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「〜〜♪ 〜〜〜♪」
シンデレラは鼻歌混じりで、楽しそうに洗濯物を干している。この前とはえらい違いだ。それもそのはず、今日は魔法使いとの逢瀬の日。しかも、普段は昼過ぎに訪ねてくるのに、今日は何と。
「機嫌いいね。何かいいことでもあった?」
「ええ、現在進行形で」
「はは、照れるなぁ」
既にいるのだ。シンデレラの後方で椅子に座って、ご機嫌な彼女を笑顔で見守っている。
「魔法使いさんもどうです? ただ座っているのは退屈ではありませんか?」
「いやぁ……魔法は得意だけど、それ以外がダメなんだ、僕は。明日までに乾かなくても知らないよ?」
「いいんです、一着や二着。やったことがないのなら、なおさら一度くらい挑戦してみてはいかがでしょう?」
振り返って微笑みかけるシンデレラ。魔法使いはビミョーな顔で見つめ返している。
「めんどくさいって言ったら怒るか?」
「怒るだなんて……でも」
シンデレラはそっと魔法使い近づいて、人差し指の先でおでこを軽く突いた。
「お怠けさんはめっ、ですよ」
そう言って、一層優しく微笑んだ。
「……ぉお、今のはちょっとドキッとしたな…」
「ホントですか? ふふ、こういうのが好きなんですね」
そう言って魔法使いに背を向け、家事に戻るシンデレラ。
「そう思われるのはちょっと心外だなぁ…」
魔法使いは不満気を装いながらも、どこか楽しそうだった。
今のは二人の間でのちょっとしたブームのようなものだ。シンデレラは魔法使いに対してハッキリと好意を示しているが、平時の魔法使いの反応が存外悪いのを不満がっている。ならば、とちょっと攻めた言動をしたり、頑張っていたずらをしてみたりしているのが最近のシンデレラである。魔法使いは寛容に付き合っている。
「ふぅ、終わりました。お待たせしてすみません」
「いいんだ、早く来たのは僕のほうだから。今日はお菓子じゃなくてちゃんとした昼ごはんを持ってきたんだ。せっかくだし一緒に食べよう」
というわけで、二人はようやくボロ小屋の食卓について、いつものように談笑を始めるのだった。ただし、お供はお菓子ではなく変わったフード。
「じゃーん。どう、これ? 君の好みに合う?」
「これは……」
バスケットから取り出されたのはフランスパンに、ガラスの瓶に入れられた数々のソースである。フレンチトーストのように調理されたものもあった。
「この瓶……魔法使いさんの魔法ですね」
瓶の不思議な発色を見て、思わず城での出来事を思い出す。それと同時に、彼の生活の一部には魔法が混ざっていることを、当然のことながら不思議に感じてしまった。
「そっちに食いつくか。でも、そうだね、君にとってはそっちの方が思い入れがあるよね」
「す、すみません……ちなみに中のは、一体どういう?」
「いろんな食材でソース作ったんだ。それはカボチャ。これは人参。こっちはチーズ。色々あるよ」
「……手作りですか?」
「うん」
瞬間、言葉を失うシンデレラ。記憶違いでなければあまりに唐突な矛盾。言うなれば、
「は、話が違いませんか……!?」
である。家事は苦手と言っていたそばからこれだ。シンデレラでなくとも突っ込むところだろう。
「ああ、苦手だよ。でも、実用的な魔法を鍛えるためにやれって師匠に言われたんだ。ほら、実際にこんなふうに瓶として使ってみたりとか。そういう汎用性がないと、僕の場合厳しいんだとさ」
「汎用……き、厳しい……?」
「ごめん、こっちの話だ。時が来たら掘り下げよう。要は、訳あってやらされてたから、やろうと思えば最低限はできるってこと。面倒だし師匠には酷評されるし、苦手意識しかないけどね……」
「な、なるほど……」
不思議と裏切られた気持ちになりながらも、瓶を開けて、ソースを指につけてぺろっと舐めてみる。瞬間口に広がるのは、思ったよりも強烈なカボチャの味。けれど濃すぎず、素材の味がよく生かされたシンプルな味わい。
「美味しい……」
「ホント? 口にあってよかった。……やっぱり師匠の味覚がおかしいんだな……」
それから二人は、食卓で向かい合ってガラスの瓶を並べて、食事を楽しむのだった。最中話すのは、昔の小さな出来事であったり、くだらない世間話であったり、とてもささやかなものである。
今日は、魔法使いがとっておきのネタを持ってきたようで、いつもより陽気に切り出した。
「そもそもなんだけどさ、僕たちはお互いを知るためにこうして会っている訳だろ?」
「……? ええ、そうですが…突然どうしました?」
「いやね、僕気になったんだ。シンデレラ自身じゃなくて、君を取り巻く環境の方も」
「というと?」
魔法使いはトーストをバクっと貪りながら続ける。
「調べてみたんだ。マルガレット家について」
「……!」
マルガレットは、義母たちの家名である。実はシンデレラも義母たちの地位についてよく知らない。王子のパーティに呼ばれるということは、王国に何かしらの縁があるのだろうが、探りようもないので放置していたところだ。
「文献とかで歴史を調べてみたし、王国の人たちにちょっと聞いて回ったりもしてみた」
「それは……思ったよりちゃんと調べたんですね」
「ああ。結構気になることがどんどん出てきたからさ」
魔法使いは指で空中に円を描くと、ガラスで眼鏡が作られた。それをスッとかけて、クイッと上げながら続ける。
「マルガレットっていう名前、遥か昔の国王夫人と同名なんだと」
「え? それは…つまり……」
「ここは、一応王家の血筋に当たるってことだ」
「……本当ですか?」
「ホントホント。というか、王国では割と有名な話だったんだ、これ。なんでも君の義母の母……義理のおばあちゃんが、凄腕の仕立て屋だったらしい。君の義母自身も結構いい腕をしてたみたいで、ちょくちょく王族のドレスを仕立ててたらしい」
「ドレス……王様の…?」
全くの初耳である。となれば思い出されるのは、義姉たちのドレス。お城でのパーティには多くの女性が参加していて、その数様々なドレスがあったが、中でも二人のドレスは一際華やかだった覚えがある。
「………」
「……うんまあ、シンデレラは複雑だよね。ドレス作ってもらえなかったってことだから」
「いえ、大丈夫です。今に始まったことではありませんし」
「そうか、ならそういうことにしよう。……マルガレット家は訳あって一度王城から脱却したけど、君のお婆ちゃんが有名になったことで、改めて名前が広まったらしい。王族のドレスを仕立ててたって言っても、あくまで一介の仕立て屋に過ぎなかったから。『え、あの人って実は王族だったの!?』っていう感じだ」
魔法使いはそこまで話して、適当にパンを千切って、ソースにつけて口に放り込んだ。うまい、と何回かこぼしながら、シンデレラの方を見た。
「まあ、これはただのマルガレット家の歴史だ。興味深いけど、本題はそこじゃない。僕が知りたかったのは君の義母、マンダリン・マルガレットの評判だよ。彼女も王国の街の方で仕立て屋をやっていた……親の仕事を後継したらしいから、情報源には困らなかった」
シンデレラはパンを食べながら静かに話を聞いている。けれども、義母の話となると身構えざるを得なかった。どことなく嫌な予感がするからだ。
「マンダリン・マルガレットと交流のあった一般国民から話を聞いてきたんだけど……彼女、とても良い仕立て屋だったらしい。人当たりはいいし、仕事は丁寧で納期を破ったりしない。クオリティも高くて、何より美人さんだ、ってみんな同じことばかりを口にしていた」
「……そう、ですか」
「君にとってあまり気持ちの良い話ではないと思うけど、大事なことだと思うからハッキリ言ってしまう。調べた限り、マンダリン・マルガレットは凄く良い人だ。我が子を大事にしていることも有名だった」
魔法使いは眼鏡を外して、魔法を解いて消してしまった。テーブルの上には空になったガラス瓶が一つ、少し中身の残ったものが数本。パンはもうなくなった。
「となると、一つ疑問が残る。シンデレラはなぜ冷たい扱いを受けていたんだろう? 君はマンダリン・マルガレットに対して多少の不満は見せても、あからさまに態度を悪くしたり、仕返しもしていない。彼女が大切にしている娘たちへの対応も非常に丁寧だ」
「それは……はい。私なりに、粗相の無いように気をつけて来ました」
「そしたらいよいよ君が虐められる理由がない。君に問題は見当たらないし、マンダリン・マルガレットも他人を虐めるような人間ではないはず……街の人の話が正確なら、ね」
魔法使いは座ったまま、ガラスの瓶をバスケットにしまい始めた。それを見たシンデレラもすぐに手伝っていた。昼食は終わり、いつもならただの雑談が始まるところであるが、今日は少し深刻な話になりつつある。
「マンダリン・マルガレットの性格が変わったのかと思ったけど、そういう訳ではないらしい。この前のパーティで彼女と話した人が、見た目は変わったが性格はいつも通りで安心したと言っていた」
「そうなんですか? 私への当たり方は、割と変わっているのですが……」
「うん、それがこの問題の本質かもしれないな。多分彼女は、君にだけ冷酷なんだ。別人のようにね」
シンデレラは俯いて黙り込んでしまった。手を顎に当てて、何やら悩んでいる様子である。
「どうしたの?」
「それなんですけど……最近無いんです、そういうの」
「そういうの?」
「急な無理難題を押し付けられることや、嫌味を言われる事や……俗にいう『虐め』がないんです」
「え? そうなの?」
事実だ。詳しくいえば、パーティが終わった翌週あたりから、義母からの冷遇がぱったりと止んでいた。屋敷の掃除やちょっとした雑用は依然任されつつも、それ以外の、馬車の修理みたいな無茶はまるで無くなっている。
「あの人が何を考えているのか、分からなくなってしまいました……」
「うーん、確かになぁ。いじめられてた理由に心当たりはないの?」
「少しなら。あの人はよく私の父の悪口を言うんです。なので、父との関係を拗らせてのことかと思っていたのですが…」
「このタイミングで収まるのは理解不能だよね。これはもう本人に聞かない限り分からないな」
「それは流石に…」
「分かってるよ。そこまでするつもりはないし、君に頼むつもりもない。マンダリン・マルガレットが何故君を嫌うのか……君にとっても大事なことだとは思うけど、ここまでの話は全て僕の好奇心だ。まあ知りたいことは知れたし、一応君にも共有できた。この話はここで終わりにしよう。君が知りたいと言うなら話は別だけど」
魔法使いはチラッとシンデレラを見た。彼女は依然俯いたままであったが、ふと顔を上げた。
「いえ、大丈夫です」
「そうか。……なんかゴメンよ、少し真剣な話になってしまった。お詫びとして、今日は師匠の小話をば……」
それから、魔法使いの師匠に関する滑稽な長話を聞いてしばらく楽しい時間を過ごすのだった。やれ味覚が老いで狂っただの、整理整頓はできないし都合の良い物忘れが多いだの、内容としてはしょうもないものが多かったが、魔法使いの話し方が巧くて笑ってしまった。
けれども、笑顔のシンデレラの頭の片隅には一つの雑念が居座り続けた。それはさっきの話に関することだ。なぜ義母は自分にだけ冷たいのか。なぜ父を嫌うのか。
(本人に……尋ねてみようかしら……)
このシンデレラはとてもアグレッシブなのだった。魔法使いがそれに気づくのは、まだ先の話である。