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宴の夜、応接室で父と別れさせられた私は、皇帝の私室へと招かれた。丁寧にひれ伏し、挨拶をすますと、面をあげよと声をかけられる。
宴の豪華な衣装を身に纏う皇帝が座していた。金色がくすみ淡い茶色と化した髪に煌々とした碧眼が鋭い。年齢は父よりも上だ。若かりし頃は精悍な面立ちであったと知れる。刻まれたしわは貫禄を示す。若い頃戦場で名をはせただけあって体格も良い。背後から見れば、実年齢にはみえないかもしれない。
この方が、なにを持って私に興味を抱かれたのか……。髪色が珍しい、手垢のついていない少女だから、か……。
私にできることは少ないのに……。困ったわ。
小国は他国の情勢にもまれやすい。ゆえに内部は割と結束している。内側が争い、足をすくわれれば命がない。片や、このぐらいの大国にもなれば、外に怖いものはない。おそらく内部の方が、腹の探り合う政権争いが激しいはず。
私のような後ろ盾ない者が突然来ても厄介者でしょうし、子どもができようものならこじれる恐れがある。
「紺碧の宮を与える」
その夜、皇帝の弁はそれだけだった。
控えていた侍女に私は連れられ、紺碧とよばれた宮へと移動した。
そこが私の新しい家となり、父は私とルーシーを残し国へと帰った。
気心が知れたルーシーがのこってくれたことがせめてもの救いだ。侍女が数人つき、生活は一変した。身を手入れするだけで、朝の二刻は使った。身を清めるだけで、浪費される時間がもったいない。
宮の庭は広い。そこに花を植えたいと思っても、自由はない。土で手が汚れることは許されないだろう。献上された装飾品と同じなのだ。常に磨き、飾られているだけだ。役目はきっと飾られているだけはないのだろうけど……。
丁寧に整えられて、化粧を施されて、ドレスを着せられても、あまりうれしくはない。
しばらくゆるりと過ごした。その間に、宮が五つあることを知る。皇后様を筆頭に、妃か妾が他二人いるらしい。私はちょうど空いていた宮があり妾として入れられた。
皇帝の正妃が皇后。それ以外の妻が妃なら、妾は愛人というところだろう。
私の立場ならそんなものか、と妙に納得もするし、変に高い立場を与えられても困るから良かったとほっとした。
「こんなところに来るとは思わなかったね」
ルーシーと裏でしんみりしながら話し合った。
ある日、夕刻前からバタバタと騒がしくなった。
来る日が来たんだと思った。普段より入念に身を清められる。用意された衣装はいつもより手触りが良い。柔らかく、艶やかで、特徴といえば、前開きであることだろうか。袖の刺繍に目をやり、こんな豪華な寝衣があるのだと感心した。
着替えた私は移動する。宮に入った娘は外には出ない。宮とつなぐ一本の屋根付きの廊下があり、そこを渡って皇帝の居城へとむかう。宮と居城の往復だけが許されている。外に出るのは亡くなった時か、下賜された場合か。
通路を渡り、一部屋で待たされる。続いて通された部屋は皇帝の寝所だった。
どうしたらいいのかしら。私は振舞い方を迷ってしまう。座って待てばいいのか、寝て待てばいいのか。とんと分からない。壁にもたれて待っていても変だし、隅っこで座っているような場所でもない。
部屋そのものはシンプルだった。寝所も豪華な装いを想定していただけに拍子抜けした。
ぼんやり立ちすくんでいると、扉が開く音がした。ゆったりとした一枚の大ぶりな布地を思わせる寝衣をまとった皇帝が入ってきた。
ちらりと私を見て、寝床へと進む。無造作に横になる。
私はなんのためにここにいるのだろう。いないものと無視されているようでもある。不思議だ。英雄色を好むとは古からの矜持として聞き及ぶ。
私はなんの心得もない。悦ばせるためにどうしたらいいのか。
できることといえば、ただそばに寄るだけ。逆鱗に触れ下がれと言い放たれたり、首が飛ぶこともあるのだろうか。そう思えば、恐れる方が正しいだろうか。
「いつまでそこに立っている」
一瞥もされないまま声がかかった。
私は気づかれていたことにびっくりする。
「はい」
返事をしながらとびあがってしました。
「こないのか」
皇帝は一切こちらを見ない。私の様子をうかがってなお、そらされている。それでも突っ立ているのはおかしい。二度呼ばれて、動かないのはいけない。三度目はない、四度目は生きていないかも。
私は陛下のそばにそろそろと近づいた。
ちらりと私に目配せする。なにも言わない。
目のやり場も困る。座ればいいのか、立っていていいのかもわからない。
「……陛下」
途方に暮れて、つぶやいた。
鋭い碧眼がこちらを向く。
「やっときたか」
上にかける薄い寝具をつかみあげる。
「入れ」
言われるままに従った。薄いかける寝具に入り込み、座る。柔らかい寝床だ。
皇帝陛下も座した。実年齢より若く見えるかもしれない。父よりも年齢が高いと聞いていたのに、とてもそうは見えなかった。若者のように筋肉がつき、余計な肉もない。父の腹回りの方がよほど柔らかいだろう。
私は身を固くして正座し、陛下を見上げる。座ってなお、体の大きさや造りの違いに驚いた。
「なにかついているか」
じっと見ていたからそんなことを言われた。
「いえ……、父よりもお年なんですよね」
「そうだな」
「お若く見えますね」
ふっと陛下の口元が和らぐ。
「そうか」
どうしたらいいだろうか。このまま離れて座っていてもいいのだろうか。しなだれかかるぐらいした方が無難だろうか。
片膝を立てた陛下が、肘をつけて私の方を見る。
「父とはどんな人物だ」
「やさしいですし、きびしくもあります」
普通のことを聞かれて、目が丸くなる。
「兄弟は」
「弟が二人います」
「女兄弟はいるのか」
「いいえ私一人です。娘は一人だから、少し甘やかされているらしいです。弟がそう不満を漏らしていました」
家族のことを話せるのは少し楽しい。
「母は」
「母は厳しいです。父が甘やかすから、厳しくしないと均衡がとれないんですよ」
私が笑うと、皇帝もほんのりと笑む。
「スウェイルは小国だな」
「はい。はじっこにある小さい国です……あの、陛下」
「なんだ」
「こんなおしゃべりでいいのですか……」
寝床に入って、家族のことに触れたからかもしれない。私はちょっとだけ、気持ちが砕けていた。
「いい」
「スウェイルには面白い伝承はないか」
「山奥の果実から子どもが生まれる話があります」
「今日はその話でいい」
陛下はそう言うと、陛下は再び寝ころんだ。
「寝ろ」
言われるまま、私は同じ寝床で隣に横になった。
頭の後ろに両手をあてて、陛下は天井をむき、目をとじた。
私はうつぶせになり、陛下の尊顔を見上げる。
こんなことでいいのでしょうか。
「話せ」
望まれるままに、祖国の伝承を私は語った。
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