表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/10

転生先はクリスティーン


 前世、わたくしは同人活動を嗜むOLだった。


 同人なんてやっていませんと言ったようなすました顔で仕事をこなし、家に帰れば同人活動にどっぷりはまる。趣味の世界であれこれ想像して。


 物語の創作はそれはそれは苦しみと悲しみと睡眠不足をもたらしながらも、「わたし」の唯一の趣味だった。大学で出会った友人たちと作る創作の時間は、何にも替えられない至福のひと時だ。


「……そしてまさかの物語転生、そしてさらに信じられないことに、わたくしは間違いなくクリスティーン」


 ぼんやりと自室の天井を眺めながら、声にした。言葉にしてみれば、夢見心地だったものが現実味を帯びてくる。


 「前世のわたし」はどうなってしまったのか、わからない。ここにいるということは、死ぬなり、意識不明で寝ていたりするのだろうか。


 そもそも異世界転生だなんて誰かの創作のはず。


「それだと今の状況は何なの。わたくしは自分たちが創作した世界の夢を見て楽しんでいるという事?」


 ありえないことでもないような気がするが、違うとどこからか聞こえてくる。


 わたくしは確かにこの世界で生まれて、きちんと生きてきた。記憶の時系列は飛んでいないし、曖昧な記憶はない。そう考えれば、想像の世界ではなくて、どこからか電波受信して覗き込んだ世界を向こうでさも自分たちが考えたかのように捉えたのだろうか。


「普通は神様が出て来たり、トラックに引かれたりするんだろうけど」


 正直何もなかった。前世の記憶が戻ったことが不思議過ぎる。


 創作をしていた時は、前世の記憶が戻るなんてとてもドラマティックで、人生が変わるほどの衝撃的な何かがあるものだと思っていた。

 だけど実際自分がそれを経験して思うのは、とても「普通」だ。一週間前の夕食のメニューを突然思い出した、そんな感じ。


 この世界には魔法はあるけど、前世の記憶が蘇ったところで魔力が増えるとかチートな能力に目覚めるとか、物語の定番と言われるような劇的な変化はない。


 王族だから、魔力はそもそも上位クラス。その上、王子ならまだ使うこともあるかもしれないが、王女のわたくしは立場的に使うことはない。使うときは緊急事態が発生した時だ。あってはならないと思う。知識チートも微妙。すでに生活に便利な魔道具で溢れている。


「しかし、どうなっているのかしらね? この世界は間違いなく飲み会で作られた世界だというのに」


 とはいえ、前世の記憶は戻ったのだから、それなりに定番のすべきことはある。Web小説、ありがとう! やるべき手順があることは素晴らしい。


 まずは、この世界の把握。もちろん前世の知識をフル稼働してだ。

 次は、自分の未来について。幸せになるためには事前情報はあった方がいいに決まっている。

 最後に問題回避方法。悪役令嬢とか、すぐ死ぬモブとか、受け入れがたい不幸な立場にあるのなら、回避するのは当たり前だ。


「……世界の把握と言ってもね。魔王もいないし、戦争も今のところないし、王家は無能、貴族はそこそこ腐っているけれども、いたって平和だわね」


 しばらく記憶の中を探っていたが、特筆した出来事はない。ただし、王子たちは「お花畑の呪い」を患っている。今までどうでもいいと思っていたせいなのか、気にならなかったが、そんな跡取りを持った王族の支配する国に住むなんて不安しかない。


 王太子である第一王子は昨日の夜会で婚約破棄騒動を起こした。

 第二王子は昨日の夜会で婚約者以外の令嬢と休憩部屋へ。記憶が戻る前は何をしているのか本気で知らなかったが、記憶が戻った今はよくわかる。しけこんでいたのだ。こっそり覗きに行けばよかった。


 そして、わたくしの双子の兄である第三王子。聖女候補の婚約者がいる。


「ん? ゲイブリエルの婚約者、一度しか会っていないような?」


 前世のわたしのプロットの中では、姉妹格差の婚約破棄だった。聖女候補の婚約者がいて、彼女には血のつながりが半分だけある異母妹がいるのだ。そしてゲイブリエルはその異母妹の涙にころりと騙されて、婚約者を煙たがり、異母妹と距離を縮めることになっていたはず。


「ゲイブリエルはまともそうな感じはあるんだけど……脳筋だからなぁ」


 冷静そうで、案外女の涙には弱いのかもしれない。三人の兄たちの行く先に不安しか感じないが、この世界は流行りの婚約破棄シリーズだ。この世界にも、物語転生モノにつきものの「強制力」があってもおかしくはない。


 問題は。

 クリスティーンの立ち位置。


 クリスティーンは次につなげるためのお助けキャラ。死ぬわけでも、追放されるわけでも、幽閉されるわけでもない。女王となり、この国を存続させるために次代を産むのがお仕事だ。


 そもそも物語の立ち位置的に、異世界転生モノの定番「破滅回避」をする必要がない。王族も貴族も問題だらけだけど、国は穏やかに発展している。わたくしはそんな世界でそれなりの相手と結婚して、子供を産む。うん、前のおひとり様よりも充実している感じがする。


「でも、わたくしの婚約者候補ってあの公爵なのよね……」


 婚約者候補の一人として紹介されたゴドフリー・グレンフェル公爵。

 間違いなく年の差萌えで設定された婚約者候補だ。前世の記憶が戻る前は、塩対応であっても愛されたいと思っていた。そのうち優しくしてくれると信じていた。でもグレンフェル公爵は期待したように優しくはならなかった。


 八歳も年上ということもあるのかもしれないが、会話は合わないし、あちらも合わせようとしない。夜会などにエスコートされても彼を狙った未亡人やら愛人候補の令嬢達がいて、わたくしにはわからない話題で盛り上がったりする。


 よくよく考えれば、不敬罪を適用してもいいぐらいの対応なのだけども。彼女達はわかっているのだろうか。


 わたくし、これでも国王であるお父さまに溺愛されているのに。

 公爵に嫌われたくないという漠然とした思いで黙っていたけど、お父さまにチクろう。そして、彼との婚約の話は白紙に戻そう。


 別にいいよね。交流するつもりもない相手なんだし、彼にとっても喜ばしいだろう。


「そうと決まれば、さっさとお父さまにお願いしよう。一緒にいても幸せになれそうにないと訴えればきっとすぐにでも真っ白になるわ。次の候補はもっと年上の相手になるかもしれないけど、ちゃんと交流して相手を選べばきっと大丈夫」


 これからの計画に心を躍らせていると、扉をノックする音がした。


「お目覚めでしょうか」


 聞こえてきたのは侍女の声。いつもよりも心配そうに聞こえるのは、きっと気のせいじゃない。目の前で倒れたのですもの、侍女も血の気が引いただろう。


「起きているわ。入ってちょうだい」

「失礼します」


 扉が開いて、侍女が入ってきた。ベッドの上に起き上がっているわたくしを見て、彼女はほっとした表情になる。


「心配かけたわね。ところで、あの後どうなったの?」

「お目覚めになったばかりですから、その話題は」

「だって気になるんですもの」


 仕方がないですね、とため息をつかれた。


「そのことについては陛下からお話があります」

「お父さまから? 話が随分と大きくなっているのね」

「当然でございます。婚約破棄を夜会で行ったのです」

「そうかもしれないけど。王妃様の息子だから、どうにかするのかと思って」


 創作の世界だとしても、色々な制度がきっちりとしている。もしかしたら、ざまぁされずに、醜聞を抱えたまま王太子続行ということもあり得る。国を心配しなくてよいのなら、これほど楽なものはない。過保護に育てられたわたくしに国を任せた! と言われても困る。


「お異母兄さまがそんな状態だと、時間を取ってもらえないかしら?」

「陛下にですか?」

「ええ。お父さまに相談したいことがあるのよ」


 侍女に手伝ってもらいながら身支度を整える。


「お忙しいとは思いますが、クリスティーン様からのご相談なら、きっと時間を作ってくださるかと」

「じゃあ、ちょっと聞いてもらえる?」

「わかりました」


 髪を梳かし、簡単に一つにまとめると侍女は部屋から下がった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ