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ゲイブリエル、お前もか


 前世の記憶が戻るまで、ここはわたくしにとっての「世界」だった。「世界」に何一つ疑問に思ったことはないし、違う世界があるなんて考えたこともなかった。


 記憶を取り戻してから、三日。

 城の中は、王太子をどうするのかという議論で浮ついている。未だに結論が出ないようで、城の中を歩けばあちらこちらから噂話とそれぞれの持論が聞こえてくる。今回問題を起こしたのは第一王子だけど、第二王子も誰もが眉をひそめてしまうほど浮名を流していて、王太子として相応しくないという意見が多い。


 そんな中、先手を打ったのは第三王子、双子の兄のゲイブリエルね。彼はさっさと王位継承権放棄を宣言した。元々そういうつもりで動いているのだから、ゲイブリエルは国王になるための教育を受けていないのだ。


 二人の異母兄を外すと、ゲイブリエルしか残らないのだから、議会はさらなる混乱に陥っているそうだ。この辺りは時々どうにかしてくれと貴族たちがわたくしに助けを求めてくる。動く気はないけど。


 二人の異母兄はどうでもいいが、ゲイブリエルには予定通り自由になってほしいと思う。


 そんなゴタゴタしている中、わたくしも婚約者候補を白紙にして、もう一度やり直したいとお願いした。それを切り出したときのお父さまの顔を思い出すと、今でも笑ってしまう。

 世の中が終わってしまったような顔をするので、この一年間の彼の態度と彼と親しい関係にある人たちの態度を説明した。


 グレンフェル公爵のことを信頼していたようで、まさかわたくしがそんなにも辛い思いをしているとは思っていなかったそう。すぐさま、白紙の手続きをすると約束してくれた。

 まだ候補で、正式な婚約をしているわけではなかったから、そんなに大変ではないのよね。それに公爵がわたくしを好ましく思っていないという噂もあるぐらいだし。


 二階のバルコニーで先のことを考えていると、なにやらもめる声が聞こえてきた。ここは王族の居住域のため、バルコニーまで聞こえるような騒動を起こす人など限られている。


 嫌な予感しかしない。

 嫌な予感がするときは、関わらないのが一番だ。


「どうしますか?」


 なかったことにしようと思っていたのに、侍女がそっと促してくる。顔をあげれば、好奇心いっぱいの表情で侍女はわたくしを見ていた。


「気にしない」

「え、でも。すごく揉めていますよ?」

「ここは王族の居住域。騒げる人間は限られていて、今謹慎させられていないのはゲイブリエルだけ」

「素晴らしい推理です、クリスティーン様」


 侍女はそう持ち上げたが、わたくしは乗らない。


「ゲイブリエルならきっと自分で解決するでしょう。以上」

「……何が起こっているのか、気にならないのですか?」

「少しも。お異母兄さまたちと変わらない性質を持っているのなら、きっとあれは痴情の縺れしかない。わたくしが口を挟むと拗れそうだわ」

「そうかもしれませんが、覗くのも楽しいですよ?」


 いつもはわたくしに王女らしくと煩いことを言っている侍女の言葉に、目を剥いた。いつもと変わらない澄ました顔をしているのに、様子を見に行きたいらしい。


「貴女、覗くことが好きな人なの?」

「女性なら恋愛沙汰のトラブルは好きです。噂を広めるよりも、目撃情報を広めた方が勝った気がしますし」


 誰に勝つんだとか、そういうことは聞いてはいけない。


 そう思ってはいても、至近距離からのもの言いたげな圧力はどうしても無視できず。


「…………わかったわ。騒々しいようなので、様子を見てきてちょうだい」

「一緒に行きましょう。クリスティーン様の後ろで控えていますから」

「余計にもめたらどうするのよ」

「その時はその時です」


 気が進まないまま、騒動の聞こえる方へと向かった。



 予想通りというのか。


 王族の居住域に入る入口の所が騒がしかった。わたくしのいたバルコニーまでこの声が聞こえてきていたのかと、驚いてしまうほど。近寄れば、キンキンと耳の痛い甲高い声が響き渡っている。


「どうしたの? 中まで聞こえてくるのだけど」


 困ったように見守っている護衛騎士に声をかけた。


「クリスティーン殿下」


 どこかほっとしたような顔をしているので、よほど面倒なことが起きているのだと嫌でも理解できる。恐る恐る騒動の中心を見てみれば、ゲイブリエルと見たことのない令嬢がそこにいた。ゲイブリエルは熱に浮かれたようなぼうっとした顔で騒ぎ立てている令嬢を宥めている。


「え、あの二人に声を掛けないといけないの?」


 思わず零れた呟きに、護衛騎士と侍女が大きく頷いた。


「できれば、あの令嬢を排除したいのですが……無理ならば、ゲイブリエル殿下と一緒にどこかの部屋で語らうようにと先導していただければ」

「ちょっと待って。あの令嬢、そもそも誰なの?」

「アイダ・ソディー伯爵令嬢です」


 アイダ・ソディー、という名前を聞いて、がっくりと肩を落とした。プロットにあったわ、そんな名前の令嬢。ゲイブリエルの婚約者の義母妹だった気がする。


 正体がわかったところで、もう一度彼女を見た。ゲイブリエルにしなだれかかるように側に寄り添い、それでいて耳障りな甲高い声で、いろんなことを喚いている。


 着ているドレスは高いのだろうけど、ごちゃごちゃしていて品がない。マナー、マナーと連呼したくはないが、もう少しマナーをどうにかしろと指摘したくなるほど酷い。


「そもそも、何で彼女はここまで入ってこられたの? ここ、王族の居住域の入り口なのだけど」

「それが、ゲイブリエル殿下が許可をしたらしく」


 なるほど。元凶は兄か。あれほどお異母兄さまたちの醜聞に顔をしかめていたというのに、自分のことはスルーなのか。


「殿下、そろそろお願いします」


 後ろからこっそりと侍女が囁いてくる。どこかうきうきして見えるのは気のせいではないと思う。


「ええ……」


 嫌そうに顔をしかめれば、侍女は圧力のある笑顔を見せた。くるりと周りを見回せば、どうにかしたい護衛騎士たちの視線にぶつかった。皆がわたくしに期待をしている。それを理解しながら、見なかったことにするのは難しかった。


 渋々、ゲイブリエルの方へと歩み寄る。


「ゲイブリエル」

「クリスティーン」


 名前を呼べば、反応した。もしかしたら無視されるかもと思っていたのに、きちんとこちらを向いた。無視してもらえたら、無理でしたで終われたのに。


「このようなところで騒がないでくれる?」

「あ、そうだな……」


 何やら夢から覚めたように瞬きしている。その様子を訝しげに眺めていれば、アイダ・ソディーがきゃんきゃんと騒ぎだした。


「誰よ、貴女! 今わたしがゲイブとお話ししているのよ、割り込まないで!」

「は?」


 あまりの言い分に、素で返してしまった。自分でも冷ややかな声だなと思うほどだ。


「まあ、躾のなっていないご令嬢だこと。不愉快だわ。今後、一切、城に入れないでちょうだい」


 護衛騎士にそう告げれば、ゲイブリエルが慌てた。


「ちょっと待ってくれ。アイダの無礼は謝るから。城の出入りを禁止するなんて、いくら何でもやり過ぎだ」

「あら、どこがやり過ぎだと? ここは王族の居住域の入り口。許可が出ていないと思うのだけど。それとも何かしら、ゲイブリエルが不審者を手引きしたということ?」


 ことの重要さが理解できたのか、ゲイブリエルの顔色が悪い。


「え、ああ。そうか、そうなってしまうのか?」

「当然でしょう? この先は国王や王妃、側室たちが暮らしているのよ。正式な許可がない人間が入っていい場所ではない。しっかりしてちょうだい」


 諭すというよりも、切って捨てたような言い方になってしまった。それぐらいありえないことをしているのだ。下手をすれば反逆罪でゲイブリエルが処罰される。


 現実を突きつけたのが良かったのか、先ほどまでのぼんやりした様子がなくなった。


 あれ、もしかしたら元に戻ってきている?

 まさかゲイブリエルの様子がおかしかったのは物語の強制力というやつ?


 思い当たることがあるので、背中に汗が流れた。もし物語の強制力だったら、ゲイブリエルには対抗手段はないということだ。


「悪かった。どうしてこんなことをしてしまったのか」

「理解してもらえたのなら、もういいわ」


 ほんわかと、解決の方向へ導いた。だがそれで終わるわけがない。


「ちょっと! わたしを無視しないでよ!」

「アイダ、悪いがもうこれ以上、君とは付き合えない。家族の問題は両親と話し合ってくれ」

「え? どうして、そんな突然」

「そもそも、俺は君の義姉と婚約しているだけで、家族の問題に口を挟むつもりはない」


 よし、と心の中でガッツポーズだ。至極まともなことを言ったので、盛大な拍手を贈りたい。


「家でお義姉さまのことを注意するなんて、わたしにはできないわ」

「そうか? だったら、俺から伯爵に説明しておこう。そうしたら、話しやすいだろう」


 話しやすくなるわけないじゃない。

 そもそも、義姉に虐められたとわざわざ城までやってきて泣いている女だ。虐め自体があるはずがない。逆に義姉を虐めている可能性すらある。


「いちいち面倒臭いわね。ゲイブリエル、今から伯爵家に行って、はっきりさせた方がいいわ。それなら彼女も安心できるでしょう。それに、不意打ちで訪問したら、彼女が奪われたという宝石類も義姉の部屋にあるだろうから」

「よし、そうしよう」


 アイダは顔色を真っ白にした。だが、ゲイブリエルは気が付かず、彼女を引きずるようにして歩き出す。その後ろ姿を見送り、ため息をついた。


「疲れた」

「疲れているところ申し訳ないが、こちらにも付き合ってもらっていいだろうか」


 至近距離で囁かれて、ぱっと顔を上げた。そこには冷ややかな目でわたくしを見下ろしている男がいる。


 いつの間にこんなに近づかれていたのか。

 驚いて目を見開けば、グレンフェル公爵は唇を歪めた。


「婚約候補白紙の理由を教えてもらいたい」

「理由がわからないなんて本気で言っているの?」


 頭、大丈夫?


 最後の言葉は何とか吞み込んだ。

 だって、すっごく恐ろしい顔をしているんですもの。


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