プロローグ
俺は山奥の村で育った。大人と子供を合わせても30人程度の小さな村だが、それぞれが剣術や武術、魔法に薬学に特化している集団だ。
また、それぞれが独自の技術やスキル開発などもしており、商人や戦闘を生業としている者からも頼られることもあった。
そして数百年前、魔王が活発に復活していた頃には必ず村の誰かが勇者として選定されていた歴史がある。
そのせいか、いつからか自然と“勇者村”と呼ばれるようになっていた。
俺は村の入り口に捨てられていた赤ん坊だったらしい。恐らく村に出入りしていた商人の子供だろう、とのことだ。
アイクと名付けられ、そのまま村の一員となった俺は、物心がつく頃には好奇心の赴くままに村人について回るようになり、気が付くとあらゆる知識を身につけていた。
その中でも特にハマったのが魔法学と薬学だ。生まれつき魔力が高かった俺は、8歳で全ての基本をマスターし、そこから更に高みを目指す為に研究を重ねていった。
16歳の今となっては、魔法学と薬学において村で俺の右に出る者はいない。
魔王が復活したら俺も含め、村人から人が駆り出される事になるだろう。
勇者村があるこの大国は、長い平和が続いた為に全体的に戦闘能力が落ちまくっていた。
騎士団もギルドも存在はしているが、王都の周辺の街は弱い魔物しかおらず、強い魔物を倒せない者が多い。
特に王が住む城と城下町の周辺は、過去に村の者が作った強力な結界に守られており、そこに住む者は魔物を見た事がないと言う人間もいる。
だが、勇者村も含めた辺境の街や村では、たまに魔物や魔族に襲われているのも事実だった。
各街で自警団などを結成し、騎士団を王都から派遣し、ギルドから戦闘員を雇い対応する街もあったが、魔物はともかく魔族の相手になるわけもなく。
そんな時に勇者村に依頼が来るのだ。
あちこちの街や村を見て回りたかった俺は、よく依頼を個人で受けて討伐していた。
◇◇◇
そんなある日、賢王と言われていた国王が急死したという知らせが村に届く。
次の王になるのは王の愚弟と呼ばれていた男だ。
新たに王となった男、リハイドが即位した途端、俺達の人生は大きく変えられてしまう。
王都からの書簡を持って来たのは、騎士団に所属していたカインだった。
カインは騎士団に所属しながらも、たまに休暇を取って村に修行をしに来ていた向上心のある男だ。
「大変だ・・・!リハイドの奴、村を潰す気だぜ・・・っ!」
恐らくとても急いで来たのだろう。かなり息が上がっていた。
「なによそれ、どういうこと?!とりあえず全員を呼ぶわ!」
魔法使いのラミアが緑の瞳を大きく見開き、困惑した表情で通信魔法を発動させて村人全員を招集した。
通信を聞いた俺も急いで集合場所へ向かう。
全員が村で1番大きな村長の家に集まってきた。村長の家には、村人が商人と商談をする為の部屋だったり、村に訪れた者を泊める部屋もある。今回、集まった部屋は村で会合をする時に使う広めの部屋だ。
揃った所で村長がまず、王からの書簡を広げて全員に見せた。そこには“勇者村はただちに解体せよ。抵抗する者は反逆罪に処す”と書いてあった。
それを見た俺達は、あまりの驚きに声が出ない。
そんな横暴が許させるというのか?
続いて、先ほどまで水をガブガブ飲んでいたカインから補足の説明がされる。
「王は国民がすっかり勇者村をアテにしてる現状が許せないんだとよ・・・。特に辺境に住む奴等は勇者村に頼るだろ? で、リハイドは前から評判も悪過ぎた。自分が王として努力するまでもなく勇者村を潰す選択を選んだわけだ。胸くそ悪いぜ、まったく。」
ドンッ!!
村長のザックがテーブルを強く叩いた。その衝撃でテーブルにヒビが入る。
「ならば辺境は誰が守ると言うんだ?!自警団や騎士では魔族に対応出来ない!見殺しにすると言うのか?!」
それは主に俺がやっていた仕事だ。辺境に住む者は顔見知りも沢山いる。みんな良い奴等だ。
「そこからは俺の出番なんだってよ」
「どういう意味なの?」
ラミアが眉間にシワを寄せ、苦虫を噛み潰した顔でカインに尋ねる。
「ここに頻繁に通ってる騎士なんざ俺くらいだろ?そこで今回は俺に白羽の矢が当たったわけだが・・・勇者村の優秀な人材を王の直轄の騎士にしたいらしい。そうなれば有事の際、この国の民はリハイドに頼るしか方法がなくなる。そして・・・今までは前王の計らいで辺境の奴等が勇者村に依頼した場合、その費用は王が勇者村に支払っていただろう?・・・勇者村が“自分の手札”になれば、その費用もカットできて更にリハイドの言う事を聞きそうにない辺境の奴等を黙らせる事も出来る。」
「思っていた以上のクソ野朗だな」
ザックは言い捨てるように言葉を吐く。カインはそれに一度、頷き言葉を続けた。
「待遇は騎士団より上の聖騎士団ってのを新たに作るんだってよ。んで・・・特にアイクを取り込みたいらしい。村の大半に断られてもアイクだけは説得して来ないとオレは騎士団追放だとよ。」
「は?オレ?!」
急に名前を呼ばれ、飲んでいた薬草茶を吹き出しそうになった。
「・・・お前かなり張り切って辺境のあちこちで暴れていたもんな。目をつけられたか・・・」
ザックが俺を険しい顔で見た後に舌打ちをしている。俺は普通に依頼をこなしただけなのに。
「・・・で、あんたらどうするんだ?リハイドの配下になるつもりはないだろ?因みに俺は追放なんて待つつもりもなく騎士団を辞める。俺が忠誠を誓えるのは前王だけだしな。辞表はもう団長に提出してきた。団長とは長い付き合いだから、俺の辞表についてリハイドに報告するのは3日後になっている。」
騎士団はこの国で1番のエリート職と言われている。給料も高額で城下の一等地に住めるほどだ。
だがエリート職だからこそ、コネの力で騎士になる奴は多い。カインはその中でも実力で騎士団試験に合格し、長く副団長を務めていた。
俺達の目から見ると、騎士団でマトモに戦えるのはカインだけだ。カインに抜けられるのはさぞ痛手になるだろうが、俺はリハイドの下で働くなんて絶対に嫌だし、カインも騎士団を辞める気満々のようだから仕方ない。
カインは覚悟を決めて村に来たようだ。ここに来る前に急いで荷物をまとめて来たらしい。
「・・・みんなの意見を聞かせてくれ。」
少し冷静になったザックが村人ひとりひとりの意思を確認したところ、リハイドの配下になりたい者などいなかった。まぁそれも当たり前か。
だが、村を解体しなければ反逆者として追われる身となってしまう。幸い書簡には『配下に下らなければ反逆罪』とは書いていない。
そもそも反逆罪という脅し自体、俺達にとってはどうでも良かった。何が来ても俺達で返り討ちに出来る自信はあるからだ。
だが、村の存続に関係なく辺境に住む奴等はリハイドの報復を恐れて、依頼を出しづらくなってしまうのは変わらない。
『俺達で辺境を守ろう』
それが俺達の総意だった。依頼金など関係ない、命より重要なものなどないのだから。
「オレもその活動に参加させてもらうぜ」
カイトは俺達の決定に満足したように頷き、楽しそうに笑った。
◇◇◇
カイトを含む村人達は、数人ずつ各所にある辺境の街や村に移り住む事にした。その土地ごとの危険度を参考に人数を割り振っていく。
魔物や魔族から人々を守る為にはそれしか方法がなかったからだ。
リハイドの誘いを蹴って俺達が辺境に力を貸している事がバレたら、どんな嫌がらせをしてくるかわからないので、俺は信用の出来る各所の辺境の者に宛てた手紙を書いて村人に託す事にした。
彼等ならうまいこと対応してくれるはずだ。
そして、1番の問題は俺の身の振りだった。
俺はあちこちに出掛けていた為、多くの者に顔を知られていた。いくら辺境といえども、俺が住むのは得策ではないだろう。
村の全員が俺のこれからを心配する眼差しを送ってくる中で、少し考えて俺は言った。
「・・・俺、イルシャワの森に住むよ」
「はぁ、アンタの考え丸わかりだわ」
ラミアが呆れたように笑った。
イルシャワの森は王都から遥か西に位置し、かつて魔王城があった場所とも言われている。
長い年月をかけて樹海へと変化した森には、一般の人間では太刀打ち出来ないモンスターが沢山いるので、誰も森に入ろうとはしない。
俺は魔法や薬草の研究を続けたかった。
薬草に使える植物が大量に群生してる場所、そして開発魔法の試し撃ちをしても誰にも迷惑かけそうにない土地・・・と、なると候補は少ない。その中でも誰にも会わずに済む場所となれば1つしかなかった。
「まぁお前なら、あそこでも大丈夫だな。何かあれば手紙をよこせよ?」
ザックも苦笑しながら了承した。
◇◇◇
翌朝。
なんとか全員が荷物をまとめ、全員と握手を交わし、俺が魔法で各地へとそれぞれを転送していく。
「長年続いた“勇者村”もこうして終わるのね・・・感慨深いわ」
作業をする俺の横でラミアが呟く。
「俺達は離れていても心では繋がっている。それにアイクが作った通信用魔道具でいつでも話せるしな」
「それもそうね」
ザックの言葉にラミアは綺麗に微笑んだ。綺麗な金色の髪がサラリと舞う。
俺は転送前に村人ひとりひとりに通信用魔道具を手渡していた。
村人の中には魔力が低い者もいる。拳闘士のザックもそうだ。
そういう者だと一定の魔力を必要とする通信魔道具は扱えないので、急いで人数分を作ったのだ。念の為に盗聴防止も施してある。
「次は私の番ね」
ラミアが転送魔法陣の上に立ち、俺に言った。
「アンタに次に会う時は、素敵な旦那を紹介できたら良いんだけど。」
「その前に彼氏だろ?」
座標を設定し、魔法陣を発動させながら笑う俺に
「なによ!アンタだって彼女いないくせにぃぃぃ!」
と、叫びながらラミアは転送されて行った。こんな時までラミアはいつもと変わらない。本当にラミアらしい。
最後はザックだ。なかなか魔法陣の上に歩いて来ないので不思議に思い、ザックを見ると彼は誰も居なくなった村の景色を見ていた。
「・・・すまない。もう少しだけ目に焼き付けておきたいんだ。」
「・・・俺は別に急いでないから、ゆっくりで構わない。準備が出来たら声をかけてくれ」
「ああ・・・悪いな。」
ザックは今年で45歳になる。5年前に最愛の妻を病気で亡くし、娘もまた、2年前に事故で亡くなっている。
美しく優しい妻だった。不器用で無骨な自分に、いつもそっと寄り添ってくれていた。疲れて家に帰ると暖かい笑顔で迎えてくれる、自分には勿体ないくらいの妻だった。
娘は妻にとてもよく面影が似ていて、花が好きな子だった。妻と同じで薬師だった娘は、ザックをよく実験台にして苦い茶を飲ませては効能を確認していた。
とても幸せだった。
村長という仕事をがむしゃらにして喪失感を誤魔化す日々も終わり、村長という肩書きもなくなった今は、ただの家族を失った1人の男でしかなかった。
彼にとって勇者村は家族の大切な想い出が詰まったかけがえのない場所だ。いけないと思いつつも離れがたい気持ちが湧いてきてしまう。
そんな時、ふと、声が聞こえた気がした。いや、ザックには確かに聞こえていた。
『あなた、気をつけてね、いってらっしゃい』
『お父さん、帰って来たら話を聞かせてね。楽しみに待ってるから!』
首から下げたロケットを握りしめる。中には妻と娘の写真が入っていた。
「ああ・・・行ってくるよ・・・」
ゆっくりと朝日が登り、ザックの顔を照らしていく。
俺はザックの頬を涙が伝っているのに気づかないフリをした。




