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2/10

前世、わたしは同人作家でした


「やだ、二人とももうあげてきているじゃない。早すぎ!」


 自宅にたどり着くなり、PCを起動した。メインで使用している投稿サイトにアクセスして、ざっと並ぶメッセージの件名に視線を走らせた。どの件名も「プロット完了、本編着手しました」となっており、相手側のうきうきした様子がにじみ出ている。


「しかも、絵師さんからラフ画も来ている!」


 どうやら一番作業が遅れているのはわたしらしい。まだ締め切りは明日だから、大丈夫だと言えば大丈夫なんだけども。

 仲間たちの早い仕事ぶりに、焦ってしまう。


 急いでスーツを脱ぎ捨て、部屋着に着替える。量販店で買ってきたもこもこしたフード付きのスウェットはわたしのお気に入りだ。昼間は仕事の関係で、ピンヒールに堅苦しいタイトスーツを着ているものだから、どうしても家では解放感を求めてしまう。


 着替えを済ませ、コンビニロゴの入ったレジ袋をPC机に置いた。中から缶ビールを取り出し、今日の夕飯であるカスタードと生クリームの入った贅沢シュークリームの包装を開ける。本当はシュークリームだけでなく、エクレアも欲しかったが売り切れていた。


「ああ、まったくなんで今日に限って残業だったの」


 贅沢シュークリームをビールで流し込みながら、キーボードを叩き始めた。自分の分担である第三話のプロットを勢いよく入力していく。帰り道、脳内で練りに練りまくっていたから、プロットは躓くことなくどんどん文字になっていく。


 大方、入力が終われば次は細かなチェックだ。一人で創るのならまだしも、仲間と一緒に創るのだから、ミスがあったら申し訳ない。


 すでに貰っていた設定を画面に呼び出した。


 いつもなら共通テーマにして持ち寄るのだが、今回はシェアワールドにした。特に深い理由はない。最近、商業小説も漫画も「婚約破棄」が流行っているから、一度は同人作ってみようかと飲み会の席で話題になったことが始まり。

 利用している投稿サイトでもランキングを見れば「婚約破棄」「婚約破棄」「婚約破棄」「悪役令嬢」「婚約破棄」。「婚約破棄」は恐ろしいほど強力なパワーワードだ。きっと全人類が好きに違いない。


 わたしたちの活動は趣味のものなので、大抵は飲み会から始まる。そして、酔った仲間たちと好き勝手設定を作るわけだ。


 舞台背景はこう。


 大国に囲まれたとある小国。

 国王には一人の王妃と、二人の側室がいる。


 王妃は第一王子、すなわち王太子を産み。

 第一側室は第二王子を、第二側室は第三王子を産んだ。

 王の妃たちは皆とても仲が悪い。王妃は他国の王女で一番の権力者。第一側室はこの国の侯爵令嬢で、伝手が幅広い。そして第二側室は子爵家の令嬢で、唯一国王が望んだ令嬢だ。


 この設定だけで、妄想がかなりはかどる。愛だけを頼りに子爵令嬢は側室として後宮に残る決意をするのだから健気でしょう。国王も一応、義務を果たしたから一番愛しいと思った子爵令嬢を側室にしたわけで。義務と本心と、せめぎ合うあれこれに涙が出ちゃう。これこそ純愛だわ、純愛!


 第一話は王太子による王道婚約破棄系、第二話は第二王子による勘違いすれ違いによる冷遇の末の婚約破棄、第三話は第三王子による格差姉妹に聖女を絡ませた婚約破棄。


「うーん、よく考えたら凄い国よね。誰一人まともに王子が育っていない! それに三人も妃がいるのに、三人しか子供ができないってどういうこと。三人ともやらかしてしまうと、国がなくならない?」


 そんなアホな国を定義したのはわたしたちなんだけど。

 流石に酔った頭で作っただけある。冷静に考えれば、ツッコミどころ満載だ。

 ちょっと気になって、仲間たちに聞いてみた。


 ――王子が全員やらかすと、次の国王はどうするの? 誰か一人だけでも元鞘にして軌道修正する?


 ストレートにメッセージアプリに疑問を乗せれば、すぐにピロピロと着信音が鳴る。どうやら皆、PCに向かって作業中のようだ。


 ――クズと元鞘だなんてありえない!


 真っ先に反応したのが、取りまとめをしてくれている第一王子担当者。

 それに対してわたしも同意しかないので、かたかたとメッセージを打つ。


 ――そうだよね、生理的に受け付けないよね。

 ――でも、クズがどん底から後悔して改心して聖人になるのって萌えない?


 クズ男が大好物という性癖を持った第二王子担当者がそんなことを言い出す。画面を見て、首を傾げた。


「クズって改心すると聖人になるの?」


 うーん、と悩んでいる間に、第一王子担当者が何やらすごい勢いでメッセージを送ってきた。すぐさま反応を見せる第二王子担当。恐ろしいほどの長文が秒で飛び交う。

 割って入ることでもないので、楽しく二人のやり取りを眺めながら、ビールを飲んだ。


 ――クズが底辺に這いつくばっている時に新しい扉を開けて、ヤンデレヒーローへの愛を知り改心するなんて素敵じゃない!

 ――新しい扉……イイね!


 二人の論争がずれてきた。このままだと新しい扉へ向かって行ってしまう。発散させないために、メッセージを入れた。


 ――新しい扉は次の企画でやろうね。

 ――そうだった。どのクズを国王にしたらいいかな?

 ――クズはもれなく超お花畑属性だから、隣の国の可憐な王女に手を出して、知らない間に戦争になりそう。

 ――負けて捕虜になって……! 相手側の厳つい将軍にあんなことやこんなことされちゃったり。

 ――おじさま萌えっ!


 またもや違う方向に走っている。面白いけど、これではいつまでたっても決まらない。


 ――これ全年齢だから。おじさま萌えの先にあるシチュエーションは駄目だよ。


 二人からのメッセージが途絶えた。五分ほど待ったが、うんともすんとも言ってこないので、案を出してみる。


 ――清廉潔白な王子、作る?

 ――王子は婚約破棄の呪いで、必ずお花畑属性になるから沢山作っても無理じゃない?


 そんなやり取りをやった結果決まったこと。


 ――妹王女を追加して女王にしよう!


 第三王子に双子の妹を作ることになった。ダメ三王子を排除して、女王誕生させる。女王は沢山次代を産んで、アンソロジー第二弾に繋げる。人気があればだけど。

 


 その王女の名前が。

 第二側室の娘、クリスティーン。

 国王が愛した令嬢と瓜二つの容姿を持った、清楚美少女系王女。


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