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外堀が埋められていく


「言いたいことはわかりました。ですが、わたしには無理ですわ」


 静かな、限られた人しか立ち入ることができない王城の一角。久しぶりに一番上の異母兄、ユージーンの婚約者であったダリア・ヘイル侯爵令嬢と向き合っていた。

 ダリアはきりっとした美人で、前世でいうキャリアウーマンといった雰囲気。それでいて女らしさを失っていないのだから、見習いたいものだ。


 ダリアに会うよりも異母兄と会って話し合うべきとは思ったが、その気になれずにずるずると先延ばしにしていた。どうしても気の進まないわたくしの気持ちを察したのか、ゴドフリーはダリアと会うようにと勧めてきたのだ。


 ダリアは王太子妃教育でよく城に来ていたので、会えば世間話をする程度には仲はいい。

 ユージーンのやらかしに会うのは躊躇われたが、とりあえず手紙を送った。彼女はユージーンのことを気にすることなくすぐに了承してくれたのだ。


「どうしても?」

「ええ、どうしても」


 ダリアは困ったような笑みを浮かべて、続ける。


「色々な方から、頑張ってほしいと願われていますが。流石にわたしに敵意を持つ方と結婚して、さらに上手く国を治めることなど、できません」

「それはそうなのだけど」

「ユージーン様、いえ王太子殿下はわたしのことをずっと嫌っておりましたから」


 そうなのか、と思わず瞬いた。ダリアはゆっくりとした仕草で頷いた。


「王太子殿下はわたしがお金儲けをすることが嫌なのです」

「お金儲けが嫌い? もしかしたら、商会の経営のことを言っているの?」


 予想外な理由に、唖然となった。


「ええ。高位貴族の夫人たちは基本的に働くという概念がありませんわ。なので、高位な女性が金銭を得るのは卑しい行為だと考えているのです。婚約した当時もさほど好かれてはいませんでしたけど、あからさまな態度を見せるようになったのは成人した時、祖母の管理していた商会を引き継いでからです」

「ちょっと待って。直接的な金銭は得ていないけど、王妃様は仕事を沢山しているじゃない」

「公務は国のための仕事ですから崇高なのです」


 意味が分からない。

 王妃の仕事が崇高で、商売をして金銭を得る仕事が卑しい?


 情報が多すぎて、頭の中がぐるぐるしていれば、ダリアが諦めたような笑みを見せた。


「王太子殿下にとって理想の女性は王妃殿下なのですよ。なので、わたしのすべてが嫌いなのです」

「理想が王妃様だったら、どうしてあんな頭がカラカラな男爵令嬢に惹かれたのよ」

「わたしもそれは不思議で仕方がありませんわ。王妃殿下とは対極にいるような方なのに」


 見た目もふわふわな砂糖菓子のような令嬢だった。

 これもやっぱり物語の強制力という物なのだろうか。一体この世界は何なのだろう。


「理由は何であれ、わたしが王太子妃となっていいことは何もありません。わたしが隣にいる限り、同じような令嬢に惹かれるような気がします」


 そう締めくくられた。残念なことに反論するだけの理由がなかった。がっくりと肩を落とせば、ダリアは申し訳ないと頭を下げた。


「このようなことになってしまったのは申し訳ないと思います。なので、わたしはクリスティーン様に誠心誠意、お仕えいたします」

「……それって」

「そういうことですわ」


 にこりとほほ笑まれた。つまりはわたくしが女王になった暁には、全力で支えてくれると。

 確かにありがたいけど……!

 女王になりたくないのよ。


「とりあえず、お異母兄さまと話してみます」

「話し合いですか。思い込みが激しい方なので、会話にならないと思いますけど」

「色々と考えさせて。今まで兄が三人もいたから、自分が国を運営するなんて考えたことがなかったのよ」


 頭が痛くなってきて、ぐりぐりとこめかみを揉み解す。


「ところで」


 重苦しくなった空気を払うようにダリアが明るい声を出した。何だろうと顔をあげれば、にこりとほほ笑まれる。


「グレンフェル公爵はクリスティーン様に愛を誓ったのですのね」

「愛!?」

「あら、違いますの? 先日、陛下が二時間ほどどれほど愛しているのかを語られたと、ぼやいておられましたわ」


 息子がやらかした相手に何を言っているのだろう。


「陛下、いえ、お父さまがなんか、その、ごめんなさい」

「お気になさらずに。陛下があまりにもげっそりとしていたので、少しお話し相手になっただけですわ」


 娘と変わらない年齢の令嬢に愚痴をこぼすなんて、よっぽどなのだろうとは思うけど。それでも情けない。よくもまあ、こんなことで国王など務められたものだ。子育てには失敗して、いや、あれは作ったプロットが悪かった。あれ、もしかしたら間接的にわたくしも悪いのかしら。


 出口のない思考の海に沈んでいれば、すすすとダリアが体を寄せてきた。


「それで、クリスティーン様はどうなのですか?」

「どう、って」

「あれほどの美貌の主から熱い愛の告白されたのでしょう? その前の態度はどうかと思いますけども、やはり熱烈に愛を囁かれたら」


 うっとりとした顔でそう言われて、顔が引きつった。先ほどまでのクールビューティはどこに行ったの。


「何を言って?」

「とぼけたって駄目ですわ。クリスティーン様は昔からああいうタイプの顔がお好きだったでしょう?」

「そ、そんなことは」

「こっそりグレンフェル公爵を見つめて、ため息を零していらしたではありませんか」


 前世の記憶が戻る前は確かにそうだ。できれば好きになってほしいと思っていた。


 それにあの顔が!

 とてつもなく好みなのよ。前世でも、今世でも。


「塩対応公爵とか言われておりましたけど、それは仮面だったわけですね。どうやってその塩を洗い流したのですか?」


 塩を洗い流すという斬新な表現に苦笑いした。


「あまりにも歩み寄ってもらえないから、婚約者候補から外してほしいとお父さまにお願いしたのよ」

「まあ、素敵! 公爵は失いかけて、クリスティーン様への愛を自覚したというわけですね。なんてロマンティックなのかしら」

「ロマンティック? そう思えないわ。あまりにも手のひらを返し過ぎて、信用していいかどうかわからないのよ」


 前世での手のひらクルーというやつだ。好みのど真ん中な顔で沢山の愛を囁かれても、すぐに信用できるわけがない。


「そう言われれば確かに。女の気持ちは色々複雑ですもの」


 ダリアは困ったように頬に手を当てた。


「ねえ、知っていたらでいいのだけど」

「何でしょうか?」

「どうしてわたくしの婚約者候補は皆あれほど年上なの? 普通は同じぐらいの世代を選ぶでしょう?」

「ああ、そのことですか。簡単ですわ。伝承通りに王子がすべて王位継承権を剥奪、放棄した場合に備えて、国を運営できるだけの人材ということです」


 兄三人がやらかすこと前提なのか。


 ため息しか出ない。もうこれは逃げられないじゃない。


「もし、グレンフェル公爵を選ぶことに不安があるのなら、他の候補の方とも交流をしてみては?」

「え? いいの?」

「大丈夫ですわ。まだ正式に婚約者としてお披露目をしているわけではありませんから。それに婚約者候補の方はどなたも素晴らしい実績をお持ちです」


 他を選んでもいいと言われても、どの候補もピンとこない。これがまだ同世代であったらもっと真剣に交流するのだけど。ダリアの話からすると、同世代は実績がなさ過ぎて候補にすらなれなそうだ。


「……ゴドフリーは本当にわたくしを大切にしてくれると思う?」


 ついつい零れた自信のない言葉に、生ぬるい眼差しを向けられた。


「もちろんです。わたしも女ですから、手のひら返し過ぎて信用できない気持ちもわかります。ただクリスティーン様も一度は信用して、彼との関係を築くことも大切だと思います」


 ダリアの言葉はもっともだ。

 二人の結婚はこの国の未来でもある。するべきことは、ゴドフリーと相互理解することだろう。


 これからどうしようかと思い悩みながら、おしゃべりに花を咲かせた。

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