婚約者候補との話し合い
私室に招待するつもりはなかったので、面会者を通すための客間の方へ案内した。小さめの部屋であるが、とても居心地がよく、親しい人たちとの面会の時に使われる。侍女や護衛はつくが、相手は公爵一人なのでこの部屋を選んだ。
椅子に腰を下ろせば、すぐにお茶が用意される。目の前にいる男はとても不機嫌そうだ。
不機嫌でも、顔は間違いなく一級品。
長いプラチナブロンドを緩く一つにまとめ、着ている上着の濃い紺色によく映える。硬質だが、なかなか整った顔立ちをしているので、社交界の女性たちには大人気だ。独身者もそうだし、既婚者さえもあわよくばと一夜の夢を見ていると聞いたことがある。
婚約者候補になる前はもっと優しい顔をしていたのに。
こんな顔しか見せてくれないなんて、やっぱりわたくし、嫌われている。
「それで、婚約候補白紙の件でしたわね」
黙っていても進みそうにないので、言葉を飾ることなく切り出した。嫌なことはさっさと終わりにするに限る。
「ああ。突然、どうしてそのようなことを?」
「不思議なことでもないかと。わたくしとグレンフェル公爵では会話も成立しておりませんし、無理に婚約を進めても仕方がないでしょう。それに、年も離れている子供のわたくしでは満足できないだろうと、色々な方がご忠告してくださいましたの」
ちくりちくりと毒をまぶしながら、伝えた。
「会話が成立していないということはないと思うが」
「まあ、本気で言っていらっしゃいます? そうでしたら、一度、医者にかかることをお勧めします。そもそも、普段の交流でもほとんど黙っているではありませんか。おしゃべりが苦手なのかなと考えたこともありましたが、夜会では沢山の方たちと楽しく語らっている。単純にわたくしと会話をしたくないのだと思っても不思議はありませんでしょう?」
今までのことを言ってみれば、グレンフェル公爵の顔色が悪くなった。
「あれは」
「わたくしはお父さま――陛下から幸せになれる相手と結婚してもいいと言われていますから、無理はしないことにしたのです」
にこりと笑って見せた。
今更、取り繕ってもらいたいわけでも、努力してもらいたいわけでもない。多少、好みの顔だから残念な気持ちもなくはないが、長い人生、一緒に生きていくのなら顔よりも性格が合うかどうかが重要。
これは間違いない。年を取れば、八割のイケメンは色褪せる。最後に残るのは容姿ではないのだ。だから顔だけで結婚相手を決めてはいけない。
と、前世を思い出す前までのわたくしに説教したい。顔が好みのど真ん中だったし、塩対応されていても本当はとても優しい人だから大丈夫だと考えたのよね。だから、健気? にも耐えていたわけで。
「なるほど。納得した」
「それは良かったわ。円満解決が一番ですから」
ほっとして息をつくと、カップに手を伸ばした。知らないうちに緊張したのか、口の中が渇いている。
「では、クリスティーン殿下は私との婚姻を前向きに考えていたということでよろしいか」
ん?
なんか言葉がおかしくない?
すぐに返答できなかった。どういう意味だろうと考える間もなく、グレンフェル公爵は続けた。
「私はクリスティーン殿下の周囲の人たちに年が取り過ぎていて相応しくないと言われていた。年下の殿下に懸想するなど気持ちが悪いと」
「は?」
彼は淡々とした様子で、続けた。
「挙句の果てには、その……」
「ロリコンとか?」
「……そうだ」
なるほどね。
ため息が出てしまう。わたくしの方も色々言われていたが、彼の方も色々言われていたようだ。それは気が付かなかった。でも、と首を傾げる。
「わたくしたちの縁談が消えて喜ぶ人たちなんているのかしら?」
「殿下と結婚すれば、王配になれる可能性がある。野心を持つ貴族なら一度は考えているはずだ」
「ええ? 兄が三人もいるのに?」
驚きに素っ頓狂な声を出してしまった。グレンフェル公爵は真面目な顔をして頷いた。
「そうだ。この国の伝承を聞いたことは?」
「伝承?」
「この国では王子が三人生まれた後、王女が生まれると王女が女王になると信じられている」
意味が分かんない。
これって、アンソロジー設定の影響?
そもそも王子が三人もいるのに王女が女王になるなんて、普通にあり得ないんだけど。
「意味が分からないわ。常識的に考えても、兄の誰かが王になるでしょうに」
「女性で身を滅ぼすらしい」
「あー、うん。そういうこと」
納得。多分、ざまぁ特化型アンソロジーにしたからだ。三人の王子が生まれると流行中のざまぁが発生して、全員廃嫡、仕方がなく王女が女王に選ばれると。間違いなく、そういう設定にした。でもそれで世界が回るなんて。
やっぱりアンソロジーの世界なのかな、ここ。三人も王子がいて、全員女で身を滅ぼすなんて、あり得ないでしょうにね。物語だからこそ、という部分が多すぎる。
前世の自分に色々と説教したいと現実逃避をしていると、グレンフェル公爵がわたくしの意識をこちらに戻した。
「クリスティーン殿下にとって、他の貴族よりも私の方がましだと思わないか」
そう言われてしまえば、その通り。
なんといっても、お父さま始め、中央の人たちが最後まで残した婚約者候補なのだから。国にとって役に立つ人間かどうかを判断するだけの知識はないし、周囲から意見を聞いて自分で決める自信もない。
「確かにそれは否定しないわ。でも、一番いいのは、わたくしが女王にならないことなの」
グレンフェル公爵はわたくしの言葉が意外だったのか、目を見張った。
「……本気で?」
「ええ。どうにかして、一番上のお異母兄さまを今のまま王太子に留めるか、もしくは二番目のお異母兄さまの下半身事情を解消して更生させて王太子にするか」
「ゲイブリエル殿下は?」
二人の兄の名前しか出さなかったのが不思議だったようだ。
「ゲイブリエルはもう放棄宣言したから。二人の異母兄たちよりも、その気はないはずよ」
ゲイブリエルは今日のことで呪いが解ければいいのだけど。
それこそ、神にしかわからないかも。この神は残念なことに同人仲間だけど。シチュエーション萌えが炸裂していて、何重にも設定されていたらとても太刀打ちできない。
「クリスティーン殿下」
グレンフェル公爵は立ち上がると、わたくしの目の前で片膝をついた。下からのぞき込まれて、思わず体を引いた。神絵師が作り上げた美貌が目の前に広がって、戸惑いしかない。
「なに?」
「殿下の望みを叶えましょう。ですから、私の手を取ってもらえませんか」
「それって、結婚を前提に願いを叶えるということ?」
にこりとほほ笑まれた。猛獣がそこにいるような気がして、落ち着かない。
「そう受け取ってもらっても構いません」
「……グレンフェル公爵はわたくしに興味がなかったじゃない」
「婚約候補を白紙に戻したいと言われて、自分の気持ちがはっきりしました」
それって、強制力がなくなったからじゃないの。
納得いかないけど、異母兄たちに頑張ってもらいたいのなら選択肢は他になかった。それでもすんなりと受けるには今までのこともあって抵抗がある。
「嫌われていたと思っていた相手の手を取るなんて、難しいわ」
「そうかもしれない」
「わたくしがあなたと一緒にいたいと思えるようにアプローチしてちょうだい」
「それは、婚約候補を白紙にしてから?」
「いいえ。候補は白紙にしないわ。一生懸命、口説いてほしいのよ。結婚して幸せになれると思ったら、正式に婚約しましょう」
そんな未来は来ないと思うけど。
今までの塩対応を思い出し、にこりとほほ笑んだ。