと終わらせて、早く続きを読みたい。
「でも、確かにねー。なんでだろうね? お母様に何かした?」
「いえ、心当たりはありません。なので気になってしまって……」
「ふーん……私は知らないよ。お母様に直接聞いてみたら?」
「はい。聞いてみましたが、答えていただけませんでした」
「ハァッッ!?」
体を大きく乗り出して、驚愕の表情を見せるクリティア。彼女の知るシンデレラは清廉潔白でお淑やか、気が弱く可哀想な女性であるから、突然強気な部分に触れてしまって驚きを隠せないらしい。
「直接言ったの!?」
「はい」
「え……ウソ……ええ? ホントにシンデレラ?」
「そんなことより、です。私では、お義母様は答えてくれません。それについて、クリティア姉様に話があります」
シンデレラは今一度、姿勢を正して真っ直ぐクリティアを見る。もともとアグレッシブな部分はあったが、以前のシンデレラではまずできなかったことでもあろう。これも魔法使いが自信をくれたお陰である。
「お願いです。クリティア姉様からお義母様に、それとなく尋ねてはいただけませんか? どうしても……気になってしまって」
「え、ええー? うーん……それは……」
面倒くさいなあ、とは流石に言わなかった。シンデレラの心情は理解できるし、クリティア自身も多少気になっているからである。手間ではあるが、姉としてそれくらいの願いは聞いてやってもいいかもしれない。がしかしやはり面倒である。
クリティアはしばらく悩んだ。正直、母に聞いてやるのはそれほど大変なことではない。今すぐにでもできることだ。だが、してやる理由もない。読書の邪魔をされた形でもあるのだし。
そこでクリティアはふと、あることを思いついた。ニヤッと笑って、口を開く。
「……まさか、『タダ』とは言わないよね?」
「え?」
「いやぁ? それくらい全然やってあげてもいいけどね? なんというか、見返りというか? そういうのがないと、やり甲斐がないっていうかぁ?」
つまりそういうことだ。対価……それも良いものがあれば、話は変わってくる。
「見返りですか……お渡しできるのは、労力くらいしかありませんが…」
「いや、あるでしょ? 他にも」
実はクリティアにも、先のパーティ以来気になっているもの、というより欲しいものがある。彼女は価値のあるものに目がないから、パーティでのあれが忘れられないのだ。
「……何を求めているんでしょう?」
「アッハッハ、とぼけるなあ。ドレスだよ、ド・レ・ス。王子様のパーティで着てたじゃん」
「……!!」
魔法使いが魔法で作ったガラスのドレスのことである。確かにあのような不思議な発色のドレスは二つとないだろう。クリティアが執心するのも頷けるけれど。
(あれは、パーティの日に消えてしまった……)
手元にはないのである。当然クリティアに譲り渡すことはできない。
「それは……」
「えー、ダメ? うーん、それじゃあ申し訳ないけどこの話は無しかなぁ。最近のお母様機嫌がちょっと悪くてねぇ? 時間を取らせるのも一苦労でねぇ?」
シンデレラは顎に手を当てて悩み始めた。ドレスを渡すとなると、魔法使いに頼む他ないが、少々自分勝手過ぎないだろうか。多くのことを施してもらっているのにさらにおねだりするのは流石に気が引けるので、路線変更。
「その、サイズが合わないかと……」
クリティアにドレスを諦めてもらうしかない。
「サイズぅ? 身長はそんなに変わらないし、体格もそこまで…………」
瞬間、クリティアの視線が一点集中。吸い寄せられるように、シンデレラの胸部を見た。
「んだぁ!? ムネが小さいってかッ!? おうおう言ってくれるなぁ!?」
「え!? いえ、いえいえいえ! そういうつもりではなく……!」
「言っとくけどねぇ、ない訳じゃないからッ! シンデレラがデカいだけだから!!」
「あの、本当に……すみません…もうやめましょうこの話……」
結果、作戦は失敗。クリティアはむしろ頑なにドレスを求めてきたので、考えさせて欲しいとだけ伝えて、シンデレラはクリティアの部屋を後にした。
掃除の途中だったので、シンデレラは再び屋敷の窓や家具たちを拭き拭きし始めた。上の空な様子は変わらないのだけど。
(うーん……気になるけれど、アザレア姉様に尋ねるのは少しハードルが高い……魔法使いさんを巻き込んでしまうのも申し訳ないし…)
「諦めるしかないかしら……」
大きな溜息と共にこぼしたその言葉は、たった今廊下を通った一人の女性の耳に届いた。
来客があるわけでもなく、パーティに行くわけでもないただの日常であるにも関わらず、彼女は華やかに着飾っていた。それが彼女の普通であり、今はいつものような格好で、いつものようにクリティアの部屋に本を読みに行くところだった。
しかし彼女は義妹の溜息を聞いて足を止めた。静かに振り返って、一歩ずつ近寄って。
「……シンデレラ」
それは驚くほど小さな声で、耳元で囁かれた。
「ひゃいっ!!?」
シンデレラは背後に弱いので、当然こういうリアクションになる。以前のように大袈裟に驚きながら、尻餅をついて後ずさっていた。
「あ、アザレア姉様……!」
「……驚かせるつもりはなかったけど……ごめんなさい……」
「いえ、こちらこそ大声を出してしまいすみません……」
立ち上がって埃をパンパンと払い、アザレアと向かい合う。
「………」
「…………」
「…….?」
「………………」
長い沈黙が流れる。話しかけてきたのはアザレアだが、何故か何も言わない。仕事が残っている手前あまり時間をかけられないので、シンデレラから切り出した。
「あの……何かご用事でしょうか?」
「……! ああ………ええ」
アザレアは相変わらず声が小さかった。シンデレラは若干顔を近づけて、頑張って聞き取っている。
「溜息をついていたでしょう………何か、困りごとでも……?」
「……!」
シンデレラから話しかけるのは勇気のいることだったので躊躇っていたが、向こうから聞いてくれたのなら話は別である。シンデレラはさっきクリティアに話したことを、アザレアにも話した。
「………なるほど……」
「ですので、アザレア姉様からお義母様に聞いていただけないかと…」
「………」
それからシンデレラはアザレアの返答を待っていた。それは長い間……実際長いかは知らないが、このまま日が暮れてしまうのではないかと感じてしまうくらいの長い間、シンデレラは待っていた。アザレアは何度も口を開いては閉じてを繰り返し、かなり悩んでいる様子を見せていたが、ついに。
「………いいわ。聞いてあげる」
イエスが返されたのだった。
「…あ、いいのですか?」
「いいわ」
「あ……ありがとうございます!」
ダメ元だったから驚いた。それと同時に、これまでアザレアに抱いていた警戒心が一気に薄れていくのを感じた。
「掃除の途中……なのでしょう。戻るといいわ」
「あ、はい。失礼します」
シンデレラは一度お辞儀をして、道具を持って廊下を後にした。
「……シンデレラ………」
アザレアは去っていくシンデレラの背中をまじまじと見つめていた。
その真意を知るのはアザレア自身だけである。ただし、一つ断っておきたい。彼女は寡黙な訳ではないし、もし「怖い」という印象を抱いているのならそれは大きな間違いである。あまり話さないのは母による矯正であり、毅然とした態度は躾けられて作られたもの。彼女の本性はきっと。
「……かわいい…❤︎」
誰にも決して予想し得ないものである。