ある少女の思い出
かつてこの世界は、たった一つの種族が支配していた。
高い知能と器用な手先を用い、長い間、地上を独自の文化で染め上げていた。
だがそれも昔の話。
今やその生物は姿を消し、かつて栄華を極めた痕跡を各地に残すのみとなっていた。
それは"ニンゲン"と呼ばれていた。
「おとうさん、おかえりなさい」
「ただいま。元気にしてたか?」
「はい」
その日、とある家庭に半年ぶりに父親が帰って来た。
父の帰宅に娘が即座に反応し、出迎えた。
「あら、お帰りなさい。今回は長かったわね」
遅れて母親も玄関先までやって来た。
「いつもすまない。だが、長年追い求めていた真実に、もう少しでたどり着けそうなんだ」
父アンゴラは冒険家(ただし自称であり、職業ではない)をしており、ほとんど家にいない。
「まあ今さらだけどね。それで、どうだったの?」
「ああ。今回は大漁だぞ!」
父親は居間で、持ち帰った土産を広げた。よく分からない塊から、鞘に入った立派な剣まで、多種多様な品々が並ぶ。
「うわぁ……」
目をキラキラさせてそれらを見つめる娘。
「今度はいつ出るの?」
「そうだな。明後日にはまた出発する事になるかな」
「またずいぶん急ね……まあ良いわ。それなら明日くらい、キッシュとたっぷり遊んであげてね」
「お安いご用だ! キッシュ、明日は何がしたい?」
キッシュと呼ばれた娘は、少し考えてから。
「いっしょにおはなしして、それからおひるねがしたいです」
と答えた。
「おとうさん。どうしてぼくたちは、ほかのねこさんたちとはちがうのですか?」
翌日、約束通り親子でゴロゴロしながら冒険の話を聞いていたキッシュが、ふと父親に尋ねた。
「私達の祖先も、確かに元は同じ猫だった。しかし、進化の過程でそれぞれ違う道を選んだんだ」
「……」
いきなり始まった難しい話に、娘は呆然としている。
「私達のこの姿は、かつてこの世界にいたニンゲンと言う生き物に酷似しているらしい。そして猫だけでなく、様々な生き物で同様の進化を遂げた個体が現れ始めたんだ。それらは総じて"亜種"と呼ばれている」
ちなみに彼ら亜種は、基本的な骨格や体型はニンゲンとほぼ同じだが、耳の位置や形状、手足の構造、そして尻尾の有無が異なる。
「え~と……ぼくにはわかりません」
「ははは。そうだよな、すまんすまん」
置いてきぼりにした事を謝りながら、父親は娘の頭を撫でた。
「今はまだ分からなくてもいい。だがこれだけは覚えておいてくれ。みんながそれぞれ違う事は、とても良い事なんだ」
「ちがうのがよいこと、ですか?」
「そうだ。違うから、誰かができない事でも他の誰かができる。違うから、同じものでも違う視点で見られる。亜種も含めいろんな種族がいるからこそ、この世界は上手くいっているんだ」
「……そうなのですか」
「おっと、これもまだ早かったか? まあいい。キッシュも大きくなれば分かる日が来るだろう」
こうして語り合った姿が、娘が記憶する父親の最後の姿となった。