魔王降臨
この大国の西の果てにあるその森は『イルシャワの森』という。
そう、はるか昔に魔王が住むと言われていた森で、今でも多くの強い魔物が闊歩する姿がある。
その為に誰も森に入る事はせず、長い年月をかけて森は更に広がり、樹海のようになっていた。
俺は適当に魔物を剣や魔法で蹴散らしながら奥へ奥へと進んで行く。
しばらく進むと森の最奥に大半が朽ちて風化しそうな建物があった。
元々、とても大きな建物だったようだが、たぶんこれは魔王城であったものかもしれない。
「まぁ住人が居ないなら必要ないよな」
そう呟きながら建物に手をかざし、分解の魔法をかける。朽ちた石壁も屋根も扉だったものも砂や土に戻していく。
分解が終了したところで、広く平坦な更地になった。
ふと空を見上げると、優しい日差しがやけに心地良い。やっぱり場所はここがいいな。
次に俺は太い枝を使って土の上に魔法陣を描いていく。
(部屋は・・・研究室、寝室、あとは食事をする部屋くらいで良いか。壁は・・・落ち着いた色にしようかな。大きくて陽が沢山取り込める窓を屋根につけよう)
そして出来上がった魔法陣から少し離れ、魔力を込めると、あっという間に小さな一軒家が完成した。
この魔法も俺のオリジナルだ。
従来の建築魔法では壁や柱などを別々に加工し、それを魔法で接着して作るのだが、それだと数日かかってしまう。
(村に居た時もよくザックの家の改装を頼まれてやっていたっけ。そう思えばかなり重宝していたな。)
強いて言えば、呪文形式じゃなくて魔法陣形式なのが我ながら少し面倒くさい。これもいつか呪文式に改良が必要なのかもしれない。
ただ、魔法陣形式にすると魔力消費を軽減出来るという利点もある。実に悩ましい。
扉を開けて中に入り、家具やら小物を魔法でまとめて一気に作っていく。
魔力操作は昔から得意で複数の製作も可能だ。
キラキラした魔力の残滓が部屋中に舞い上がる。
「よし、これでいいか」
一通り見回し住まいに納得した俺は、次に薬草を集める事にした。薬草の中には干して使うものもあるので、早めに採取しておきたい。
ついでに全体的に森を把握しておきたかったので、飛翔魔法で真上に飛んだ。
飛んですぐ、森の一部の様子がおかしい事に気付く。その一部分だけが禍々しく黒々とした濃い瘴気に満ちていた。
「ちっ、面倒くさいな」
濃い瘴気が発生する場所では魔族が生まれる。
全体的に魔族の数はかなり減ってはいるのだが、稀に死期が近い力のある魔族が自身の魂を使って新たな魔族を生み出す事がある。
(面倒になる前に対処した方がいいか・・・)
俺は瞬時に自らに強化魔法と結界魔法を複数かけてから瘴気が発生している大地に着地した。
結界魔法のおかげで半径1mの範囲は瘴気から身を守れているが、あまりにも濃い瘴気で周囲が全く見えない。
俺は腕に魔力を込めて瘴気を薙ぎ払う。
見通しがよくなった途端、目の前に数千近い大量の魔族の死骸があった。こんなに多くの魔族の死骸を見るのは初めてだ。
死骸の山の頂上で動く影がある。慎重に近づきながら注目すると、小さな魔族の少年が立っていた。
少年はこちらの気配に気付き、振り返る。
腰まである真っ黒な髪に漆黒の羽根を持つ美しい少年の紫の瞳の両眼が俺を捉えた。
(あ、こいつ・・・・・・強い)
見た目は少年だが、この魔族は強い。俺の五感がそう伝えてくる。無意識に距離を取って構えた。
これだけ大量の魔族の魂から生み出されたって事だけでも脅威だろう。
少年魔族はキョトンとした顔で俺をじーっと見た後、こう言った。
「・・・兄ちゃん!生まれ変わってすぐに兄ちゃんを見つけられるなんて・・・カミサマって気が利くんだなぁ」
(兄ちゃんだと?何を言ってるんだこいつは・・・)
少年魔族は瞳を輝かせて嬉しそうに微笑んでる。
「俺は魔族に弟なんて居ない!」
「え?今のボクって魔族なの?あ、ほんとだ。ツノ生えてる!兄ちゃんは人間なんだね?“オプション”ってコレの事だったのかな・・・」
少年魔族は自分の頭や身体を自らチェックしながら魔族という事を確認しているようだ。
魔族はよく人を欺く。これは演技かもしれないので、俺は警戒を解かない。
すると少年の周囲に小さな魔法陣が出現し、そこから3体の魔族が現れた。
男の魔族2体、女の魔族1体だ。
(ちっ、敵が増えたな。でもこの3体は大した事がないようだな)
3体とも過去に戦った魔族よりは多少強いようだが、問題なく倒せそうだ。
そう考えてるいると、魔族達は少年に片膝をつき、こう言い出した。
「魔王さま!やっとお会い出来ました!我ら魔族の悲願、魔族の王よ!」
「我ら魔族は王の為に!贄となった者達の骸に賭けて、我らがお守り致します!」
「何でもおっしゃって下さい!必ずやご期待に応えてみせますわ!」
(は?この少年が魔王だと・・・!?)
俺は動揺しそうになるが、必死に冷静に努める。
「えーっと、ボクって魔族ってだけじゃなくて魔王なの?」
魔王本人も驚いた様子で魔族に確認している。
「はい、生まれたばかりでまだ御自覚してないようですが、貴方は魔王さまです」
「えっと、とにかく現状確認させて?あと、ボクの話も聞いてほしい。もちろん・・・兄ちゃんにもね」
そう言って魔王は僕に微笑みかけてきた。
「ま、魔王様!?・・・・・・いけません!崇高な存在である貴方様にあんな人間の兄弟なんて!!」
すると魔王は一気に不機嫌な顔になり、1人の魔族の男の前で指先上に向けてをクイッと曲げる動作をした。
その男の身体が宙に浮いて、更に苦しそうに息を漏らす。
「あのさぁ・・・ボクの大事な兄ちゃんを“あんな人間”呼ばわりしたの?」
魔族2人が狼狽えながら涙目になっている。
「も・・・しわけ・・・あり・・・ま・・・せっ・・・!」
「うん、わかったならいいよ」
魔王はそう言うと指の動きを解除し、魔族の男は崩れ落ちる。
(初めて見る魔法だ・・・魔王特有のモノなのか?)
よくはわからないが俺は構えるのをやめない。頭の中で戦闘の構想を組み立てていく。
あの魔王と戦えば、俺も無事では済まないかもしれないが、戦い方によっては死を回避出来るかもしれない。
戦闘モードの俺に気づいた魔王は慌てたように俺に身体ごと向き合い、真剣な表情でこう言った。
「兄ちゃん!絶対に何もしないって誓うし、どうやら僕もそれなりに強いみたいだから、こいつらにも絶対に何もさせない!まずは僕の話を聞いてほしいんだ!」
(一体、何のつもりだ・・・?こいつ程の強さなら、小細工など必要ないはずだ。他に何か目的があるのか・・・?)
「・・・いいだろう、話してみろ」
どういうつもりかは知らないが、話を聞く事にした。
考えられる攻撃に備えて自身の周りに結界を構成しつつ、いつでも対応できる距離を置いて俺は大きな岩の上に座る。
魔王も近くにある石の上にちょこんと座り、魔族は魔王の側に守るように片膝をついて、こちらを窺っている。よほど大事な存在なのだろう。
そして魔王は、ゆっくりと口を開いた。
「えーっと何から話そうかな・・・驚かないで聞いてね?」
そこで魔王が話した事は、想像を遥かに越えていた。
俺と魔王は“前世”で兄弟だったと言うのだ。
前世での俺は国から厳重に保護されるレベルの天才で、他の国に俺が取られるのを恐れた国は、当時、まだ幼い弟を人質に取り、俺を取り込んだのだそうだ。
国が作った組織の研究所に俺たち兄弟を閉じ込め、延々と人を殺す為のウィルスを開発させたらしい。
弟を守りたい俺は結局言うことを聞くしかなく、弟はそんな自分を情けなく感じていたのだと言う。
そうしてある日、前世の俺は弟と共に研究所から逃げたが、その途中で俺は弟を庇い、殺されてしまったのだという。
そしてその後、追っ手から逃げまわっていた弟も数年後にとうとう殺されてしまったらしい。
「殺される瞬間に思ったんだ。今度、生まれ変わったら、兄ちゃんに守られるボクじゃなくて、ボクも兄ちゃんを守れるような存在になりたいって。今度こそ絶対に兄ちゃんを守るよ。」
魔王は俺を優しい目で見つめていた。
「そんな話を俺に信じろって言うのか?」
「やっぱり兄ちゃんは覚えてないんだね、・・・でもボクは現状に納得してるよ。確かに兄ちゃんをボクが守れるようにって考えたら魔王くらいにならなきゃ無理だもんね。」
困ったような顔で笑う魔王。
「ぐすん・・・」
「うぅっ・・・ぐすっ・・・」
ふと魔族どもを見ると、何故か目を潤ませて泣いている奴もいる。
「代々の魔王様は前世の記憶を持って誕生すると言われていましたね・・・。しかし、殺された前世だなんて・・・なんと嘆かわしい・・・・お辛かったですね・・・・うっ・・・うっ・・・・・」
「前世とはいえ、こんなに可愛くて美しい魔王様を手にかけるなんて許せませんわ・・・っ!」
「先程は“人間なんか”などと言ってすみませんでした!魔王様と魂で繋がったご兄弟だったとは!!これからは魔王様のお兄様として、我ら誠心誠意お支えさせて頂きます!」
(・・・魔族ってこんなだったかな?俺が今まで出会って来た魔族ってのは、人を欺く狡猾な奴だったり、もっと高圧的で会話すら成立しない奴等ばかりだったんだが・・・・・・それともこれも俺を騙す為の演技なのか・・・・・・?)
そんな事を考えていると、魔王はニッコリと笑って、
「ボクについては以上だよ。兄ちゃん達からは、まずこの世界について教えてほしい。ボクは生まれたてだからね。」
魔族達がこの世界について説明をし始め、魔王は熱心に話を聞き、時々質問をしている。
どうやら本当に目の前の魔王はこの世界について何も知らないようだった。
それどころか、魔族と会話しながらも、『兄ちゃん兄ちゃん』と嬉しそうに呼んでくる。正直、調子が狂う。
いやしかし、この目の前にいる少年は今まで出会ってきた魔族とはケタ違いに強いのは確かだ。
でも目の前の魔王からは敵意も感じないし闘う意思もないようだ。と、いうか隙だらけだ。
(警戒を解いても大丈夫なのだろうか・・・いや、まだ油断は禁物か。)
そのうち魔王は俺の方に向き直り、可愛らしく頭を傾けて
「兄ちゃんの事を教えてよ」
と、とびきりの笑顔で言うのであった。




