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「スウェイル国の美姫が陛下の寵愛を一身に受けている。城下ではもっぱらの噂ですよ」
ルーシーが私に報告してくれた。
「寵愛ねえ……」
私と違い侍女のルーシーは、許可をもらえば城下にも出れるし、外からの行商や通いの侍女とも話ができる。そういうところで拾ってきた情報を私に流してくれているのだ。
ルーシーは私が毎夜陛下によばれていることを喜んでいる。ないがしろにされ見向きもされない妾はいかにみじめなのかと滔々と裏で聞いてきたようだ。
私はこれが寵愛と言えるものなのかよく分からない。
寵愛というからには、ちゃんとやることもあるものだと思う。未だ誰にも言っていない。私は毎夜陛下の寝所にお邪魔しているにもかかわらず、私と陛下は、まるで仲の良い父と年かさの娘のような関係なのである。
少しは色気でも出せたらいいのでしょうけど、私にはどうもその方面は相当未熟なようだった。
夕方になれば、私は陛下の寝所へ出向く準備が始まり、豪華な寝衣を纏い寝所に侍る。どこで待てばいいかわかりませんと伝えた翌日から寝床の横に椅子が置かれるようになった。私は大抵そこで待つ。
陛下ほどの男性だと、下手に色気を出そうとして頑張っても、頑張っているのが伝わって笑われる気がした。私はすっかり何もできずに、言われるまま、膝枕して、腕枕してもらい、一緒に寝てしまうだけなのだ。
今日も私は陛下の隣で横になる。
「陛下」
うつぶせになり、肘をつける。上半身を起こして、天井を見つめる陛下の尊顔を見つめる。
「私、不思議なんです」
「なにがだ」
私は寝衣の襟首に触れる。
「いつも違う衣装です」
「そうだな」
「一つとして同じ衣装はないのです」
「うむ」
「私、小国の出なので、こういうところのしきたりは分かりません。しかし、まだ着れる衣類はどうなっているのかと気になってしまいます」
陛下がふっと吹き出す。
「気にしてどうする」
「捨てられてたら、もったいないと思います」
陛下は、ふうんと頷きながら、頭を撫でてくれる。
「私の国では、生地が傷むまで衣類は使用します。寝衣もそうです」
陛下が私の頭部に鼻を近づける。塗られている香油の香りを楽しまれる。
「王宮にはいろいろな仕事がある。針子もその一つだ。お前が毎回服を変えないと彼らの仕事がなくなるぞ」
頭に乗っている陛下の大きな手が重くて、私は寝具に片頬をつけて、上目遣いに陛下の顔を見つめる。
「そんな仕事があるのですね。知りませんでした」
「そうか」
「ねえ、陛下。それならば、襟首や裾、そでぐりに刺繍を施すなど、最初は生地そのものを活かし、徐々に刺繍を凝らしていけば、一着で数回は楽しめそうではありませんか。生地も無駄にならないですし。空いた時間で、暇を与えてもいいですが。公の場でのお召し物をもっと凝ればよいのです。陛下の立ち姿、いで立ちはこの国を象徴するものでしょう」
話す間じゅう、陛下は私の頭を撫でる。気持ちよくて、寝具にすり寄って、目を閉じた。
「ソフィアは面白い子だ」
陛下の手が離れた。寂しくて目を開けてしまう。
「悪くもない。今度、相談してみるとしよう」
「はい」
そうして、私たちはまた一緒に夢を見る。
また別の日。いつものように陛下の寝所でゆっくりする。この頃には、どこにいていいのかわからないと、迷うこともなくなった。
今日は、カーテンを少し開いて、外を眺めている。雨が降っていた。ざんざんと雨が降り、ピカッと光ると、どどんと雷鳴が響く。たまげた私は、カーテンを閉めて、ウサギのようにぴょんと後ろに飛び、ほっと胸をなでおろす。
笑い声が響いて、恐る恐る振り向くと、さもおかしいという表情で陛下が立っていた。
「笑わないでください」
情けない声で懇願すると、いらぬ面白みを与えてしまったようで、さらに笑われた。
「陛下……、笑われたら、悲しくなります」
互いに反対方向から、寝床に近づき、いつものように向かい合う。
「そうか」
最近、少し抱きしめてくれるようになった。膝にのせられて、可愛がられているだけなので、私は三歳の幼女に還る気分になる。
「ソフィア」
「はい」
「お前はいつまでも私を陛下と呼ぶな」
「陛下は陛下でありませんか」
おっしゃる意味がわからず、陛下の胸に両手を添えて、尊顔をまじまじと見つめてしまう。
「俺の名は知っているか」
「……存じません。皇帝陛下または陛下としか覚えておりません」
慣れきってしまった私は、失礼など思いつきもせず、正直に答える。
「レジナルド、だ」
「はあ……」
「二人きりの時は、そう呼べ」
「はい、レジナルド様」
この頃の私は、陛下をどうとらえていいのか分からなくなっていた。好きかと問われたら、好きだ。嫌いかと問われたら、違う。優しいとは言えて、父のようでもある。寝所で、お話して、寝るだけなので、正真正銘の伽をしているだけだ。
釈然としない思い少し。でも、このままが心地よいとも思う。宮と居城の往復しかしない私の生活では、陛下以外頼る人もいない。陛下がいなくなれば、私の立場はどうなるのだろう。皇后や他の妃も知らない。
陛下の寵愛を一身に受けている。そのイメージが先行していることは、実はとても怖いことなのではないだろうか。
不安とは恐ろしいものである。
「何を悩んでいる」
陛下はすぐに察してしまった。
自分の立場を心配していると正直に言うこともはばかられる。名前を知らないというのも、思い返せば、非常に失礼だけど、陛下と一緒にいながら、結局自分の心配をしているのかと軽蔑されたくもない。
訳も分からず、宮を与えられ、侍女と陛下しかろくに知らない。下手をすると身を守れず、利用され、命も危ぶまれるかもしれない。
「……私は、なにも知らないので……」
言葉は慎重に選んだ。
「知らないとは」
「こちらにきてから、宮と居城を往復するだけです。正妃である皇后様や、側室である妃、私と同じ妾の方などもいらっしゃるのでしょう」
「いる」
「毎夜、呼ばれているのが私だけというのは……」
「おかしいか」
「はい……」
蓋を開ければ、おかしいことはきっとたくさんあるだろう。今は聞けない。
「では問う」
私ははっとして陛下の尊顔を注視する。
「お前は、父と最後に会ったのはいつだ」
「宮に入る日です」
「その後は」
「なにも……、近況を伝える手紙だけ送っています。向こうも国の季節や家族の様子を伝える手紙だけです」
「そうだろうな。お前の父は賢い。己を守り、娘を守る。自分の弱さを良く知っている」
「そうでしょうとも、父は小国の王です。陛下から見たら弱いはずです」
「違うぞ。娘をこの宮に入れたら、それだけで立ち位置を見失う者は多い」
「はあ……」
「ソフィアは、知らなくていい」
陛下はただ私の額にかかる前髪で遊ぶ。
「宮は五つある。黄金、翡翠、真珠、紅蓮、紺碧。一日の流れを現す。朝日の黄金、太陽に照らされた緑、頂点に達した白い太陽、夕方、夜。朝が身分が高く、夜が身分が低い。わかるな」
私の身分がやはり一番低いのだ。
「黄金には、正妃が住む。翡翠と真珠は妃。紅蓮は空席。紺碧はお前だ」
「それがなにか」
「通常なら、紅蓮にお前は入る。小国の姫ならば、妃という扱いもできる」
「はい」
「それをしていない。意味は自分で考えろ」
「はあ……、ヘイ…」
陛下と呟こうとして、唇に触れられた。違うという意味だ。
「レジナルド様。ここだけでお呼びする名ばかり口にしていたら、公の場で間違えそうです」
「お前は、妾だ。公の場には出ない」
「……妾は、出ないのですか……」
「そうだ」
陛下の今日のお話は、私の立場が少し見えたけど、意味はよく分かりませんでした。
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