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「着いたよ、シンデレラ」


 魔法使いの青年はシンデレラの手を引いて、馬車から下ろした。


「……っ、その、思ったよりも」


「ああ、とても賑やかだね」


 王子の誕生日というだけあって、王都は建国記念日並みに鮮やかに彩られていて、深夜にもかかわらずほぼ全体に明かりが灯っていた。国民もまだ寝付かずに、酒を片手に宴を繰り広げている。あっちを見れば王子を祝福していて、こっちを見れば国王に万歳しているような、そんな状況だった。


 王城付近でも、貴族たちが酒を飲み交わしていた。しかし話題は少し変わって、ほぼ全員が王子の妃のことを口にしていた。そんなところを歩いていくのだから、シンデレラはよく分からない圧力に押されていた。


「そ、その……」


「どうした? 人が多くて酔っちゃったかな」


「い、いえ………何というか、目立っていませんか?」


 何よりシンデレラを萎縮させるのが、周囲の人間たちの視線だった。本当に、びっくりするほど見られている。青年以外全員ではないだろうか。


「ああ、それはね、君を見ているんだよ」


「やっぱり……ドレスだけ良いものを着ても、分不相応なことに変わりはないのでしょうか……」


「いや、逆だよ」


 当然のように青年は言う。


「君が綺麗で見惚れてるんだろ? もっと自信を持ちなよ」


 今日の主役は君になる、と青年は念を押した。シンデレラはまた赤くなって、俯くだけだった。


 王城の、入り口に続く階段に着くと、青年は一度立ち止まってシンデレラに向かい合った。


「僕のエスコートはここまでだ」


「そ、そう…ですか。ありがとうございました」


「いいかい、シンデレラ? 魔法が切れるのは深夜二時だ。“お約束”を忘れないようにね」


「……はい」


 青年はシンデレラの手を離し、深々とお辞儀をした。


「自信を持って、堂々とするんだ。大丈夫、君は誰にも負けないよ」


 そう言って、また笑うのだった。


「その……ありがとう、魔法使いさん」


「いいってことさ。時間になったら、さっきの馬車の元まで急いで戻ってくるんだよ。僕が君を家に送り届けるから」


「はい」


 シンデレラは王城に向き直り、足元に視線を向けた。びっくりするくらい横に長い階段が何段も重なって、遠くの入り口につながっている。高さも、そこまでではないはずなのだが、妙に見上げなければ捉えられない感じがした。


 一度振り返って、青年を見る。


「………あら?」


 青年の姿はどこにもなかった。夢でも見ていたのかと自分を疑いかけたが、今着ているドレスこそが彼の証明である。それよりも、逃げ道を塞がれた気がして、重圧が苦しくなった。


「……自分に………自信を持って……」


 青年がかけてくれた言葉を、改めて何度も自分に言い聞かせた。一度目をつむり、弱々しい自分をかき消して、まるで別人の、凛とした淑女を頑張って憑依させた。それこそ周囲の視線なんてもろともせずに、一人で堂々と王城に入っていけるような強い女性を想像している。


「………ふぅ」


 ゆっくりと目を開き、顔を上げて、王城の入り口を見据える。ドレスの裾をつまみ上げて、ガラスの靴で、一歩階段を登った。


 その一部始終を眺めていた貴族曰く、それからのシンデレラは、まるで別人のようだったという。一分前までのおどおどした一般女性は幻のようにどこかに行ってしまって、階段を登る彼女の姿は、物語にでも出てくるような絶世の美女だった。あるいは、容姿に中身がついてきたようにも感じたそうだ。


 その場にいる誰もが、彼女を見ていた。先ほどまでの見惚れながらも訝しんだ視線ではなく、純粋な“釘付け”だった。


 入り口に着くと、衛兵がいた。衛兵は一瞬惚けながらも、シンデレラに歩み寄った。


「招待状をお持ちでしょうか?」


「招……待………?」


 当然シンデレラはそんなもの持っていない。一瞬にして余裕が剥がれそうになったが、頑張って機転を効かせる。


「ええと……マルガレット夫人の娘です」


「マルガレット夫人……君、確認してきてくれ」


 新人のような衛兵は、王城に入っていった。しばらくして、夕方以来に義母と義姉たちの姿が見えた。


「あれー!? シンデレラじゃん!? 何そのドレス、えっ、すっごい美人!?」


 クリティアだった。シンデレラを見るなり、レディらしさを無碍にして、無邪気にはしゃいでいた。その後ろにはアザレアと義母の姿がある。アザレアのドレスは右肩を露わにし、歩くたびに片脚の全貌が見えるようなものだった。一方義母は、露出が全くなく、顔すらも薄いベールで隠していた。主役はあくまで娘たちということだろう。


 大きな扉の隙間から中の様子を窺っても、なるほど魔法使いの言う通り、今は露出多めが流行らしいことが容易に確認できた。あるいは王子がそういう趣味なのか。


(いずれにせよ、この格好が浮くことはなさそう……ありがとう魔法使いさん)


「……ええ、分かりました」


 衛兵は義母とコソコソと話をして、シンデレラに向き直った。


「お引き止めして申し訳ありません、レディ・シンデレラ。どうぞ、心ゆくまでお楽しみください」


 衛兵がそう言うと、扉が正式に開いた。街の輝きをはるかに上回る眩い照明に瞳を刺されて、一瞬目をつむった。


「………これが、王城」


 豪華絢爛の一言に尽きる景色だった。普段はただの入り口なのだろうが、パーティのために改めて金銀で装飾が施されている。いくつものテーブルが並び、その上には著名なシェフに作らせたであろう見たこともないくらい美味しそうな料理が並んでいた。パーティの参加者たちはそれを当然のように口にして、ワイン片手に楽しそうに談笑しているのだった。


 シンデレラは躊躇しながら王城に足を踏み入れた。すぐに注目されることはなくて、大体の人間は談笑を続けていた。


 やがて扉が閉まると、シンデレラは何をすればいいか分からず、ひとまず一番近くのテーブルに寄って、適当に料理を皿にとった。


(これでいいのかしら……ちゃんと馴染めているかしら……?)


 そんなことを心配しているシンデレラの元に真っ先に歩み寄ってきたのは、義母と義姉たちだった。


「ねえ、シンデレラ」


 圧強めの声で呼ばれたから、体が強張った。一度食器を置いて、丁寧な所作で向き直る。


「……はい、お義母様」


「あなた、一体どういうつもり?」


 案の定、嫌味だった。一瞬いつものように気が滅入ったが、今の自分はいつもと違うのだと強く言い聞かせて、気丈に振る舞うことにした。


「お気遣い、痛み入ります」


「……は?」


 お辞儀をして、頭を上げずに続ける。


「ドレスが…ありませんでした。お義母様は場違いな格好で私が恥をかくことのないように、あえて私を置き去りになさったのでしょう」


「あ、あなた、いい加減に……」


「けれど、優しいお方が、とても素敵なドレスを見繕ってくださいました。ですから心配ご無用です。……そうでしょう?」


 シンデレラは頭を上げて、義母の目を真っ直ぐ見た。何故か義母が気圧されて、目を逸らしていた。


「まあまあお母様。いいじゃない、ホントに綺麗だし。別に困ることなんてないでしょ?」


 クリティアはいつも通りのテンションでフォローをいれた。アザレアは終始黙ったままだった。


「勝手になさい」


 そう吐き捨て、義母はそそくさと逃げたのだった。クリティアとアザレアはそれに付いて行き、結局シンデレラは一人取り残されてしまった。


 心配の芽が一つなくなった。シンデレラはすぐに、次のことを考えた。


「……お料理、食べたいわね」


 腹が減っているのだった。もう一度皿を手に取って、目の前の料理を眺める。


(えっと、そのまま取っていいのかしら。それとも何かマナーが? 食器は……ナイフとフォーク? いえ、それはテーブルマナーで、これはビュッフェ方式だから……)


「ど、どうすればいいのかしら……」


 周囲の反応を気にするあまり、シンデレラは食器を持ったまま固まってしまった。石のようにである。


「失礼、レディ。一緒に食事でもいかがですか?」


「え!? あ、えーっと……?」


 突然見知らぬ男性に声をかけられて、声がうわずった。あまり特色のない平凡なタキシードを着ていて、本人の風貌も、なんというか普通だった。


 男性は料理の載った皿をシンデレラの前に置いた。


「……やはり貴方、天使のような美しさではあるが、マナーを知らないとお見受けする。パーティを楽しむためにも、どうでしょう、私の話に耳を傾けてみるというのは?」


 下心が見え見えである。しかしマナーを知らないのは事実なので、シンデレラはお誘いに乗ることにした。


「ありがとう。まずこの場だが、王子の妃を探す場なだけあって、ありとあらゆる人間が『出会い』を求めて来ている。言ってしまえば、婚活パーティのようなものだね」


「こ、婚活……?」


「皆恋人を探しに来ているのだよ。貴方もそうだと思ったが、違うのかな?」


 シンデレラは首を横に振った。


「なんだ、違ったのか。これは参った。既に私の心は貴方の元にあるのだが」


「ごめんなさい、後でお返しします」


「む……はは、なるほど参った。箱入りというわけではないらしい。ますます魅力的だ」


 男性は平然と話を続ける。


「女性の食事は男性が運ぶのがある種のルールとなっている。一般的ではないが、この場ではそれが暗黙の了解だ」


「一般的ではなくて……ルールで……?」


「難しく考える必要はない。会話のきっかけ作りの様なものだ。女性自身が料理を取っても咎められることはない。余り物とは、思われるかもしれないけどね」


「……ああ、なるほど」


 そこでやっと合点がいった。


「私にお相手がいないと思って、話しかけてくださったのですね」


「そうだ。まさか恋人に興味がないとは思わなかったから、面食らってしまったよ」


 男性は笑って誤魔化していた。少し申し訳ないと思った。


「最低限必要な知識はこれだけだ。あとは特に何も気にせず、出会いを探していい自由なパーティだね」


「なるほど……」


 ぐるっと周囲を見渡す。確かに、大体が男女で酒を交わしていた。しかし、それ以前に一つ気になることがある。


「ここはあくまで玄関……のはずですよね?」


「ああ、玄関に相当する場所だね」


「何故ここで宴席を? 専用の部屋があるはずですが……」


 男性は自分で持って来たローストビーフを口に入れて咀嚼して、飲み込んだ後に答えた。


「簡単な話だ。よほど汚れているか、もてなしに向いていない部屋以外の全てを、王子は宴席の場にしている」


「それはまた贅沢ですね」


「ああ。というのも、普通のパーティより人が多いのだ。どうやら今夜で妃を決めてしまう気らしい」


 そう言ってワインを一口飲んだ。シンデレラはその所作をまじまじと見つめていた。


「王子は宴席にした各部屋を順に回っている。城の奥の方から来ているはずだから、ここには最後に来るはずだ」


「では、まだここにはいらしていないのですね」


「もうそろそろだろうが……ははー、君の狙いは王子か?」


「え? い、いえ、そういう訳では……」


 男性はシンデレラの言葉に耳を貸さずに、ワインをグイッと飲み干して口を拭った。


「いや、いいとも。今の王子は良い男だ、君に釣り合うくらい」


「いえ、その、本当に」


「しかし!」


 男性は声を張ってシンデレラを遮った。そして真っ直ぐシンデレラを見た。


「もし君が王子を気に入らなかったのなら、私のことを思い出していただきたい。この私、ダグラス・アンダーソン公爵のことをね」


 それでは失礼する、と一度丁寧にお辞儀をして、男性はその場を去ってしまった。どうやら不要に期待を抱かせて、裏切ってしまった様だから、とても申し訳なかった。


(……でも、公爵? 爵位の序列なんて覚えていないけれど、結構偉い位だったような……?)


 いただいた料理をバクバクと綺麗に貪りながら、そんなことを考える。不意に、周囲の視線が気になった。


 小さな動作でチラッと、周囲を見渡す。


(み、見られている……!)


 大勢、特に男性からとても見られていた。浮いてはなくとも目立つらしい。食事の動作が自然と小さくなった。


(でも、話しかけてはこない……)


 さっきひとりの男性を追い払ったからだろうか。あれは難しいと思われたのか、見られるだけで接触してくる者はいなかった。


(さて、どうしましょうか……)


 まだ時間は残されている。かと言って、他の部屋を悠々と回れるほどではない。できることは限られている。せっかくの機会だから、やれることはやっておきたい。


(まだお腹に余裕があるわね。他の料理でもいただきましょうか)


 そう思って、テーブルを移動するのだった。

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