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階段をあがり、私は寝所へと連れ去られた。ベッドの上で、陛下の股座に座らされ、抱かれている。すり寄れば、撫でてくれる。見上げれば、優し気なまなざしに包まれ、安堵する。
「陛下」
「俺はもう陛下ではないぞ。名を呼べ」
「では……、レジナルド様」
「なんだ」
「私は、なにか役立ったのですか」
「色々な」
「私は、ただ暮らしていただけですのに……」
レジナルドは私を変わらず、慈しむように撫でてくれる。尊顔が近い。手を伸ばせば届く。頬に触れ、刻まれたしわに指先を這わす。片頬を包めど、私の手は小さい。
「昔語りをしよう」
「昔……ですか」
「話は、お前が生まれた頃にさかのぼる」
「まあ、ずいぶんと昔ですね」
「俺は最後の征服国を攻め落としている最中だった。その野営地に隣の小国の王が数名の従者と妻と生まれたばかりの娘を連れてやってきた。
小国の王は『我が妻は美しい』と、妻の自慢を話しだした。自国を攻めないでほしいと懇願にきたのだと思っていただけに拍子抜けした。
美しい妻を献上しにきたのかと思ったが、違った。お前の父は言った。
『妻が抱くは我が娘です。わが民族は紫が主たる色ですが、ほとんどの者は黒に見えます。しかし、わが娘の髪色をご覧ください。この美しい薄紫を……』、と。
そう言って、お前の父は生まれたばかりの娘を俺に献上しにきたのだ」
私は絶句した。別れた夜、父がすがって泣いた真意を始めて知った。
「顔は妻に似て美しく、頭は自分に似て賢くなるよう、ソフィアと名付けたと言い、娘が十八になればきっと皇帝の目に留まるほど美しくなり、我が国を滅ぼさなくて良かったと思うだろうと語るのだ。
膝を叩いて笑った。
面白いと思った。ついでに滅ぼそうと思っていた小国だが、王の詭弁はなかなかのものだ。
娘の未来を献上し、あの男は国を守ったのだ」
「そんなこと私は知りません……」
「だろうな。だが、いずれは俺の元へよこすことを理解していたお前の父は、娘の教育にひと工夫したようだな。お前は意外と他国の内情を聞いてそだったのではないか」
「それほどは……大きな国と小さな国の違いや、なぜ献上品を持って大国にいくのかとか、貴族間の小競り合いや歴史、そんなことを寝物語のようにきいていただけです。小国の財政のあり様もただそうなんだと聞いていたにすぎません」
レジナルドは膝をポンと打った。
「それだ。閨のことはなにも知らないくせに、そういうところに頭が働く。
お前の父が献上品を持ってやって来た時、上から頭部を見て察しがついた。面を上げさせれば、王の言うように美しく育っていた。
約束には少し早いが、その場で召し上げることにした」
レジナルドの手が衣服の上から私を撫でる。気持ちよくて、おかしな声がもれそうで、陛下の上着をつかんでぐっと引き寄せる。胸元に頬を押し当て、つかんだ布地を口元に寄せれば、陛下の香りに胸が高鳴る。
「それで、宴の席ですぐに私を捕まえられたのですか。口約束とは恐ろしいものですね」
息つくようにささやいていた。
「なにも知らない小さな娘を寝所へと呼ぶようになり、可愛がっているうちにそれもいいと思うようになった。戦場を駆け回っていた日々も長い、色々あった。皇帝としてすべてを抱えて死んでもいいが、気が変わった。
最後は、女と酒に溺れるのも一興だ」
抱きついていた私の頬ににレジナルドの手が添えられた。下あごに親指が押し当てられるとぐいと持ち上げられる。のけぞる私の背をもう片方の腕が支えた。
尊顔が近づいて、あっと思う間もなく唇が奪われる。
空いた手を伸ばせば、彼の耳に触れ、頭部に触れ、髪をつかむ。
もう片方の手は彼の衣服を握る。
あてがわれたぬくもりにこたえる。押し付けるものをそのまま受け入れた。
待ちわびていた。彼が伸ばさない手を求めることはできない。求め方も知らない。
『女と酒に溺れる』と言った。女とは私のことなら、そんなうれしいことはない。歓喜に震えるとはこういうことなのかとしびれるようだった。
のけぞった背が、さらに傾けば、そのまま寝床に押し付けられた。
唇が離れ、私は夢心地のまま放心する。
「私は、ずっとあなたの娘でしかないと思っていました」
「お前は娘より若い」
けらけらと私は笑った。
「娘より若いんですか」
「息子だとて、お前の父の方が年が近いぞ」
「陛下がですか。嫌だわ、お父様の方がずっと年だと思っていました」
毎夜通っていた頃に戻るようで、饒舌となる。本心も隠せない。
「寂しかったです。お会いできなくて……」
「そうか」
「始めはとても怖かったです。父よりも年上の男性に、あの……、なにも知らないにもかかわらず、抱かれるんだと思っていました」
「そうだな」
「陛下はなにもされませんでした。一緒に寝て、撫でてもらい、可愛がっているうちに、この地での父のような存在になりました」
のしかかるレジナルドは私を抱き寄せ、私の首元にすり寄り、髪に塗られた香油の香りを楽しんでいる。片手で彼の頭をくしゃくしゃに撫で、もう片方の手をその背に回した。
「撫でてもらい、見つめられて、安心して寝入るのは幸せでした。
いつ頃からか、それでは足りなくなりました。
もっと触れてほしいけど、陛下が望むならここまでなのだと理解し、陛下に沿うことが正しいのだと言い聞かせていました。
陛下がいなくなって、始めて私は女として見られていなかったことを嘆きました」
「そんなことはない。お前も事情はきいただろう」
「はい、私が懐妊し、陛下の御子を産み、利用されることを恐れられたのですね」
「そうだ」
「私は私が思うより、陛下が私を慈しんでいたことを知り、うれしいです」
「一度手を出せば、止まらない。事が収まるまで我慢した。俺も少しは大人になった」
「十分大人でしょうに……」
レジナルドが少し身を起こす。いつものように私の髪に触れ、撫でてくれる。
「だが、また童子に戻る」
「子どもはこんなことしませんよ」
レジナルドがもう一度口づけた。深く、熱い口づけに酔うようだった。
頭を撫でる手はこめかみへと降りる。耳に触れ、頬を指先が流れた。首筋に触れた手が襟首に添えられ、初めて私をおしひろげた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
ブックマークと評価★★★★★いただけたら次回作の励みになります。
短めの令嬢物と、10万文字の作品を書いています。
8月23日10万字の完結作
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8月27日完結作
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9月1日投稿開始10万字作
『海辺の街のリバイアサン ~わたせなかったプロポーズリングの行方~』
あわせて読んでいただけるとうれしいです。
最後まで読んでいただき心よりありがとうござます
余談……
きっとこの後、子供が生まれて、若い奥さんとちっちゃい子かわいがっている元皇帝を見て、現皇帝は「この人、誰……」とか思うんだろうな~と書き終わって思った。




