プロローグ
「なんで魔女なんだと思う?」
灰色の長髪で、とんがり帽子を深く被った女が、大きなダイヤモンドに蝋燭の灯を透かしている。背後にいたもう一人の褐色の女は、呆れ気味に声を返した。
「なんの話」
「シンデレラよー、シンデレラで助けてくれるやつ。童話ね」
「またそれ……なんでもいいでしょう、そんなの」
「よくないわよー!」
椅子に座ったまま上半身をグイッと捻って振り返る。勢いが良くて、褐色の女はギョッとしていた。
「実際どうかは置いといて、魔女って人畜有害の象徴なのよ? 夢がないわー!」
「あーうるさいうるさい……自分のこと有害って言いたいわけ?」
「そういう話じゃないじゃん!」
「はぁ…才能ある奴に限ってなんで阿呆ばっかり……大体、シンデレラといってもいろいろあるでしょう。魔女じゃなくて妖精だったり、植物のパターンもあったと思うけれど」
「だからなんだ! 植物はちょっと知らないからあれだけど、妖精だって実際は危ないのばっかなのよ? 人間のイメージって都合良すぎ」
そう言うと、手に持った大きなダイアモンドをポイッと放り投げた。投げられたダイアモンドはゴツッと壁にぶつかって、ゴミ箱に落ちた。
「貴方……商品でしょ? 捨てちゃっていいの?」
「今回の相手もダメね。魔法使いを舐めてるし、ただの成金だし……お得意様ってなかなかできないわー」
「選り好みしなければいくらでも客はいると思うけれど……譲れないこともある、か」
灰色の髪の女はそのセリフを聞いて、しばし俯いていた。魔法使いの威厳を保とうとあれこれ意固地になってきたのに、最近は誰も彼もが自分を舐め腐っている。貴族たちは自分を小娘だと侮り、何故か魔法使いそのものを、こんなものかと馬鹿にし始めた。たかが宝石をくれてやったくらいでこのザマだ。彼らを相手にして、これ以上何の得があるのだろうか。
自分の懐には、今や国を動かせるほどの大金がある。人の街で贅沢をしようと思って稼いだ金だが、もう興味がなくなってしまった。
灰色の髪の魔女はおもむろに立ち上がって、玄関の扉に手をかけた。
「……? どこに行くの?」
「遠いとこ! 今決めた!」
「は? なにそれ!?」
躊躇なく扉を開いて、平原に向かって駆け出す。褐色の女は、慌ててその背中を追いかけていた。
「ちょっと! 急になによ!?」
「ははは! あっはははは!」
両手を広げてぐるぐる回って、空を仰ぐ。風に煽られてとんがり帽子がどっかにいってしまった。長い髪が風になびいて、キラキラと輝く小さな粒子が宙に舞っていた。
「なーんか、全部飽きちゃった!」
「ええ? 全部って……何なのほんとに」
「ほら、人間たちの文明が急に進化しだしたから、ここ数年、せっせとお金貯めてきたじゃない? けど、興味無くなっちゃった」
「あんたまた? 本当に気まぐれなのね」
「というか、人間に飽きちゃった。いつの時代もしょうもないやつばっかり。だから、ここからうんと遠いところに行こうと思うの。金ならあるし」
深く息を吸って、はるか地平線の方を眺める。目で見えなくとも、この先に広大な世界が広がっていることを空が語っている。
「たまには大陸を超えてみたいなー」
「あっそう。勝手にしたら?」
「そうする!」
「え?」
灰色の髪の女が指笛を吹くと、空から大きな鳥がバッサバッサと羽ばたきながら、草原に着地した。彼女が普段、移動手段にしているペットだ。
「行こう、グリフォン! はるか彼方へー!」
勢いよく跨って、高らかに宣言してみせる。褐色の女は呆気にとられていた。
「い、今から行くの!? 金は!?」
「あげる! いらないから!」
「さっきと言ってること違くない!?」
「違くていいの! そういう気分!」
手綱を握って合図を出し、勢いよく飛翔する。地上の友人に手を振って、大声で叫ぶ。
「手紙出すからー! 引っ越さないでねー!」
そう言い残し、飛んでいってしまったのだった。取り残された女はしばらく唖然としていた。灰色の髪の女はもともと気分屋ではあったが、此度ばかりは度が過ぎている。怒涛の展開についていけず、雑な発言で彼女の気まぐれを後押ししてしまった。
「……お金、なにに使おうかしら」
一周回って落ち着いた頭であれこれ考えながら、さっきいた小屋に戻っていった。
それから手紙は届いた。初めは毎月届いていたものが、次第に半年に一つ、一年に一つ、数年に一つと減っていき、最後の手紙は、数十年の間隔をあけて届けられたのだった。
結局、彼女らはあの唐突な別れ以来、二度と再開することはなかったのだった。最後の手紙に綴られていたのは彼女の遺言。旧友に向けた、ささやかな願い。
今、彼女にあるのは遺された約束。遥か昔の友の、朧げな顔を何度も思い返して、手紙を何度も読み返して、じっとその時を待っている。
これからの時間は彼女のために。託された願いを叶えるために。
褐色の魔女は遥か森林の彼方にて、約束の時をじっと待っている。