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「大国ラドフォードの皇帝陛下へ献上品を届けるために同行することになるとは思わなかったわ」

 スウェイル国の第一王女の私、ソフィア・スウェイルは髪を結う侍女のルーシー・ハナムに話しかける。


「そうですわね……、姫様」

 ルーシーはきれいなかんざしを選び、私の髪に差す。


「スウェイル国は隣の小国よ。国土もラドフォード国の十分の一、人口は二十分の一。接している国境線だって、とても短い」

 私は、人差し指と親指で小さな隙間を作り、ルーシーに見せる。


「目をかけられる国ではないわ。時々、こうやって皇帝陛下に献上品を持ってご挨拶して、大国に逆らう気持ちは毛頭ありませんと示すのでしょう。近隣諸国に対しても、この大国と親しくしています、だからこの小国に攻めたら、大国が動くかもしれませんよ。そういうことを内外に示す行事よね」


「一介の侍女である、私にきかれましても……」

 ルーシーは答えようがないと、苦笑する。


 そうよね、とソフィアも思う。いつもは母が父と一緒に赴く地に私がいる。母の体調がすぐれないため、私が代わった。出立する時に交わした挨拶が懐かしい。


 準備を終えた私が父と合流し、皇帝への謁見を待つ間に向かう。

 待合の場はたくさんの使者であふれていた。うちのような小国の王族もいる。大きな国は重責を担う使者が控えている。商人らしき人々の豪奢さには目を見張った。

 献上品は数人の侍従に持たせている。私は、父の後ろからそろそろとついてく。

 

 現皇帝の領土を広げる力は凄まじかった。近隣諸国はほぼ飲み込まれ、我が国のような端っこの小国はただ滅ぼすほどのことなどないと捨て置かれただけだ。運が良かったと言っていい。その武勇伝を知る、古くは辺境の国で、今では隣国となった国々は、急成長した大国の恐怖におののきつつ、自国の平和を優先し頭を垂れる。


 謁見の順番がきた。皇帝陛下の御前に出る。私はただ後ろに控えていればいい。そう言われていた。母がいつもそうしているからだ。父がかしこまった挨拶をすると、皇帝は小さくうなづいた。


 小さな沈黙が降りた。しんと静まり返ったなかに、ひそひそっと小さなささやく声が渡る。

 

 トントンと人の歩く音がなり、その足音は私の隣でとまり、告げた。

「面をあげなさい」

 

 皇帝陛下の代弁だとすぐに分かった。嫌な汗が吹き出しそうだった。逆らうことはできない。言われた通り、ゆっくりと顔をもたげる。


 皇帝陛下の尊顔を直視するわけにもいかず、陛下の足元を見つめた。

「……珍しい色だ」

 私にもはっきりと聞こえた。声を発したことに周囲がざわめき立つ。


 なにを指し示しているか、すぐに分かった。小国スウェイルの民族は、日に透かしみると色素が紫を帯びる。ほとんどの者は、黒に近い紫として生まれる。父も母も、ルーシーも、色素は黒と言っていい。髪を洗い、肌に張り付いた髪を日に透かしみて、初めてその色が紫と分かる。


 私は、色素が薄い。生まれつきだ。本来黒々とした紫であるはずの髪は、薄い紫。皇帝が示したのはそんな色のことだろう。


 その場はそれで収まった。私は父とともに引き下げられた。皇帝の言葉の意味を、その時の私は理解しえなかった。


 控の間に戻された私は、父に小声でささやいた。

「緊張したわ」

「……そうか」

 返答は重々しかった。父でも緊張することがあるのだと私は意外だった。内政に、外交に、奔走している父ならば慣れていると思い込んでいた。


「私の初仕事はこれでおしまいですか」

「ああ、あとは夜の宴だ」

「たくさんの諸外国の方がいらっしゃるのでしょう。どれだけ華やかなのかしらね」

「そうだな。少し顔を出してくれれば体面が持つ。後は下がりなさい」


「わかっていますよ。それより、ルーシーと街を歩いてもよろしいですか。時間、まだありますよね」

「かまわないが、夕刻までは戻るように」

「はい、わかりました」

 心配げな父をよそに、私は笑顔でこたえる。


 娘の私は、守られて育ってきた。父の心労など知る由もなかったのだ。頭で分かっているだけでは何も知らないに等しい。身に降りかかって初めて心底理解する。この時の私はまだそんなことも知らなかった。


 王宮がある城下街の賑わいは別格だった。とにかく店が多い。並んでいる商品も多種多様。果物だけでこれだけあるのか。料理だけでこれだけあるのか。服、家具、日用品、本、なんでもありすぎて、目が回りそうだった。


 あっけにとられて、立ち呆けていたら人とぶつかりそうになった。とにかく行きかう人がおおすぎる。店によっては人だかりで店内も見えない。人っているところにはどれほどいるのだろうと開いた口がふさがらない。


「こんなに人が歩いているとこを私は始めて見たわ」

「姫様……、私は怖いくらいです」


「お父様の言う通り、大きな通りをまっすぐに行って戻ってきましょうね」

 私はルーシーと手をつないだ。

「怖くないわ。二人でいるもの」


 人と店がたくさんあった。物があふれている。小国が庇護を求めずにはいられないはずだ。自国の商品を並べれば、飛ぶように売れる可能性が見える。細々と暮らすには十分だが、それだけで国は維持できない。持っているものを外へも売りたい。

 小国の王は、国の代表者。強国と顔を繋ぎ、こうやって自国への貯えが増えるように、孤立しないように計らっている。


「あらためて、すごいことね」

「本当に人がすごいです」

 父を思ってつぶやいた言葉を、街の勢いと勘違いしたルーシーの答えに、笑ってしまう。


 良い匂いが漂ってきた。

 露店でくしにささった肉が焼かれている。

 肉が焼かれる薫りだ。油がよくのっている。山でとれる引き締まった赤身肉とは違う。


「私、ああいうのに弱いのよね」

 女の子なら果物とか甘いものを好む人が多いとは聞くけど、私はどうしてもお肉の方が好きでならない。


 ふらふらと誘われていく。美味しそうな匂いにどうしてこう弱いんだろう。











読んでいただきありがとうございます。

最終話は8月31日に予約投稿済みです。

最後までおつきあいいただけたらうれしいです。


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