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6

 時は昼。シンデレラはボロ小屋の裏の方で、洗濯物を干している。


「ふぅ……疲れる」


 水を使おうにもいちいち井戸から汲まなければならないのだが、それに使う桶がボロボロで、洗濯のたびに何度も汲まなければならない。この効率の悪さが意外と腰にくるのだ。

 洗濯そのものも当然手洗いだが、それだけではあまり落ちないからたまに大きなかまどに入れて煮沸することもある。冬季だと手洗いが冷たくて辛いし、夏季に煮沸なんかすると熱くて死にそうになる。つまり苦行である。


「よし……なんとか終わったわ」


 洗った全てを干し終えて、額を拭う。今は夏季から冬季に移り変わる時期で、水がそこそこ冷たかった。手を丸めて息をハーっと吹きかければ、いつもより熱く感じられた。


「何が終わったんだ?」


「きゃっ!?」


 突如背後から声がして、思わず声が上ずった。振り返って見てみると、昨日と同じ黒いローブ姿の魔法使いがいた。


「ま、魔法使いさん……脅かさないでください!」


「あっはっは、猫みたいな反応だったね。おもしろ」


「最低です…!」


「ごめんよ」


 魔法使いがシンデレラを訪ねてきたのだ。シンデレラは彼をボロ小屋の中に案内して、お茶の準備を始めた。


「お菓子も用意できたらいいんですけど……」


「そう言うと思って、持ってきたよ。はい」


 そう言って魔法使いは、懐から高級そうな紙袋を出して机の上に置いた。ピンク色の、いかにも女子ウケのよさそうなやつだった。シンデレラは中身をじっと覗いた後、中に入っていたビニールの袋を取り出した。


「これは……チョコレートですか?」


 ビニールの中には、黒や白の、シンプルな球体が入っている。たまに金箔が散りばめられたり、アーモンドが入っていたりするが、華やかさはない質素なチョコだ。


「そう。二時間くらい並んだ」


「に、二時間!?」


「君の好みが分からなくてね、とりあえず良い物ならハズレはしないかなと」


「そんな……わざわざありがとうございます」


 紅茶の入ったカップを二つテーブルの上に置き、一つを魔法使いに差し出す。それから椅子に座って、チョコを一つ取り出した。


「いいってことさ。とりあえず食べよう。僕もちょっと楽しみにしてたんだ」


 魔法使いもビニール袋を雑に開けて一つ取って、二人は同時にチョコを口に放り込んだ。


「んん……おいしい。上品な味わいですね、甘すぎず雑味の少ない……」


 丁寧に感想を述べるシンデレラ。一方魔法使いは、片肘をついてチョコを噛み溶かしながら、じっとシンデレラを見つめている。


「ねえ、シンデレラ」


 シンデレラは口の中にある二つ目のチョコを急いで溶かして飲み込んだ。


「……はい?」


「君、本当に僕のこと好きなのか?」


 突然の本題。シンデレラはしばらくキョトンとしていたが、紅茶を一口飲んで、


「はい、好きです」


 ちょっと照れながら答えた。


「どういうところが?」


「それは……沢山ありますけど、魔法使いさん、私のことを綺麗だと言ってくださいました」


「言ったね」


「あれ、本心でしょう?」


「当たり前だ」


 魔法使いはビニール袋から白いのを選んで取り出して、口に放り込んだ。特に味わっている様子はない。


「嘘やお世辞で励ましたって何の意味もないからね、本当のことだけを言ったよ」


「そうですか……そうですよね……」


 シンデレラはまた赤くなっている。改めて本人に本心だと言われてしまうと、流石に恥ずかしいものがあった。これでは確認ではなく「綺麗だ」と再び言われているようなものだ。


「……きっかけはそれだったと思います。私に自信をくれたのは王子ではなくあなたでした。幸せを願ってくれたのも、楽しい経験をさせてくれたのも……夢を叶えてくれたのも、全てあなたです」


「いやぁ……そこまでのことをした気はしないんだけどなぁ」


「きっと、魔法使いさんにとっては些細なことだったのでしょう。ですが、ちょっとした気遣いが誰かに感銘を与えることもあります。そうでしょう?」


 ニコッと、自然に笑って見せる。しかしその瞬間、魔法使いは目を逸らしてしまった。


 シンデレラはそれに気づかなかったフリをして、話を変えた。


「……すみません、そもそもの話をしてもよろしいですか?」


「ん、なに?」


「魔法使いさんは、なぜ私の幸せを願ってくれたのでしょうか?」


「あー、それか。そうだな……」


 魔法使いは神妙な面持ちになって、しばらく考え込んでいた。


「……もしかしたらシンデレラはガッカリするかもだけど、嘘ついてもしょうがないし、正直に言うよ?」


「構いません。ガッカリなんてしませんよ」


「そっか、信じよう。……僕が君に助力したのはね、師匠からそう頼まれたからなんだ」


「……お師匠さん」


 以前聞いた、フェアリーゴッドマザーのような人のことだろう。そう思い返してみれば、失念していただけで既に聞いた話であった。


「なぜお師匠さんが、私を気にかけてくださったのでしょう」


「それね、頼まれた時に聞いたんだけど濁されてしまった。話す気がないみたいでね……だからまあ、君に手を差し伸べた理由は結局分からない」


「そう……ですか」


 ガッカリしないと言いつつも、どこかほんの少しだけ気持ちが冷めるのを感じる。ガッカリと言うよりは、モヤモヤだろう。折角の出会いの理由が分からないのは、少しばかりストレスだった。


「…………」


 驚いたことに、シンデレラは感情が表情に出やすいらしい。というかもろに出ている。ほんの少しだけ眉を顰めて、口がへの字になっているのが魔法使いにバレていた。


 魔法使いの仕事は、シンデレラを幸せにすること。彼女が王子と結ばれなかった以上、それはまだ続いているのである。


「シンデレラ」


「……なんでしょ……」


 魔法使いはチョコを一個手に取って身を乗り出し、シンデレラの口に入れた。


「———!? ……っ!!?」


 やはり気持ちの全てが顔に出る。耳まで真っ赤にして、手で口を隠してポカンとしていた。チョコを噛み砕くことも忘れている。実は指先がちょこっと唇に触れてしまって、恋愛経験も知識も皆無のシンデレラには些か刺激が強かった。


「いいかい、シンデレラ? 僕が任されたのは、君に童話と同じ道を辿らせることじゃない。同じ道を辿らせることで、君に幸せになってもらうことだ。だからこそ、童話から逸れてしまったのなら、また別の方法でその目的を果たさなきゃいけない」


「……あ、わ、分かっています。そのために今日、ここに来てくださったことも」


「だからさ、僕が訪ねた時は、笑顔でいてもらわないと困る」


 そう言うと、ほいもう一個と、またチョコを食べさせた。シンデレラははにかんで、視線を床に落としながらもチョコを味わっている。二個同時に口に含んでいるから流石に濃くて、胸焼けがしそうだったけど。


「どう?」


 あまりに無邪気に尋ねるものだから。


「……とても美味しいです」


 そう答えなければいけない気がした。


「口に合ったなら幸運だね。……さて、そういうわけで、改めて本題に入ろうと思うんだけど」


「………!」


 思わず身構えた。本題というのは、シンデレラの告白の件である。昨日は色々あって、魔法使いは告白を受けた後すぐに帰ってしまった。明日改めて話をしよう、と言い残して。つまり返事をもらっていないのである。


 シンデレラはチョコを飲み込んで紅茶で胸焼けを鎮め、姿勢を正して真っ直ぐ魔法使いを見つめる。


「……言うよ?」


「ど、どうぞ」


 魔法使いは決まりが悪いような表情で、ボソボソと話し始めた。


「……その、ちょっと言いにくいんだけど、僕は今魔法使いとして大切な時期にある。つまりその……忙しいんだ。だから……」


「分かりました」


 なんとなく醸し出されている雰囲気に耐えかねたシンデレラは、魔法使いの言葉を遮った。今までの過酷な生活の中でも見せたことがないほどのうら悲しそうな顔を隠しきれずに、むしろあえて晒しながら口を開く。


「良い夢を見させていただきました。ひと時だけでも、あなたと居ることができて幸せでした。……折角のご厚意を棒に振ってしまってごめんなさい。贅沢を言わずに、王子様のプロポーズをお受けするべきでしたね」


 ちょっと早口で言い切って、俯いてしまった。これを聞いた魔法使いはというと。


「……君、早とちってるよ?」


「………え、はい?」


 お互いに困惑だった。シンデレラの自己肯定感の低さが災いしてしまったようで、振られると思ったのは勘違いらしい。言われた通り、早とちりである。


「魔法の修行は怠らない。君も幸せにする。僕が言いたいのは……ずっと君を優先するわけにはいかない、ってことだ」


「な、なる…ほど…つまり?」


「つまり、毎日は会えない」


「………あ、あ〜、な、なるほど」


 ようやく分かった。とっても簡単な話だ。

 恋愛に対する価値観が、シンデレラと魔法使いで違いすぎた。早とちりするのも仕方がない。経験、知識ともにゼロのシンデレラが魔法使いと同じ視座で話をするのもそりゃ難しいだろうし、勘違いというよりはすれ違いで。


「というわけで、大体二、三日に一度、少なくとも週に一度は君を訪ねようと思う。どうかな……少ない?」


 魔法使いが申し訳なさそうに言うその提案は、シンデレラにとって十分すぎるほどに魅力的だった。


(……魔法使いさんにとっての恋愛は、毎日会うことが普通なのかしら。それはなんというか……)


「アグレッシブ……」


「ん、なに? あれ、もしかして二、三日に一度って多い? 迷惑だったかな……?」


「い、いいえいえいえ! とても、とっても丁度いいです」


 なんてさりげない嘘だろう。我ながら性格の悪いことをした気がする。


 それくらいにペースで会えたらいいなと、なんとなく夢に思っていたことを魔法使いから提案してくれたのだ。断るはずがなかった。


「そっか、なら安心した。ちょっとペースは落ちるだろうけど魔法の研究も続けられるし、任された仕事もこなせるし。うん、問題なしだ」


「……お仕事……?」


 ちょっとモヤッとしたのは多分、おかしなことではないはずだ。


「魔法使いさんはあくまで、お仕事のために私に会いに来るんですか……?」


 少しムスッとしたした様子で、不満げに言うシンデレラ。魔法使いはしまったとこぼして、急いで姿勢を正していた。


「言い方がよくなかったね。仕事のために君に会う、そこに間違いはない。ただ、それだけじゃないよ」


 魔法使いは最後のチョコを頬張って続ける。


「君は僕を好きだと言ってくれるけど、僕のことを十分に知ったわけじゃないと思うんだ。僕も僕で、君の気持ちに応えるには、君のことを知らなさすぎる。だからね、君のことをもっと知りたいんだ」


「……なるほど」


「あはは、君はすぐに赤くなるね」


「さ、最低ですっ」


 あれ、と魔法使いはおどけてみせる。残り少ない紅茶をグイッと飲み干して、席を立った。


「そういうことだから、僕はこれからもしばらくここに通い続ける。それでいいかな?」


「え、ええ。問題ありません」


 むしろ大歓迎ですという言葉は、流石に飲み込んだ。誰かに品性を大事にしろと言われた覚えがある。はしたないやつだと思われるのはちょっと嫌だった。


「さて、話したいことはあらかた話したし、ちょっと早いけど、今日はお(いとま)するよ」


「あ……はい」


 魔法使いは玄関から外に出て、シンデレラに振り返った。


「いやぁ……正直ビックリだよ。王子じゃなくて僕を選ぶなんてさ」


「す、すみません……」


「はは、謝ることじゃないだろう。誰に恋をするかなんて、君自身にしか決められないしね」


 魔法使いは杖を取り出して、この前と同じように透けたマントを作り出した。


「次も何かお菓子を持ってこようと思うから、紅茶の準備お願いね」


「は、はい、用意しておきます」


「それじゃ、()()()、シンデレラ!」


 そう言って、フワッと飛び立った。後を追って空を見上げてみると、魔法使いはあっという間に天高く登って、高速で去っていくのだった。


 一人になったシンデレラは、井戸から水を汲んで、カップを洗い始める。時たま涼しい風が吹いて、足元の枯れ葉がカサカサと揺れていたが、


「………ふふっ」


 シンデレラの頬は、わずかに熱を帯びていたという。

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